−子供部屋−
(ジョー島村もしくはお嬢さんのお部屋)

 

8月25日  〜夏休み特別企画「海」・番外編〜

海で遊んだ後、近くのリゾートホテルに泊まった4組のお話です。

 

(旧ゼロ)

 

「わあっ。ここからも海が見えるのね!」

部屋に入ると、壁一面がガラスになっている向こう側を見つめ、スリーは声をあげた。

「そうだね」

海なんて見慣れているじゃないかと思いつつ、ナインは荷物を置いた。
背後に控えるベルボーイに目配せして下がらせる。

窓ガラスに額をくっつけるようにして眼下を見つめているスリー。しばらくしてくるりと振り返ると、今度は隣のベッドルームを見て、ベッドが大きいわと言い、バスルームを見て広くて綺麗と感嘆した。
その間、ナインはソファにゆったりと座り、スリーの姿を目で追っていた。

「ねえ、バスローブもあったわ。あと、パジャマも。浴衣じゃなくて良かったわね、ジョー」

意外にも浴衣を着て眠る事に慣れているスリーであった。むしろジョーの方が浴衣は苦手だった。

「お茶いれるわね」
「いいよ。座ったら」
「ええ、でもお茶飲みたいから」

ナインの視線を避けるように言うから、ついナインは笑ってしまった。

「なあに?」
「いや、・・・わかりやすいなあと思ってさ」
「なによそれ」

紅茶をいれて、カップをナインの前に置く。
自分はカップを持ったまま、ナインの隣に腰掛けた。
そんなスリーをちらりと見つめ、ナインはカップに手を伸ばした。
スリーの肩がびくんと揺れる。

「・・・そんなに緊張しなくても、何もしないよ」

苦笑混じりに言う。
えっ、とこちらを向くスリーの赤い頬が可愛らしい。

「え、でも・・・」
「・・・してほしい?」
「えっ!」

驚いたように見開かれる瞳。ナインは笑うと、スリーの頬にちゅっとキスをした。

「今日は疲れたからね。早く風呂に入って寝よう」

欠伸混じりに言うと、スリーはほっとしたように微笑んだ。

「そうね。朝も早かったし」

そして、スリーに先にバスを譲り、ナインはひとり残った。

そう。
何もしない。

・・・今回は、ね。

いつか再びスリーを抱き締めて眠る夜がくるだろう。
だけどそれは、今日じゃない。
ナインはスリーの気持ちが自分と同じになる日を待つつもりだった。

・・・いいさ。例えそれがクリスマスになっても。

雰囲気に呑まれてなし崩しに・・・というのは避けたかった。

なによりも大事な女の子だから。
誰よりも大切だから。

だから、僕は・・・

「ああ、いいお湯だった。ジョー、どうぞ」
「あ、うん」

バスローブ姿で濡れ髪のスリー。頬が上気して肌が薄いピンクに染まっている。

・・・。

何もしない宣言は自分に対する拷問だったかもしれないと思うナインだった。

 

***

 

(新ゼロ)

 

「全く。ドルフィン号をこういう事に使うのはどうかと思うよ」

海辺のホテルの一室で、ジョーはベッドに仰向けに寝転がり天井を睨みつけた。

「大体、変だと思ったんだよな。ピュンマのヤツ・・・」

まんまとのせられた自分が悔しい。が、それは今日に限った事ではなかった。

「いいじゃない。私は楽しかったわよ?」

同じように隣に寝転んでいるフランソワーズをジョーは疑わしそうに見つめた。

「・・・二人っきりじゃないと嫌だってごねたくせに」

確か、他に4組来ていると知って浜辺で散々ごねたのではなかったか。

「・・・別にごねてなんか」
「そう?」

にやにや笑いのジョーに、フランソワーズはぱっと体を起こした。

「もうっ、いつまでも細かい事を覚えてないの!」

こういう事ばっかり記憶力がいいんだから、と呟く。

「うん?聞こえたぞ、フランソワーズ」

ジョーは体を起こすとフランソワーズをベッドの上に押し倒した。

「きゃっ」
「二人っきりじゃないと嫌だって言ったのはどの口だ」
「んっ、ジョー」
「・・・今はちゃんと二人っきりだろ」

答えようとしたけれど、フランソワーズの唇は塞がっていたので、代わりにキスを返す事にした。

「・・・ん。フランソワーズ?」
「ふふ。答えはこれよ」

 

***

 

(超銀)『そばにいて』

 

「この休暇が終わったら、ヨーロッパグランプリね」
「休暇じゃなく、バカンスと言ってくれ」
「バケーション?」
「バカンス」
「もうっ・・・どっちでもいいじゃない」

くすくす笑うフランソワーズ。ジョーは、腕枕の彼女の髪をくるくる指に巻き付けたりほどいたり。
先刻までの真夜中の濃密な時間は過ぎ、今は穏やかな時間だった。

「・・・フランソワーズも一緒に来る?」

わざと軽く言ってみる。いま思い付いたみたいに。

「今、君も夏休み中だろう?」

フランソワーズは無言だった。ただジョーの声を聞いているだけ。

「フランスに帰るみたいに、さ。軽い気持ちで」

反応の無いフランソワーズにジョーは少し戸惑った。

「無理なら、いいんだ。別にどうしてもってわけじゃないし」

うん、そうだよな、フランソワーズにも予定があるだろうし、と続ける。
そうして、語彙が尽きたのか黙った。

波の音が響く。

室内は暗い。カーテンを開けた窓の向こうには海が広がっている。海辺のホテルに二人は居た。
しばらく波の音を聞いていたジョーだったが、待っても待ってもフランソワーズの声は聞けなかった。

「・・・眠ったのか」

吐息と共に呟く。

「・・・起きてるわ」

フランソワーズの声。

「ジョー。本気で誘っているの?」
「えっ?」
「レースのこと。・・・私がいたら、あなたの」

いったん言葉を切る。

「・・・あなたの、大事な人に誤解されるわ。・・・あ、誤解じゃないわね。・・・悲しませるわ、きっと」

だから、行かない。と小さく付け加える。

「・・・大事な人?」

フランソワーズは答えない。

「誰だよ、それ。フランソワーズ以外にいないよ、そんなの」
「いいの。知ってるから」

ジョーのレースに必ず姿を見せる彼女。スタッフパスを下げて、チームスタッフと一緒にいる。ジョーが勝てば、真っ先に駆け寄って。テレビでもWebでも、ジョーのステディだと言っていた。

ジョーには他にも親しい女の子がいる。私だけじゃない。そんなの、ずっと前から知っている。
だから・・・平気。

「えっ・・・誰?」

ジョーの眉間に皺が寄る。

「・・・内緒なのね」

吐息と共に言うと、フランソワーズは体を起こした。

「シャワー使うわね」
「駄目だ」

ジョーの手が伸びてフランソワーズの腕を掴み、ベッドに沈めた。

「ジョー?」
「まだ汗をかく予定だろう?」
「ううん。もう気分じゃないの」
「いや、駄目だ」
「ジョー?」
「君が僕を不実だと言うなら、そうじゃないことをわからせなくてはいけない」
「えっ?」
「僕にはフランソワーズしかいないのに、どうしてそんな酷い事を言うんだい?」
「・・・だって」

知ってるもの。

悲しく目を伏せるフランソワーズにジョーは半ば強引に唇を重ねていた。

「・・・フランソワーズ、君は」

君はいったい、僕を何だと思ってるんだ。バカンスの相手が他にいると言ったり、他に恋人がいるだろうと言ったり。だったら、君はどうなんだい?
君にとって、僕は?
僕には君だけだと言うのは迷惑なのか?君のほうが、むしろ・・・僕以外にも誰か、が。

「ジョー」

押さえつけられた手首が痛い。
けれどもジョーはそれに気付かないようだった。およそいつもの彼らしくない。

「ジョー、」

執拗なキスの合間に名を呼ぶが、ジョーは答えない。

「ジョー、はなし」

こんなのはイヤ。
こんな風に誤魔化すなんて、こんなの・・・

フランソワーズの目から涙がこぼれた。

「・・・フランソワーズ?」

ジョーが息をついて唇を離した。
驚いたような褐色の瞳。

「フランソワーズ」

蒼い瞳。

「どうして泣く」
「・・・こんなのはイヤ」
「こんなの、って」
「もうイヤなの。あなたの事で不安になるのが」
「不安?」
「・・・何を信じたらいいのかわからない」
「何を、って・・・」
「・・・あなたに幾人も恋人がいる、って。知りたくないのに」
「あれは」
「私もその中のひとりなんでしょう?今まで、それでもいいって思ってきたけれど、でももうダメなの」

ジョーは溜め息をつくと体を起こした。フランソワーズに背を向ける。

「・・・君はわかってくれていると思っていたんだ」

フランソワーズも身を起こす。

「・・・あれは。君を守るための、嘘の情報で・・・だって、仕方ないじゃないか。メディアに君を出したくないのに、そばにいればどうしても・・・」

操作された情報。
わざと流した噂。

そのどれをもフランソワーズは知らない。知る必要はないと思っていた。

「・・・僕には君だけだ、って誰もが知っているよ。僕のチームスタッフなんか君のファンクラブを結成しそうな勢いなんだぜ」

苦笑が混じる。

「・・・そんな状態だから、君と一緒にいると格好の的になってしまう。今まではそれもいいかと気にしていなかったけど、最近の加熱ぶりを見るとね・・・怖くなった」

最近、他のチームの事実無根のゴシップ記事が週刊誌に掲載されたばかりだった。

「僕だけならともかく、・・・フランソワーズにそれが及ぶのは」
「ジョー」

フランソワーズの手がジョーの背中に触れる。

「・・・なのに、一緒に来るかなんて、自分でも矛盾していると思うけど。――だけど」

ジョーの背中が揺れる。

「――だけど」
「ジョー」

言わないで、と小さく言ってフランソワーズがジョーを抱き締める。

「・・・ジョー」
「フランソワーズ」

ジョーが振り向いて、フランソワーズをその胸の中に抱き締めた。

「――そばに」
「そばにいたいの」

フランソワーズの方が数瞬、早かった。
えっ?と見つめるジョーの褐色の瞳を見つめ返し、フランソワーズは微笑んだ。

「そばにいたいの。・・・駄目?」
「フランソワーズ」
「だって私、」

ジョーの恋人だもの――ただひとりの。

「うん――」

何度同じことを繰り返しても。それでもやっぱり不安になってしまう。
彼には他にいい人がいるんじゃないかと。
彼女には他に誰かがいるんじゃないかと。
何度も何度も、違うよ、いないわ、と確かめ合っても、それでも――離れると不安になってしまう。

毎日、電話できるわけではないから。
毎日、メールをするわけではないから。

お互いが大事だけど、大事だからこそ束縛したくない。
常に監視していなければ不安なんて、そんな関係ではないはずだから。
それでも――そう思っていても、ほんのちょっとの情報で不安は簡単に呼び起こされてしまう。
ジョーはフランソワーズを抱き締めたまま仰向けに倒れた。胸の上からフランソワーズが顔を覗かせる。

「一緒に行ってもいい?レースに」
「うん」
「もしも誰かとっても仲のいいオトモダチがいても、私は空気を読まないわ。それでもいい?」
「・・・空気を読まない、って?」
「身を引かないってことよ。それでもいいの?」

ジョーは堪らず笑い出していた。

「もうっ、何よ笑わないで」
「・・・だってさ。身を引かないだって?そんなの」

当たり前だよ――

 

***

 

(平ゼロ)

 

「んもう、ジョー?」
「んー・・・?」
「もうっ。重いわ」
「んー・・・うん――」

昼間の「009直接対決・ビーチフラッグ1本勝負」で見事に勝利したジョーだったが、その疲れが出たのかそうではないのか定かではないが、ともかく――びくとも動かないのだった。
シャワーを浴びて部屋に戻ったフランソワーズが目にしたのは、ソファで爆睡しているジョーの姿。
その彼を担いでベッドへ運んだところ、あまりの重さに一緒にベッドに転がり、その反動でジョーの下敷きになってしまった。

「ねぇ、ジョーってば」

押し退けようとするけれども、もう寝入ってしまったのか返事は聞けなかった。

「もうっ・・・」

フランソワーズはジョーに押しつぶされたまま、天井を見つめた。
いつもと違う場所。知らない部屋。
いつもと似ているのは、外がすぐ海なのと、潮風が入ってくるのと、波の音だけだった。後は全く違う。
スイートルームの上、天蓋つきのベッド。しかもその広さといったら。
しかもしかも、――ツインではなくてダブルなのだ。
ジョーが間違えたのか、ホテル側が勘違いしたのか、あるいは――間違えたのではなく、最初からそういう予定だったのかもしれなかった。が、フランソワーズにはわからない。
いずれにせよ、ジョーは自分の上でうつ伏せに眠っているのだった。

「もう――ジョーったら」

そうっと髪を撫でる。すると、甘えたように頬を寄せた。

「・・・甘えんぼね」

でもね、と心の中でフランソワーズは続ける。

でもね、ジョー。もし――最初からそういう予定だったのだとしたら、こんな風に眠ってしまったら駄目じゃない。ちゃんと起きて、待っていてくれなくちゃ。そういうルールというか、ムードというか・・・そういうのも、大事なのよ?

潮の香りのするジョーの髪。せめてシャワーくらい浴びてから寝ればいいのに。

そう思ったのが聞こえたかのように、ジョーが体を起こした。

「・・・ジョー?」
「――んっ?今、何か言った・・・?」

まだぼんやりしている。寝ぼけているのかもしれない。

「ええ。シャワーくらい浴びてから寝れば、って言ったのよ」
「・・・シャワー」
「そう、シャワー」
「・・・寝る」
「そう、寝る」
「――大変だ!」

ジョーはベッドから文字通り飛び降りると、バスルームに駆け込んだ。と、思うとドアから首だけを出して叫ぶように言う。

「すぐだから!寝ちゃ駄目だよ、フランソワーズ!待ってて!いいね!?」

そうして猛然とシャワーの音が響いた。

フランソワーズは仰向けに寝転がったままの姿勢だった。
ジョーのひとりで大騒ぎに呆然としているのか、ぼんやりと天井を見つめ――そして、ちょっと笑った。

「もう・・・ほんとにばかなんだから」

お楽しみは、これから――ね?

