| GRACE |
| 「あ」 「何だ?」 車の外に視線を固定しているブラッドに、ジョージは、何事かと身体を傾けてその先をさぐった。 進行方向の信号は、ちょうど赤に変わったところで、交叉しているのが大きな通りだから、ここの待ち時間はけっこう長い。 「結婚式?」 チャペルの外で、着飾ったひとびとがたむろしている。彼らの真ん中には、今日の主役と思われる二人が笑顔を浮かべていた。 「男同士だ」 「おかしくはないだろう。同性婚OKの国だぜ?」 欧米諸国では、同性間の事実婚が認められている国が多数あるけれども、合法的に同性婚が認められているのは、ここオランダとベルギーだけだ。 花嫁(と言うのかどうか知らないが)もタキシードに身を包んでいることと、出席客の男性割合が高いこと以外は、ごく普通のウェディングに見える。 拍手と歓声が沸き起こり、ライスシャワーやシャボン玉がきらきらと太陽を反射して幸せそうな二人を包んでいた。 「幸せそうだな」 「幸せなんだろ」 結婚式当日から不幸でどうする、と、ちらりと皮肉気にブラッドは言った。 それもそうだ、とジョージは笑い、 「いわく、『一日だけ幸せになりたいなら床屋へ行け。一週間だけ幸せになりたいなら結婚しろ』とさ」 とおごそかに言った。 「一週間か。ちょっと短いな」 「四年なら?」 「……ジョージ」 今は勘弁しろよ、とブラッドは深くため息をついた。 運転席との間は、分厚いアクリルの板でしきられている。セレブのプライベートは護られなくてはならないのだ。 ブラッドは、つい先日、妻との離婚を決めた。まだ公表はされていない。知っているのは、二人のごく身近にいる人間ばかりだ。 「さすがに堪えるか」 「まあ、もう結果なんかとっくに出てたんだけどな。騒がれんのが面倒だなあ、って……それだけさ」 オープンにされれば、そのニュースは即座に世界中を駆け巡ることだろう。それでなくとも、四六時中他人の目にさらされているのに、向けられる好奇の視線や、浴びせられるであろう山のような質問、さも真実げに組み立てられる推測や、ゴシップ記事──それらを想像するだけで、げっそりと疲労した気分になる。 そういったものすべてに関わっていては神経が摩滅してしまうし、目障りで耳障りなそれらを、五感から締め出すためのノウハウくらい、とっくに身につけてはいるけれども、それでも、まったく意識せずにおく、というわけにはいかない。 「たしかに大変そうだな。頑張れ」 完全に他人事だと思っている気楽さでそう言われ、ブラッドは「激励アリガトウ」と、うんざりした顔で棒読みに言った。 「もう『例の彼』には言った?」 ブラッドに、同性の恋人がいる、と知ったのはしばらく前だ。 相談されたわけではない。 ジョージが耳にしたときは、もう全部片が付いた後だった。 まあ、当然と言えば当然か。友人に恋愛相談、という柄でも でも、ブラッドが相談して来なかった最大の理由は「あいつに話すとかき回されてめちゃくちゃにされる」という懸念があったからじゃないのか、とジョージは疑っている。 失礼な話だ。 当っているだけに。 その『恋人』には、まだ会わせてもらったことはない。会わせろよ、ともう何度もせっついているのだけれど。 彼も忙しいから、と言ってはいるが、ブラッドの心理くらい簡単にお見通しだ。 もったいない、と思ってるに違いない。 言ってやったことはないが、けっこう馬鹿だと思う。 ──はっきり、そう伝えてやったほうが親切だろうか? 「……言ってない」 「何で。言ってやれよ。喜ぶだろ?」 「そういうタイプじゃない。うっかりそんな話をしたら、びっくりして、混乱して、挙句の果てに『もう会えない』とか言いだしかねないんだ」 「マジ?」 いったいどこの聖職者と付き合ってるんだ、と言われ、いっそそのほうが、判断しやすい、とブラッドは難しい顔をした。 「繊細なんだか大らかなんだか、ぜんっぜんわからない。何をしたら喜んでくれて、何をしたら怒るのか、もだ」 うかうかと──喜んでもらえると信じて──彼女と別れることにしたと告げれば、きっとショーンは、自分のほうが傷ついた顔をする。あんたのせいじゃないんだと、伝えるなら、まずはそこからだ。 「面倒な相手?」 「違うよ。そうじゃなくてさ。ややこしいの。色々と。わかるだろ」 二人きりの時なら、彼らの関係は惑うことなく確かで、何者にも怯える要素などないけれど。 それだけで世界が完結していると、まさかに、そんな勘違いができるほど子どもではないのだから。 「──彼には、家族もいるしな。