12月31日 ギルモア邸の大掃除♪ 今日はギルモア邸の大掃除。 午前9時。 文句を言いながらも担当した仕事に精を出すメンバー。 が、しかし。 「おい。ジョーの奴はどこいった」 三角巾にエプロン姿のジェットがふと箒を持つ手を止めた。 「まさか、逃げやがったか」 ピュンマが窓拭きをしながら言う。 「このこうるさい中で、か?」 確かに邸中、掃除に伴い発生する様々な音が響いている。 「普段、大掃除に参加してねーくせによぉ」 ジェットは鼻を鳴らすと箒を肩にかつぎ天井を見た。 「起こしてくるか」 アイツだけ掃除免除にはさせねぇ。と呟いて今にも部屋を出ていきそうなジェットをピュンマが慌てて止めた。 「やめとけってば」 ピュンマはつかまえていたジェットのエプロンから手を離しながら、 「フランソワーズもいないの気付いてたかい?」 と訊いた。 「え?アイツもいないのか?既にキッチンにでもいるのかと・・・」 沈黙が落ちた。 「・・・だったら、アイツも起こさねーと。昼飯の準備くらい」 そうして二人揃って天井を見た。
大掃除リーダーの張々湖は朝早くから起き出して、リビングに姿を現した者へ次々に仕事を割り振っていった。
「まだ寝てるんじゃないか」
「なんでだよ。アイツだけずるいだろーが」
「うん、確かに僕もそう思うよ。でもさ」
「いや。今朝はまだ姿を見ていない」
「起こしに行くのは結構だけどさ。どこへ行くわけ?」
「だから、アイツらの部屋・・・」
「どっちの?」
「どっち、って・・・」
12月30日 壊れ物注意⑤(終)
僕の不穏な思いに気がついたからなのか、フランソワーズの外出はぱったりとなくなった。 ――というのは、あまりに自分勝手な解釈に過ぎるだろう。 とはいえ。 それでもフランソワーズは積極的に出かけようとはせず、極力僕と一緒にいるようになった。 「あのさ、フランソワーズ。その・・・年末の買い物とか、そういうのはいいのかい?」 腕のなかにすっぽりおさまっているフランソワーズに声をかけると、フランソワーズは瞳をくるんとさせて僕を見た。
・・・今さらだけど。 フランソワーズの目ってこんなに大きかった・・・かな? 僕はちょっと気圧されて彼女から目を逸らした。 「ジョー。どうして目を逸らすの」 実際、僕を独り占め希望者なんてフランソワーズしかいないんだけど。 「・・・もうっ」 フランソワーズは再び僕にもたれると、うつむいて小さく言った。 「・・・いいじゃない。ずっと忙しくてジョーとこうしてゆっくりできなかったんだもの」 確かにゆっくりはできなかった。だけどこうしてくっついていなかったのかというとそれは甚だ疑わしい。だって僕はいつもと変わりないくらい――否、いつもよりもずっと――フランソワーズと一緒にいたのだから。 「もう。ジョーったらどうしてそう複雑な顔をするの」 大体、ちょっと考えればわかりそうなもんだ。 ――そうだ。 問題は、そこだ。 つまりフランソワーズは、僕のことを奴にどう説明したのだろうか。もっと言えば、そもそもフランソワーズに恋人がいるかどうか周囲の人間は知っているのだろうか。 「――ねぇ。フランソワーズ」 ただの同居人とかそんな感じだったのだろうか。 「だって今さらじゃない」 フランソワーズが当たり前でしょうとさらりと言ったのだ。 「何が」 僕の間の抜けた声にフランソワーズはこちらに向き直ると、僕の鼻をぎゅっと摘んだ。 「へ?じゃないでしょう。私の恋人はジョーだってみんなとっくに知ってるの!・・・もうっ」 だってどうして。 「――レッスンの後時々迎えに来るひとは誰?ってそれはもう凄かったんだから。女子のそういうトコロ、男のひとにはわからないでしょうね」 確かにわからないけれど。 「白状するまで帰してもらえないんだからっ。今回だって、迎えに来てもらえばいいのにーって凄くからかわれたんだから」 ・・・迎えに行ったのに。 「そういうのは恥ずかしいの。だってみんなただジョーを見たいだけだもの」 う・・・まぁ、見世物になるのはあまり・・・ 「冗談じゃないわ、見せるわけないじゃない。誰かがジョーのことを好きになっちゃったらどうするのよ!」 僕はそんなにもてないよ。買いかぶりすぎだよフランソワーズ。 「ジョーは私のだものっ」 そうしてフランソワーズはひとりで盛り上がって僕の首筋に腕を回してきた。 「え・・・と。――ウン」 首筋にかかるフランソワーズの息がくすぐったくて、僕はちょっと肩をすくめた。 ――全く。 なんだか安心したのと、もっと早く言えとイラっとしたのがごちゃまぜになって。 「――ったく。そんなこと言ったら襲っちゃうぞ」 壊さない程度に、ね。
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12月26日 壊れ物注意④