 

 

 

 

****
旧ゼロはちょっとドキドキなナインとスリー、新ゼロはいつもの通り、超銀は・・・こちらもある意味「いつもの通り演歌なふたり」、
平ゼロは危ういところでしっかり計画していたことが台無しになるジョーでした。
原作組は、なにしろまっすぐ研究所に帰ってますから。


 

8月22日 〜夏休み特別企画「海」〜

 

N最終回はちょっと長め

 

(旧ゼロ)

辺りを見回して危険はないと判断したナインは、周囲の009と003にさっと目を遣り肩を竦めると改めてスリーに向き直った。・・・つもりだった。

「・・・あれ?」

つい先刻まで――ナインが目を離すまでそこにいたはずのスリーの姿が忽然と消えていた。

「・・・っ」

ナインは舌打ちした。

――油断した。

何故手を繋いでいなかったんだろう。何故肩を抱いていなかったんだろう。何故――
これではどんなに周囲に気を回したって意味がないではないか。現にスリーはここにいない。

空の蒼さと砂浜の白さが目に滲みて、ナインはくらくらした。
いったい、スリーはどこに・・・

「ジョー!こっちよ!」
「――えっ」

思わず全ての『ジョー』が声のした方を見た――わけではなく、ナインだけがそちらを見た。全ての009は自分の003の声を聞き間違えたりなどしないのだ。例え、同じ声だったとしても。

ナインの視線の先にはスリーがいた。にこにこして手を振っている。彼女の周囲には彼らが持って来た荷物の山があった。

「・・・フランソワーズ」

ナインは声を押し殺し、怒りも露わに砂浜を踏みしめつつ彼女の元へ急いだ。

「ジョー。ね。これ、膨らませて?」

スリーの手にはビニール製の何かが握られていた。

「・・・何これ」
「イルカよ」
「・・・イルカ?」
「ええ!膨らむとイルカになるの!」
「・・・赤いイルカ?」
「そうよ。可愛いでしょう?」
「・・・」
「でね、海でこれの背中に乗るの!」
「・・・そう」
「ジョーも一緒に乗るのよ?」
「えっ」
「だってそのために持って来たんだもの!」

ナインは額を押さえるとしばし考え込むように砂浜を見た。

「ジョー?」

そのまま座り込む彼にスリーは慌てた。屈んで顔を覗きこむ。

「どうしたの!?具合悪い?・・・熱中症かも!」
「・・・いや、大丈夫」
「でもっ」
「・・・フランソワーズ」

ナインの手が伸びてスリーの手を捕らえた。そのまま引かれてスリーはつんのめり、ナインの肩に思い切り顎をぶつけた。

「・・・った」

それに関係なくナインはスリーを抱き締めていた。

「ん、ちょっとジョー、みんなの前っ・・・」
「関係ない」
「だってっ」
「いいから、じっとしてろ」
「でもっ」
「――どれだけ心配したと思ってるんだ!」
「・・・えっ?」
「――ったく」

ナインは少しだけ彼女を離すと、じっと蒼い瞳を見つめた。

「さっき。急にいなくなっただろ。――死ぬかと思った」
「だって、ほんのちょっとの間じゃない」
「僕の目の前からいなくなるな」
「だって、本当にほんのちょっとの距離よ?実際、すぐ見つかったでしょ?」
「そういう問題じゃない」
「でも」

ナインはスリーに構わず、額と額をくっつけた。

「・・・どれだけ後悔したと思うんだ。手を繋いでいれば良かったとか、どうして抱き締めておかなかったんだろう、って」
「・・・だって、ちょっとの距離なのに」
「だからそういう問題じゃないんだって」
「わからないわ。ジョー」
「――じゃあ、フランソワーズ。君のそばにいたはずの僕が急にいなくなったらどうする?」
「・・・えっ」
「つい今までここにいたのに、君が索敵している間に僕はいなくなった」
「――ジョー」
「君はどうする?」

スリーはナインの首筋を抱き締めていた。

「ごめんなさいっ」

 

***

 

「・・・ねぇ、ジョー」

スリーがナインの肘をつつく。

「ん?」
「さっき言ってたの、本当?」
「んー?さっき?」

ナインは今、真っ赤なイルカに命を吹き込んでいた。半分くらいイルカになりつつあるビニール製のもの。

「ええ。・・・聞こえちゃったんだけど」
あ、聞くつもりじゃなかったのよ、ほんとよ。と、慌てて付け加える。

「・・・その。悔しかったらおそろいを着てみろ、って」
「!!」

ナインの頬がひきつる。咳き込む。命を吹き込まれていたイルカの尾が力なく垂れ下がった。

――あれは。あれは、なかばヤケクソ、もとい、開き直って言っただけのことでっ・・・

しかし、スリーはどうやらすっかり誤解しているようだった。

「嬉しかったわ。ジョーも本当はおそろいを着るのが嫌じゃなかったのね、って」

それは誤解だ。

と言いたいが、すっかり信じて嬉しそうに頬を染めているスリーに言えるはずもなかった。

「ジョー?」
「・・・なに」
「今日、ここに来て良かったわ」

ナインは無言で再び目の前のイルカに命を吹き込み始めた。
そんなナインをしばらく見つめていたスリーだったが、何か思いついたらしく傍らのバッグを漁り始めた。
そして。

「・・・ジョー。ゴメンナサイ。これ持ってきてたの、忘れてたわ」

差し出された手には、空気入れが握られていた。

ぶは。

ナインはイルカを離すと砂浜に仰向けに倒れた。

「ジョー!?」
「もうダメだ。僕は死ぬ。呼吸困難で」
「サイボーグなのにっ!?」
「そう。サイボーグなのに呼吸困難で死ぬんだ。ギャグだろまるで」
「そんなのダメよっ」
「イルカに命を吸われたんだ。もうダメだ」
「イルカなんてどうでもいいわっ」

スリーはどんどんしぼんでゆくイルカを手で払った。どこかへ飛んでゆく真っ赤なイルカ。

「ジョー、大丈夫?」
「・・・もうダメだ。息が苦しい」
「ジョー!?」
「さようなら、フランソワーズ」
「ダメよ、そんなのっ!」

なーんてね。と言おうとしたナインは、突然の出来事に目を見開いたまま固まった。

・・・ええと。・・・フランソワーズ?

スリーの唇がナインの唇を塞いでいた。
が、それは甘いキスなどではなく、救命のためのキスであった。

「え、ちょっと待て」
「ジョー!ダメよ、そんなのっ」
「いや待て、話を聞けっ」
「ダメよ、死んだら!イルカに命を奪われたなんて、どんな顔してみんなに言えばいいのよ!」
「・・・フランソワーズ」

ジョーは再び脱力した。
今度は心臓マッサージをしようとするスリー。黙って身を任せているのも楽しそうだったが、ナインはそうはせずにスリーを胸の上に抱き締めていた。

「・・・全く。嘘に決まってるだろ」
「嘘?」
「当たり前だ。あんなことで僕が死ぬもんか」
「酷いわ、ジョー!私、本気で心配したのよっ!?」
「うん。ゴメン。――でもさ」

スリーの天地が逆転した。
蒼い空を背景にナインの黒い瞳が見える。

「どうせするなら、こういうキスの方がいい」
「ダメよ、ジョー。みんなが見てる」
「誰も見てないよ」

そうっと周囲を窺うと、確かに誰も他の人物に気を留めてなぞいなかった。お互いしか見ていないのだ。即ち、ジョーはフランソワーズを。フランソワーズはジョーを。
それはジョーとフランソワーズの特性であり、どの二人にも適用されているのだった。

スリーの眉間に皺が寄った。

「ねぇ、ジョー。まさか私達って・・・009と003は、そういう仲になるようにプログラムされている、って事は・・・ないわよ、ね?」
「はあ?」

スリーの顔は真っ青だった。

「・・・バカだなあ。そんなわけないだろ?」

ナインは笑い飛ばす。

「もしそうだったら、こんなにきれいに分かれるもんか」

それぞれのジョーはそれぞれののフランソワーズと一緒にいる。

「それとも君は自信がないのかい?自分の気持ちに」
「え?」
「僕は自信あるぞ。大事な女の子が誰か、なんて間違えるもんか」
「わ、私だって自信あるわ!」

言い切ると、目の前に微笑むナインの顔があった。

「だろう?」

だから、何も心配することないんだよ。フランソワーズ・・・

スリーにはそう聞こえたような気がした。
実際には、彼の唇は自分の唇の上にあったので、何も言ってはいないとわかっていたけれど。

 

***

 

(新ゼロ)

ジョーはフランソワーズの乗ったボードと自分のボードを押していた。
せっかく持って来たのだから遊ばなくちゃと沖に向かって泳いでいるのだ。

「ねぇ、ジョー。もうこの辺でいいんじゃない?どうせ誰もいないんだし」
「ん。そうだな」

そして泳ぎを止める。

「フランソワーズ。こつはさっき言ったよね」
「ええ。・・・でも、私にできるかしら」
「大丈夫。バランス感覚はお手のもの、だろ?」
「・・・そうだけど」
「ほら。立ってごらん」
「怖いわ」
「僕が押さえているから大丈夫」
「離さないでね?」
「うん」

そうしてフランソワーズはボードの上でそろそろと立ち上がった。

「――見て!」
「うん。うまいうまい」
「ね。ここからどうすればいいの?」
「それはね」

ジョーは自分のボードに上がると立ち上がり、フランソワーズに話しかけたのだった・・・が。

「いやっ!手を離さないでっていったのに!」
「いや、大丈夫だからフランソワーズ」
「イヤ!怖いわ」
「怖くないって、ほら、バランスが」

言っている間に、見事にフランソワーズは水没していた。

「・・・あーあ」

浮き上がってくるのを待つ。
1分。
2分。

何かあったのだろうかと心配し始めた矢先だった。足をすくわれたのは。

「うわっ」

何者かに足を掴まれ、ジョーは海に沈んでいた。
不意の出来事だったとはいえ、不覚だった。
ジョーは水中で身体の向きを変えると、自分の足を掴んでいたものを引き寄せた。その肩を捕らえる。
そのまま水面に上がり、二人一緒に顔を出した。

「痛いわ、ジョー。離してちょうだい」
「何がだよ。痛いのはこっちだ」
「だって酷いんだもの、ジョーったら」
「あのね。ずっと君のボードを押さえているわけにはいかないの。教えられないだろ」
「でも怖かったんだもの」
「・・・今のほうが怖かったぞ」
何しろ水中から手が出て、海に引きずりこまれたんだからな、と続ける。

「・・・全く。普通なら海が嫌いになるところだぞ」
「だってジョーなら大丈夫でしょ?」
「そんなのわからないじゃないか」
「わかるもの」

ぷいっと顔を背けたフランソワーズ。金髪が顔に張り付いている。
ジョーはその髪を優しく指で除けながら言った。

「――ピンクの水着、可愛いね」
「あら、水着だけなの」

唇を尖らせたままのフランソワーズにジョーはくすくす笑い出した。

「・・・ピンクの水着を着た君が可愛いっていう意味だよ」
「本当?」
「うん。ずっと言う機会がなかったし、人が回りにいたから言えなかったけど」
「・・・ジョーったら。そういうの、平気で言えるひとだったかしら?」
「さあ?・・・海にいるからじゃない?」
「もうっ・・・答えになってないわ」

ゆらゆら浮かんだまま、お互いに水をかけながら笑い合う。
が、傍からみれば溺れているサーファーのように見えなくも無かった。

「もうっ、ジョーったら!」

フランソワーズがジョーの肩に手を置いて彼を水中に沈めようとした瞬間、警告するようなホイッスルの音が響き渡った。

『そこの二人!直ちに海から上がりなさい!』

「え、何?」

フランソワーズがジョーの首に腕を回す。ジョーもフランソワーズを抱き締め、声のしたと思しき方を見遣った。が、何も見えない。

「フランソワーズ。何か見える?」
「ん・・・そうね――」
「ライフセーバーかな?この海に監視塔なんてあったっけ」
「ちょっと待って――・・・・え!?嘘っ」
「何?」
「だって、ピュンマよっ!!」

今、黒い影がぐんぐん迫って来ているのだった。

「なんでヤツがここにいるんだ」
「知らないわ」

そう言っている間にも肉迫してくる。

「どうしよう、ジョー」
「僕たちは別にやましい事は何もしてないさ」
「ええ、まだ、ね」
「そう、まだ・・・って、おいフランソワーズ」
「うふふっ」

お互いに小さなキスを交し合う二人。
その目の前に黒い影が姿を現した。

「きゃっ」
「うわっ、ピュンマ」

そう。確かにピュンマだった。

「――ったく。海でいちゃつくのも限度があるだろ。節操ないなあ、全く君たちは」
「うるさいな。出歯亀は嫌われるぞ」
「何を言う。一部始終は見せてもらったぞ」
「は?」

にやりと笑うピュンマの白い歯が眩しい。
彼の示す方を見ると、なんとそこには。

「ドルフィン号!?」

潜水していたそれが浮かびあがり、二人の目の前でハッチが開いた。中からは水着姿のゼロゼロナンバーサイボーグとギルモア博士。同じく水着姿のイワンを腕に抱いている。

『ばかんすハ全員デナクチャ』

 

***

 

(平ゼロ)

「次はジョーの番よ」
「うん・・・難しいなぁ、これ。フランソワーズ、強いね」
「うふふっ。ほら、いいから早く」
「うん――ああっ」

目の前の砂は波に攫われてゆく。

「ダメねぇ。またジョーの負けよ。これで三連敗ね」

ジョーはしゅんと肩を落とした。

「・・・罰ゲームだったっけ。本当にやるの」
「当然よ!」

波打ち際に二人はいた。
ここで砂山を造り棒倒しをしているのだった。
波が攫う前に勝敗を決しなくてはいけない。自分の番の時に波がきて棒を持っていかれたらお終いというルールだった。
三回勝負。
そのどれもにジョーは負けたのだった。
負けた理由はジョーにはイヤというほどわかっていた。おそらくフランソワーズは気付いていないだろう。
なにしろ、露出の多い水着なのだ。それが目の前にちらちらしているとなれば――つい、気がそちらへいくというものだろう。

