daydream



誰かが自分の髪を撫でる気配がする。
すこし伸ばした毛の長さを楽しむような、そっとした柔らかな動き。
それが心地よくて、ショーンは覚醒しようとする意識をまぶたごしの光に溶かし込んで、ふわふわとまどろみを楽しんだ。
優しい指先が髪を梳くたびに、気持ちまできれいに整えられる気がした。
こんな目覚めは奇跡のように貴重だと知っているから、ショーンはなるべくぐずぐずと眠りを引き伸ばそうとする。
まぶたを開ければ、デイヴィッドの青い瞳が自分を見つめているのを知っているのだけれど。

でも結局ショーンはそのまま眠ってしまったようだ。
もう一度目を覚ましたときには、寝室に恋人の姿はなかった。

「……デイヴ?」
完全に覚醒して、ベッドの上に起き上がる。
窓から差し込む日の光は、午前も残り少なくなっていることを示していた。
くしゃくしゃになったシーツだけが残された寝台に手を当ててみる。もうそこはデイヴィッドの温もりを残してはいなくて、ショーンは急に寂しくなった。
二人がこのロッジについたのは昨日の午後早い時間だった。
半日を、二人は子供のようにはしゃいで過ごした。
天窓からのぞく空は真っ青、シーツは真っ白、ロッジはどこもかしこも飴色に光っていて、つやつやしている。用意されてたテーブルクロスが赤白のチェックなのはちょっといきすぎの感があって少しばかり恥ずかしいけれど、それもまあ、バカンスならではの甘さだと思うことにした。
探検、と言いながらさして大きくもない建物を隅々まで探って回り、地下室やロフトを見つけるたびに、トム・ソーヤーを気取って笑いあった。
靴も靴下も脱ぎ捨てて、素足でぺたぺた歩くデイヴィッドに「ヴィゴみたいだよ」と笑えば「このまま外に出たりはしませんよ」と抗議が来た。でも、それがとてもきもちよさそうだったので、ショーンもすぐに靴を脱ぎ捨てた。
そうやって、二人して何かと子供じみたことをしているのは、多分、いつもより2インチ上のところに気持ちが浮いているからだ。
もっとも、ラグマットの上で転がりあってるうちに及んでしまった行為については、子供のやることではなかったけれども。

