SCENE.1


ぷすん・・・・・・ぷすんぷすん・・・・・・
今日はいつもより、調子が悪いみたい。ごめんね。
ちらっと彼の顔を見たら、いつもの心配そうな様子。
優しいね、いつでも。どんなに調子が悪くても、あなたは不機嫌そうな顔をしない。
だからあたしも、いつも頑張ってるんだよ。
でも・・・・・・ごめんね。最初の頃のような元気が、あたしにはないわ。
あの頃は、よく二人で夜中の高速をドライブしたモンだよね。
何処というワケでもなく、ただひたすら一緒に西に向かって、走ったっけ。
最近のあたしはすっかり心臓の調子が悪くて、変な音と振動を与えてしまう。
だからあなた、最近は国道を、ゆっくり走るだけ。
他の車にどんどん追い抜かれても、鼻歌なんか歌っちゃって悔しがる様子もない。
昔のようには走れないけど、それでも走りたいあたしの気持ちを分かって
くれてるかのように・・・・・・。
そんなあなただから、あたしは一緒に走れて、幸せだよ。
いつまでも、こうしていたいけど・・・・・・。

ぷっすん・・・・・・
いけない!考え事してたら、本当に止まっちゃった。
「あ〜あ・・・・・・」
彼はポリポリとアタマをかいて、外に出て、あたしのお腹の中を覗いた。
綺麗でしょう?いつもあなたが手入れしてくれてるからね。
でも・・・・・・恥ずかしいな。どんなに綺麗にしてても、年式の古さは隠せないね。

しばらくお腹の中を見ていた彼が、ふうっと溜息をついてボンネットを閉める。
近くの公衆電話に歩いていって、何かボソボソ話したあと、再び戻ってきた。
「やっぱ、お前もしんどいよな」って、あたしのお腹をポンと叩いた。
確かにね。でも、もうちょっとくらいならイケるよ。だけど・・・・・・。
そう言おうとしたら、何かあたしに近づいてくるヘッドライトが見えてきた。
ああ、いつものけん引君だ。またキミにお世話になっちゃったね。
けん引君は「あれ?またキミかぁ・・・・・・」と呆れた顔。悪かったわね、またあたしで。

「こないだ調整してもらったんじゃないの?」
「・・・うるさいわね。今度は違うとこが、調子悪いのよ」
「キミの他にもさ、常連さんいたんだけど、最近見ないんだよな。アレ、絶対
 買い換えられたんだよなって、もっぱらの噂!(笑)」
「・・・うるさいってば!ごちゃごちゃ言ってるヒマがあったら、とっととあたしを
 運びなさいよっっ!」
「怖え〜〜・・・いやだよな。年増のヒステリーって」
フン。年式はかなりイってても、気合いだけはアンタ達にも負けないわよ。
けん引君は、ひょいと肩をすくめて、あたしを運び始めた。
分かってる。行き先はいつもの、彼の友達の店だ。

「よっ!ま〜だその車乗ってんのぉ?」
・・・こいつも相変わらず、口の減らない男だこと。
でも、ちょっと心がチクンと傷んだ。
「お前がここでコレ買ったのって、オレが働き始める前の事だろ?あれから何年
 経ったと思ってんだよぉ。オレなんか、もう3台目に乗り換えてるんだぜぇ」
そいつはバカ笑いしながら、ぞんざいにあたしのお腹を開けた。
・・・汚い手で、触らないでよ。それにね、あんたが何台目に乗ってるかは、あんたの
勝手でしょ。彼はね、あんたみたいな薄情モンじゃないのよっっ!
ほら、きっと彼だって、何か言い返すはず・・・・・・
「そうだよな。もう、そろそろ買い換える頃かもな・・・」

