ヴァイヴモードにしておいた携帯が、ヴヴヴと身体を震わせて、自己主張を始めた。
誰かなとディスプレイに目をやって息を飲む。
珍しい。
こちらからかけたことはあっても、向こうからかかって来たのなんか、初めてじゃないだろうか。
まあそれも当然で、相手にしてみれば俺は「恋人の友達」でしかないのだから、文句を言う筋合いじゃない。
もっとも、俺としては「次の恋人候補の一人」にしてもらっても、全然構わないのだけど、なんてそれくらいの下心はないでもないのだが。
とか言ってみたり。
全方向に向けてすこし申し訳ないことを思いながら通話をオンにした。
「Hello?」
「……やあ、ヒュー。その……わかるかな? 私なんだけど」
「もちろんわかりますよ。こんばんは、ショーン」


an applicant for the Devil


ショーンは突然電話なんかしてごめん、と言い、今かまわないかい、と彼らしい気遣いを見せた。
「あなたからの電話なら、真夜中だってかまいませんよ。そちらこそ大丈夫ですか?」
聞き返しながら、ロンドンとの時差を思い出そうとしていた。ていうか、ここどこだったろう?
ああ、アメリカだ。
時差ボケは自分の方か、と笑いたくなった。
「ああ、うん、それはいいんだ。私もこっちに来てるから」
「え、そうなんですか! それは知らなかったな。撮影ですか?」
「……うん、まあ、メインはそれなんだけど」
ショーンは微妙な言い方をした。
メインは、とわざわざ言うからには、サブがあるというわけで。
「……デイヴィッド?」
俺たちの間を結んでいる唯一の人物の名前をあげてみる。腹立たしくも寂しくもあることに、彼に関する以外の理由で、ショーンが俺に連絡をしてくる理由が見つからなかった。
ショーンの恋人で、俺の友人。
まあ、ここは逆でなくて良かった。
デイヴィは礼儀正しいブロンドのハンサムだけど、そういう意味での興味はない。ぜんぜん。(向こうだってそうだ)。
撮影中のショーンのところへデイヴィッドが遊びに来たのか、逆にショーンが呼び寄せたのか、デイヴも仕事でこちらへ来てるのか、まあいずれそんなところだろう。
「彼がどうかしましたか? 喧嘩したわけじゃないんでしょう」
冗談半分にそう訊ねてみたら、「……喧嘩した」とうっそり低い声が返ってきた。
──あらららら。
珍しい。
というか、初めて聞いた。
そりゃ、他人の恋愛事情にくわしく首をつっこんだわけではないが、しかしデイヴィッドから自慢だか惚気だか不明なくらいたくさん、恋人の話を聞かされた身だ。この二人がどんな風につきあってるのかくらい、だいたいわかる。
どっちも気性の激しいほうじゃないから、そろそろ銀婚式ですか、といいたくなるような穏やかで優しいつきあい方をしているようで(もちろん、ベッドルームでもそうだとは限らないが、そこまでは俺の関知するところじゃない)、今まで一度だって喧嘩した、なんてことは聞いたことがない。
よっぽど何かあったんだろうか。
「原因は?」
「──つまらないことなんだけど」
タイミングがね、わかるだろう。
もちろん、わかる。お互いに虫の居所が悪くて、普段ならなんでもないことが大げんかになってしまうなんて、よくある話だ。
でも、言いにくそうに口ごもるショーンに、何だか事情が垣間見えた。
つまり、原因は主にショーンにあるのだろう。
だから、ショーンは俺に電話をしてきた。
でなければ、ショーンにはもっと他に相談を持ちかける友人や知人がいるはずで、一番頼りになるのは、彼ら兄弟が仕える、石の国の王だと思う。
でもその人なら、ショーンの話だけを聞いて結論を出したりはしないで、公平に話を聞いて、公平に判断を下すのだろう。それじゃ、ショーンが不利だ、ということだ。
子供みたいなかわいらしさに、俺は笑いが声に出ないように努力して、精々真面目に言った。
