子供部屋
(新ゼロなふたりの日常です)

 

3月14日

 

F1が開幕した。
毎度の如く、フランソワーズはギルモア邸のリビングに置いてある大画面テレビで予選を観戦した。もちろん、独りで真夜中に。
それはいつものことだったけれど、予選を見終わってからの釈然としない思いをぶつける相手がいないというのはどうにもストレスの溜まることだった。
というのは。
フランソワーズには、今季のレギュレーションがどうなっているのかサッパリわからなかったのだ。
ジョーはいつもそういう話は殆どしないから、今回も「頑張るよ」としか言わずに行ってしまった。
だから、観ている側としては何が難しくて何がどうなっているのか全然わからず、どのあたりが勝負のしどころなのかもわからない。なんともすっきりしないのだ。

「・・・もう!どうせ言ってもわからないって思ってるんだわ」

失礼しちゃうわ、ジョーのばか。
と思うものの、理性ではそれは仕方のないことであるとじゅうぶんにわかっていた。実際に走る立場のジョーやスタッフでさえ、毎年対応が大変なのだ。そのくらいよく変わる。
とはいえ、親しい仲なんだからそのくらいちょっぴりでも教えてくれてもいいんじゃないかしら、とも思う。もちろん、彼にとっては職業であるし勝負であるし真面目なものだから、そこに甘さを期待するほうが無理がある。が、そうわかっていてもどうにも――出発前に優しくルール説明してくれるとか、そういうトクベツ扱いがなかったことがちょっとだけ不満だった。

「だってこれじゃ・・・どこをどう応援したらいいのか困るじゃない」

バカみたいにただ「頑張れ」っていうのは好きじゃない。大事なひとだからこそ、一緒に戦ってみたいのだ。
それは余計なことかもしれないし、いちファンとしての勝手な思いだろうけれど、それでもフランソワーズはそれが自分自身の彼への応援の仕方なのだからそうしたかった。
何も知らなくていいよ、という笑顔には騙されない。それは日常でも戦いでも同じ事だ。

 

***

 

「――だってさ。言ったってわからないよきっと」

欠伸混じりのジョーの声。
電話の向こう側のひとはいやにのんびりとしていた。

「だって、それじゃ・・・」

応援してるっていえるのかしら。
フランソワーズの眉間に皺が寄った。
そんな彼女の顔が浮かんだのか、フランソワーズが次の言葉を紡ぎだす前にジョーが言った。

「放送中に解説のひとがおいおい説明してくれるから、大丈夫。一般のひとにもわかりやすいよ。僕が説明するより」

フランソワーズが、でも、と言い出すのを抑えるように、ジョーは早口で続けた。

「それにフランソワーズには重大な使命があるだろ」
「重大な使命?」
「そう。もしかして忘れちゃったのかな?」

重大な使命。・・・とはなんだっただろうか。

「あーあ。冷たいなぁ。僕はそれだけを楽しみにしてるのになあ」

からかうようなジョーの声。
フランソワーズは必死に記憶を探った。

「――いいかい?勝負の時なんだから、頼むよ」
「勝負・・・」

途端、フランソワーズの頬が朱に染まった。

「嘘っ!ジョー、まさかあなた」
「まさかって何」
「だって、穿いてるの!?」
「当たり前だろ。勝負なんだから」
「だけどっ」

そんなのただの冗談だとばかり思っていたのに。

「だからフランソワーズ。きみもお揃いにしてくれないと困るよ?」
「こっ・・・」

困る、って言われても。

「お揃いじゃないと意味がないんだからね?」

――バレンタインに作ったお揃いのハート柄のぱんつ。
それをいま電話している相手、F1パイロット、音速の騎士「ハリケーンジョー」が穿いているというのだろうか。
本当に?

「フランソワーズ。返事は?」
「・・・・・・ええ。わかった、わ」
「それと、いつものやつ」

ねだるような鼻にかかった甘い声。

「・・・誰よりも早く帰ってきてね」
「了解!」

 


 

3月11日       ゲームA

 

ジョーのズルのせいかどうかはわからないが、どうやらゲーム内のジョーとフランソワーズは無事にカップルになったようだった。しかも、

「ね。結婚しちゃったわよ?」

というのである。

「ふうん」

ジョーは気のない返事をするだけで特に興味を示さなかった。
こういうゲームは女子のほうが燃えるものなのかもしれない。
しかしフランソワーズは知っている。ジョーは秘かに気にしているということを。そうでなければ、ゲーム内の住人を勝手に島流しにしてしまうなど有り得ない。
隣にぴったりとくっついて座るフランソワーズに満足しながら、ジョーはソファにゆったりと腰かけ目を閉じた。
もうすぐシーズン開幕である。こうして一緒にいる時間はとても大切であった。

