子供部屋
(新ゼロなふたりの日常です)
7月31日 その頃、009たちは何を密談していたのかというと。 「――お前、涼しい顔して言うけど、よく一緒に行ったよなぁ」 こういうことは超銀ジョーのほうが慣れているだろうという周囲の予想を裏切って、実は一番腰が引けているのが彼だった。 「でもジュエリーショップだぞ。男が入るのに抵抗がある店ナンバーワンじゃないのか」 ナインが笑う。 「別に普通の店と同じだろ。買うものを決めて買うだけさ」 僕にはそのほうが不思議だと首を傾げる新ゼロジョー。 「そうかあ?だってさ。フランソワーズが着るんだぜ?綺麗なのがいいに決まってるじゃないか」 言った新ゼロジョーは、当たり前だボケとふたりに冷たく言われた。 「――ともかく。いったいどこの店にどんな風に入ったのか教えろ」 連行されただけだし、と付け加える。 「大体、僕の意見なんか聞いてないしさ。もともとあてになんかされてないし」 左手を広げて掲げる。 「用があるのはなんと、僕のこの左手だったのさ」 ああ、なるほどそうか――と超銀ジョーが大きく頷く。 「こら。何をにやにやしてる」 そうして超銀ジョーも自分のフランソワーズを目で探す。が、彼女はなぜかお腹を抱えて悶絶していたので、いったい何事なのだろうと眉をひそめた。 「で、話が逸れたけど、つまり結論はこうだ。指輪を買うというのは彼女たちの自己満足であって、僕らの意見など容れるつもりは最初からない、と。だから、行くときはそれ相応の覚悟が必要だ」 唯一、お揃いの指輪を所持している新ゼロジョーが先輩ぶって宣言した。 「まぁ、そのあとは・・・どうして買ったのにつけないのとか、色々面倒な問題も持ち上がるし」 新ゼロジョーは微かに笑うと肩を落とした。 「お前、今はしてないよな」 新ゼロジョーの左手を見て、そして右手を見る。どちらのどの指にもリングは嵌っていなかった。 「大丈夫なのか?」 疲れた声で言って、そうして新ゼロジョーは襟元に指を入れて細いチェーンを引き出した。 「げっ。なんだお前。男がネックレスかよ、きもちわりー」 拒絶反応を示したのはナイン。超銀ジョーは自分もアクセサリーをつけないわけではないので無言だった。 「ただのネックレスじゃないんだよ。――ほら。ここにこうして指輪が」 ペンダントヘッドのようにチェーンにぶらさがっている指輪。 「――首輪みたいだな、ソレ」 嫌そうな顔でナインが指摘する。 「首輪なんだよ実際」 新ゼロジョーは力なく答えた。 「――してないと泣くんだよ」 やっかいだし、大変だよなとナインと超銀ジョーは頷いた。 「しかも」 新ゼロジョーは続ける。 「泣くだけじゃないんだよ。・・・怒るんだ」 それも大変なのは知っているふたりのジョー。 「そして――いずれ嵐になる」 ちょっとそれを想像して、思わず身震いしたナインと超銀ジョーだった。 「で?ふたりはどうするんだい?」 当初の問題に戻る新ゼロジョー。 「僕はまだいいかな。――時期を見て・・・」 ナインが言う。彼は、ひとりでジュエリーショップに入っても全く平気という稀有な009であった。 「僕は――」 実は一番切羽詰っているのが超銀ジョーだった。 「・・・やっぱり」 ファッションリングを買うのは無理そうだなぁと結論づけた。 7月29日 注:「ガールズトーク」です。若干、御注意ください。 「えっ?いったことないの?」 二人のフランソワーズにじっと見つめられ、スリーは小さく首を傾げた。 「ないけど・・・それってそんなに重要なこと?」 その答えにふたりのフランソワーズは、ああ・・・と天を仰いだ。 「――まぁ、仕方ないといえば仕方ないかもしれないけど」 そうしてふたりのフランソワーズはじいっと互いの009を見つめた。が、未だ密談中の009たちはこちらには気付いていない。いったい何を話しているのだろうか。 「――まぁ、それはたぶんないとしましょう」 うんうんと頷きあう二人に、置いてけぼりにされていたスリーがおずおずと口を挟んだ。 「あの・・・いったい何の話?」 曖昧な笑みを浮かべている。