Stay T


風が冷たくなってきた11月の昼下がり、僕は道行く人たちを眺めていた。
「目玉商品」の札を下げた僕の前を、たくさんの人が通り過ぎて行く。
僕はこの人達の中に、あの日の彼女の姿を求めずにはいられなかった。

彼女が最初に僕に・・・正確に言えば「僕の仲間」に恋をしたのは、
彼女がまだ長い髪にリボンをつけてた、お嬢さんの頃。
その頃僕はまだ生まれてなかった。
彼女はセーラー服を着て自転車に乗って、アクビをしながら授業を受けて、
放課後はクラブに熱中して、帰りは友達とソフトを食べながら下校・・・。
そんな平凡な高校生だった。
初めてクラブのOBの車に乗せてもらったのが、17歳の夏の事。
小さい割りにはパワーのある僕の仲間に、一目惚れをしたらしい。
「先輩、この車、なんか、可愛いですね」
彼女が車に対してそんな感情を抱いたのも、それが初めての事だったらしい。
もっとも、車に興味も持っていなかった頃のことだから、そんな感情は
すぐに忘れていったらしいけど。

2回目に僕に恋をしたのは、彼女が嫌々教習所に通っていた頃。
運転の楽しさを知ってしまった彼女が、自分の空間ごと移動できる物体を手に
入れたいと思った時、真っ先に思い浮かんだのは、あの日可愛いと思った僕の名前。
そしてそれから数年後、彼女は念願の僕との対面を果たした。

それから僕たちはどこに行くのも一緒で、自分で言うのもヘンだけど
彼女は本当に僕のことを愛してくれた。
変な名前まで付けられて少々迷惑だったんだけど、時間が経つにつれ、僕も
その名前で呼ばれるのに慣れてしまった。
ハデな運転ができるワケでもない。毎日会社の往復と、ちょっとした遠出に出る程度。
そんなのなら別に僕でなくても良かったんじゃない?ほら、もうちょっと
キミにあった、かわいらしい小さな車があるでしょう?って何度も思ったけど、
それでも僕を走らせる彼女はとても幸せそうだった。
「ごめんねぇ、こんなんじゃ、せっかくのアンタの力がもったいないよねぇ」
なんて言いながら、それでも直線しか走らない彼女。
なんだ、自分で分かってるんだ。それじゃもう何も言わないでおこう。
大体キミは不器用なんだから、キミの好きなように乗ればいいさ。
僕はどんな風にでも走れるんだから。

他の人に「こんなのに乗ってるワリには、おとなしい運転するんだね」って
言われた時も、ちょっと恥ずかしそうに
「この子はね、飛ばす為の車じゃないんだ。”飛ばせる”為の車なんだよ」
と答える。
「これ以上は、単なる環境汚染だよ」と人に言われても
ターボタイマーの設定は、必ず3分。

そして、そんな彼女を、僕もとても好きだった。




それから毎日、平凡な生活が続いた。
時々体調を崩す僕に対して、彼女は機械音痴なりに色々調べてくれたし、
僕も落ちこんだ彼女の為に、色んな場所に彼女を連れて行った。
僕は彼女と離れるなんて事は考えられなかったし、彼女もきっと
僕と離れるなんて事は考えてなかったはずだ。
こんな日が、いつまでも続くと思っていた。

どのくらい経った頃だろうか?彼女は時々、
「もっと、あんたの喜ぶような運転をしてやりたいよ」と言うようになった。
「本当は・・・もっと色んな道、走りたいよね?もっと上手な運転を、して欲しいよね?」
僕が喜ぶような運転って、何さ?色んな道って、どんな道さ?上手な運転って、何さ?
キミがいてくれれば僕は嬉しいし、キミと一緒に走る道以外は知りたいと思わないし、
たとえどんなに上手でも、キミ以外の人に運転して欲しいなんて、僕は思ってないよ。
そりゃ正直に言えば、なんで僕ほどのパワーを持ったヤツがこんな所にいるんだ?って
思った事もあるさ。本来僕は、こんなのんびりした走りをするヤツじゃないんだぞって・・・。
でも、キミと一緒に過ごして、こんな生活も悪くないな・・・なんて思い始めてたんだよ、
いつの間にかね。
だからそんな、らしくない事を考えるんじゃないよ。
大体、キミがそんな芸当できるワケないじゃん?
そんなにトロくさいキミなのに(笑)