――連れて行ってしまおうか。

何度も考えた。が、やはりそれは言えなかった。
言ってしまえば自分は楽になるけれど、言われたフランソワーズはどんな気持ちになるだろうか。
断るのは不本意であっても、ずっとジョーと一緒にシーズンを過ごすことなどできないのである。だから答えはひとつしかない。けれど、それを言う辛さや苦しさはいかほどのものだろうか。
できれば一緒に行きたいけれど、それができない。と伝えるのはやはり辛いだろう。
だからジョーは言えない。知っていてその辛さをフランソワーズに味あわせるのはできない相談だった。

「ん。ねぇ、ジョー」

そんなジョーの思いを知ってか知らずか、フランソワーズが少し身じろぎしたのでジョーは目を開けた。

「なに?」
「あのね」

ゲーム機の画面を見つめながら、くすくす笑うフランソワーズ。そんな声も耳に心地良くてジョーは好きだった。

「ジョーがね・・・あ、このゲームの中のジョーなんだけど、プロポーズの言葉は内緒なんですって」
「・・・あ、そう・・・」
「何て言ったのかしらね?」
「・・・さあ」

これは催促されているのだろうかとジョーはちょっと悩んだ。が、つい一緒に見ていた画面のなかのふたりに心を奪われてしまった。

「・・・このふたり、随分ストレッチ系のことをするんだね」
「えっ?そうね。腹筋したりスクワットしたり、色々するけど、ゲームのなかの住人全員がしてるわよ。他にすることがないから、体操するくらいしかないんじゃないかしら」
「ふうん・・・それにしても、ハードだなぁ」

カップルになったふたりといえど、ハートを飛ばして笑い合っているだけではないらしい。今は二人揃って真剣な顔で腹筋運動したり腕立て伏せをしたりしている。が、どうもふたりの速度が合ってなくて、ところどころ回数がずれているし、特にジョーのほうは時々となりのフランソワーズに何か指示を与えるかのように喋っていて、その間、運動はストップしているのだった。

「・・・なんかズルしてないか?」
「そうねぇ・・・」

そうしてしばらくふたりで無言で見入っていた。
そして。

「あ」

唐突に部屋を出て行くゲームのなかのフランソワーズ。来客の予定があるのだろう。ジョーがひとり残された。
が、しかし、その部屋の主のジョーは、彼女が部屋を出て行った途端、床に崩れるように倒れこみ爆睡してしまったのだった。

「・・・体力無いなあ。なんですぐ倒れこむようにねむ」

眠るんだろう?と言いかけて、ジョーは止まった。
なんだか変だ。
大体、何かに憑かれたように運動するだけして話もしないなんてあるのだろうか。しかも、余力もなく爆睡するなど、――そんなことは、ひとつくらいしか思い当たるものがない。

「――あのさ、フランソワーズ」
「なあに?」
「これって、・・・その、未成年も普通にやるゲームなんだよね?」
「そうよ」

それがどうかしたの、と蒼い瞳がきょとんとこちらを見る。

「・・・いや。なんでもない」

だからなのか。
いや、考えすぎなのか。

ともかくジョーは、仲良く並んで腹筋と腕立て伏せをする二人を見たらそれの意味するところはあれなのではないだろうか・・・と秘かに思った。

「んもう、ジョーったら考えすぎよ!」

後でフランソワーズにそういわれたものの、それでも意識を失うように倒れこんで眠るゲームのなかのジョーの姿はやはりそうなのではないだろうかと疑惑を抱かせるのにじゅうぶんだった。 

 

 


 

3月7日

 

最近、フランソワーズの様子がおかしい。
どこがどう、というわけではないのだが、ともかくいつもと違うのだ。

そんなわけで、ジョーは秘かに兄たちに探りをいれてみたのだが、

「別に変わりはないんじゃない?そんなの、お前にしかわからないんじゃないか」

とピュンマに言われ、そうかそうだよな、僕だからわかる変化に違いないとにやけてしまったから、結局そのままになってしまった。

 

***

 

「――ねぇ。ジョー?」

部屋じゅうに衣類や身の回り品を広げ、スーツケースに詰め込んでいる最中のジョーの背中にフランソワーズの声がぶつかった。

「んー?なに」

手を休めることなく答えるジョー。視線はもちろん手元にある。
だから、フランソワーズがどんな様子なのか彼にはわからなかった。

「・・・忙しいのね」
「ん?うん。もうすぐ出発だからね」

ここ一ヶ月の間、出張を繰り返していたジョーである。それはレース前の恒例行事であり、一ヶ月間行ったままではなかったほうが珍しいことだった。が、それも数日の話である。今週末にF1開幕となれば事情も違ってくる。