が、全く話についていけてなかったスリー。 「だって、いったことないんでしょう?」 無邪気な問いに、ほらねと二人のフランソワーズが頷きあった。 「あのね。どこにいくとかって話じゃないのよ」 頬を染めてイヤイヤする新ゼロフランソワーズと平気な顔の超銀フランソワーズ。 「あの・・・いくのってジョーと一緒なの?」 いったいどこにいく話なのだろう、みんな何度もいくのが普通なら自分たちもそれを目指したいと思うスリーである。そう、きっとそれは――009と003としても必要なことなのかもしれないのだから。 「そうね。ジョーと一緒にいくのが理想ね」 復活した新ゼロフランソワーズが宣言する。 「絶対、絶対、駄目よ。いい?必ずジョーに全てを任せるのよ」 真面目な顔でメモ帳を手にしたスリーに、とうとうたまらず超銀フランソワーズが噴出した。声にならない。 「ねぇ、なあに?私何かおかしなこと言ったかしら?」 超銀フランソワーズがお腹を押さえて、 「そうね、おかしなことじゃないわ。でも・・・だったらあなたのジョーに訊いてみるのが一番だと思うわ」 009たちのほうを指差した。 「そうそう、彼氏に聞いてみることね」 スリーは思い悩むように眉間に皺を寄せ、それでも、これは何か重要な機密事項なのかもしれないと背を正した。何しろ、新ゼロのふたりも超銀のふたりも知っているようなのだ。自分たちだけが知らないなんて絶対にいけない。同じ昭和世代の「サイボーグ009」として。 「ねぇ。ジョー?」 真剣な表情のスリーに少し緊張するナイン。何かあったのではと向こうにいる二人の003に目を遣る。 「あのね」 メモ帳とペンを握り締め、真剣そのもののスリー。 「私がまだいったことがない、って話をしたの」 その途端、傍らで二人の遣り取りを聞くともなく聞いてしまった新ゼロジョーと超銀ジョーが噴出した。 「できれば二人一緒が理想なんですって。でね、私ひとりでもいけるかしら、って訊いたら絶対ひとりじゃ駄目よ、って。ジョーに連れていってもらわなくちゃ、って。しかも何回もいくこともある、って――あら?ジョー?」 話の途中から頭を抱えて下を向いてしまったナイン。それを見て大爆笑するふたりの009。 「ジョー?どうしたの?気分が悪いの?」 お水をもらってくるわ、と身を翻そうとしたスリーの腕をすんでのところで掴み、ナインはスリーを引き寄せた。 「――いい。平気だ。それより」 がんばる、と言った途端、男性陣の笑い声が大きくなった。 「あ、でも・・・どこにいくのか訊いてないわ。あなたはわかるの?」 ナインはがっくりと頭を垂れた。 「ああ。・・・わかるから。心配しなくていいよ」 ナインは深い深いため息をついた。 「それについては・・・今度、教えるから」 今は勘弁してクダサイ・・・。 7月28日 「女ってどうしてお揃いってやつが好きなんだろうなぁ」 ナインが大きく伸びをした。 「全く、理解に苦しむよ」 昨年はお揃いのピンクの水着だった。そして今年はピンクのシャツ。いったい来年はどうなるのだろうか。 「でも、そういうのを気にするのってちょっと可愛いと思うけどね」 新ゼロジョーが頬を緩める。 「もちろん、フランソワーズに限ってだけど」 超銀ジョーが超銀フランソワーズから仕入れたばかりの情報を披露する。 「自慢したいんだそうだ」 ナインと新ゼロジョーが同時に言って互いを見た。 「自慢?お前を?」 剣呑な雰囲気に超銀ジョーが割って入り、誤った方向からの修正をはかる。 「仲良し度を自慢・・・そんなの競ってどうするんだ」 二人に見られ、超銀ジョーは胸を張った。 「もちろん、知ってるさ。つまり、自分たちはこんなに仲良しなのよとアピールして公然の仲にしてしまうんだな。そうして初めて安心できる。そういう生物が女性だ」 しかし。 「――だったら、最強のお揃いってやつはやっぱりアレじゃないのか。一番欲しがるヤツ」 お揃いの指輪。 「まったく、いくつ持てば満足するのか知らないけど」 新ゼロジョーの言葉に超銀ジョーとナインが固まった。 