「罰ゲームって何」
「お弁当を取りに行くの」
「お弁当?」
「車に忘れてきちゃったのよ。クーラーボックス」
「ええっ!?」

ジョーは思わず車のあるほうを見つめた。確かここに来るまで、車から随分歩いたような――気がする。
何しろ、置いてきたと思われる車が見えない。

「――凄く遠いんじゃなかったっけ」
「そうよ?」
「そこに行くのかい?」
「だって、忘れてきちゃったんだもの。さっきまでは、海の家があるからいいかなって思っていたんだけど」

海の家。今は跡形もなかった。

「あのアヤシイ豆はもうたくさんだし」

その豆の山も今は無い。

「だから――ね?お弁当、取りに行かなくちゃ」
「それって別に罰ゲームにしなくてもいいだろ?普通に取ってくるよ」

ジョーは立ち上がり、今にも走りだそうとしたから、フランソワーズは慌てて彼の腕を抱き締めた。

「ちょっと待って!だって、車がどこにあるか見えるの?」
「いや。見えないよ。でも、何となく方角はわかるから」
「ダメよ。――もう。どうしてそういうのに最適な人物を置いていこうとするの」
「え。だって罰ゲームなんだろう?」
「そうよ。でも罰ゲームっていうのは、お弁当をただ取ってくることじゃないの」
「え?」

するとフランソワーズはジョーの首筋にかじりついていた。

「ほら。抱っこして!」
「え――ええっ!?」
「私が方向を言うから、あなたはそこへ走るのよ!」

頬を赤くしながら、ジョーは言われるままにフランソワーズを抱き上げた。

「だ、だけどフランソワーズ」
「ビーチフラッグの練習と思えばいいでしょう?」
「ビーチフラッグ?」
「後で――全員でやるとか言ってたわ」
「ええーっ」

本当かなあと半信半疑なジョーだったが、ともかくフランソワーズを抱えて走り出した。

ひとけのない浜辺。

どこまでも続く白い砂浜。

走りだしてしばらくすると、本当に二人は――まるでこの世界にふたりっきりのように、蒼い空と白い砂浜の間にいた。

「・・・ねぇ、フランソワーズ」
「なあに?」
「僕、思ったんだけど」

フランソワーズは訝しげにジョーを見つめた。

「もしかして・・・わざと置いてきたんじゃないかな。お弁当」

ジョーがちらりとフランソワーズを見ると、フランソワーズはふっと笑んだ。

「よくわかったわね」
「・・・やっぱり」
「だって、車がたくさんあったでしょう。二人っきりになれない、って思ったんだもの。――怒った?」
「・・・全然っ」

お弁当の前に君を食べないように我慢するのはひと苦労だけどね――というのは胸の奥にしまい、ジョーは走り続けた。

 

***

 

(超銀)

夕方になり、それぞれのペアは三々五々別れて行った。
僕たちも移動しようよというジョーに、フランソワーズは夕暮れの海が見たいのとねだって今、ひとりで海を見つめていた。
一緒に遊んだ海。久しぶりにたくさん笑った気がする。

――最初はどうなることかと思ったけど。

思わず笑ってしまう。何しろ、一番見たくない彼女を幻覚とはいえ見てしまったのだから。
あの二人の間に「愛」というものが存在しなかったのはわかっている。でも――それでも。わかっていても、少なくとも彼女のほうにはジョーに対して「恋」があったように思う。ジョーは全然わかっていないけれど。
彼がすぐ彼女の名前を呼んだのも、ショックといえばショックだった。

――もしもあの時、幻覚が私だったらジョーはどうしたのかしら。

助けに来てくれただろうか。
それとも――名前を呼んだだけで、何もしない?

フランソワーズは小さく息をついた。

夕暮れの海を見たいと言ったのは――宇宙に行く前にジョーが自分にちゃんと意思表示をしてくれたのが夕暮れの海辺だったからだった。

――君が大事だから。失いたくないから。

でもそれは、宇宙に行く前の言葉。
帰ってきてからもそれは有効なのかどうか、フランソワーズにはわからなかった。
もしかしたら、あの言葉でさえ・・・宇宙に行ったら生きて戻ってこれるかわからないという、そういう状況下であったから出てきた言葉だったのかもしれないとさえ思ってしまう。

――今は、どうなんだろう。

遠距離で。たまに会って。こうして遊んで。でも結局はまた離れて。
そんなことの繰り返しで。
本当に、ジョーは私を――?
そして、私はジョーを・・・?

どちらも自信がなかった。

もちろん、一緒に居る時間の数がイコール愛情のバロメーターだとは思っていないけれど。
それでも、ずっと一緒に居られる恋人同士がうらやましくないかというとそうでもなかった。
いくら、お互い了解の上での遠距離だとはいっても。

今、ジョーは何をしているんだろう。
誰かと一緒にいるのだろうか。

そんなことを思い、胸を焦がし眠れなくなることもある。
決してジョーに言いはしないけれど。

愛するひとはあなただけ・・・

海に向かって言ってみる。

夕暮れの海。

少し肌寒い。


「風邪ひくよ」


声とともに、ふわりと肩が温かくなった。
パイル地の肌触りの良いお気に入りのパーカー。
でももっとお気に入りなのは、そのパーカー越しに伝わってくるてのひらの感触。
温かくて、力強くて、安心する。

「何してたんだい?」
「海を見ていたの」
「それだけ?」
「それだけよ」
「・・・ふうん」

そうしてジョーはフランソワーズの両肩を引き寄せると、彼の腕のなかに閉じ込めた。
唇が耳たぶに触れる。

「ジョー。くすぐったいわ」

それでもジョーは離れない。
そして小さく囁いた。


「・・・僕もだよ」


愛するひとは、あなただけ・・・

 

***

 

(原作)

「・・・ふうむ」

ギルモア博士は液体を見つめ唸った。

「何かわかりましたか?」

ジョーが勢い込んで聞く。

「・・・確かに幻覚作用はあるにはあるが――大衆に一度に幻覚を見せるほどの作用はない」
「え、でも」
「吸入しただけでは・・・例えば経口摂取するとか、あるいは血管内に注入するとかすればまた別だがの」
「じゃあ成分は」
「ただの麻酔薬じゃ」

ジョーとフランソワーズは無言で顔を見合わせた。
だったらあの幻覚は何だったのだろう?

まっすぐギルモア邸に帰った二人は、すぐに博士に豆の成分分析を依頼していた。それから、ハサミも。
こちらはイワンの担当だった。

「幻覚作用ハこっちダヨ」

ふわふわとイワンが漂ってきた。

「こっちって、いったい・・・」
「コノはさみハ、いんなーすぺーすヲ切り離す事ガデキルノダ」
「インナースペース?」
「ソウ。豆ヲ莢カラ出す時ニ、全員ガ使ったンダヨネ?ふらんそわーず」
「ええ、そうだけど・・・」
「ダカラ、ソノ時ニソレゾレノいんなーすぺーすガ離れてシマイ、幻覚トいう形ヲ取って現れたトイウ訳サ。シカモそれハ、最も思い出したくない事ダッタ・・・ソウダヨネ?」
「ええ。でも――私たちには利かなかったわ。ね?ジョー」
「ああ。僕たちは何も見なかった・・・はずだ。君が隠しているのでなければね」
「ま。それはあなただって同じことでしょう?」
「僕は何も見てないさ」
「私だって」
「二人トモ、ソコマデ」

イワンに言われ、二人は顔をかすかに赤らめて黙った。

「君タチガ見なかったノハ、一度使ってイルカラサ」
「えっ・・・でも、ジョーしか使ってないわ」
「イイヤ。ヨク思い出すンダ」
「・・・ジョーが豆を収穫するのに使って、で・・・そのあと?何かに使ったかしら、私」
「豆のツルが残っていて不揃いで気に入らないって剪定していたじゃないか」
「――あ!」
「ホラネ。アレハ一度使った者ニハ効かないンダ」
「でもそうしたら、一回目に幻覚を見るはずじゃないの?」
「君タチハ見ているジャナイカ。既に」
「え・・・まさか、あの?」
「ソウ。マサニ、ハサミヲ託した女神ガソウサ」

静寂が支配した。

ジョーはふむふむと頷いていたが、フランソワーズは背伸びをするとクーハンからイワンを取り出していた。
そして有無を言わせず、彼のおしりを叩いていた。

「フランソワーズ?一体急に何を」

ジョーとギルモア博士が驚いて止めようとする――が、フランソワーズはやめない。

「もうっ!いい加減に悪ふざけするのはやめなさい!」
「・・・悪ふざけ?」
「そうよ!」

フランソワーズはオシオキの手を止めると博士とジョーを交互に見つめた。

「私たち、海から何かが出てきたとは言ったけれど、女神が出たなんて一言だって言ってないもの!どうしてそれを知ってるのよ!」
「ソレハ僕ガすーぱーべびーダカラ」
「嘘おっしゃい!どうせ、私とジョーが遊びに行くって聞いて、悪戯心が疼いたんでしょう!?」
「・・・・」
「本当の事言わないと、これからずーーーっとミルクを作るのはジョーにするわよ!?」
「ワーン、ゴメンナサイーーーー」

 

 

***
そんなわけで夏休みは終わりです。


 

8月20日 〜夏休み特別企画「海」〜

 

M何処?

 

辺りが閃光に包まれると共に、風が吹き上がり砂が舞った。
一瞬、視界が奪われる。砂塵しか見えなくなった。

そして、それが収まったあとには――

――何も、なかった。

「・・・あれ?」
「ここ・・・何処?」

正気を保っている009と003が言う。

そう。いまここはまさに「何もない海」「誰もいない海」に間違いなかった。

 

***

 

(旧ゼロ)


「ねえ、ジョー。ここっていったい・・・」

無意識にナインの首に回していた腕を解いて、スリーは辺りを見回した。

「いや・・・別に移動したわけじゃないと思う」

ナインもスリーに回していた腕を解いて辺りを見回した。

「さっきの海と同じはずだ。――景色が一緒だ」
「景色?」
「ああ。水平線と雲の形が同じだ」
「そんなの憶えてるの!?」
「基本だよ」

目を丸くしているスリーの鼻先をちょんとつつき、ナインは不敵に笑ってみせた。

「僕を誰だと思っているんだい?」
「じゃあ・・・今何がどうなったのかも、わかるの?」
「それはさすがに僕にもわからない」

ナインは首の後ろ側を軽く揉むと空を仰いだ。

「まぁ、ともかく危険はないと思うけど」
「・・・そうね」

スリーは辺りを見回して、自分たちが苦労して運んできた荷物もそこにあることを確認した。
ともかく――建物は消えてしまったけれど、これは現実なのだった。

 

(新ゼロ)


「もうっ!ジョーのばかばか!」
「ばかって言う方がばかなんだよ」
「知らないっ!どうして名前なんて呼ぶのよっ。ジョーに酷いことしたのよ、ジョーを酷い目に遭わせたのよっ!ジョーの親切を利用してっ、なのにどうして名前を覚えているのよっ!どうして忘れないのっ!」
「え、いやあ・・・」
「私、あのひと大っ嫌いなのに!も、絶対許さないって決めてるのにっ!!」
「え、あ・・・フランソワーズ?」
「なのに、名前を呼ぶなんて酷いわ!ジョーのばか!」

腕のなかで暴れるフランソワーズをなだめつつ、それでもジョーは周囲の変化に油断なく目を走らせていた。
本当なら索敵に最適な人物が腕の中にいるのに、生憎今は使い物にならなかった。何しろ、閃光に包まれたことも、砂塵が舞っていたことも、そしてみんながいた建物が跡形もなく消滅したことも、どれにも全く気付いていないのだから。
否、気付いていない――というより、彼女の中の優先順位は別のことなのだ。

「フランソワーズ、落ち着いて」
「何よ、ジョーは向こうの味方なの!?私よりもあっちの――アイツの方がいいっていうの!?」
「アイツ、って・・・」

普段のフランソワーズからは絶対に聞けない言葉を聞いて、ジョーは彼女のパニックの大きさに気付いた。
自分としては、あの彼女の名前を呼んだのかどうかは全く憶えていないけれど、それでもフランソワーズがこれだけ大騒ぎするということは、きっと呼んでいたのだろう。

それにしても――それだけのことでこんなに怒ってとっ散らかっているフランソワーズを見るのは、ちょっとだけ楽しかった。何しろ、それは自分への彼女の思いそのままなのだから。

「・・・呼んでないし、味方じゃないよフランソワーズ」
「でもっ、聞いたもの!私!」

見上げてくる必死の形相の顔が涙で汚れている。それも可愛かった。

「・・・空耳だよ。僕がフランソワーズの嫌がることをするわけないだろう?それとも、僕のことが信じられない?」
「だってっ・・・」
「ん?」
「・・・だって」

フランソワーズの瞳に涙が盛り上がる。

「だって、私のジョーに@*△■」
「――ん??」

しゃくりあげるフランソワーズの声は、後半は暗号文のようでわからなかった。
ジョーはしっかり胸に抱き締めると、耳元に頬を摺り寄せた。

「――大丈夫。僕は大丈夫だよ。ありがとう、フランソワーズ」

今の二人には、さっきの閃光が何だったのか、そして今、どういう状況になっているのかなどどうでもよかった。

 

(超銀)


「危ない!」

今にも挑んでいきそうなフランソワーズの腕を掴んで引き寄せるのと、辺りが閃光に包まれるのが同時だった。
そして、巻き起こる砂塵から守るようにフランソワーズを胸に抱き締めた。

嵐が収まり、静寂に包まれるとフランソワーズは埋めていたジョーの胸から顔を起こした。

「・・・何が起こったの?」
「さあ?」

いつものように周囲に視線を巡らせようとするフランソワーズを胸から離さず、ジョーは呑気な声で答えた。

「ん、も、ジョー。離してちょうだい。今の状況を」
「いいよ、別に」
「だけど、何がどうなっているのか」
「いいんだ、って。どうでも。僕と君が無事だっていう事実以外に何が必要?」
「だって、・・・状況が」
「ここはただの海だ。それ以外に何もないよ」
「だけど、もしかしたら何かあるかもしれないわ」
「ないよ。僕が言うんだから本当だ」
「でも」
「ダメだ」