優先順位を間違うわけにはいかない」 「ふうん」 撮影所で、くだらない悪戯に熱中しているときにはなくしている、大人の分別を見せ、ブラッドは、頭の後ろで手を組んで、視線を遠くへ投げた。 つられてジョージも同じ方向へ目を向ける。 窓から見えるのは、もうごく普通の──美しくはあるけれども──異国の町並だ。 さきほど、友人達に囲まれ、いいように冷やかされながら(だいたい、こういう場合に、かけられる言葉は決まっているものだ。男同士であろうと、それはたいして変わるまい)、顔中で笑っていた二人を思った。 べつに、ブラッドは、彼らをうらやましがっているのではないと思うけれど。 「……移住するってのは?」 「移住? イギリスにか?」 「いや、ここに」 友人の言いたいことを察して、ブラッドは不愉快そうに眉をしかめた。 「ジョージ」 「ナイスなアイディアだと思うけど。『彼』との結婚式にはぜひ呼んでくれ」 「ミスター・オーシャン」 「冗談だよ、ミスター・ライアン」 両手を広げて見せたジョージの襟首を、ぐい、と持ち上げると、ブラッドは、鼻先の触れそうな位置まで顔を寄せた。 「それができるんだったら、俺は一番に彼に電話して、すぐさまここまで連れてきて、結婚式を挙げなおしてるよ!」 それは、充分にわざとらしいわめき方だったけれども、ジョークと言うにはすこしばかり遊び気が足りない気がした。実はけっこう本音だろう、と、これは、うがちすぎた見方というものだろうか? 至近距離でにらみ合う二人に、運転手がちらりと視線を上げる。驚きを表すまいとしている職務熱心な彼に、鏡の中から微笑み返すと、ジョージは、ブラッドの手を叩いた。 「ブラッド…君はたいそうな美形だと思うけど、私はそっちの趣味はないんだ」 「俺だってない」 「同性の恋人がいるくせに」 「ショーンだからだっての。だいたい、お前なんか全然タイプじゃねえ」 「うわ失礼な」 「どっちだよ」 「たまってんの」 「そうだよ!」 ジョージのシャツを投げ出すと、ブラッドは「ああもう」とふてくされて、シートに転がった。 「会いたい」 まるで苦行に耐える僧侶のような顔で、凡俗にまみれたことを口にする。 「会いに行けばいいじゃないか」 「行けねえよ。──すくなくとも、これからしばらくは」 どこへ行こうと何をしようと、人目を忍ぶのが難しい立場ではあるけれども、離婚が公表されれば、なおさらに世間の目はブラッドの動向に集まることだろう。 同性の知人に会うことが、それほどの関心を呼ぶとは思われないが、危険は冒さないにこしたことはない。 こんなときに側にいて欲しいと望むのは、身勝手な要求だ。 あーあ、と盛大なためいきをついた友人に、ジョージはちょっと考えてから、ささやかな提案をした。 「別荘使う?」 「何?」 「私の別荘だよ。あそこ。使ってもいいよ」 美しい湖のそばに建つヴィラは、ジョージのお気に入りの場所で、彼の友人たちの間でも、評判がいい。ブラッドも、もう何度も招待されて、訪れたことがある。そのたびに、ホストを困らせるいたずらに全力をそそいでいたけれども、それはお互い様だ。 『彼』と行ってくれば、と親切に勧められ、けれども、ありがとう、と素直に礼を言うには油断のならない相手なので、ブラッドは疑い深げに相手を見上げた。 「──何かたくらんでる?」 「……以前から常々思ってたが、お前、失礼だよな」 困ってる相手を助けたいと思うくらいには、友達甲斐はあるつもりだぜ、とジョージは真摯に言い、それから、それこそ聖職者のように粛然としたしぐさで「May the grace of God be with you」──恩寵を、と十字を切ってみせた。 後日。 細心の注意を払って人目を忍び、恋人と共にヴィラを訪れたブラッドが一番にしたのは、主寝室にわかりやすく──その気になって探せば、ということだ──仕掛けられたマイクを二つと小型のカメラをひとつ、探し出すことだった。 「Foolish」 やっぱり、と舌を鳴らし、それを全部庭先へ投げ捨てて、それから、ようやく、目を丸くしているショーンにキスをした。 END |
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| 2005.10.11 血さんの気分転換に、ミスター・オーシャンが別荘を貸してくれた、という記事を見たので(ほんとに行ったかどうかは知りません)。 他の誰よりも、豆さんに夢を見てるのは、血さんではないかと言う気がしてきました。 まあ、豆さんも血さんに夢を見てるから、お互い様か。 (一番夢を見てるのはわたしです) |