「・・・開幕戦、頑張ってね」
「うん」

ジョーは荷造りに没頭している。
だからフランソワーズは何か言おうと口を開いたものの、結局何も言えなかった。
そして、そうっとジョーの部屋から出て行った。当初の予定では彼に話すことがあったはずなのだけれど、今はとてもそういう状況ではなかったからだった。

しばらくして、ジョーは振り返った。

「そういえば何か用、フランソワーズ」

しかし時既に遅く、そこに彼女の姿は無かった。

「・・・あれ?何か用があったんじゃ・・・?」

 

***

 

――別に、戦いに行くわけじゃないわ。命を落とすかもしれないことなんてなにもないんだから。

彼は「仕事」をしに行くだけなのだ。戦争をしに行くわけではない。
サイボーグ戦士として何かをするわけでもないし、危ない実験をさせられるわけでもなかった。
いたって普通の――仕事の一種。もちろん、F1パイロットというのは珍しい職種ではあるけれど、それでも数多くある仕事のうちのひとつに過ぎないはずである。

――だから、何も不安になることなんてない。

はずなのに。

気持ちが波立つのをフランソワーズはなかなか鎮められずにいた。
いったい何が気になるのか。何が不安なのか。ちっともわからないし、予想してみることもできなかった。
ただ漠然とした思い。
それをジョー自身に訴えてみたところで彼がわかるはずもない。が、それでも訊いてみたくなって、――彼が笑い飛ばしてくれればそれで安心できただろうし、一緒に考えてくれるならそれで良かったのだ――でも結局、訊けずに戻ってきてしまった。

ため息をひとつ。

毎年、F1開幕が近付くと不安になる。それは一緒。
ずっと前は、テレビで会えるから平気だと言ったし、実際に平気だったように思う。
その次は、敢えて遠距離恋愛を楽しもうと思った。が、失敗した。だから、駄目なものは駄目、会いたいものは会いたいと我慢せずに言うと二人で決めた。なにしろ、会えない時間が愛を育てる――どころか、気持ちが荒んでゆくだけだったのだから。
だから、会いたい気持ちを我慢したらジョーに叱られる。
それはじゅうぶんにわかっていた。
が、子供ではないのだから、「ヤダヤダそばにいて!」と愚図るわけにもいかなかったし、そんな聞き分けのない自分も想像できなかった。だから、そういうことではないのだ。この不安感は。
きっと――もっと何か別のもの。

自分のちからは、ひとよりものが見えてものを聞くことができるというもの。
とはいえ、ひとの気持ちが見えるわけではないし、当然のことながら未来が見えるわけでもないのである。
もしも未来を見ることができたら、どんなにいいだろう――と思う反面、見える全てのものが「目に心地良い光景」ばかりのはずはないだろうから、やっぱり未来など見えないほうがいいのだろうと思う。
しかし。

――ずっと前、一瞬だけ見えた未来。

忘れたつもりだったけれど、このところなぜか鮮明に浮かび上がってくる。夜中に目が覚めて、隣にジョーがいて、安心して眠ることができるのもしばしばだった。
だから、こんな状態で――彼が隣にいない夜を迎えるというのは不安だった。

「・・・いやだわ、私ったら」

それでは結局、「ひとりで寝るのが怖い」子供のようではないか。
不安感の正体はそれではない。
そうではないはずだった。

 


 

3月4日  ゲームです

 

「ねえねえ、ジョー。ジェットにDSっていうゲーム機をもらったんだけど、やってみない?」

満面の笑みで現れたフランソワーズ。手には小さなパソコンのようなものを持っている。が、本当に小さいのでうっかりすると携帯電話と間違うようだ。もちろん、ジョーにとってはどうでもいいことであったが。

「DS?ゲーム機?」

眉間に皺を寄せたジョーを見てフランソワーズはふふっと笑った。

「やっぱりジョーは知らないわよね」
「――別に。興味がないだけさ」

見透かしたようなフランソワーズの言い方に少しだけかちんときたので、わざとぶっきらぼうに答えてみせた。
が、それでひるむようなフランソワーズではない。

「あら、面白いのよ」

ジョーの隣にすとんと腰掛ける。ジョーは心もち体をずらせ、フランソワーズから逃亡をはかる。が、逃げ切れるものではない。
フランソワーズはジョーの膝の上に半身乗り出すと、彼の胸の前でゲーム機を起動してみせた。