ジョーは険しい声で言うと、少し身体を離してフランソワーズを見つめた。

「いいかい、フランソワーズ。僕たちはここに調査に来たのでもないし、何か事件に巻き込まれにきたのでもない。遊びに来たんだ」
「・・・ええ」
「だから、いつもみたいなことはする必要ない。させる気もない。いいね?」
「・・・はい」

 

(平ゼロ)


「フランソワーズ!」

ジョーは咄嗟にフランソワーズを腕に抱き締め、そして地面に伏せていた。
砂嵐が収まって、そろそろと顔を上げる。
髪の中も、身体全体にも、満遍なく砂がかかっていた。

「んっ・・・ジョー、重いわ」
「え、あっ、ごめん」

ジョーが身体を除けると、更に彼よりも砂まみれになったフランソワーズが現れた。
砂浜に頬を押し付けるかたちになっていた彼女の頬は砂だらけだった。

「もうっ、いったい何なの?急に突き飛ばすなんて――え?なに?これ」

ジョーに怒っていたけれども、辺りの状況を目にして黙り込む。

「さあ――なんだろう?」
「・・・みんな無事・・・みたい、ね」

他の009と003も揃っていた。が、誰も今の状況を把握しているようには見えなかった。
無言でしばらく周囲を見回していた二人だったが、お互いに顔を見合わせるとちょっと笑った。

「ジョーったら。砂だらけよ」
「君のほうがひどいみたいだ」

そうしてお互いの砂を払い始めたのだけど。

「――あ」

フランソワーズの首に結ばれていた紐がはらりと滑り落ちてきた。
どうやら先刻の一連の動作で結び目が解けてしまったようだった。
フランソワーズは落ち着いて両手で押さえると、ジョーを見つめた。

「解けちゃったみたい。結んでくれる?」
「え・・・ええっ!?だ、ダメだよ無理だよ」
「そんなことないわ。これ、首の後ろ側で結んで貰えればいいだけなんだし。結べるでしょう?」
「結べるけど、でもこれって」
「ジョー?」
「え、いやそのだって」

へどもどしながらも、言われるままに両手で紐を持ち彼女の首の後ろ側に回した。

「結んで?」
「え、でもこんなのってやったことないから」
「あら、だったら良かったじゃない。初めて経験できたのよ」
「け、経験って、こんなの別にっ・・・」

実はこういうものは、彼は解いたことしかないのだった。
大抵の身支度は彼女は全部ひとりで出来てしまうので手伝うようなこともなかったのだ。

「え、ええと」
「ジョー?あなたが結んでくれないと、私はちょっと困った事態になっちゃうんだけど?」
「それは困る!」

フランソワーズに指摘され、ジョーは頬を引き締めると任務を遂行するために頑張った。
が――

「もうっ。ジョーったら。固結びにしたら、あとで大変じゃない」
「・・・それは手伝います・・・」
「ばか!」

 

(原作)


「ふうっ・・・やれやれ」

閃光と砂嵐が収まった後、ジョーは額の汗を拭った。

「いくらこういうケースに慣れているといっても・・・いったい何だったんだろうなあ」
「たぶん、幻覚作用を持つ植物だったのよ」

ジョーの背後で砂嵐を除けていたフランソワーズが彼の隣に並ぶ。

「幻覚作用?」
「ええ。――ほら、ジョーが上ったあの豆の木。そもそもあれがおかしかったのよ」
「む・・・でも普通の植物だったぞ」
「きっと何か――分泌していたんだわ。麻薬みたいなものを」
「その究極があの――莢に入った豆?」
「たぶん」
「つまり、そんな幻覚作用のある豆を煮たせいでこうなった、と」
「そうね――たぶん」

二人静かに顔を見合わせ、そしてフランソワーズはジョーの脇腹をちょっとつついた。

「もうっ。あなたがあんなもの収穫しなければこうはならなかったのに」
「そんな事言ったって、あんな面白そうなもの放っておけるもんか。ちょうどハサミもあったし」
「――それだわ!」
「えっ?」
「ハサミよ!そもそもの元凶はそれに違いないのよ」
「うーん・・・そうだろうなぁ。たぶん」
「たぶん、じゃなくて、絶対そうよ!」
「・・・そうだけど」

ジョーは辺りを見回した。
白い砂浜と蒼い空。蒼い海。

「・・・あまり追求しなくていいんじゃないかなあ」
「あらどうして?」
「だってさ。僕らが出かけて何も起きなかったことってあったかい?」

 


 

8月18日 〜夏休み特別企画「海」〜

 

L誰?

 

(超銀)

 

「えっ・・・まさか」
「タマラ!?」

目の前に紫色の女性が出現し、思わず一歩退いたフランソワーズの耳にジョーの声が響いた。
ジョーを一瞬睨みつける。

――すぐに名前が出てくるなんて。

自分は彼女の名前もすっかり忘れていたというのに、ジョーは覚えている。それが何だか哀しかった。
おそらく彼は、「助ける事が出来なかった女性」として覚えているだけに過ぎないのだろう。そこに恋愛感情は介在しない。何故なら、対する紫色の女性だってジョーを愛していたとは思えないのだ。
彼女はおそらく――ジョーを利用しようとしただけ。
子孫を残すために。
自分たちの種族を残すために。

とはいえ。

そう理性では解っていても、複雑なオトメゴコロは納得しない。

――大体、どうしてお鍋の湯気の中から出てくるのよ!

怒りを露わにして、紫色の女性を見つめる。

ジョーと遊びにきたのに、邪魔しないで!

 

***

 

(新ゼロ)

 

「・・・キャシー?」

ジョーの声にフランソワーズの耳がぴくりと動いた。
確かに目の前の――鍋からは彼女の姿が見えていた。戴冠式の時の、美しい姿で。

「え。なんでキャシーがここに」

重ねて聞こえるジョーの声。けれどもフランソワーズは彼を見なかった。
ジョーは有り得ない現象に驚いているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。何も心配する必要はない。
いま考えるべきことは。

「・・・消え」

消えなさい。あなたは幻よ。

そう言うつもりだった。が、湯気は更に形を変えて、フランソワーズの最も嫌悪するあの女の姿になった。

「・・・!」

ジョーが彼女の名前を呼んだようだった。が、フランソワーズの耳がそれを聞き取ることを拒否する。
ついでに、彼女の名を呼んだジョー自身をも拒否しそうになった。

だって――どうして!

思わず足を踏みしめる。
ばか!

ジョーのばか!

ばかばか!

 

***

 

(平ゼロ)

 

「・・・ヘレナ」

惚けたようなジョーの声に、フランソワーズはいらいらと彼の元へ近寄った。

「違うわよ、よく見なさい」
「でも」
「彼女じゃないわ。あれは――あの影は」

指差して「あれはそう見えるだけの幻よ」と言おうとした時、湯気は形を変えて――とある男性になった。

「え!?まさか」

驚くフランソワーズに無言で目を遣り、その肩を押し退けたのはジョーのほうだった。
既に赤褐色の瞳には危険な色が見えている。

「近付くな」

言って、フランソワーズを背後に庇う。

「――野郎。フランソワーズをどうするつもりだ!」

湯気は「未来都市」での彼の姿にそっくりだった。

 

***

 

(旧ゼロ)

 

――金色の瞳?

「・・・リタ?」

スリーは小首を傾げ、名を呼んでいた。
助ける事ができなかった異星人。

「ねえ、ジョー。リタよね?」

しかし、振り返った先のナインは険しい顔をしており――押し合いへし合いしていたキッチンの戸口から無理矢理抜け出して、スリーの腕をぐいっと掴んだ。

「離れるんだ!」
「えっ、でも――見て。リタよ」
「リタじゃない」
「え?だって金色の瞳じゃない」
「違う!ヤツはゴーチェだ!」
「ゴーチェ?何言ってるのよ、ジョー。女の子よ。リタだってば」
「君こそ何を言ってるんだ。ヤツは」

そうしてお互いに顔を見合わせる。

「え、もしかして・・・違うものが見えてるの!?」
「君には何が見える?」
「リタよ」
「そうか。僕には彼女の姿は見えない。代わりにゴーチェが見える」
「あら、ゴーチェ。元気そう?」
「何を呑気なこと言ってるんだ。この状況はどう見ても――普通じゃないだろ!」

ナインに言われ、改めて周囲を見ると――どの009と003も何だか様子がおかしかった。
口々に誰かの名を呼んでいるが、それがどうも一致していないようなのだ。

「ジョー、これって一体・・・」
「わからん。だけど、何か幻覚の一種に違いない」
「なんだかとっても変だわ!だって、003がみんな怖い顔になってるし、009だって」
「静かにしろ。こういう時、一番冷静なのはおそらく――」

 

***

 

(原作)

 

「うわっ。鍋から何か出てきたぞ、気をつけろフランソワーズ!」

戸口に詰まっている009たちの中のひとりが声をかける。
フランソワーズは顎を引くと、油断せず目の前の鍋に向かって一歩踏み出した。

この状況はどう見ても――おかしい。
何しろ、いま、この鍋から出ている湯気の中に、先刻ハサミを持って現れた女神らしき姿が見えるのだ。
ここは海でもないのに何故?

「――あなたの落としたのは」
「ハサミなんて落としてないって言ったでしょ!」

ぴしゃりと言って彼女の声を封じる。
おそらく――相手にしてはいけないのだ。

「――フランソワーズ!」

ナインが無理矢理脱出したお陰で、戸口に詰まっていた009たちはやっとばらけることができた。
そして、フランソワーズの背後にジョーが来た。

「このケースは、どうやら僕たち向きのようだ」
「そのようね」

フランソワーズは周囲をぐるりと見つめ、全員に退くよう目で合図した。

「ジョー。どうするつもり?」
「うん?そうだなぁ・・・」

顎をひと撫ですると、ジョーはにやりと笑ってスーパーガンを取り出した。

「やっぱりこれだろう」
「あら、いつの間に」
「備えあれば憂いなし、ってね。準備いいだろう?」
「で、どうするつもり」
「それは――こうだ!」

その瞬間、辺りは閃光に包まれた。

 


 

8月17日 〜夏休み特別企画「海」〜

 

K・・・豆?

 

「――ねぇ。でもこれ、どうする?」
「どうって?」
「だって、ゆでてそのまま食べるのって・・・飽きちゃうわ。きっと」
「じゃあ、冷製スープとか作る?」
「それいいわね」
「あと、サラダとか」

などなど話しながら豆が茹で上がるのを待っている5人のフランソワーズ。何とも和やかな雰囲気だった。が、よくよく考えれば、海水浴に来たはずだったのにどうして海にも入らず豆を茹でているのだろうか。

「――でも驚いたわ」
「何が?」
「だってここ、誰もいない海って聞いたのに、みんないるんだもの」
「あ。私もそう思ってたの。誰もいない海って葉書がきたのに」
「葉書?誰から?」
「・・・・誰だったかしら」
「その葉書って怪しくない?」
「なぜ?」
「だって私にも来たわ。どうしてみんなの居場所を知ってるのかしら」

沈黙。

「・・・私はジョーに聞いたんだけど、ジョーはピュンマに聞いたって言ってたわ」

新ゼロフランソワーズがおずおずと言う。

「だから、疑うなら・・・ピュンマ?」

全ては彼の発案なのだろうか?ここに全員を集めるというのは。

「・・・でもイワンも怪しいわ。あの子、意外といたずらっ子なのよ!」

何かを思い出したのか、ぷんぷん怒りながら原作フランソワーズが言う。

「でも、私たちを集めてどうしようっていうのかしら」
「どうせ何も考えてないわよ!」

つんとして言う原作フランソワーズに他の4人はやれやれと顔を見合わせた。

「もうっ・・・そんなに怒らないの。本当はイワンのこと大好きなくせに」
「えっ!?」
「だから怒るんでしょう?彼が心配かけるから」
「心配って、一番心配なのはジョーよ?」
「そうだけど、でもイワンも好きなんでしょう?」

みんなから追求され、原作フランソワーズは頬を赤くして下を向いた。

「もうっ・・・嫌いなわけ、ないじゃない。・・・こんなの、あの子が聞いたら悪ノリするわよ」
「大丈夫よ。ここにはいないもの。でも――イワン、ね。いたずらっ子な所が可愛い弟って感じよね」
「ねえみんな。話がずれてるわ。そもそもの発端はピュンマらしいってことじゃなかったっけ」
「そうね。――ピュンマ、か」
「ピュンマって、ジョーがいなかったらリーダーだったのでしょ?」
「そうなの!?」

全員の視線を浴びて、新ゼロフランソワーズは思わず一歩退いた。

「えっと・・・そうじゃないかな、っていう・・・ただの憶測だけど」
「――なんだ。憶測なのね」
「でも言われてみれば確かにそうかも」
「・・・でも私はジョーじゃなくちゃイヤだわ」

言い切った超銀フランソワーズ。他の4人の視線もなんのその、きっと顔を上げて言い切った。

「ジョーの命令じゃなきゃ私はきかないわ!」

どうリアクションしていいかわからない。が、すうっと一歩前に出て彼女の両手をがっしりと握り締めた者がいた。

「わかるわ」

スリーだった。

「私もナインじゃなくちゃイヤだもの」
「そうよね」
「そうよっ」

じっと見つめ合う二人。

「・・・ねぇ。あの二人って・・・」
「――ああ、昭和世代だから」

そして新ゼロフランソワーズを見る。

「えっ!?私?」
「あなたも昭和世代でしょう。やっぱりジョーの命令じゃないとイヤなの?」
「そんなことないわ。だってジョーは命令しないもの」
「命令しない?」
「ええ。〜〜してくれないかな。っていうカンジ?」
「・・・ちょっとウチのジョーと似てるかも」

平ゼロフランソワーズがくすりと笑う。

「ジョーも命令しないの。勝手に意思表明するだけ。僕は〜〜するんだ!って」
「ふうん。でもそこがいいの。って?」
「イヤだわ!やめてよ」

真っ赤になる平ゼロフランソワーズに原作フランソワーズがにやにや笑う。

「可愛いわねぇ。平成時代って」
「そういうアナタはどうなの?」
「私?だって私は――ほら、どうやら最後には時間すら飛び越えるらしいから・・・」

言いかけた時。
豆の入っている大きな鍋から突然湯気が垂直に立ち昇り、あっという間に天井と繋がった。

「ヤダ、何っ!?」

そうしてその湯気は天井から壁を伝って足元を覆ってゆく。

「ヤダ、気持ち悪い〜」

口々に言っていると

「フランソワーズ!!大丈夫かっ!!」

五人分の009の声がキッチンの入り口付近から聞こえた。003のピンチには必ず駆けつけるのだ。

「ジョー!」

こちらも五人分の003の声が重なる。
が。

「・・・何やってるの?」

009たちは我先に中へ入ろうと押し合いへし合いしており、結果的に誰も中に入れない状態に陥っていた。お前どけ、お前こそあっちへ行ってろ、何をやるか、おお上等だ等等の罵声が交錯する。

五人のフランソワーズが心の中で頭を抱えていると、その沈黙を誤解したのか、これまた5人の009がいっせいに叫んだ。

「じっとしてろよ!そこを動くな、今行くから!」

しかし。
湯気は既に部屋中に渦巻いており・・・五人のフランソワーズは目の前の鍋から目を離せなくなっていた。
そう。
いま、ゆっくりと鍋の中から何かが出現したのである。

「嘘っ・・・だって、豆だったでしょう?さっきまで」
「あなた見間違えたんじゃない」

脇腹をつつかれた原作フランソワーズが口ごもりながら答える。

「だって、本当に植物だったのよ。幹の中に道管も通っていたもの」
「だったらどうして豆じゃなくて何か怪しげなものが出てくるのよっ」
「そうよ。これはあなたたち原作のパターンじゃない」

そうして原作フランソワーズが何となく先頭に押し出された。

「ちょっと待ってよ。そんな事言ったら、あなた達だって少しは――」

しかし。
そうしている間に「アヤシゲな何か」は完全に姿を現したのだった。

 


 

8月16日 〜夏休み特別企画「海」〜

 

J食べる?