結構、好青年だった。 身構えて行った僕を待っていたのは、フランソワーズが言う通りの素直で誠実そうな男性だった。 ・・・とはいえ。 フランソワーズが出てくるものだとばかり思っていたのだろう。 彼はフランソワーズのことが好きだ。 間違いない。 でも、フランソワーズは残念ながらまったく気付いていない。 これも間違いがなかった。 だから気の毒といえば気の毒だった。 気の毒な奴。 とはいえ。 もしも本当にフランソワーズにそういうことをしていたら、いま彼は五体満足に帰ったりできなかっただろうから運がいい奴といえるのかもしれない。 僕は受け取ったフランソワーズのカチューシャをじっと見つめた。 でもこれって、そんなに簡単に外れる仕組みだったかな・・・? 僕は部屋に戻りながら、カチューシャの弾力性などをあれこれ試してみた。 「ジョー。遅かったのね。何話してたの」 手に残る破壊した感覚。なんだろう、ちょっとだけ胸の奥が痛いような気がする。 「・・・僕じゃないよ」 僕の手からカチューシャの残骸を奪うとフランソワーズは大げさに嘆いてみせた。 「ふん。大げさだな」 うるさいなあ。いいじゃないか。他の男が触ったモノなんかどうなったって。 なんだかいらいらしてきた。 ――忘れ物をしたという口実を作って、今晩もう一度フランソワーズに会うため。 あるいは。 単にフランソワーズの髪に触れたかっただけなのかもしれない。 僕はそのどちらも気に入らなかった。 フランソワーズの髪に触れてカチューシャを外していいのは僕だけだ。 それをしていいのは、僕だけだ。 僕だけなんだ。 僕は乱暴にフランソワーズの肩を抱いた。そして髪をつかんでそのなかに顔を埋めた。 それをわかろうとしない奴は―― ――わからせるまで、だ。
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12月22日 壊れ物注意③
「きみは変だと思わないのかい?」 僕の息がくすぐったかったのか、フランソワーズは軽く頭を振ると僕の腕のなかから抜け出した。 「思わないわ。だって変じゃないもの」 くすくす笑いながらそう言って身を翻す。そのままいつものようにコートを脱いでハンガーにかけて、それから腕時計を外し―― ――おい、ちょっと待てよ。
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いつものように遅くに帰ってきたフランソワーズを迎え、いつものように心ゆくまで抱き締めた。 ともかく僕は今日もいつものように儀式を終えた。 「――フランソワーズ。カチューシャはどうした」 なんだか声が喉に絡む。 「カチューシャ。行く時はしていただろ」 フランソワーズが今気付いたというように頭に手をあてて、驚いた顔をしてみせる。 「ほんと。どうしたのかしら」 フランソワーズのカチューシャ。 ――でも。 だったらいったい・・・ そうつらつら考えていたら、フランソワーズの携帯電話が鳴った。聞いたことのない着信メロディーだった。 「――はい」 部屋着に着替えたフランソワーズが電話に出る。 こんな時間にいったい誰だろう? 「・・・あは、わかりました」 僕が首をかしげている間にフランソワーズはちょっと肩をすくめて笑って通話を終えた。 「誰?」 ――途中で気付いたにしてはいやに早くないか? いつもフランソワーズを送迎する男。やってきた車は奴に違いない。 「受け取ってくるわ」 部屋から出て行こうとするフランソワーズの腕を掴み、僕は低い声で言った。 「もう夜も遅い。僕が行くよ」 フランソワーズは部屋着に着替えており、とてもラフな格好だ。そんなの、他人に見せるものではないだろう。 「そ、そうね・・・」 頬を赤らめてうつむくフランソワーズ。まったく、なんてかわいいんだろう。 「風邪ひくといけないから、フランソワーズはここにいて。玄関は寒い」 そうして僕はしっかりとドアを閉めると玄関に向かった。
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12月19日 壊れ物注意②
「フランソワーズ。本当に毎日なのかい?」 忙しく出かける準備をしているフランソワーズの後を僕はまるで子供のようについて回った。 「本当よ。ん、イヤリングかたっぽどうしたかしら」 フランソワーズは鏡に向かってイヤリングをつけている。僕はその後ろ姿にため息をついた。 12月にはいってから、ほぼ毎日フランソワーズは出かけている。そして帰りは12時を過ぎる。 ――本当だろうか。 なんて、疑ってみても仕方がない。 「・・・どうして毎回、同じ奴が送ってくるんだよ」 フランソワーズがカチューシャを直して振り返る。小さい声で言ったはずなのに聞こえたか。さすがだな。 「別に。何も言ってない」 フランソワーズがくすくす笑う。 「ちゃんと送ってもらうから大丈夫よ」 僕がしているのはそっちの心配じゃないんだけど、フランソワーズは全然わかっていない。 「じゃ、行ってくるわね」 僕の頬にキスをして身を翻す。 僕は笑顔で手を振ったけれど、内心は黒いものが渦巻いていた。