「I see. わかりますよ、ショーン。どっちも悪くなくても、喧嘩になってしまうことはよくありますね」
おおいに同情して見せれば、ショーンは安心したように明るい声を出した。
「だよな」
「で? デイヴィッドは? そこにいるんですか?」
「──出かけた。たぶん、頭を冷やしに行ったんだと思う」
ああ、デイヴィッドらしい。きっと15分もしないうちに戻ってきて、何もなかったように微笑んで見せるんだろう。それくらいはショーンもわかっていると思うのだが、初めての喧嘩で不安になって、話し相手が欲しくなったんだろうな。
「あなたを放って出かけたんですか? なんてひどい奴だ」
「きっと、呆れられたんだよ……。彼を怒らせてしまった」
しょんぼり、と耳を垂らしているところを想像したくなるような声だった。
彼があなたに呆れるなんて、と言ってあげるべきなのだけれど。
ふとわいた悪戯心が、逆のことを言わせた。
「そんな器のちいさい奴はフッてやったら?」
「え?」
ひどく驚いた声がする。そんなこと、かりそめにも考えてみたことはないのだと、簡単に知れた。
「あなたなら、すぐに次の相手も見つかるでしょう? もっと寛容で優しい相手がいくらでもいますよ」
何なら俺も候補に名乗りを上げますけど、と言うと、ショーンはやっと笑った。
「それは光栄だ。でも、デイヴは充分すぎるくらい優しくて寛容なんだよ」
「でも、あなたをほったらかして出かけてるじゃないですか」
「混乱してるんだと思う。私もそうだし。……喧嘩なんて、初めてだから」
彼が帰ってきたら謝らないと、と独り言のようにショーンは言った。
きっとデイヴィッドも今ごろ、同じことを思いながら町をうろうろしているのだろう。
喧嘩、喧嘩、と言ってるけれど、俺にしてみればこんなものは喧嘩の範疇には入らない。ちょっとした日常生活のアクセントみたいなものだ。
喧嘩というのは、もっと激しくて、ゴリゴリしてて、気まずくて、まあ、最低でも半日くらいは後をひくものじゃなかろうか。
「あ…っ」
電話の向こうで、ショーンの弾んだ声がした。
超能力者じゃなくったって、何があったかを理解するのは難しいことじゃない。
「帰ってきたんですね?」
「うん、ヒュー、どうもありがとう。君に話を聞いてもらえてよかったよ」
「いいえ、俺は何もしてませんよ(謙遜でなく、本当に何もしてない)。また、何かあったら遠慮なくどうぞ」
「ありがとう」
「そうだ、デイヴに伝言をお願いできますか?」
「いいよ、何?」
「『今度ショーンをほったらかしてたら、俺がさらって行くぞ』、って言っておいてください」
伝言の内容に、ショーンは心底楽しそうに笑った。
「シューベルトかい?」
「ハーメルンの笛吹き男でもいいですけど」
それとも、七匹のこやぎとか。
赤ずきんちゃんが一番近いか? と思ったことは、ショーンには内緒にしておこう。
「OK、伝えておくよ」
本当にありがとう、と丁寧に、でもどこか慌ただしく通話が切られた。
やれやれ。
今ごろ二人して自分が悪かった、と謝っているのだろう。その姿を思い描くのはとても簡単だ。
──その先を想像するのは下世話にすぎるので、やめておく。

今度会えたら、ショーンから電話をもらったんだぜ、とさんざんもったいぶって自慢してやろう。
せめてもの腹いせだ、とそんなことを思いながら、恋人候補にはしてもらえなかった、ひとのいい誘拐犯志望者は、携帯電話をソファへと放り投げた。



END
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2004.11.26

何故、ここで笛さんが出てくるかといいますと──まあ、長いような短いような理由があるのですが(笑)。
計画中の企画に関係あるようなないような。
K子さん、責任とりました(笑)。