 

「どうだ?わかるか?」

新ゼロジョーが緊張した声でフランソワーズに問いかける。
そんな彼をフランソワーズはちらりと見つめ、そして小さく息をついた。

「・・・わかるわよ。・・・っていうか、普通の豆が入ってるわ」
「人間とかじゃないんだな?」
「ええ」
「変な生命維持装置とかついてないんだな?」
「ええ」

新ゼロジョーもやっと深く息をついた。

「・・・全く。驚かしてくれるぜ」
「でもこれ、どうしたらいいのかしら」
「どう、って・・・」

二人は目の前の原作組に視線を移した。
原作ジョーは防護服姿であり、いまそれを脱ぐのをフランソワーズに手伝ってもらっているところだった。

思わず新ゼロフランソワーズが噴出した。

「ヤダ、そちらの009も一人で脱げないの?」
「そうなのよ。着るのもできないんだから」

フランソワーズ同士がくすくす笑い合う。

「うちのジョーもそうなのよ。ね?ジョー」

しかし新ゼロジョーは顔をしかめたまま何も言わない。
気まずいのか、そのまましゃがみ込んで目の前のサヤエンドウだか枝豆だかソラマメだかわからない謎の豆を手にとってしげしげと見つめていた。それはどれもかなり大きかった。

「――あのさ。これ、どこから獲ってきたんだい?」
「うん?来る途中の浜で」
「来る途中?」
「ああ。こう、緑色の幹をもった、背の高い」
「・・・知らないな。――フランソワーズ、君は見たかい?」
「ううん」

原作の二人はお互いに顔を見合わせた。

「てことは・・・また、私たちだけ?」
「そのようだな」

そうして互いに小さく笑った。

 

数分後。

豆を莢から出すのにあのハサミは大活躍だった。
ただひとつの問題点といえば、莢から出した豆がいったい何なのか誰も同定できないということである。

「でも――とにかく、ゆでればいいのよね?」

山と積まれたソフトボール大の豆。中にはメロン大のものや楕円形のものもあり、やはり何豆なのかわからないのだった。
5人のフランソワーズが豆を前に会議を開く。

「ねえ。根本的な問題を忘れてない?」

超銀フランソワーズの声にみんなが彼女を見つめる。

「これ。食べても大丈夫なのかしら」
「それって食用かどうかってこと?」
「ええ」

沈黙が降りる。

「ん――でも、見つけた樹は植物だったのは確かよ」

原作フランソワーズが保証する。

「ちゃんと視たもの」
「だったら大丈夫ね」

再びの沈黙。

「・・・ゆでてどうするの?何かと混ぜる?」
「確かジョーはビールと一緒に食べるといいとか言ってたわ」
「・・・この大きさのままだとちょっと大変よね?」
「あら、でも、さっき見たけどすっごく大きいお鍋がたくさんあったわ」

スリーが言う。

「ぐりとぐらのフライパンみたいのとか」
「――ぐりとぐら」
「豆じゃなくて卵の方がマシだったわね」

この尋常ではない豆の山をどうしてくれよう――と、会議は紛糾した。

「ね。でも、・・・ジョーだったら食べてくれると思わない?」

新ゼロフランソワーズがニッコリ笑って言う。

「きっと残さず食べてくれると思うの。――003が作った、って言ったら」
「――そうね。うちのジョーは間違いなく食べるわ。それも誰よりもたくさん。負けず嫌いだから」

超銀フランソワーズが言う。

「ナインもきっと負けずに食べるはずよ」

スリーも頷きながら言う。

「・・・うちのジョーもたぶん食べてくれると思うけど、でも・・・変な食べ方すると思うわ。それ見ても驚かないでね」

心配そうに言う原作フランソワーズに他の4人は「変な食べ方」っていったいどんな食べ方なのだろう・・・と訊いてみたくなったが、いちおう「原作」には敬意を表していたから、黙った。

「うちのジョーはどうかしら。けっこう、好き嫌いがあるし」

平ゼロフランソワーズが首を傾げる。

「うーん・・・。でもまあ、他のジョーが食べていたら、きっと食べると思うわ。009は食べなければいけない、って思いこんで」

009歴が一番浅いので、おそらく他の歴代009がそうしていたら、それに習うだろうということらしい。
ともかく、なんだかわからないけれどゆでましょう――と、奥から持って来た籠に豆を入れてキッチンに運びこんだ一同だった。

 

***

 

その頃、5人の009は。

「・・・あれ、食うことになるのかな」
「らしいな。持って行ったところを見ると」
「でも全員、弁当持参だったよな?」
「何もない海って聞いてたからな」
「僕、あまり豆は得意じゃないんだよなぁ・・・」

最後のセリフを言った平ゼロジョーに全員の視線が集まった。

「お前っ、よくそんな恐ろしい事を言えるな」
「え、なんで」
「料理するのはフランソワーズなんだぞ?」
「うん」
「食わなかったらどんなことになるか」

ああ、恐ろしい・・・と口々に言う。

「え。怒るの?」

平ゼロフランソワーズが怒ったところを想像してみる。それはやっぱり怖かったので、ジョーは肩をすくめた。

「――イヤ。うちは怒らない」

これは新ゼロジョー。

「だったら恐ろしくないじゃないか」
「いや。怒らないけれど、・・・食べるまで居残りさせられる」
「でも怖くないじゃないか」
「・・・可愛い顔で「あーん」ってされる。全部食べるまで」
「んだよそれ、惚気じゃねーかっ」

違うよ、怖いだろ・・・とニヤニヤし始めた新ゼロジョーを全員が黙殺する。

「うちは怒ったら本当に怖いんだよ」

超銀ジョーが顔をしかめる。

「へえ。怖いんだ?」
「そう。何しろ、凄く綺麗だから」

――は?

「ますます惚れてしまう。――な?怖いだろ」

彼も冷たく黙殺されるところだったが、何故か同意の声があがった。
ナインである。

「・・・ちょっとわかる気がする」
「え、でも、スリーって怒らないよな?」
「ああ。滅多に怒らないよ。ただ、残したりすると悲しそうな顔をするんだ」
「ふうん・・・」

なんとなく話の流れが見えた一同は適当に相槌を打つ。

「それがまた可愛くてさ」
「ふーん。おそろいの水着を着ているヤツは言うことも違うな」
「フン。悔しかったらお前らも着ればいい」

既に開き直っているナインだった。

ともかく――海に来ているにも拘らず、まだ一度も入っていない一同は不思議な豆を食すことになったのだった。

 


 

8月15日 〜夏休み特別企画「海」〜

 

Iで、どうするの?

 

3人の009(超銀、新ゼロ、旧ゼロ)がおそろおそる「収穫物」に近付いた。警戒は怠らない。何しろ、原作ジョーが持ってきた獲物なのだから、何があってもおかしくないのだ。

「嫌だなあ。そんなに警戒しなくたって大丈夫だよ。――ねっ?フランソワーズ」

同意を求めるように自分のフランソワーズを振り返るけれども、返ってきたのは「知りません!」という冷たい言葉。
冷たいなぁ・・・と肩を落とす原作ジョーを尻目に、3人のジョーは厳しい声でそれぞれの003を呼んだ。

 

***

 

「視てくれ」

「ええ〜っ・・・嫌よ私」

顔を歪めたのは新ゼロ・フランソワーズ。

「だって今日は海に遊びに来たのよ?これはあちらのお二人に任せていればいいじゃない。拘りたくないわ」
「それはダメだよ、フランソワーズ。目を背けては何も解決しない」

厳しい声で言う新ゼロ・ジョー。
その背に向かってフランソワーズは思いっきり顔をしかめてみせると、諦めたように彼の隣に並んだ。

 

***

 

「・・・視るかい?」

くるりと首を回してフランソワーズを見たのは超銀ジョー。いちおう、真面目そうな険しい声を出してはいるものの、その表情は全くやる気がないのだった。

「視て欲しいの?」
「イヤ。・・・別にどっちでも」

言いながら大きく欠伸をする。

「私はあなたの命令だったら従いますけど?」
「うーん・・・」

超銀ジョーはフランソワーズのすました声に唸りながら、ちょっと考えるフリをして――

「・・・じゃあ、いいや」

あっさりそう言って、再び小上がりに寝そべった。手招きでフランソワーズを呼んで膝枕を要求する。

「いいの?視なくて」
「いいよ。これだけ009がいるんだから、誰かが何とかするだろう」

そうして再び目を瞑った。
今の彼には巨大なサヤエンドウだか枝豆だかソラマメだかわからないモノなどどうでもよかった。

「僕はフランソワーズの膝枕で寝るほうがいい」
「・・・ばか」

 

***

 

「どうする?フランソワーズ」
「どう、って・・・やっぱり調べるべきだと思うわ」

真面目な声の問いに、やっぱり真面目な声で答える。
旧ゼロの二人は至極真面目であった。
二人並んで謎の獲物を見つめる。

「・・・視たほうがいいの?」
「うん。そうしてくれ」

そうしてスリーが透視しようとした時。
背後から声がかかった。

「あら!おそろいなのね、水着!」

二人揃って振り返ると、そこには着替え終わった平ゼロフランソワーズがいた。その背後には平ゼロジョーもいる。なぜか顔を真っ赤にして。

「ええ、おそろいなの」

にっこり笑むスリーだったけれど、その隣のナインはあわあわと意味不明の言葉を呟くのみで何も言えなかった。

「可愛いわねぇ、ピンクの花柄って」
「そう?ありがとう」

ナインの顔が赤黒く変色してゆく。恥ずかしいのか怒っているのか、さっぱりわからない。
そのナインをちらりと見つめ、スリーの頬が染まった。

「・・・もう。ジョーったら、そんなに照れないで。こっちまで恥ずかしくなっちゃうわ」
「だから僕はあれほど嫌だと」
「あら、さっき着るって言ったのはあなたじゃない」
「いやそれは言葉のアヤで」
「嘘だったの!?」
「え」
「酷いわ!!私、ジョーも一緒に喜んで着てくれているものだとばっかり思っていたのに」

着るとは言ったが「喜んで着る」とは言ってないぞ。というナインの声は、当然ながら逆上したスリーには届かない。

「酷いわ、嘘つくなんて」
「え、いや、嘘じゃないよ」
「だって、本当はイヤなんでしょう!?いいわよ、もう――無理しておそろい着てもらったって、嬉しくないわ!」
「え、そうは言ってな」
「いい。着替えてくるわ!」
「え。ちょっとま」
「だって、イヤなんでしょう!?私とおそろいなんて!」

今にも更衣室に行ってしまいそうなスリー。その腕をがっしりと掴むとナインは顔を真っ赤にしたまま言った。

「イヤじゃないよ。嬉しいよ!」

一瞬、しんと静まり返る室内。
注目を浴びる二人。

「・・・ほんと?ジョー」

小さくスリーが問う。

「・・・うん」

こちらも小さくナインが答える。

「イヤだわ、私ったら一人で騒いじゃって」
んもう、だったら早く言ってくれればいいのに。とスリーがナインの腕をつつく。

「そんな事言ったって・・・」
男がそんなコト言えるもんか、とナインはあさってのほうを向く。

「だって言ってくれなくちゃわからないわ」
「本当にイヤだったら着るわけないだろう!」
「ん。そうよね。・・・ゴメンね?ジョー」
「・・・フン」

既に目の前の獲物は眼中になかった。

 

***

 

「で、これの中身を視てみればいいのね?」

何の警戒もせず近付く平ゼロフランソワーズに慌てたのは平ゼロジョー。

「わっ、ちょっと待ってよ」

フランソワーズの腕を掴んで引き寄せる。
が、次の瞬間、ぱっと手を離し、そして数歩後ずさった。

「・・・何よ?」

引き寄せられたり、突き飛ばすように離されたり。平ゼロフランソワーズは少しだけ機嫌がナナメになった。

「いや、だってっ・・・」

紐っ!!

平ゼロジョーは心の中で叫ぶ。

だって、キミのその格好っ・・・紐じゃないかっ!!