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12月16日 壊れ物注意
フランソワーズはあったかくて気持いい。 でも柔らかくて壊れそうで、僕はいつもびくびくしてしまう。 でも、そんなことを言ってもやっぱりぎゅうっとしたくなる。 もし壊したらごめん。フランソワーズ。
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「ジョーったら」 フランソワーズがくすくす笑う。 「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。壊れたりなんかしないもの」 フランソワーズが頬を染めて目をふせた。 「・・・恥ずかしいわ。ジョーのばか」 僕は思わず頭を掻いた。 昨日、コップを握り潰したのはつまりその、・・・いわゆるヤキモチというやつで。 目をふせるフランソワーズとは反対に僕は天井を見ていた。
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11月25日
雨が降る。 こんな夜は色々な事を思い出してしまう。
辛かったこと。 苦しかったこと。
「ジョー。眠れないの?」 ジョーの腕のなかでフランソワーズが片目を開けた。 「いや・・・いま寝るところだよ」 ジョーは微笑むと欠伸をしてみせた。 雨の夜はひとりにしてはくれないフランソワーズ。抱き締めているのはジョーのほうだけれど、その息遣いと温かさに落ち着いて安心するのもまたジョーのほうだった。 「そう?」 柔らかくて温かいフランソワーズ。 楽しかったこと。 嬉しかったこと。 さっきまで抱えていたものは消えていた。 今は、温かな思いしかそこにはなかった。
「やっぱり晴れると気持ちいいなあ!」 ジョーは開け放した窓から外を見て大きく伸びをした。 「・・・そうかしら」 しかし、彼の声に応えたのは少し不機嫌な声だった。 「私はあまり好きじゃないわ」 ジョーは驚いて振り返った。フランソワーズが晴れの日を嫌いだったなんて聞いたことがない。 「・・・その前に、ジョー。何か着てちょうだい。外から丸見えよ」 確かにパジャマのズボンは穿いていた。 しかし。 「海の前に、すぐ下は庭でしょう。そうやって乗り出していると上半身に何も着てないと裸に見えるのよ」 ジョーの言うことだ、あやしいもんだと思いながら、フランソワーズも並んで下を見た。 「おっ。お前ら朝から仲いいなあ。なにやってたんだ」 スコップを担いだジェットと目が合った。 「きゃっ」 フランソワーズがしゃがみこむ。 「うん。ちょっとね。打ち合わせ」 涼しい顔で答えるジョー。全く動じてない。 「裸で打ち合わせもないだろーがっ」 大きく笑い合うデリカシー欠如症候群の男性二名。 ・・・もうっ、だから晴れの日は嫌いっ。 フランソワーズは膝を抱えて頭を振った。 だってジョーのテンションが妙に高いんだもの! 雨空が少し懐かしかった。
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11月23日 好き?
テーブルに両肘をついて、手を組んで。
最初から出かける気のなかったジョーは、雑誌に夢中だった。
フランソワーズとしては車のことを言ったつもりではなかったけれど、ジョーの答えはどう贔屓目にみても車について答えたようにしか思えなかった。 「どのくらい?」 因果地平・・・。 「じゃあ、愛してる?」 はじめてジョーは雑誌から目を上げた。 「なんで驚くんだい?」 適当に車のことを言っているものだとばかり思っていたのだ。 「あのね、ジョー」 ちゃんとこうして向かい合って訊いたなら、ジョーはどんな顔でなんて答えるのだろう? 「私のこと、」 そう真顔であっさり言ったから、フランソワーズは真っ赤に熟れて黙りこんだ。 「食べちゃいたいくらいなんだけど、食べてもいい?」 ないじゃない。
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退屈だからと始めた言葉遊び。 意外と危険に満ち満ちていたのだと気付いたのは、食べられている最中だった。
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