・・・・・・あたしはさっき言いかけた言葉を飲み込んだ。
”もうちょっとくらいならイケるよ。だけど・・・・・・”
「だけど・・・あたしが必要じゃなくなったら、いつでも捨てて。」
そう言いたかったけど。
いざ、あなたにそう言われると・・・・・・さすがに辛いね。
ちらっと外を見たら、任務を終えたけん引君が去って行くのが見えた。
”アレ、絶対買い換えられたんだよなって、もっぱらの噂!(笑)”
その常連さんは、どこに行ったんだろう?
どこかの代車として、第二の人生(?)を送ってるんだろうか?それとも・・・・・・
あたしは足下に転がってる、錆びたネジを見た。
・・・哀しいけど、これが現実かな。
今のあたしには、代車としての役にもたちそうにないわ。

応接室の中では、彼とその友達が、何やら話してる。
「良いのがあるんだよ!こないだ下取りしたばっかでさ。程度がすごく良くて。
 今ならまだ買い手が決まってないからさ、なんならオレから主任に頼んでおくぜ」
そうだよね。これは良いチャンスだよ。お金もだいぶ貯まった頃でしょう?
そうしてるうちに、彼が出てきた。
「じゃ、お願いします」ってアタマ下げて、あたしを置いて歩いて行く。
「明日には治しておくよ」って言いながら、友達がボンネットを閉める。
今日はここで、一人でお泊まりか・・・・・・。


数日が経ち、あたしはまたのんびりと走る日が続いている。
最近、彼が友達の店に足を運ぶ回数が、急に増えた。
そんな彼の顔は、なんだか嬉しそうに見える。
あたしは、いつかその日が来るまで、何も考えないようにしていた。
今度はあなた、どんな車に乗るのかな?
最近の流行って、今のあたしとは全然タイプが違うよね。
でも、あたしだってこれでも、当時の最先端をイってたんだからね。
でもさ、これだけは言っておくよ。
どんなにピッカピカの車を手に入れたって、あなたに一番似合ってるのは、あたしだよ。
もうすぐきっと、あたしはいなくなる。だから、このくらいの強がり、許してくれても
いいでしょう?

そんなある日、一緒にいつものようにその店に行った。
でも・・・今日は違う。あたしはなんだか、奥の方に連れて行かれた。
なぁに?駐車場で待ってればいいんじゃないの?
あたし、今日はどこも悪くないのに、間違いじゃないの?
怖くなって彼を振り返ると、
「じゃ、よろしく」
「ああ、任せてくれ。んじゃ、お前、こっちに来いよ」
友達と話をしながら、あたしを置いて、去っていく後ろ姿が、目に入った。

そうか・・・きっとこれが、あなたを見る最後なんだね。
今日は「その日」なんだね・・・。
薄情じゃない。別れもロクに言ってくれないなんてさ。
でも、その方がいいかもね。あたし達らしくてさ。
改まった別れは、キライだもんね。
あたし、いつか生まれ変わったらあなたの車の部品になりたいな。
そしたら・・・また一緒に走れるね。
遠のいていく意識の中で、あたしは彼と一緒に走っていた頃のことを思い出していた。
また・・・会おう・・・ね・・・・・・・・・


気が付いたら、あたしは店の入り口の近くにいた。
あれから何日経ったんだろう・・・。
「んじゃ、さんきゅな。持って帰るわ」
懐かしい声の方を見ると、彼があたしの方に向かって歩いている。
「しかし・・・まさかエンジン丸ごと交換するなんて、思ってなかったぜ〜。
その車にそこまでする価値、あんのかよぉ」
何度か聞いた、友達の呆れた声がする。
え??エンジン交換??
「ははは!んじゃな〜!」
彼はあたしに乗り込んで、バンッとドアを閉めた。
キュルッと音がして、あたしの心臓が動き始める。
「あのね、あのね、何て言ったら良いか分からないんだけど、すごく軽いの。
 ムネのつっかえが、取れたみたいなの・・・・・・」
そう言ったあたしの言葉が聞こえたのかしら?すでに1回転してる、あたしの走行距離を見て、
「もう一回転すっか?簡単に壊れるんじゃね〜ぞ。金かかったんだからなぁ」

ヴォンッとふかしたマフラーの音を聞きながらあたしは、自分は今きっと
他のどの車よりも幸せに違いないと言うことを、噛みしめていた。
走行距離、もう一回転したら・・・またエンジン交換してくれる?

               おわり

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