「あのね、トモダチコレクションっていってね、このゲーム機のなかの島にあるマンションにどんどんお友達を住まわせていくの」
「・・・それのどこが面白いんだい」
「外見や性格をそのまま作れるのよ」
「・・・ふうん」
「でね、けっこうそれが当たってるの。すごいわよねぇ。ゲーム機なのに」
「そんなの、ランダムに設定されててたまたま当たってるだけだろ」
「あら、違うわよ。いーい?ジョーはねぇ・・・」

操作しようとするフランソワーズにジョーは慌てた。

「ちょっと待てよ。どうして僕が出てくるんだい」
「あらだって、私が島に住んでるのにジョーがいなくていいっていうの?」

いかにゲームといえど、それはやっぱりイヤだったのでジョーは黙った。

「・・・ふん。所詮、ゲームじゃないか。似たようなひとを住まわせてどうするっていうんだ」
「人間観察よ」
「人間観察?」
「その小さな世界で色々なことが起こるの。それを見守って、時には手助けしたり、いろいろよ」
「ふうん・・・それのどこが」

面白いんだい?と訊こうとしたが全部を言う前に遮られた。

「ほら見て!ジョーのところ!いい?読むわね。『第一印象:クール。性格は控えめで注意深くしぶとい。論理的で口調が淡々としている』」
「当たってないよ」
「あら、当たってるわ。注意深くてしぶといってところとか。でね。『なんでも真面目にこなすタイプ』融通がきかないってことよね。『おとなしめだけど、言いたいことは言う』んー・・・これはどうかしら。『ルールを破る事は殆ど無い』あら、これは違うわ!後で直しておかなくちゃ」

言いたい放題に言われつつも、当たっているのかいないのかジョーはちょっと考えた。
考えてみたけれどなんだか馬鹿馬鹿しくなったので、逆に訊いてみた。

「フランソワーズはどうなんだい」
「え?私?」
「うん」
「えっとね。ちょっと待って・・・あ。あったわ。『第一印象:おだやか。特徴はマイペースで素直。気配り上手でみんなに優しい』」
「あのさ。それって自分のだからっていいほうに操作しただろ」
「してないわよ。自然にそうなったのよ、失礼ね。『のんびりのびのびタイプ。急がず自分のペースで生きるけれど、心配事も多かったりする』ほら!当たってるじゃない。心配事ばっかりだもの」
「ふうん?そんなに多いんだ」
「そうよ。誰かさんのせいでね」

そう言ってちらりとジョーの顔を見るけれど、当のジョーは全く気付いておらず、誰かさんって誰だろうなんて言ったりするものだから、フランソワーズはあきらめて小さく息をついた。

「・・・でね。トモダチになると、その「好き」な程度が表示されるってわけ。ちょうど私とジョーはトモダチになったから、ええと・・・「楽しい」だけだからまだまだね」
「レベルアップするとどうなるんだい」
「かけがえのないひと。とか、信頼できるひと。っていう表示になるのよ」
「・・・ふうん」
「ここに「親友」とか「恋人」とか表示されるでしょう。そこに名前がでるの」
「へえ」
「もう、ジョー。ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ。ゲームだろ」

欠伸混じりに言ったジョーを軽く睨みつつ、手元のゲーム機に目をやったフランソワーズは小さく叫んだ。

「なに?どうかした?」
「ええ。なんだか私、告白されるみたいよ」
「ええっ?誰に?」

途端に身を乗り出すジョー。いま自分で所詮はゲームだろうと言ったことなどすっかり忘れてしまっている。

「ええとね・・・ネオブラックゴーストの」
「ネオブラックゴースト?なんでそんなのが入力されてるんだ」
「いいじゃない、ゲームだもの。で・・・その長男みたい」
「三つ子の?」
「ええ」
「――ふん。面白い。身の程知らずにも程があるだろ。フランソワーズとの仲良し度はどうなんだ」
「・・・ジョーのほうが上よ」
「だったら結果はわかりきってるな」
「ん・・・そうね」

でもあなたのほうは意思表示する気がないみたいだけど?
ゲームとはいえ、仲良くなっても自分からアクションを起こす気がなさそうなジョーに、やはり現実のジョーを反映しているような気がするフランソワーズだった。

「告白受けてみれば」
「いいの?」
「だってどうせふられるんだろ?」
「・・・そうね。可哀相だけど」

そんなわけで、三つ子の長男はフランソワーズを公園に呼び出して告白する運びとなった。

『好きです。お願いします』

しばし、間。
数秒の空白がなんだかじれったい。
どうせコイツは振られるんだろうと思いつつも、ジョーもなんだか落ち着かず、フランソワーズと額をつき合わせてゲーム機の画面を見守った。