だから僕はそんな彼女の言葉を、適当に聞き流していた。
「あんたにふさわしい運転をしたいよ」なんて、どうか考えないで。
どうすれば僕が満足するかなんて、どうか考えないで。
本当に僕の事を思うなら、どうかキミらしいキミでいて欲しい。
でも、彼女はだんだんと色んな場所に出入りするようになって、色んな人に会って、
色んな練習を繰り返したりするようになった。

ある日の午後、彼女はいつものように出かける準備を始めた。
「今日はね、実地で色々教えてもらえそうなんだよ。少々ハードだけど、大丈夫。
 アンタには負担かけないように、他の車貸してもらえる事になってるから」
・・・僕で練習しないの?他のヤツに乗るの?
「そりゃあたしだって、アンタで上手くなりたいよ?でもさ、もうちょっと上達して
 からでないとイヤなんだ、傷つけそうで。それを恐れるようじゃ上達しないんだって
 分かっちゃいたんだけどね。どうしても踏み込めなくて・・・。
 満足できる運転ができるようになったら、一緒に思いっきり遊ぼうね。」

僕はあんまり気が進まなかったんだけど、彼女がそう決めたのなら・・・。
言うとおりにするしかなかった。いつものように行き慣れた場所に向かう。
そして、彼女は僕から降りて、「ちょっと待っててね」と僕を置いて、歩いていった。
あまりの天気の良さに、僕は彼女を待ってる間にうとうとと眠ってしまった。

夢の中で、救急車の音を聞いたような気がする。




どのくらい時間が経っただろうか?誰かが僕に乗る。
でも・・・彼女じゃない。この人は誰だろう?
彼女はどこ?彼女はどうして来てくれないの?
待っててって言われたんだ、勝手に動かされると、困るんだよ。
僕の必死の抵抗も空しく、僕は訳も分からないまま、駐車場へと連れ戻された。
彼女は家に戻ったの?僕を置いて、一人で帰ったの?
僕はずっと玄関から彼女が出てくるのを待っていたけれど、彼女がドアを開けて
僕の所に来てくれる日は、二度と来なかった。
「ちょっと待っててね」と振り返った姿が、僕が彼女を見た最期だった。

「アンタはどんな運転をして欲しい?」
何度か彼女の繰り返した声が、今でも僕の中に残っている。
僕は何も望んでいなかった。
ただ側にいて、一緒に走っていたかった。
ワックスをかけた次の日、ペロッと舌を出して
「またやっちゃったね」と雨の中僕に声をかける、
そんな不器用なキミが好きだった。
パッシングされた時、「ごめんね、アンタにもイヤな思いさせて・・・」と
ステアリングをポンポンと叩くキミが好きだった。
僕を壁にすりつけてしまった時、傷跡を撫でながら
「痛かったよねぇ・・・」とベソをかくキミが好きだった。
嵐の夜、部屋から心配そうに僕を見守るキミが好きだった。
嬉しそうにオイルを変えてくれるキミが好きだった。
ただ、ずっと一緒にいられれば、それで良かった。
そのままのキミでいてくれれば、それで良かった。

大事なことは「どんな風に愛するか」じゃなくて
「どこまで愛せるか」だと言う事を忘れてしまったキミ。
「どんな風に」という事ばかりに捕らわれて、結果僕たちは
二度と一緒に過ごす時間を手に入れる事は出来ない。
「かなり車好きの女の子だったみたいだねぇ・・・」
中古車ショップに引き渡される僕に、誰かが呟く。
そうだね、彼女はとても僕を愛してくれたよ。でも・・・・・・
生きていてくれなきゃ、何もならないんだ。
一緒にいられなかったら、何もならないんだ。

これからもきっと、誰かが僕に乗ることだろう。
僕もきっと、一緒に走ることの喜びを、誰かと分かち合うだろう。
でも・・・・・・僕は忘れない。

キミが取り付けてくれたターボタイマーの設定が
たとえ1分に設定されたとしても・・・・・・。

              おわり

Dream Co.へ