平ゼロフランソワーズの名誉のために訂正すると、申し訳程度に彼女の胸と腰を覆った布地をその身体に留めているのは、確かに紐だった。それも簡単に解けてしまいそうな。決して「紐の水着」を着ているわけではない。
そんな彼女にうっかり触れてしまったのと、引き寄せた途端に目に飛び込んできた彼女の身体に平ゼロジョーはとてもじゃないが平静を保てはしなかった。

「・・・この格好、いやなの?」
「え、そ、えっ」
「可愛いと思って選んだんだけど」
「え、と、そ」
「・・・ジョーは嫌い?こういう格好」

しょんぼりしてみせるフランソワーズに、ジョーは頬を染めて、そして――

「・・・・・・・・嫌いじゃないよ。その格好」

と前髪で半分表情を隠しながら答えた。

 

***

 

結局、真面目に獲物に相対しているのは、新ゼロと原作の二組だった。

 


 

8月12日 〜夏休み特別企画「海」〜

 

Hこれ、何?

 

「こんにちは」

赤褐色の瞳を持つ若者は、先着の2組に向かって明るく元気に挨拶をした。

「こんにちは」
「こんにちは」

が、まともに返事をしたのは二人のフランソワーズだけだった。
二人のジョーのうち一人はフランソワーズの膝に頭を載せぴったり目を閉じているし、その奥のほうのジョーはフランソワーズと向かい合って、お互いにカキ氷の味見をするのに忙しく、ちらりともこちらを見ない。

「あ、こ、こんにち・・・は」

赤褐色の瞳の青年は、返事をしてくれた二人のフランソワーズを見た。が、小上がりにいるフランソワーズの露出度の高い水着に顔を赤らめ慌てて逸らし、奥の席にいるフランソワーズの可愛さに頬を緩めた。

「ジョー!」

そんな彼に、彼の連れである金髪碧眼の女性は頬を膨らませ、彼の脇腹を思い切りつねった。

「いててて」
「何よ、鼻の下伸ばしちゃって!」
「伸ばしてないよ」
「いいえ。伸びてました!いつもより――1センチくらい」

1センチ?そうかなあと自分の手で顔を撫で回す彼を置いて、碧眼の女性は更衣室に向かった。

「あれ?待ってよ、フランソワーズ」

後を追おうとするジョーにぴしゃりと言う声が聞こえた。

「ダメ!ついて来ないで!あなたが着替えるのは隣でしょう?」
「うん・・・そうなんだけど。その・・・僕の水着ってどこにしまったっけ?」
「はあ?」

呆れたような声とともにフランソワーズが更衣室のカーテンから首だけを出した。

「あなた、自分で入れたじゃない。デイバッグに」
「え!?そうだっけ」
「そうよ。ちゃんと調べてみなさいよ」
「うん――」

背からデイバッグを下ろし、中身を探る。そして。

「あ。あったよ!フランソワーズ!」

凄いなぁ。何でもわかっちゃうんだねというジョーの声にフランソワーズは顔をしかめた。

「別にちからを使ったわけじゃないわ」
「うん。そういう意味じゃないよ」
「・・・ただ、ジョーの事を良く知ってるから」
「うん。そうだったよね。僕の事を何でも知ってるのはフランソワーズだけなんだよね?」

ジョーの言う「何でも」にフランソワーズはちょっとだけ頬を染めた。
そんな意味で言ったのではないだろうけれど――他の組が聞いたら、何て思うだろう?
だから、こう言った。

「ジョーのエッチ!」

そうして更衣室に引っ込んでしまった。
取り残されたジョーはその場にたちつくし――頭を掻いた。なぜフランソワーズが急に顔を赤くしたのか、自分をエッチと呼んだのかが全くもってわからない。

「・・・エッチ、って・・・男はみんなそうじゃないか」

口の中でぼそりと言ってみる。

「そうだよな。僕は君の意見に賛成だ」

超銀ジョーが目を開けてにやりと笑う。

「me too」

奥でナインも手を上げた。

 

***

 

「・・・何挙手してるんだ?」

きょとんと光景を見ているのは次に着いた新ゼロ組だった。

「うん?――男はエッチだっていうから、その通りと賛同してたのさ」

超銀ジョーが身体を起こす。

「君は?」
「えっ?」
「君はどうなんだい?」
「どう・・・って」

新ゼロジョーは傍らのフランソワーズをちらりと見遣った。
目が合った。
新ゼロフランソワーズは彼の腕に自分の腕を巻きつけ、満面の笑みで言った。

「エッチに決まってるじゃない。ね?ジョー」

ジョーが何て答えようか迷っていた時、突然部屋の中が暗くなった。
海に向かって大きく開けている出入り口に何者かが立ちはだかったのだった。
この暑いのに緋色のマフラーと赤い服をきっちりと着込んでいる。

「諸君。今日の収穫だ!」

そして抱えていたものを乱雑に床に投げ出した。

「・・・え。それってもしかして」
「・・・巨大サヤエンドウ?」

新ゼロの二人が震える声で言う。

「違うよ。サヤエンドウじゃなくて、ええと――ソラマメか枝豆・・・の、仲間。そうだったよね、フランソワーズ」

確かめるように背後を振り返るジョーの視線の先にはフランソワーズの姿があった。
少し怒っているような、呆れているような。

「ジョー。もっとちゃんと言わないとみんなが警戒するでしょう。――あの、大丈夫ですから。これ、海底から持って来たわけじゃないので」

――そういう問題なのだろうか?

三人のジョー・・・新ゼロ、超銀、旧ゼロの三人の009は無言で顔を見合わせた。

 


 

8月9日  〜夏休み特別企画「海」〜

 

Gハサミ

 

「・・・何よこれ」

車を止めた二人は、他に一台車があるのを見て他に誰か来てるんだね、二人っきりじゃないなんてガッカリだわなどと言いながら砂浜を歩き始めていたのだった。が。

忽然と出現した緑色の物体。

「さあ。――なんだろう。機械?」

ジョーがフランソワーズに問う。

「ううん。機械じゃないわ。・・・ただの植物みたいだけど・・・」
「ふうむ」

ジョーは頷くと、その緑色の物体に手を伸ばした。

「ちょっとジョー!触る気?」
「だって植物なんだろう?」
「でも、どこにどんなトラップが仕掛けてあるかわからないじゃない!」
「平気平気」

そうしてジョーは右手をぴったりと緑色の物体にくっつけた。

 

***

 

何も起こらなかった。

「――ホラ。大丈夫じゃないか」
「ええ、そうだけど・・・」
「いったいなんだろう、これ」

ジョーは右手をソレに触れたまま上を見た。

白い砂浜が続く海岸。
そこに忽然と出現したのは緑色の、植物――のようなもの、だった。
屋久杉のような太い幹を持ち、青々と茂る葉はその下にコロボックルを何人も住まわせることができそうだった。
そして、それは天をつくように上に延び――その先端は見えない。雲がかかっているようだった。

「・・・ジャックと豆の木?」

ジョーは四方八方に無造作に伸ばされたツルを指差した。
そのツルの先にはサヤエンドウのようなものがもれなくくっついている。

「ジョー?」
「うん?」
「何か変なコト考えてないでしょうね?」
「変なコトって?」
「それは――」

ちょっと様子を見てくるよ、と言って登ってみるとか。
けれどもそう言うと本当に実行しそうだったから、フランソワーズは曖昧に語尾を濁した。

「ジャックと豆の木ってどんな話だったっけ」
「・・・よく憶えてないわ」
「確か――」

ジョーがううんと唸って眉間に皺を寄せた。

「――金の卵を産むガチョウとかいるんじゃなかったっけ」
「鶏じゃなかった?」
「いや、確かガチョウだったと思う」

ふむ。と頷いて、何かを確かめるようにその幹を撫でるジョー。

「ジョー?」
「うん?」
「確かその鶏だかガチョウだかは飼い主がいて、それって・・・鬼じゃなかったかしら」
「そんなのいたっけ?」
「ええ。いたと思う」

険しい顔でフランソワーズが頷く。
どうかジョーが妙な気をおこしませんようにと祈りながら。

「――じゃあ、それは諦めよう」

それって何。

「その代わり――」

ジョーはフランソワーズに右手を差し出した。

「ハサミをくれ」
「ええっ、何する気?」
「決まってる」

ジョーは緋色のマフラーを結び直すと――ニヤリと笑った。

「サヤエンドウっぽい豆の収穫さ」

サヤエンドウ、という言葉にフランソワーズは頬を引きつらせた。

「ジョー。これはきっとサヤエンドウじゃないわ」

きっとジョーは豆というとサヤエンドウしか思いつかないのだろう。そうに違いない。

「へえ。じゃあ何?」

既に幹に足をかけて登っている。

「枝豆とか」
「ふうむ。おつまみにちょうどいいな。知ってる?ビールと枝豆って相性がいいんだぞ」
「――知ってるわよ」
「それってさ、確か――ビールに含まれているプリン体を代謝しやすくするかどうにかして通風になりにくくする効果があるから・・・らしいぞ」
「ホントかしら。どこで聞いたの」
「うーん。どこだったかなぁ」

話すうちにも、ジョーはどんどん登って行ってしまう。

「ジョー?」
「うん?」
「ソラマメかもしれないわよ!」
「だったらゆでてもらわなくちゃ食べられないな」
「・・・ジョーったら。枝豆だったゆでなきゃ食べられないのよ」

既に見えなくなった姿にフランソワーズは小さく言う。
そして。

ちょっきん。

呑気な音と共に、目の前に巨大な何かが落下した。

「おーい。危ないぞー」
「遅いわよっ、もう――」

サヤエンドウか枝豆かソラマメかわからない物体は、次々に収穫されていった。

 


 

8月8日  〜夏休み特別企画「海」〜

 

Fおそろい

 

浜辺で出会った二組は、ともかく陽射しを遮る建物の中に入った。
そこはエアコンが利いているわけでもないのにひんやりと涼しく、居心地が良かった。

「・・・誰も居ないみたいね」

二人の003がお互いに顔を見合わせ軽く頷き合う。

「勝手にやってていいんじゃないか」
「そうだな。――まさか、そのためだけに作られたってわけでもないだろうがな」

009たちは油断なく四方に目を走らせる。
しかし、やはり人影はない。ないが、ここはどう見ても「海の家」であった。
奥の調理場とはカウンターで仕切られている。テーブル席もあり、小上がりもある。

「ねぇ。奥に更衣室があるわ」
「シャワー室もあるのね」
「じゃあ・・・着替えるか」
「せっかくだしな」

そんなわけで、それぞれ009と003に分かれて着替えることになった。
依然として謎の店のままであることは棚上げした。

 

***

 

水着に着替えて今一度集った4人は、お互いがお互いを見つめ、一瞬言葉に詰まった。

「わあ、可愛いっ。それ、おそろいなのね!」

超銀フランソワーズがスリーとナインの水着を見比べて歓声を上げる。

「いいなぁ、おそろい」
「あら、あなたたちもすればいいじゃない」

スリーが頬を染めて言う。ナインは無言のままだった。

「ん・・・そうなんだけど」

フランソワーズがちらりとジョーを見つめる。ジョーは視線を感じるとあさっての方を向き――そのまま、そそくさと小上がりにあがりごろんと寝そべった。

「・・・だってね。去年、ちゃんとおそろいを買うから、って言ったくせに、未だにその約束は果たされていないのよ」
「そうなの!?」

それは酷いんじゃないかしらとスリーがジョーを見る。が、ちらっと見ただけで頬を染めて目を逸らした。

「あの・・・あなたたちの水着って、その、ずいぶん・・・」
「え?」
「露出が多いというか、その――目のやり場に困るわ」
「・・・そうかしら?」

フランソワーズが自分の身体に目を走らせる。そして畳に寝ているジョーも見る。

「確かにジョーはちょっと――セクシーな水着だと思うけど」
「何を言う」

寝転がって向こうを向いていたジョーが身体を起こし、異議を唱えた。

「君だって随分セクシーだと思うけど?」
「そうかしら」
「そうだよ。――なあ、そう思わないか、ナイン」

しかし、ナインはそこにはいなかった。

「・・・あれ?アイツどこ行った」

スリーも不安そうに辺りを見回し――先刻から謎のがりがりという音がするほうを見つめた。音はカウンターの向こうから間断なく聞こえてくる。

「・・・ジョー?」

スリーがキッチンを覗くと、そこにはナインがいた。嬉しそうにカキ氷を作成中であった。

「あ、フランソワーズ。ほら、手伝って」
「え、でも」
「こう暑くちゃやっていられないよ。君は食べたくないのかい?」
「それは・・・でも」

くるりと背後を振り返り、露出度の高い水着を着用した二人組に問うように視線を投げる。
セクシーな水着二人組は、小上がりに居り、フランソワーズがジョーに膝枕をしようとしているところだった。
スリーの視線に気付いてフランソワーズが目を上げる。

「私たちは要らないわ。お二人でどうぞ」
「本当に要らないの?」
「ええ。ここの冷蔵庫にお水があったから、それでいいわ。ジョーったら、運転疲れで眠いんですって」
「フン。軟弱だな」

がりがりと氷を作りながら、ナインが勝ち誇ったように言う。

「普段、鍛えてないからこのくらいの距離で疲れるんだ」
「――浅慮だな。眠いのは運転のせいじゃないさ。な?フランソワーズ」

目を閉じたままジョーがナインに応戦する。

「いいじゃない。運転だって疲れたでしょう?」
「昨夜よりは疲れてないよ」

それを聞いてナインは何か口の中で呟いた。が、氷を作る音に消されてしまう。

「ジョー、何か言った?」

スリーが頬を寄せて彼の顔を覗きこむ。

「別に。なんでもないさ」

ナインは視線を上げず、やや頬を染めてカキ氷を作るのに専念した。

「ほら。いいから、シロップを持ってきて」
「ジョーは何がいいの?」
「ブルーハワイ」
「ええーっ、あれ、舌が紫色になるからイヤよ」
「じゃあメロン」
「・・・メロンだって青くなるわ」
「じゃあ何がいいんだい?」
「イチゴ」
「イチゴぉ?あれだって紅くなるじゃないか」
「いいの。口の中だって赤いもの。一緒よ」
「そうかなぁ」
「そうよ」

カウンターの向こう側での遣り取りにフランソワーズはくすりと笑むと、改めて膝の上のジョーを見つめ――そして頬を軽くつねった。

「・・・何だよ」
「だって、喋りすぎよ、あなたは」
「何で」

ジョーは目を開けない。

「昨夜のことなんていわなくてもいいでしょう?」
「いいじゃないか。運転で疲れたなんて思われたくない」
「・・・いいじゃない、運転疲れで」
「――じゃあ、別の運転疲れ」
「ばかっ!」

 

その時、三組目の声がした。

 

「――ほらジョー。ここで着替えができるみたいよ?」
「そうだね」

 


 

8月7日 〜夏休み特別企画「海」〜

 

E誰もいない海で汗びっしょり

 

「おっそろい、おっそろい、うっれしっいなー」

口ずさみながら砂浜をスキップするスリー。ひとりで荷物を全部持ったナインの周りにじゃれつくようにして。

「・・・フランソワーズ。邪魔」
「ま。酷いわ、ジョーったら」

そう言う間にもナインの目の前でじいっと彼の顔を見つめるスリー。

「後ろ向きで歩くと転ぶぞ」
「平気よ。私にはちゃあんと見えるもの」
「・・・見えるわけないだろ。背中に目があるわけじゃないんだから」
「あら、あるのよ。知らなかった?」
「・・・・」

ナインはじっとりとスリーを見つめた。その額には汗が光っている。いくら009とはいえ、全部の荷物をひとりで運んでいるのだ。この炎天下で。いくら真っ白いサンドレス姿のスリーが目の前にいて、しかもそのドレスが時々陽に透けて彼女の身体のラインが浮かび上がったとしても、それをゆっくり楽しむ余裕はナインにはなかった。

「・・・後で調べるぞ。背中」

低い声で宣言してみるが、スリーは既に目の前から消えており、今は数メートル先をスキップしている。先刻と同じフレーズを口ずさみながら。

――全く。そんなにお揃いが嬉しいのかよ?