ショーンはもぞもぞとベッドから下りた。
着替えも洗顔もせずに、キッチンへと足を向ける。
リビングに入った途端に、香ばしい匂いとぱちぱちと油がはじける音が聞こえて来て、ショーンはやっと安心した。
フライパンに向かってすこし背をかがめた大きな後ろ姿に声をかけた。
「デイヴ」
「ショーン」
「おはよう。ごめんよ、寝過ごしてしまったね?」
「まだ眠っていてもよかったんですよ。用意が出来たら起こしに行こうと思ってたので」
振り返ったひとは、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべてそう言った。ショーンの知ってるデイヴィッドはだいたいいつもそんな感じだ。優しくて、やわらかくて、ショーンを甘やかしたくてうずうずしている。
初めて遠くから見たときは、ちょっと冷たい感じに見えたよ、と言ってたのはオーリだったか、リジィだったか、それともドムかビリーだったろうか。発言者は忘れてしまったのに、それを聞いたときの驚きだけは鮮やかに覚えている。
確かに彼は表情を作らなければ、とてもストイックですこしとっつきにくく見えるかも知れない(それだって、彼の外見が与える誤解で、ほんとうはシャイででしゃばることが嫌いなだけなのだ)。でも、ショーンは一度だってそう感じたことはなかった。
ヴィゴに「不思議だと思わないかい」、と言ってみたことがある。その時、頼りがいのある彼の親友は、笑いだす寸前みたいな変な顔をしてから、ショーンの肩に手を置いて、ふー、とわざとらしくため息をついたのだった。
デイヴィッドに同情するよ、という言葉は、そうやって誤解されがちな彼への労りの言葉だと思っていたのだが、実は全然違った意味が込められていたらしい。
彼が、ショーンよりも先にショーンに向けられた気持ちに気付いていたのだと知ったのは、何もかもが収まるところに収まってからだった。
「コーヒー飲みますか?」
「うん。……ああ、いいよ、自分でやる」
「やらせてください。休日を一緒に過ごせる者の特権ですから」
さあ、座って、とキッチンの椅子に座らされて、ショーンはデイヴィッドのサーヴを待つことになった。
そんな特権、君以外に誰も欲しがらないよ、と口の中で呟いてみても、デイヴには届かない。
「──今朝のメニューは何だい?」
「舌平目のムニエルとポテトボールとブロッコリーのクリーム煮です」
好きでしょ? とデイヴィッドは笑った。
それはほんとうだったから、ショーンは「うん」と素直にうなずいた。
彼の恋人はショーンの好みに恐ろしく敏感だった。
訊かれたことも、話したこともないことを、彼は当然のように知っていて、魔法のようにショーンの目の前に並べて見せた。
「だって俺はあなたに会う前からあなたに恋をしていたんですよ、兄上」、とデイヴィッドは何でもないことのように言う。
今日はいい天気ですね、と言うような気軽さで。
そのたびにショーンは逃げ出したいようないたたまれさを感じるのだけれど、年下の恋人にはそんなことすらも楽しいらしい。
「ずっとあなたを見てました。好きなことは何か、嫌いなことは何かって考えながらね」
その目に何を映して、その耳は何を聞いて、その唇はどんな言葉を語るのかと。
ひとつ相手のことを知るたびに、大切に胸の中にしまっておくような作業は、ずいぶんと昔に忘れたはずだったのに、目の前にいる金色の髪をしたひとは、それを簡単に思い出させた。
現場入りが遅れたことを、その原因になった仕事を後悔したわけではなかった。ただ、ショーン・ビーンという存在のことを考えるときだけ、もしかしたら過ごせたかもしれない一緒の時間を思い、それがデイヴィッドをすこし切なくさせた。
それも、今ではとおい日の出来事みたいだけれど。
「砂糖はどうします?」
「……今朝はいいよ」
寄せ木細工のテーブルにひじを突いて、ショーンはデイヴィッドの手許を見ている。
その指先が、器用に動くさまを知っていた。
デイヴィッドはいつもショーンの手をきれいだ、と誉めるけれど、彼の手の方がよほど価値があると思う。
その指はショーンの肌に触れ、髪を梳き、口に入るものを作り出す。ショーンよりもその身体の快楽の在処を知っているし、ショーンよりも優しく丁寧にその心をなだめる術も知っている。
もしかしてそのうち、彼の手は自分そのものを形づくるんじゃないだろうか、とショーンはこっそり思うときがある。
きっと彼は最初に世界を作ったあのひとよりも、正しく精巧にショーンを作り上げるだろう。
そんな想像をするのはひどく滑稽で、とても幸福なことだと思った。

ショーンが機嫌よさ気に笑っている。
金色の髪や白い肌が光に溶け込みそうで、カップを置くついでに、デイヴィッドはショーンの頬に触れてみた。
スイッチがきれたようにまぶたが閉じる。うっすら微笑んだ唇に、かすめるようなキスをした。

急いで戻ったフライパンの中で、ムニエルはぎりぎりきつね色に分類される色に焼けていた。デイヴィッドは慣れた手つきでそれを皿に乗せる。それから、黄金色のポテトボールと、白い海の中に緑の島が浮かんで見えるクリーム煮をたくさん。パンはクルミ入りと普通のと。
ショーンが立ち上がってオレンジジュースの紙パックを冷蔵庫からとりだした。
グラスはふたつ。
向かい合ってテーブルに座る。

さあ、今日は何をしようか。
あなたと恋をする以外に。


END
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2004.11.11

デイヴィはお料理が上手だそうですね? いいな、そんな彼氏。