「いくつ、って・・・お前、まさか」 泣くんだよと小さく言うと、ああ・・・とナインと超銀ジョーも頷いた。 「それはわかる」 なぜかひそひそ声での会話になった。 *** 先刻まで剣呑な雰囲気だった三人の009が、なぜか今は額を寄せ合って秘密の話を展開している様子を三人の003は満足そうに見守っていた。 「ほらね。やっぱり仲良しなんだわ」 うんうんと頷きあう。そうして揃って麦茶のグラスを傾けた。 「――そういえば」 新ゼロフランソワーズが思い出したようにスリーを見た。 「今度、揃って温泉に行くときは部屋を男女に分けなくても良くなったみたいじゃない?」 超銀フランソワーズが目をみはる。 「そうなの?」 二組の蒼い瞳に見据えられ、スリーはもじもじと手元を見つめた。 「え・・・ええと」 助けを求めるようにそうっとナインの方を見る。
「まあね。連行されたといったほうが正しいけど」
「そんなことないさ」
「そうだよ。どうして下着売り場は平気で貴金属のほうが駄目なんだ」
確かに、以前、三人揃って003のお供をした先は下着売り場であった。ナインと新ゼロジョーは絶対に足を踏み入れなかったのだが、超銀ジョーは平気な顔で003と一緒に下着を選んでいた。勇気のある行動だと思う。
「それはそうだけど、ああいう女性ばかりのなかにいるってのはちょっと・・・」
「そうだよ。別に僕が着るわけじゃないし」
「教えろって言われても・・・僕はついていっただけだし」
「だったら行かなくてもいいじゃないか」
「そう思うだろう?でもそうじゃないんだなこれが」
ナインはこの話には興味がないようで、ちらちらと女性陣のほうを見ている。なんだか楽しそうな003たち。特にスリーは頬を紅潮させて、何か――教わるみたいにメモなど構えている。その一生懸命な姿がナインの頬を緩ませた。
「うん?――ああ、まぁいいじゃないか」
「ふん。大方、スリーに見惚れてでもいたんだろうよ」
「いけないかい?」
「いけなくはないさ。誰だって自分のフランソワーズには見惚れてしまう」
「買ったのにつけないんじゃ、それは不審に思われても仕方ないんじゃないのか。だいたい、お揃いでつけることに意味があるんだろうし」
「まぁ、問題はそこなんだけどね・・・」
そう。問題はそこなのである。
何の因果か自分から買いに行くと言ってしまった手前、お揃いを身につけないわけにはいかず、それについて悶着もあったのだ。
「・・・ああ。大丈夫なんだよ」
確かに、日本男児として指輪を通したネックレスを常時しているなど恥ずかしいことこの上ない。いくら服の下だから見えないとはいえ、自分自身が落ち着かない。
だがしかし。
それを「していないことによる弊害」のほうがまた大きいのも確かであった。ジョーとしてはそちらのほうができれば避けたい災害でもある。
「泣くのか」
「ああ」
「それは――」
「怒る・・・」
「嵐・・・」
なにしろ、何度も「お揃いの指輪を持つ」ことを匂わせておきながら、果たせていないのだから。
その気がないわけじゃないし、たかが指輪だろうとも思う。でも、だからこそ簡単にあっさり揃えたくはなかった。特に相手がフランソワーズであれば。
自分が買うときは、たぶん――
「そうね。初心者マークだし」
「でも、それにしても・・・そんなに初心者でもないでしょう?特に彼のほうは」
「そうよねぇ。同じ009なんだし」
「あら、009っていうのは関係ないんじゃない?別にそういう能力が足されているわけじゃないんだから」
「ん・・・まぁ、そうよねぇ。あれが009として足された能力だとしたらちょっと複雑だわ」
「でしょう?複雑どころか、悲しくなっちゃうわ」
「そうね。じゃないと、・・・訊きづらいけど博士に訊くしかなくなっちゃうわけだし」
「ね?それは避けたいわよね」
そんな様子に二人のフランソワーズも曖昧に笑った。
「・・・どこに?」
そうして少し声を潜めて
「そうそう。場合によっては何度もいくんだから」
「!ヤダ、ちょっともう」
「あら、だってそうでしょう?」