 

***

***

 

「私、海に行きたいな」

えっ。

「プールって前に言ってたよな?」
「ええ。でも海もいいなぁって。そう思わない?」

思わない。
それはもう、全く思わない。
むしろ、できればプールだってやめたいのだ。それをなぜ海まで追加する。

しかし、僕の苦悩をよそにスリーはにこりと微笑んだ。

「知ってるわ。ジョーは、おそろいの水着が恥ずかしいのよね」

・・・わかっているなら、どうにかして欲しい。

「でも、もしも誰もいない海だったら?」
「誰もいない海?」

何だ、その歌詞のような海は。そんなところがあるというのか。
ちなみに今はまだ夏で、残念ながら秋ではない。従って歌詞のようにはならないと思うのだが。

「ね。この葉書を見て」

ひらりとどこから出したのか、スリーの人指し指と中指の間には一枚の葉書。
差し出されるままに受け取ると、それは一面に綺麗な海の写真がプリントされていた。

「・・・確かに誰もいない海だな」
「でしょう。ここならいいじゃない?私たちしかいないんだから」
「うーん」
「だめ?」

上目遣いにこちらを見るスリー。

・・・まったく。
だめなんて言える訳がないじゃないか。

 

そんな会話を交わしていた数日前を思い出す。

――お揃いの水着なんて、着るつもりはなかったのに。

けれどもついさっき、自分で宣言してしまったのだ。おそろいを着るぞと。
そうしなければ、スリーはきっと今もしょんぼりしたままだっただろう。そんな事は許せなかった。

・・・でも、まあ、・・・いいか。あんなに喜んでいるんだし。

ナインにとってスリーの笑顔は何よりも大事なのだった。

――しかし。それにしても――

「おい、フランソワーズ。あの建物は何だ」
「えー?なあに?」

数メートル先のスリーがこちらを向く。汗だくのナインは声を張り上げた。

「あの建物だよっ。誰もいないはずじゃなかったのか」
「んー。知らないわ」
「知らない、って・・・」

ここに行こうと言ったのは君じゃないか。誰もいないから、って。誰かがいるとしたら詐欺だ。

「いいじゃない。きっと海の家か何かよ。冷たいものが飲めるかもしれないでしょ?ジョーは飲みたくないの」
「いや、飲みたいけど問題はそこじゃなくて――」
「何よ、もう。さっきから怖い顔しちゃって。荷物が重いんでしょう?だからはんぶん持つって言ってるのに」
「ふん。君に持てるもんか」
「あら、そんなの試してみなくちゃわからないじゃない。ほら、はんぶん貸して」

手を伸ばすスリーを避けるようにナインは歩き出す。

「メンドクサイから持ってくよ」
「ん、でも・・・汗びっしょりよ?」

スリーはポケットからハンカチを取り出すと、歩くナインに小走りに近寄りその額の汗を拭った。

「いいよ。いらない」
「ダメよ。ほら、目に入ったらどうするの」
「いいったら――」

うるさそうに顔を振って、それでもしつこく汗を拭くスリーをやりすごそうとした。が、それは叶わなかったので、ナインは荷物を全部放り出した。

「えっ、ジョー?」
「うるさいっ」

そうして怒ったようにスリーの両肩をがっしり掴むと有無を言わせず唇を重ねていた。

 

***

 

「うわー、アツアツだな。な?フランソワーズ」
「アツアツ、って・・・それって死語よ、ジョー」

スリーとナインの背後から歩いてくる二人組。大荷物のナインたちと比較してこちらは身軽だった。

「死語なのか?」
「死語よ」
「ふうん・・・そうか」

そうして足を止めると、ジョーはフランソワーズの腰を抱き寄せた。

「死語でもいいじゃないか。僕たちだって負けていられない」
「ジョー。勝負じゃないのよ?」

フランソワーズがジョーの鼻をつまむ。

「いいじゃないか。どっちが長く――」
「ん。も、ジョ」

そうして勝手に「どちらが長くキスしているか大会」が始まった。

 


 

8月6日 〜夏休み特別企画「海」〜

 

D一番遅く着いた組

 

「ねぇ、ジョー?」
「うん?」
「・・・変よね」
「うん。気付いた?」
「ええ」

ストレンジャーを降りたふたりは、改めて辺りを見回した。
蒼い空と蒼い海。そして白い砂浜。人影はない。
そう。
人影はないのだ。
しかし。
車の影はあった。それも4台。よく見たことのあるSUVと、オープンカーが3台。

「・・・誰もいない海よね」
「うん。誰もいない海だ」

なのに車はある。確かにそこに存在している。
車がひとりでやってくることはないのだから、運転してきた人物が少なくとも4人はいるはずだった。

「――ね。見て!」

フランソワーズが指を差す。白い砂浜の、ずうっとずうっとその先には小さな――建物があった。

「何?」

ジョーが同じ方向に目を向けると、フランソワーズは少しだけ目を細めた。

「・・・いやだ、ジョー!」
「何?」
「なんだか全員いるみたいなの」
「全員って・・・まさか」
「そう。そのまさか」
「嘘だろう?」

誰もいないと言っていたはずなのに。
この場所を紹介したピュンマの顔を思い出す。と、同時に彼の言葉も思い出していた。
そういえば――『ジョー以外の男の目はないよ』と言ってなかっただろうか。
あの時、その言葉に少し引っかかるものを覚えたが深く考えはしなかった。

――やられた。

これなら、確かに「ジョー以外の男」はいない。島村ジョー以外はいないのだから。

「・・・行こう」

ジョーはため息をつくと、フランソワーズを促した。ともかく、暑いこの場所にぼうっといつまでも立っているわけにはゆかない。フランソワーズが倒れてしまう。
二人は荷物を分け合って持ちあげると遥か彼方の建物目指して進んでいった。

 

***

 

「・・・二人っきりじゃ、ないのね」

しばらく歩いて――まだまだ砂浜は続くのだった――フランソワーズが爪先に向かってポツリと言った。

「え?」
「・・・楽しみにしてたのに」

砂浜は続く。もしかしたら、永遠にあの建物には着かないのかもしれない。

「うーん。・・・まぁ、確かに二人っきり、ってわけにはいかないだろうけど」

フランソワーズの足がぴたりと止まった。どんどん砂浜が白さを増して――目指す先にある建物は呑み込まれてしまった。

「・・・つまらないわ。そんなの」
「でも、二人で一緒にいるのは同じだと思うけど」
「全然、違うわ」

私はジョーとふたりっきりが良かったのに――と爪先を見つめたまま言う。
ジョーは困ったなと珍しく愚図るフランソワーズを持て余す。

「でも、ホラ――途中にリゾートホテルがあっただろ。あそこを予約してあるし、海ではみんないるかもしれないけどきっと」
「他のみんなもあそこに泊まるに決まってるわ!」

確かに、ここから一番近い宿泊施設はそこしかないのだった。

「でも部屋は別々なんだし」
「当たり前でしょっ」

ジョーは無言で空を見つめた。
どこまでも蒼い。このままここにいれば、ともかく「二人っきり」には違いなかった。が、それと同時に早晩脱水症状で倒れるのも確実だった。

「・・・ともかく、フランソワーズ」
「イヤ。ジョーと二人っきりじゃなくちゃイヤ」
「・・・二人っきりだと思うけどなぁ」
「だって」

言い募るフランソワーズに構わず、ジョーは続けた。

「いいかい?よーく考えてごらん。みんなというのは、僕たちと同じ「島村ジョーとフランソワーズ・アルヌール」だ。それしかいない。それはわかるよね」
「・・・ええ」
「だったら、それぞれのペアはお互いしか見ていないに決まってるじゃないか」
「――えっ?」

フランソワーズの視線が爪先からジョーの瞳へ移る。

「僕は僕のフランソワーズしか目に入らないから、二人っきりのようなものさ。それとも君は他の島村ジョーに目がいくのかい?」
「・・・いかないわ。私は私のジョーしか見えないもの。他のジョーなんて、へのへのもへじかのっぺらぼうよ!」

他のジョーが聞いたら大笑い、他のフランソワーズが聞いたら柳眉を逆立てるようなことを言う。

「だろ?だったらいいじゃないか。誰が何人いたって」

そうしてやっと――白い砂浜は終わりを告げ、目の前に目指す建物が出現した。

 


 

8月5日  〜夏休み特別企画「海」〜

 

C四組目は少し照れる

 

「海水浴なんて初めてだよ」

ジョーが持ってゆく着替え等をいちいち手にとって吟味しながらデイバッグ詰めてゆく。
とっくに準備を終えたフランソワーズは、ジョーの部屋で彼のベッドに腰掛け足をぶらぶらさせていた。

「あら、そうなの?」
「うん。だから、何を持って行ったらいいのかわからない」

本当に困ったように言うから、フランソワーズはくすりと笑んだ。

「大丈夫よ。水着とタオルがあれば何とかなるわ」
「・・・そうなのかなあ」
「そうよ。私の言うことを信じなさい」
「信じるよ。でも・・・その荷物は何」
「これ?」

涼しい顔のフランソワーズ。その傍らにはジョーの鞄が置いてあった。中には何が入っているのかわからないが、空ではないのは確かだった。けっこう大きめのバッグなのにもかかわらず、ファスナーをやっと閉めたという状態なのだ。

「さっきから気になっていたんだけど、そのバッグは僕のだよね?」
「そうよ?」
「・・・荷物、たくさんだよね?」
「ええ。だってジョーのタオルと着替えと、寒いかもしれないから上にはおるものでしょ、それから、もしも何かこぼしたら大変だからその着替えと」
「そんなにいらないよ。まるで赤ちゃんみたいじゃないか」
「似たようなものでしょ?」
「酷いなあ」
「ともかく!うっかり加速して燃やしちゃった時のために、着替えは多めに持って行きますからね?」

きっぱり言い切るフランソワーズにジョーは肩を竦めた。彼女のいう事には逆らえない。

「・・・・はぁい・・・」

蚊の鳴くような声で返事をすると、再び自分のデイバッグと向き合った。が、ちっとも進まない。何しろ、既にフランソワーズがジョーの荷物を詰めてしまっているのだ。いったい自分は何を持っていけばいい?
手を止めて思案していると、フランソワーズがジョーの目の前の床にちょこんと座った。

「・・・何?」
「ジョーが準備に手間取っているみたいだから、お手伝いしようかなーと思って」
「いいよ。別に」
「あら。私が手伝うとお得よ?」
「お得?何が」
「ジョーの必要なものを全部わかってるから」
「・・・そうかなあ」
「そうよ。私を信じなさい」

 

***

 

「ほーら。信じてよかったでしょう?」

勝ち誇ったように言うのはフランソワーズ。
もうすぐ目的地に着くところだったが、何故か車はその途中で止められていた。

「うん――」

対するジョーは心なしかしょんぼりとしている。フランソワーズのいる助手席から隠れるように、車の外で着替えている。

「絶対、何かこぼすって思ったもの」

ジョーのジーンズにはアイスクリームがべったりとくっついていた。

「だけど、これって」

君のせいじゃないか――というジョーの声は力なく風にのって消えてゆく。

「なあに?何か言った?」
「・・・言ってません」

ジョーはジーンズを履き替えると再び運転席に座った。隣のフランソワーズをちらりと見ると、蒼い瞳がいたずらっぽく煌いた。

「・・・やっぱり」
「何がやっぱりなの?」
「何でもないよっ」

言うと、ジョーは車を急発進させた。突然のGにフランソワーズがシートに押し付けられる。

「もうっ、ジョー?優しくないっ」

――だって、優しくしたらまた・・・

ジョーは頬を染めたままじっと前方を見つめていた。
アイスクリームはもうないから、しばらくはまだ大丈夫だろうと思いながら。

フランソワーズが食べていたアイスクリーム。それを半分、口元に運ばれ大人しく食べていたのだが、赤信号で止まった時にアイスクリームの代わりにフランソワーズの唇を食べさせられた。
慌てて身を引いたジョーの手がフランソワーズの持っていたアイスクリームを払い落とすような格好になり、ジョーの膝の上にそれは落ちたのだった。
それが偶然だったのか、「ほら、着替えを持ってきてよかったでしょう」と威張るためのフランソワーズの作戦だったのかはわからない。
わかるのは、フランソワーズが意地悪をしたということだけだった。

――全く、どうしてこういう意地悪をするんだろ?

