「ジョーの結婚」

(原作のふたりで)


―1―

 

ジョーが結婚した。


それを知ったのは本人の口からではない。
だから私は彼の顔を見ていない。
どんな表情でそれを言ったのか。伝えたのか。
その時のメンバーの顔はどんなだったのか。どんな空気になったのか。

何も知らない。

どうして事後報告であったのか、そうでなければならなかったのかも知らない。

ただ、これだけはわかる。

ジョーは、独りでいるには寂しがりすぎるから。
本当はとっても怖がりで弱虫なひとだから。
だから、永遠にひとりで生きるなんて決断しろっていうほうが無理。
誰かが――彼のことを世界中で一番先に考えてあげられるひとがそばにいないと駄目なのだ。

駄目になってしまう。


そんなひとだから。

だから、永遠にひとりぼっちなんて選択ができるはずもないのだ。

そう知っていたから。

だから私は、


ああ、そのときがきたんだな


と、ただそう思った。

 

 

「――フランソワーズ」

ジョー。久しぶりね?

「……ウン。……今日は報告することがあって」

あら、怖い。嬉しい話だったらいいのだけど。

「嬉しい……どう、かな」


ジョーは少し顔を下に向けているから、彼がどんな表情をしているのか私には見えない。
でも声の具合からわかる。
彼の報告しようとしている内容は、彼自身にとっては「嬉しいもの」と思えないということが。


「その、」


だから言いにくいのか、何度も言いかけてはやめてみせる。
いつもなら、優しく促すのだけど今日はそれをしてはあげない。

このくらい自分のちからでできなくてどうするの?


「……実は、結婚、したんだ」

まあ!おめでとう。

「うん……」

奥さんは?今日はいらしてるの?

「いや……来てない」

そう。でも会いたいわ。

「そう……じゃあ、今度連れて来るよ」

ええ。そうしてね。ジョーの話、沢山できそう。楽しみだわ。

「楽しみ……本当?フランソワーズ」

やあね、変な話はしないわよ。心配しなくても大丈夫。

「そんな心配はしてないよ」

ね、ジョー。どうしてそんな顔しているの?これって嬉しい報告でしょう?

「……そう、かな」

そうよ。

「嬉しいって……そう思うのかい、フランソワーズ」

ええ。

「本当に?」

本当に。

 

ほんとうに?

 

嬉しい報告のはずなのに、ジョーは終始うつむいたままだった。にこりともしない。
そして最後にはむしろ怒ったみたいに出て行った。

私は、


私は、うまく笑えていただろうか。

声の具合とか、不自然なところはなかっただろうか。


自分の記憶を再生してみる。ジョーの「結婚したんだ」のくだりは何度聞いてもちょっとモヤモヤしてしまう。
だからそこは早送りして、自分の受け答えのところだけ見るようにする。


うん。

大丈夫。


いつもの私。何も無理なんてしていない。

 


―2―

 

ジョーはコンソールを思い切り叩いた。
握った拳が切れて血が滲む。

「ジョー!やめろって」

何度目かの同じ光景にゼロゼロナンバーたちは半ばうんざりしながら、009を羽交い絞めにし落ち着かせる。
ぐったり椅子にかけている009は殆ど死人のようだった。

「――いつになったら」

うなだれたまま低い声が呪詛を吐く。

「いつになったらこの状態から抜け出せるんですか」

教えてください博士、と途端に激高するから、周囲の仲間たちも気を抜けない。
それもまた何度も繰り返された光景ではあったけれども。

「……もうイヤだ。嘘をつくのも、あんなフランソワーズを見るのも」

そして声もなく泣くのだ。
既に009は限界に達していた。自身の感情発露を制限できない。

 

とあるミッションでフランソワーズが負傷した。
それは瀕死の重症であったから、一時的に脳をコンピューターに移植し肉体はそのまま保存され少しずつ修復治療がなされていた。完治し再び脳を戻せばフランソワーズは覚醒するはずだった。
が、その移植装置に不備があった。
フランソワーズの体は現在無傷で安置されているが、脳は未だにコンピューターに依存したままなのだ。
依存というより、ほぼ融合しているといったほうがいいのかもしれない。
それは以前行った「未来都市」のコンピューターと似ている状態であった。

「何かのショックが起きれば、完全にコンピューターと離脱できると思うのだが」

何かのショックとは、つまり――「未来都市」がそうであったように、「強い感情」の蜂起のことである。
それは喜怒哀楽のどれでもよく、ともかく強くそう思うことが一番のようだった。

だからジョーはさまざまなことを試した。
試す役になった。

ショック療法と称して色々な嘘をついた。
フランソワーズが大喜びするようなものから、悲しくて泣いてしまうようなもの、我を忘れて怒るようなものまで。
それこそ、ジョーが「したくない・言いたくない」と思うようなこと全てが試されたのだ。

