謎の××焼き


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タイ焼き

「タイ焼き」を英語で説明しようとすると結構大変だ。
「タイ」と「焼き」に分けて訳せばすんなり伝えられるかというとそうでもない。

まず「タイ」は、和英辞書によれば、英語で "sea bream" というそうだ。 これを日本語に直訳すれば「海のコイ」で、ちょっと妙な感じがする。 英語では一語で「タイ」に相当する言葉は無いのだろうか?

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これは「海のコイノボリ」

普通「タイ」といえばマダイのこと。 英語で "porgy" は日本語でいう「マダイ」にほぼ相当するようだ。
タイ科の魚にはマダイ以外にもキダイやクロダイなど日本産だけでも10種類ほどあるが、こういうのは "porgy" とは言わないのだろう。

"snapper" でいいのではという話も聞いたが、これは「フエダイ」。 「タイに似た体とややとがった口を持つ海産魚の総称」だそうである。
フエダイの他にもアマダイやらキンメダイなどタイと名のつくものは多いが、見た目は似ていても生物学的には違う種類。
しかし、ここで問題にしているのは見た目だけだから、生物学的にどうこうというのはあんまり関係ないな……。

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フエダイ(想像図)
つ、つまんね……

まあいい、さしあたり「タイ」は "sea bream" ということにしておこう。
問題は「焼き」の方である。
この場合の「焼き」とは「その形に似せて焼いた何らかの食べ物」という意味だ。
つまり、「タイ焼き」とはもちろん「タイを焼いたもの」ではなく「タイの形に焼いた食べ物」ということになる。

これを英語に訳そうとすると、どうも簡潔にならない。 20秒ほど考えてひねり出した訳語は、例えば

food which looks like a sea bream
(タイのように見える食べ物)
とか
Japanese hot cake which looks like a sea bream
(タイのように見える和風ホットケーキ)
という感じだ。
正確に伝えようとすればするほど長ったらしくなり、だんだん訳語というより製造法の記述に近づいていってしまう。

まさか無いだろう、と思って和英辞書で「タイ焼き」を調べてみたら、意外にもある一冊に出ていた。 こうだ。

fish-shaped pancake filled with bean jam
「タイ」を「魚」に簡略化してしまったのはさすがと思った。
しかし、「魚の形をした豆ジャム入りパンケーキ」と言っているわけだから、これはもう完全に、訳語というよりも、食べ物としての構成を説明した文句だ。
自分の考えた訳よりはずっといいと思うけど、長ったらしさという点では違いがないし、そもそもこんな風に言われてすぐにタイ焼きのことだと気づく人間なぞそうそう滅多にいるまい。 生っ粋の日本人にも至難の業である。
しかもなんだかマズそうだ。

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「魚の形をした豆ジャム入りパンケーキ」近影

結局のところ、英会話の中でタイ焼きについて述べようと思ったら、「タイ焼き」は "taiyaki" と言うしかないのだろう、と結論した。

さて、この「タイ焼き」同様、
「人形焼き」は「人形の形に焼いた食べ物」だし、
「ドラ焼き」は「銅鑼の形に焼いた食べ物」だし、
「太鼓焼き」は「太鼓の形に焼いた食べ物」だし、
「目玉焼き」はもちろん「目玉の形に焼いた食べ物」だ。

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人形焼き

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目玉焼き

しかし、これ以外にも別の「焼き」の使われ方がある。

例えば、「鉄板焼き」は「鉄板の上で焼いた食べ物」だ。
「お好み焼き」は「好みのものを適当に混ぜて焼いた食べ物」というところだろうか。
こういう場合の「焼き」とは「こういうふうにして焼いたもんだよ」という製法を表すものと考えられる。
「根性焼き」というのも(食べ物じゃないけど)これと同様の言い回しと考えていいだろう。

「今川焼き」は「太鼓焼き」と同じものだが、「今川橋近くの店ではじめられた食べ物」ということでこう呼ぶそうだ。
この他にも地名の下に「焼き」をつけた「なんとか焼き」という名称は、食べ物でないものも含めればおそらく星の数ほどあるに違いないが、この場合の「焼き」とはその物の由来とか特産品としての独自性を表すものだと言える。

逆に、「焼き」という言葉が下ではなく上についている食べ物の場合はどうだろう。
「焼き肉」これは単に「焼いた肉」だ。
「焼き魚」単に「焼いた魚」。
「焼きトウモロコシ」単に「焼いたトウモロコシ」というだけの話。
つまり、単に「これは焼いたもんだよ」ということを言うだけの場合は「焼き」は名前の終わりではなく頭につくのだ。

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焼き魚(イワシのみりん干し)

応用としては「石焼きイモ」というのが挙げられる。
これは「石焼き」+「焼きイモ」つまり「石を使って焼いたイモ」ということだから、「焼き」の製法を表す用法と何を焼いたかを表す用法が同時に使われているわけだ。

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石焼きイモ

ここまで考えて、何となく大発見したような気分になった。
しかしこのウキウキ気分は長く続かなかった。 数秒後に、この法則をブチ壊すものの存在に気づいたからだ。

その名も「卵焼き」

この名称は形状も製法も由来も伝えない(卵の形をした卵焼きなぞ、未だかつて見たことがない)。
「卵を焼いたもの」だから「卵焼き」ということなのだろう。
しかしそれならば「焼き卵」と呼ぶ方が筋が通っているはずだ。 実際、「厚焼き卵」という言葉があるじゃないか。 これは前述の「石焼きイモ」同様「厚焼き」+「焼き卵」と考えられる。

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卵焼き

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これは卵

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アップで見てみよう

「タイ焼き」は「タイを焼いたもの」? いや違う。
「人形焼き」は「人形を焼いたもの」? いや違う。
「鉄板焼き」は「鉄板を焼いたもの」? いや違う。
「お好み焼き」は「お好みを焼いたもの」か? なんだそりゃ。
「今川焼き」は「今川を焼いたもの」とでも言うのか? まさか!
じゃあ「卵焼き」は? うーん。

ということで、「卵焼き」は謎なのである。

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しくじってアメリカ大陸になってしまった卵焼き
つまり「新大陸焼き」

ちなみに、「タコ焼き」は微妙なとこだよね。
中にタコが入ってるけど、それだけじゃなくて、あの丸い形がタコの頭に似ているといえば似ている……。

Y. Furui, 1998-03-24


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