情景


 夏の初めを感じさせる、少し生ぬるい風の吹く夜だった。
おいらはいつものように、駐車場の一角でうとうととしていた。
時に横を通る人達は、カサカサとコンビニの袋を手に持って
それぞれの家路についている。
おいらの前輪の上あたりにへばりついたツバメのフンが、ちょっと切ない。(笑)

  突然、アパートのドアを閉める少し乱暴な音がしたと思ったら、
階段をトントンと降りてくる一人の男が見えた。
手にはカチャカチャと、キーホルダーが握られている。
 「あれ?久しぶりに深夜のドライブ?珍しいじゃん?」
と思っているおいらに、ヤツは近づいてきて、おもむろにキーを差し込んだ。
 バンッと思いっきりドアを閉める音がして、その時おいらはすでに、ヤツが
いつもと少し様子が違っているのに、気付いた。
 「ふぅ・・・・・・」と、少し眺めの溜息・・・・・・。
そして、おいらはいつもそうしてるように、「キュルキュル」と声をかけて、
自分が元気だと言うことを、ヤツに伝えた。
 ヤツも、いつもそうしてるように、おいらのウォーミングアップが終わるまで
煙草に火を付けて・・・・・・。
 ・・・やっぱりいつもと違う。いつもならここで、ドライブのBGMを選ぶ為に、
デッキに手をのばすのに・・・・・・今日のヤツの目は遠くを見てるようだ。
 「何かあったの?」
おいらの問いかけに答えるよりも早く、ヤツはサイドブレーキを下ろし、
おいらを走らせた。

 コースはいつもの、バイパスコース。
この女の人、綺麗な声だね。でも・・・・・・哀しい歌だね。
チラッとヤツの顔を見ると・・・・・・泣いてた。おいらは驚いた。
 こんな歌聴いてるからだよ。いつもの元気な曲は、どうしたのさ?
ほら、いつも隣に乗せてるあの娘の好きな、あの歌。
・・・そう言えばあの娘、ここ最近全然見ないね。元気してるのかな?
あの娘がついててくれたら、おいらもいつまでも、このツバメのうんち、
付けっぱなしでいなくて済むのに。
 おい、クラッチの繋ぎ方が乱暴だぞ!
そんなに引っ張るなって!そんなに踏み込まなくても、おいら、滅多に
他のヤツに負け無いぞ!
 いつもならノッキングなりなんなりの抗議に出るおいらだけど、今日は
そんな気になれなかった。

 いいよ、何があったか知らないけど、気が済むまでつきあってやるよ。
でも、事故だけはしないでくれよな。おいら、こないだ車検済ませたばっかりで、
まだ死にたくないからさ。

  そんなおいらの気持ちを分かってるのかどうなのか、ヤツは東へ、東へと
走り続けた。

 少し懐かしい景色を横目に・・・・・・


 車の流れは順調だった。バイパスをどんどん東に進んで、
どうやらいつもの場所・・・人気のない埠頭に向かっているみたい。
 おいら、何を言えば良いのか分からなくて、ずっと運転をヤツに任せていた。
時々、ぐいっと涙を拭く姿が、何とも情けない。
「いい男が、台無しだぜぇ?」
おいらの憎まれ口も、耳に入らないみたい。つまんないの。
 突然、助手席のフロントに手を伸ばして、そこにくっつけてた小さなミラーを
ばりっと剥がした。乱暴にすんなよ!今の、ちょっと痛かったぞっ!
反撃しようとした時、ヤツの小さな声が聞こえた。
「もう、これもいらねーや」

 ・・・おいら、この時やっと理解したんだ。あの娘、もうおいらの助手席に
乗る事もないんだ・・・。それで、こんなに運転が荒れてるんだな。
 分かったよ。もう何も言わない。
おいら、人間の恋愛感情っての、良く分かんないんだもん。
好きなようにしな。おいら、お前に鍛えられたお陰で、
滅多な事じゃクラッシュしないからさ。
でも、安全運転してくれよな。

 時々、ブツブツとヤツが呟くのが、うるさい。
どうやら、あの娘の気持ちが分からないって言ってるみたいだ。
 おいらもヤツの気持ちが理解できない。分かんないのなら分かるようになるまで
話をすればいいのにさ。おいら達でさえ、お互い何をしようとしてるか、
ちゃんと車同士知らせあってるってのに。
・・・たまに予想もつかない事するバカもいるけどさ(笑)

 ・・・どうでも良いけど、なんか、スピードがどんどん上がってないか?
このまま行けば、もう少しで急なカーブにさしかかる。
おいら、このままのスピードで曲がりきる自信、ないぜ?
 チラッとヤツを見ると・・・全然目の焦点が合ってない。ヤバイよ、これ。
おい!何ぼ〜っとしてんだよっ!目を覚ませよ!
おいら、死にたくないって言っただろ!
 おいら、回転数を上げて音を大きくしてみたんだけど、全然気付く気配がない。
そうしてるうちに、カーブはどんどん近づいてくる。
 だめだ・・・そう思った瞬間、おいら、こないだステアリングを交換した事を思い出した。
ショップのにーちゃん、ちょっと焦ってたんだろうな、
配線の接触ががちょっと甘いんだ。これ、何とかなるかな・・・・・・。