『・・・こちらこそよろしくお願いします』

「ええっ!?」
「いやーん。うそーっ」

二人の思惑とは裏腹に、フランソワーズは三つ子長男の思いを受け入れ晴れてカップルになってしまった。

「ちょっと待てよ。俺のレベルの方が上だろ?」
「ええ、そうなんだけど・・・」

フランソワーズが画面をスクロールして確認する。

「――ええ。間違いないわ。ジョーが一番仲良しだったはず」
「だったらなんで」

そこでフランソワーズはこほんと咳払いをした。

「仲良しだからって甘えて何にもしなかったのがいけないんじゃない?勇気を出していちかばちかの告白をしてきた彼のほうが良かったってことよ」

ジョーは何も言えなかった。

そんな彼に、フランソワーズは心のなかで大きくため息をついた。

――現実世界でもいつそうなるのかわからないのよ。ジョー。

 

***

 

しかしジョーは、何も言えなかったけれどそのまま黙って過ごしたわけではなかったのだった。

 

***

 

翌日。

朝食後にゲームを起動させ、島の住人の観察を始めたフランソワーズだったが、突然悲鳴に近い声を上げた。
しばらく忙しく画面をチェックし、そうして決然と立ち上がった。
右手にゲーム機を握り締め、足音高く二階のジョーの部屋へ向かう。
そうしてノックもせずに大きくドアを開け放った。

「ジョー!!!」

部屋の主はまだベッドの中で惰眠をむさぼっていた。フランソワーズの声にもぞもぞと動く。

「ちょっと!起きてるんでしょっ」

上掛けを容赦なく剥がすフランソワーズ。剥がされるものかと抵抗するジョー。

「いったいなんだよ、朝っぱらから」
「だって、コレ、絶対ジョーでしょっ」
「だから何が」

フランソワーズは寝ぼけ眼のジョーの目の前にゲーム機をつきつけた。

「私の恋人の欄が空欄になってるの!!」
「・・・え?」
「おかしいでしょ!?昨日、三つ子の長男が私のカレシになったはずなのに!」
「・・・ふられたんじゃない」
「だって、いないんだもの!このマンションのどこにも!」
「・・・へぇ」
「島の住人登録から完全に末梢されてるのよっ!」
「ふうん」

気の無い返事をするジョーを睨みつけ、フランソワーズは言った。

「あなたでしょ!登録を抹消して離島させたのは!」
「・・・ひとつの島じゃ足りなくて離島したんじゃねーの。世界征服のために」

さすがネオブラックゴーストと呟いたジョーの耳をフランソワーズは思い切り引っ張った。

「信じられないっ」
「いててて。うるさいなあ、いいだろう別に」
「良くないわよっ。そうやって消していったら誰もいなくなっちゃうじゃないの!」
「――ふん」

ジョーはいとも簡単にフランソワーズの腕を掴み捻り上げると、自分の腕の中に捕まえてしまった。一瞬の出来事だった。

「ひとの女に手を出すのが悪い」
「ひとの女、って・・・それに別に手を出してなんかないじゃない」
「やなんだよ、そういうの」
「・・・だってゲームよ」
「ふん。だから俺はそんなゲームは嫌いなんだ。ジェットに返してしまえ」
「イヤよ」
「フランソワーズ」
「だって」

険しい瞳のジョーを見つめ、フランソワーズはその頬をてのひらでそうっと撫でた。

「・・・もうちょっとで私たち恋人同士になるのに」

ゲームでも現実世界でも。いつでもどこでも恋人同士がいい。そうでなければいやだ。

「ジョーの気持ちは固まってるみたいだから、あとは告白してくれるのを待つばかりなんだけど、それがなかなか・・・ね。早く言ってくれないかしら。僕と付き合ってください、って」
「言ったらなんて答えるつもり」

あら、もちろんそれは「オネガイシマス」よ――と言おうとして、フランソワーズはちょっと考え、

「――もちろん、「ごめんなさい」よ」

と言った。
途端、ジョーに組み伏せられた。

「ヤダ、もう、冗談よっ」
「嘘だ、絶対きみはそう言うよっ」
「もうっ、言わないってば」
「いいや、言うよ絶対」

くすくす笑いながら。

そうしてフランソワーズの手からゲーム機が滑り落ちた。

 

その後、そのゲームが続けられたかどうかは誰も知らない。

 

 

***
なかなかうまくいかないのが「ゲーム」ということで。