---湾岸道路---


LONESOME CITY/Copyright(C)1998.RYOSUKE ENSO

 三年前、このFDを手に入れた年の夏、東京のはずれを夜中にひとりで走ってときのことを、ぼ
くは思い出した。
 人も車も途絶えた交差点の赤信号でとめられていたとき、この車のアイドリングを聞いていて、
ぼくは泣き出したのだ。
 ボンネットの下、フロントミッドシップにエンジンがある。ふたつのハウジングの中で混合気
の燃焼が、くりかえされている。
 その音やリズムが、そのときのぼくの心臓の鼓動と、ぴったり、かさなっていた。
 心から愛している2ローターの、エンジンがいま生きて動いている。
 シートに身を沈めて赤信号をみつめているぼくも、生きている。
 ふたつの心臓が、鼓動している。
 その鼓動が、みごとに、つながった。
 エンジンの音や振動が、軽量と高い剛性のあるしっかりしたパワープラントフレームからシー
トをこえ、ぼくの両脚や腰に伝わってくる。
 その音や振動は、やがて、ぼくの体のなかに入りこむ。
 心臓まで、伝わってくる。
 鼓動が、ぴたりと、同じだった。
 交差点のむこうの赤信号が、突然、ぼうっとにじんだ。
 ぼくの両目に、涙がうかんできたからだ。
 こいつも生きている。ぼくも、生きている。ぼくとこいつは、いま、たとえようもなく、一体
なんだ。
 そのことを全身で、そして心臓で感じ取ったぼくは、他愛なくも泣いてしまった。
 赤信号の赤が、どんどん、にじむ。
 ふいっと、青にかわった。
 交差点にとまっていたのは、ぼくだけだった。頬を、涙が流れ落ちる。
 身を沈めているFDがものすごくいとおしくて、目を伏せると、ほどよく手に馴染んだDカット
ブラックレザーのステアリングが手の中でじっとしている。
 ぼくは、ステアリングを、抱きしめてしまった。
 濡れた頬の下で、ホーンキャップが、ひんやりとすべすべしていた。しっとりと、冷たくて。
 片手で抱きしめ、片手でステアリングをぼくは何度も軽く叩いていた。
 涙が、ぽろぽろと、落ちてくる。
 FDのアイドリングの音と、ぼくの心臓の音が、じかに、つながっている。うれしい。ものす
ごく、うれしかった。
 信号が再び赤になる寸前、ぼくは、FDをスタートさせていた。
 夜おそく、車のいない道路。
 ぼくは、いっきに、トップ・ギアの5速までシフトアップし、3500をすこしこえた回転で、
まっすぐに走らした。

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