 「パーッッッ!!」
 ・・・・・・すごい迫力でクラクションは鳴った。やった!出来た!
ヤツはハッとして、カーブに気付いて、あわててブレーキを踏んでくれた。
なんとか減速、間に合ったみたい。無事にカーブを曲がり切る事が出来た。
 やれやれ、ヒヤッとさせるなよなぁ。もう少し遅かったら、
一緒にあの世行きだったぜ?
 ホッとしたのもつかの間、ちょっと困った事になった。
・・・止まらないんだ、クラクションが(笑)
 いやだなぁ、大音響をまき散らしたまま、おいら達ネオン街を
縦断するハメになっちまったよ。
ま、いいや。スクラップになるよりゃマシさ。



 何とかクラクションを止めて、おいら達、いつもの埠頭にたどり着いた。
ごめんな・・・おいら、鳴らすことは出来たけど、止め方は知らないんだ。
そんなにドキドキしてんじゃねーよ。悪かったってばさ。
 しばらくハンドルに頭をくっつけて動かなかったヤツが、
やっと動いたかと思ったら、おもむろにポケットを探り始めた。
どうやら携帯電話を探してるみたい。でも、慌てて出てきたみたいだしさ、
お前の事だからきっと、部屋に忘れて来てるんじゃないか?
 しばらく探してたんだけど、諦めて再びおいらを走らせ始めた。
目指すは公衆電話。
テレカが無い・・・なんてオチを期待してたんだけど、あったみたいだな。
あの娘がダッシュボードに残した、猫の写真のテレカ。
「こんなの、使えねーよ」ってお前、あの娘に言ってたけどさ、
役にたったじゃん?
 で、どこにかけるつもり?おいら、どこも悪くないよ。
ブレーキのききの良さは、さっき証明されただろ?
 見覚えのあるタバコ屋について、おもむろにテレカを突っ込む。
ええ〜、ここ?ここってさ、ボックスじゃないからイヤだって言ってたとこじゃんよぉ。
そんなに急ぐ用事なのか?

 カチャカチャと慣れた手つきで電話をかける。
 ルルルッとヤツが話かける。プツッと相手が答える。
 電話って便利だね。
 そんな風に思いながらぼーっとしてたら、電話の向こうから怒鳴り声が聞こえた。
 女のコの声だった。
 「馬鹿っっ!!何してるのよっっ!!」っていう大きな声が最初に聞こえて、
それからは何も聞こえない。あ〜あ、また怒らせてる。
あの娘、普段は良い子なんだけど、怒ったら手の着けようがないって、
お前も分かってるだろ?
 ・・・あれ?ケンカしてるんじゃなかったっけ?
 ちょっと不思議に思ってると、ボソボソとヤツの声が聞こえてきた。

  「電話?ごめん、部屋に忘れてきたんだ。今?いつもの埠頭。うん、一人。
さっきさ・・・ちょっと事故しそうになってさ。大丈夫だって。うん。
でも俺、しょーじき死ぬかと思ったよ。え?お前・・・何泣いてんだよ。無事だって。
・・・謝んなくていいよ、俺も悪かったんだしさ。
たださ、俺、もしかしたら死んじゃったりしたかも知れなくて
そう思ったら、怖くなってさ。
俺、まだ正直なお前の気持ち、聞いてねーやって・・・。
心配しすぎだよ。帰ったらゆっくり電話するよ。え?何度も電話したって?
だから、ごめんってさ。忘れただけだって。
・・・ちょっと、そこまで言う事ぁないだろ?」

 あ〜あ、最初はいい雰囲気だったのにさ、またケンカ腰になってるよ。
 おいらが溜息をついた時、案の定ヤツは思いっきり受話器を叩きつけてた。
そして大股で歩いて、ブツブツ言いながらおいらのドアを開けて、
さっきのように思いっきりバンッ!と閉める。
 ただ、さっきと違うのは、ヤツの顔が少し笑ったように見える事だ。
やっといつもの顔に戻ったね。おいらの好きな、お前の顔だよ。
 ちょっと考えて、ヤツは軽い手つきでギヤを入れる。
 ヴォンッ!っとおいらも、答える。
分かってるよ。あの娘のとこに行くんだろ?
今度はぼーっと運転するんじゃねーよ。おいら、もう注意してやんないぜ。

  人間って、本当に扱いにくい生き物だよな。もう少し素直になればいいのにさ。
衝動的な行動が取り返しのつかない事になるかも知れないって、
何度同じ事を繰り返せば分かるんだろ。
 死んじまったら何にもならないだろ?
おいら達は壊れちまった後でも、調べれば原因を分かってもらえるけどさ、
人間の心理なんてモノは、伝えなきゃ分からないものなんだぜ?
 生きてるうちにちゃんと伝えなくて、どーすんのさ?

 おいらのお説教も耳に入ってないんだろうなぁ。ま、いいや。
でもさっきの事、少しは感謝してくれよな。

 そんなおいらの声だけ聞こえたのか、ヤツはぼそっと呟いた。
「明日は久しぶりに洗ってやるよ」
 ・・・分かってるんだ。洗うのはお前じゃなくて、あの娘だろ?

  おいらの何度目かの溜息、今度はヤツに聞こえただろうか?

             終わり

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