「なあに、ジョー?」
「別にい」

イヤ・・・意地悪、じゃなくてなんていうかもっとこう・・・

「ジョーってからかうと面白いんだもの」

そう、からかわれたというのが正しいのだろう。

「って、フランソワーズ」
「うふふ、面白いわ」

フランソワーズが赤くなったジョーの頬を指先でつつく。
最初は指の追及を頭を動かしてかわしていたジョーだったが、少しすると諦めて、彼女の好きに任せた。
自分をからかうことに夢中なフランソワーズも時には良かった。
なぜならそれは、ふたりきりで出掛ける事に慣れていない照れ隠しなのだから。

 


 

8月4日 〜夏休み特別企画「海」〜

 

Bちょっぴりオトナな三組目

 

それは一週間前のことだった。

「ねぇ、ジョー。海に行くのに何を持って行く?」
「んー?水着とタオルでいいんじゃない」

傍らにバッグを広げ、おそらく持って行くであろうものを目の前に積んでいるフランソワーズ。
ジョーはそのそばで腹ばいになって雑誌を読んでいた。全く手伝う気はなさそうである。

「だから、その水着。どれにするの?」
「どれ、って・・・僕はソレしか持ってないよ?」
「これ!?」

それは、とってもセクシーな水着だった。

「・・・・ふうん・・・」

いつどこで何のために着たのだろうかと思いながら、フランソワーズはそれを畳んでバッグに入れた。

「フランソワーズは?」
「え?」
「どれにするの」
「どれ、って・・・」
「水着」
「・・・別に決めてないわ」
「よーし。だったら僕が選んでやる」

むっくり起き上がると嬉しそうに、目の前の床の上にフランソワーズの水着を並べ始めた。

「これも可愛いけど、いまいち色っぽさに欠けるなあ。――あ、これもいいな。似合いそうだ」
「・・・ん、ねぇ、ジョー?」
「うん?――あ、これなんかどうだい?前に見た時、」
「ジョー。あのね。行くのは誰も居ない海なのよ?私とあなたしかいないの」
「知ってるよ?」
「だから、どれを着たっていいじゃない」
「何を言う。だから選ぶに決まってるじゃないか」

褐色の瞳は真剣そのものだった。

「白い砂浜と蒼い海、蒼い空。そしてフランソワーズ。完璧じゃないか」
「・・・そうかしら」
「そして――何も着てな」
「それはありません!もうっ。選ぶ気がないなら貸してちょうだい」
「やだね。僕は――うん。これがいい。これ、まだ着ているところを見たことない」
「そうだったかしら」
「うん。――どこへ誰と出かけたときに着たのか考えると妬けるね」
「嘘ばっかり」
「ほんとだって――」

 

***

 

「やっ、ちょっとダメよ、ジョー」
「なんで?」
「いいからやめて、ってば」

思いがけないフランソワーズの抵抗に遭い、ジョーはしぶしぶ彼女から離れた。
今の今まで征服していた白い背中を恨めしそうにじっとみる。

「だって、来週は海なのよ!」
「うん。知ってるよ」
「こんなところにキスマークつけたら目立つでしょ!」
「ふうん・・・そんなの気にするんだ?」
「するわよっ」
「でもさ。わかりやすくていいじゃないか」
「何が?」
「背中にキスマークがあるのが僕のフランソワーズ」
「ばかっ!」

枕が飛んで、ジョーの顔を直撃した。

「私は向こうで寝ますからね!入って来たら瀕死の状態にするわよ?」
「怖いなー」

シーツを体に巻き付け自分の着ていたものを拾い集め、リビングに向かう。
そんなフランソワーズの背中にジョーののんびりした声がかかる。

「フランソワーズ、あのさぁ」
「聞こえません」
「・・・実はもう遅かったりなんかして・・・」
「ええっ!?」

慌てて鏡に写してみると、背中のまんなかに痣のようなものがあった。

「んもう!ジョーのばか!」

 

***

 

そんな日から一週間が過ぎ、いまふたりは海辺にいた。

「――蒼いわね」
「――蒼いね」

水平線で空の蒼と海の蒼が溶けてひとつになっている。
二人っきりの休暇が始まろうとしていた。

 


 

8月3日  〜夏休み特別企画「海」〜

 

A二組目はやっかいなあの二人

 

やっと目的地の海が見えてきた。
フランソワーズの目でなくジョーの目でもじゅうぶんに確認できる、蒼い海。
そして、雲ひとつない蒼い空。
ジョーは運転席でサングラスの縁をちょっと触って位置を直した。
これからフランソワーズと二人っきりの休暇である。
先日まで宇宙にいたなんて信じられないな――と、感慨に浸っていると頬の左側にちくりと視線を感じた。

「ジョー、聞いてる?」
「・・・聞いてるよ」

ふわあと欠伸混じりに答え、フランソワーズに頬をつねられた。

「痛いなぁ。運転の邪魔すると危ないよ?」
「だって、全然まじめに聞いてくれないんだもの」

頬を膨らませたフランソワーズに苦笑しつつ、ジョーは運転を続ける。

「わかってるよ。何か珍しいモノがあっても、簡単に持ち込むな。だろ?」
「違うわよ」

もう!とフランソワーズは息をつくと、上半身だけ捻って運転席のジョーを見つめた。

「あなた風邪気味でしょう!?海に入るなんて冗談じゃないわ!」
「ひいてないよ。いやだなあ、僕が風邪ひくわけないだろう」
「昨夜、ずっと咳をしてたわ」
「・・・そう?」

だとしたら宇宙風邪かなあなんてぼんやり思う。そんなものはあったかなと首を捻りつつ。

「だから、海に入っちゃダメよ」
「ええっ、海に行く意味がないじゃないか」
「だめ。浜辺で寝てること」
「そんなあ」
「だめよ、そんな声出したって・・・」

フランソワーズは胸の前で腕を組むとつんと顔を反らせた。
鼻にかかったジョーの声。いつもそれで有耶無耶になってしまう、あれこれ。今日こそは譲らないわと心に決めたところで、目の前の景色の異変に気付いた。

「ちょっと、ジョー!あれを見て!」

フランソワーズの指差す先は海だった。が、その部分だけ色がどんどん変化してゆき、中から・・・

呆然と見つめていると、ジョーが車を止めた。
その顔は既に009のものに変わっていた。

「フランソワーズ。僕たちの休暇はどうやらもう少し先になりそうだ」

言うと既に後部座席のバッグに手を伸ばし、中から赤い服を取り出している。

「えーっ、嫌よ、せっかくの休暇なのよ!」
「そんなこといったって、――ホラ。世界は僕らを放っておいてはくれないようだし」
「いいじゃない、放っておいてもらいましょうよ」
「そんなわけにいかないよ。僕は009だ」
「今はオフなの!だから、アナタは009じゃなくて島村ジョーよ!」
「009だ」
「し・ま・む・ら・ジョーよ!」

しかし、フランソワーズに取り合わず、ジョーはさっさと赤い防護服を身につけてしまっていた。

「フランソワーズ。ファスナー上げてくれる」
「イヤ」
「ええっ、頼むよフランソワーズ」
「自分であげれば?」
「できないから頼んでいるんだよ」
「そ。だったら、一人で着られるようになるまで頑張ったらいいんじゃない?あなたは世界が放っておかない009なんでしょう?」

険のあるその言い方にジョーはかちんときた。

「どうしてそんな自分勝手なことが言えるかな。世界を守るのは僕たちしかいないのに」
「そんなの思い上がりよ。どうして私たちだけがしなければいけないの?」
「それは――その力があるから」
「そんなの、望んでそうなったわけじゃないわ」

二人が言い争っている間にも、目の前の海の変化は止まらない。
中から出てきたのは――

『あなたたちが落としたのはこのハサミですか?』

「ハサミ?そんなの落としてないわ」

中から出てきたのは、とある童話のような――女神だった。片手に銀色のハサミ、片手に黄金のハサミを持っている。

「うわあ。金のハサミだ。凄いなあ。ね?フランソワーズ」
「知りません。ハサミなんてどうでもいいじゃない。それより、ジョー」
「だって見ろよ、金で出来ているんだぞ。すっごいなぁ。何を切ればいいんだろう?」
「もうっ!こっちを見て、ジョー!」

しかしジョーは「金色のハサミ」の珍しさにぞっこん(死語)だった。
フランソワーズはそんなジョーを見つめ、そうして――女神に向き直った。

「ちょっとあなた!」
『あなたたちが落としたのは――』
「知らないって言ってるでしょ!それより今大事な話をしているんだから、邪魔しないで頂戴!」
『ではハサミは・・・』
「いらないわ!!」

きっぱりと言い切ると、隣のジョーが慌てて彼女の腕を引いた。

「何よ」
「だって黄金だよ?珍しいじゃないか、もらっておけばいいのに」
「何言ってるのよ。ハサミでしょう?何かを切ってなんぼなのに、黄金なんてなまくらでなーんにも切れないわよ!」
「――そうなの?」
「そうなの!もうっ、鉄が一番なのに」

フランソワーズは仁王立ちになって両手を腰に当てると女神に向かって言い放った。

「そんなのさっさとしまって、くれるんなら普通のハサミを頂戴。そしてもう、邪魔しないで!」

 

***

 

「・・・そんなの貰ってどうするんだい?」
「知らないわ。あなたが考えて」

鉄製の普通のハサミ。柄を見るとどうもそれはドイツ製のようだった。つまり、高級品である。
女神はフランソワーズの願いを聞き入れ、再び海に戻って行った。
彼女が何者なのか、なぜハサミをくれたのかは謎のままである。
が、そういう謎に慣れている二人にはどうでもよかった。

「それより、その中途半端な格好なんとかならないの?」

背中がぱっくり開いたままの防護服を着ているジョー。そのまま運転を続けている。

「だってフランソワーズが手伝ってくれないから」

鼻を鳴らすジョーをひとにらみしてから、フランソワーズはジョーの背中のファスナーを引き上げた。

「もうっ。着いたらちゃんともとの格好に戻ってよね」
「うん」
「じゃないとハサミで切っちゃうわよ?」
「えーっ、そんな使いみちはやだなあ」

目的地はもう目の前だった。
そのハサミの出番がくるのはもう少し先の話である。

 


 

8月2日  〜夏休み特別企画「海」〜

 

@最初に到着した組

 

「うわあ、綺麗なところねぇ!」

まだそこに着く前から、眼前に広がる景色にスリーはおおはしゃぎだった。

「ほら、あまり乗り出すと落っこちるぞ」
「あら、ジョーはそんなことしないもん」
「そんなのわからないぞ?」
「しないでしょう?知ってるんだから」

ナインは微かに頬を赤らめると、わざと乱暴にハンドルを切った。
遠心力でスリーの身体が思い切り外側に振られる。

「あっ、やん、落ちるっ」
「ふん。シートベルトをしてるだろう――」

言いかけてちらりと見た隣のシートで、本当にスリーが落ちそうになっているのを見つけナインは顔色を変えた。

「ばっ、何やって」

シートベルトを外し思い切り腕を伸ばして掴まえるのと同時にブレーキを踏む。
今度は慣性の法則にしたがって、二人の身体が前方に振られる。
ナインはスリーの腰を抱き寄せると同時に頭をぶつけないよう腕でガードし胸の中に抱きかかえた。
そうして二人もろとも座席の下に転げ落ちた。

「バカヤロウっ、どうしてシートベルトをしてないんだっ」
「だって、――つい、よ。つい」
「いつ外した?」
「さっき」
「だから、いつ」
「・・・ジョーがちゅーしてきた時」

ナインは無言でスリーをぽいっと離すとむっつりと運転席に座り直した。

「・・・ジョー?」

スリーが同じく助手席に座り直しながら、ジョーの顔を窺う。

「怒ったの?」

それでもナインは答えない。硬い声でシートベルトをしろと命令するだけである。
スリーはしょんぼりとシートベルトを締めた。
それを確認して、ナインは改めて車を発進させた。

しばし無言の時が流れた。

「・・・もうすぐ着くぞ」

ぼそりとナインが言うけれど、スリーはじっと前方を凝視したまま反応しない。

「・・・フランソワーズ?」

それでもスリーは答えない。
ナインは軽く肩を竦めるとそれっきりスリーの方を見なかった。

 

***

 

「・・・着いたぞ」

エンジンを切ってキーを引き抜く。
が、隣のフランソワーズはのろのろとシートベルトを外し、これまたのろのろとドアを開けて降りた。ひとことも発しない。
ジョーは小さくため息をつくと自分も車を降りた。そして車の後ろに回りトランクから荷物を取り出す。
スリーは後部座席からバッグを下ろしていた。
その横顔はさっきのはしゃぎぶりから比べるとまるでお通夜だった。

「・・・フランソワーズ」

ナインはスリーの手から荷物を取り上げると肩に掛けた。顔を逸らす彼女の頬に手をかける。

「海に行きたいといったのは君だよ?そんな顔してたらつまらないじゃないか」
「・・・だって」
「僕が怒ったのは、本当に危ないからだよ?イイコはちゃんとシートベルトをしなくちゃ駄目だ」

ちらり、とスリーが顔を上げてナインを見つめ――そして、バッグの肩ヒモを掴んでいる彼の腕に目を遣った。

「ジョー。ここ・・・」
「ん?――ああ、大したことないよ」
「でも痣になってる」
「そうか?」
「ここ、さっきどこかに」

ぶつけたのだろう。そんなことは一言もナインは言わなかったけれど。

「ね、ジョー」

ナインはにっこり笑むと「行くぞ」とスリーに背を向けた。
スリーは無言でその背中を見つめていた。
自分がふざけてはしゃいだせいで彼にケガをさせてしまった。
それだけが心を占めており、とても――海で遊ぶ気分にはなれなかった。そんな気持ちはどこかに行ってしまった。

「――ほら。フランソワーズ」

ナインが足を止めて振り返る。
立ち止まったままのスリー。唇を噛み締めている。真っ白いサンドレスが潮風になびく。
ナインは眩しそうに目を細めると、しょうがないなと頬を緩めた。

「ほら。お揃いの水着を着るんだろう?・・・いいのかなぁ、来ないとお揃いにならないんだけど?」

スリーがぱっと顔を上げる。

「僕だけだったらあれ着るの、かなり恥ずかしいんだけど?」

スリーは数歩で駆け寄ると、ナインの首筋に飛びついた。