今回の「ジョーが結婚した」もそれのひとつであった。

が、もちろん嘘である。


……フランソワーズはいまコンピューターなんだから、こんなの嘘だってばれていると思うけど。


そうジョーは思うのだが、声に出して言いはしない。
だったらどうすればいいと問われても彼に答えは出せないからだ。


博士とイワンが専門的な話を始めたので、ジョーはそっと部屋を出た。
自然と足はフランソワーズのいる部屋に向かう。もちろん中には入れない。フランソワーズとの会話は全て、コンピューターを介して行っているのだ。だからジョーが観るのは常にコンピューターの液晶画面であった。
彼に「わかる」フランソワーズとは、コンピューターが放つ合成の音声のみであった。


「……フランソワーズ」

あら、ジョー。一日に二回も来るなんて珍しいわね。

「ウン……今日は特別」

結婚したから?

「それもあるけど……今日はきみに伝えなければならないことがあって」

 

フランソワーズがこういう状態になって、ジョーはずっと考えていた。
いっそ「本当のこと」を話したほうがよほどショック療法になるのではないか、と。
しかし「未来都市」の暴走を知っているみんなはそれを許しはしなかった。フランソワーズがああいう状態になったら、それこそ壊れてしまう――と。
けれどもジョーはそうは思わなかった。
彼の知っているフランソワーズはそんな弱い子ではない。きっと、真実を伝えたらそれに立ち向かってくれるはず。そしてそれが覚醒に繋がり、あるいは自力で元に戻るのではないか。
そう思っていた。

それにそろそろ限界だった。
フランソワーズに嘘をつくのも自分に嘘をつき続けるのも。

 

「フランソワーズ。きみは今、自分がどういう状態なのか知ってるかい?」

え?

「おかしいと思わないか。僕とこうして音声でしか会えないなんて」

……私にはジョーの姿が見えるけど。

「ウン。カメラがついているからね。でも僕にはきみの声しか聞こえないんだよ」

そう……。

「滅多に会えないのも変だろう?」

……前からそうじゃなかったかしら。

「違う。ずっと一緒にいたじゃないか」

……そう、だったかしら。

「うん。それに僕ときみは」

なに?

「……いや、なんでもない」

変なジョー。

「そうだね」

どうしたの?結婚したから今日は変なのかしら。

「……フランソワーズ。僕は結婚なんてしていない。これから先もずっとそうだ。全部、嘘なんだ」

……。

「きみに嘘をついた。でもそれは、きみを守るためだった。そう思っていた。でも、違うよね。きみはそんな弱い子じゃない」

何を言っているのかわからない。

「みんなは言うんだ。きみにショックを与えれば元に戻るんじゃないか、って。でも僕はそうは思わない。むしろ本当のことを言ったほうがきみは」

本当のこと……。それは、私が泣いたり笑ったりできないってこと?

「…………」

そんな顔しないで。だってなんとなくわかっていたもの。そうかな、って。
だからジョーが結婚したって聞いても、仕方ないなって思ったのよ。だって私はそばにいてあげられないわけだし。こうして時々しか会えないし、それだってジョーが来てくれなければ会えないんだし。

「…………」

だから、本当のことだったらいいって思ったの。
ジョーのそばに誰かがついていてくれるなら私も安心できるし、それに

「安心なんか、しなくていいっ!!!」

 

ジョーがそうして端末を破壊したせいなのか、それっきりフランソワーズとのコンタクトはとれなくなった。

 

けれど。

 

後にそれが正解だったのだと知れた。

 


―3―

 

「ジョー。今日のゆうごはんは何がいい?」
「んー。なんでもいいよ」
「なんでもいいっていうのが一番困るのよ」

ジョーは寝転がっていたソファから身体を起こすと、そばで顔を覗き込んでいたフランソワーズを腕のなかに捕えた。

「つかまえたっ」
「きゃっ、ジョーったら」

そうしてしばらくくっつきあって抱き締め合ったあと、ジョーがフランソワーズの首筋に顔を埋めて小さく言った。

「……そういえば、何がきっかけだったんだい?」
「えっ?」
「まだ聞いたことなかった」
「そうだった?」
「うん」

ジョーが端末を破壊した事故。周囲にはその「破壊行為」がフランソワーズを驚かせたのだろうということになっていたが、ジョーは納得していなかった。

「そうねぇ…ジョーが意外に乱暴者だったからじゃない?」
「ええっ、ホントかい?」

参ったなあとジョーはため息をついた。
フランソワーズはころころ笑った。

 

 

――だって、泣くんだもの。だから私は「安心して死んでいる場合じゃない」って思ったのよ――