臨時会議

 

「いったいこれは何の集まりなんだい?」

一番最後に席に着いたジョーは、集まった者たちの顔を順番に見回しつつ質問する。
が、答えは得られない。
誰もが何も言わないからだ。
諦めて、隣のフランソワーズに語りかける。が、これもあっさりと無視され、頭を掻きながら僕のほうを向いた。

「ピュンマ。何か起こったのかい?」

心配そうに言うのを、僕はそうじゃないよと安心させるように答える。

「でも、ここでミーティングっていうのは珍しいよね」
「そうだね」

そう。いつもはギルモア邸のリビングなのだ。が、今日は違った。
今日は――地下の研究所内にあるミーティングルームだった。ふだんは使っていないここは、通常、ミッション関係の際に使う場所だった。
ジョーの疑問ももっともである。

「――全員揃ったし、始めるか」

腕組みをしたままハインリヒが言う。
彼の両隣のジェットとジェロニモも重々しく頷く。

「え。全員って…大人とグレートがいないじゃないか。イワンも」
「いいんだよ、ミッションじゃないんだから」
「でも」
「つまり、ギルモア邸に住んでいる全員って事だ」
「だったらイワンと博士もそうだろう?」
「彼らは関係ないんだ」
「関係、ない…?」

不得要領なジョーの腕にフランソワーズが手をかけて制する。

「いいのよ、私たちだけで」
「でも」
「いいの。だって博士とイワンは被害に遭ってないから」
「被害…?」

眉を寄せるジョーに、対面から声がかかった。円卓なので、厳密に言えば対面など無いのであるが。

「一番の被害者はフランソワーズだからな。フランソワーズから言うのがいいんじゃないか」
「イヤよ。それに私が一番被害に遭ってるっていうのは正確ではないわ。私は――たまにしか、遭ってないもの」
「ふむ。惚れた弱みだな」
「おいおい、ジェロニモさんよ。お前さんだって酷い目に遭ったじゃないか」
「……そうでもない」
「いま言っておかないと後で悔やむぞ」

僕は、放っておけば好き勝手にいつまでも喋っているであろう輩に向けて軽く咳払いすると

「静かに。今日の議題は」

ジョーと目が合った。逸らさず、そのまま言ってしまう。

「屋内での加速装置使用禁止について、だ」

 

***

 

「――えっ?僕?」

一瞬の間のあと、ジョーが自分を指差し周囲を見回す。

「そうだ。お前は後先考えず加速装置を使いすぎる。お前が加速したそのあと、部屋がどうなっているかわかってないだろう」
「え。どう、って……」
「ほらな。誰が後始末してると思ってるんだ」
「え、でも、僕だけじゃないよ。ジェットだって」
「俺は使ってないぞ、屋内ではな。何しろ、俺のはジェット噴射だから、そもそも屋内では使えない。屋根が破れるからな」

だから、屋内で加速装置を使うのはジョーだけということになる。

「え、だけど、そんな――滅多に使ったことなんか」
「あるだろう?」

ハインリヒが重々しく断言する。
ジョーは言葉に詰まった。それはそうだろう。心当たりなら、おそらく山ほどあるはずだ。

「お前が加速した後、酷いことになってるんだぞ。棚からものは落ちる、本や新聞は宙に舞う、突然部屋に突風が吹き荒れるんだ。どうなるか想像してみろ」
「だいたい、いきなり音速になるなんて普通じゃないだろ。――なぁ、フランソワーズ」
「え。ええ、……そう、ね」

頷きながら、フランソワーズは心配そうにジョーを見つめた。その手は彼の腕にかけたままだった。
――まったく。フランソワーズはジョーに甘すぎる。もうちょっと尻に敷かないと駄目だ。

「そうねじゃないだろ。お前さん、いったい何着燃やされた」
「……ほんの少し、よ」
「嘘つけ。ジョーと違って普通の服だろう?」
「……そうだけど」

フランソワーズはジョーの腕にのの字を書く。

「でも、……平気だもの」
「何が平気なもんか。大体な、夜中にこっそり帰って来てるつもりだろうが、邸中に風が物凄い勢いで吹き込むんだぞ。全員、目が覚めるっての」
「覚めてたのっ!?」

――おいおい、ジェット。それは言わないであげる予定じゃなかったっけ?
可哀相に、フランソワーズは耳まで真っ赤になって俯いてしまった。
ジョーはといえば、……おい。何をへらへらしてやがる。

「――あは、やっぱりね。そうかもしれないって思ってたけど」
「ジョー!知ってたの!?」

酷いわ、と言いながらフランソワーズがジョーを睨みつける。

「夜遅いから、こっそり入ろう、一瞬だから、って…」
「バーカ。だったら加速しないでそうっと入ってきたほうが静かだろうがよ」

ジェットが更に言う。
フランソワーズは更に赤くなってしまう。ジェット、あんまりフランソワーズをいじめると…知らないぞ。

「それにだな、お前ら、たまにリビングから部屋に戻るだけで何故か加速装置を使うだろ。あれ、本当に困るんだぞ。一瞬だけど、電子機器類に障害が出る」
「え。そうなのか?」
「ああ。ジェロニモがどのくらい迷惑してるか。――な?」
「う…ん。まあ、な」
「何で?」
「電源が一瞬切れるんだそうだ。この前、苦心して組んだプログラムがそのせいで真っ白になった」
「え。ご、ごめん!」
「いや、」

いいよと言ってやりたいが、それはやはり言えないといった風情のジェロニモ。彼は優しすぎるところが欠点なのだ。

「まあ、ともかくそういうわけだから。ジョー、邸内で加速装置を使うのは控えてくれ」
「ピュンマ、甘い。甘いぞ。控えるんじゃなく、禁止だろーが」
「いや、でも」
「ともかく。ジョー、そういうことだから。フランソワーズも、いいな?」

ハインリヒが断言するように言って、ふたりが小さく頷いたのを確認して――散会となった。