「そうだけど・・・でもそんなあからさまに」
「だって大事なことじゃない。お互いに」
「まぁ、そうだけど・・・」
そんなふたりを不思議そうに見つめ、スリーは首を傾げるばかりだった。
しかし。
麦茶に口をつけていた新ゼロフランソワーズはその問いに麦茶にむせた。咳き込んで声が出ない。
その背を叩いて、超銀フランソワーズがすまして答えた。
「理想?じゃあ、滅多に一緒にはいかないってこと?」
「うーん・・・そのへんは難しいわ。そうねぇ・・・どっちかがちょっとの差で先って感じかしら」
「ひとりではいけないところなの?」
「そうね。ジョーに連れていってもらうといいわ」
「そのほうがいいの?」
「絶対、そのほうがいいわ。ひとりでなんて駄目よ!」
「・・・全てを?」
「そう」
「あの、・・・何か必要なものはあるのかしら。持っていくものとか」
一方の新ゼロフランソワーズも肩を震わせている。
「・・・ふうん?」
だから、意を決したように立ち上がると009たちのほうに近付いた。そしてそっとナインの肩をつついた。
「うん?やあ、どうしたんだい?」
が、笑い死んでる二人しか目に入らず、首を傾げた。
「うん」
「・・・は?」
「そうしたらね、あなたのジョーに連れていってもらいなさい、って」
「なあに?」
「そういう話は・・・」
「?」
「――いや。なんでもない。・・・わかった。今度、連れていくから」
「本当?」
「ああ。・・・が、がんばる・・・よ」
耳まで朱に染めたナインを見つめ、スリーは約束ねと明るく笑った。
「じゃあ、ジョーはいったことがあるのね!」
「――仲良しカップルの証拠とか何とかって言ってたな」
「自慢・・・」
「自慢、ねぇ」
「それはこっちのセリフだ」
「おいおい、自慢って別に彼氏自慢じゃないよ。仲良し度を自慢したいって話だ」
「僕に訊いたって知らないよ。お前は知ってそうだな」
「――ホントかよ」
「なるほど」
「ああ・・・アレか」
「うん?アレって・・・ああ。指輪か」
「持ってるさ。もちろん。いくつ持ってるのかは知らないけど」
「知らないって、憶えとけよ」
「だってフランソワーズが管理してるんだ。僕が持っているとなくすから、って。まったく信用ないんだよなぁ」
「・・・何で今日してないんだ」
「なくすから」
「いくつもあるんだったら構わないだろう?」
「それがそうでもないんだよ」
「泣かれるのはちょっとなぁ」
「だろう?」
「素直じゃないのよねぇ」
「でもそこが009なんじゃないのかしら」
「えっ?」
が、009たちは009たちで密談中であった。
7月26日
開け放した窓から潮風が流れ込む。 一方、彼女ら――003たち――は元気いっぱいだった。 「で、何がお揃いなの?」 実は今日、「お揃いものを身につけて自慢しちゃおう大会」が開催されていたのだった。 そんな彼らに三組の003の視線が集まる。 「――何?」 恐ろしく低い声で言われる。が、誰もびびらないのはさすが003といったところか。 「――ねっ!?」 お互いにくすくす笑い合う。ナインはそれを見ていっそう不機嫌になった。 「だから何?」 しかしそれにも答えない三人。 「でも良く着てくれたわよねぇ。だってピンクでしょう」 急に小さくなる声。 「いやーん、そうなのっ?」 「・・・・」 ナインはひとり無言だった。大体何を聞いたのか想像できるだけに何も言いたくなかった。だから、心のなかで拳を握ることだけで我慢した。 「でもね、似合うでしょう?」 スリーが嬉しそうに言うから。 「お揃いなのは嬉しいの」 ・・・嬉しい、のか。な?――僕、も・・・?
***
「じゃあ、次は私たちね。いったい何がお揃いでしょう?」 新ゼロフランソワーズが質問した。 「・・・うーん・・・シャツは違う色だし・・・」 もしかしてずるしたんじゃない?という無言の疑惑に新ゼロフランソワーズはにっこり笑んだ。 「じゃあ、降参ね?」 そうしてスタスタと新ゼロジョーのもとへ行く。 「私たちは見えないところがお揃いなの!ねっ?ジョー」 朝、何故か「お揃いを穿いて」と身ぐるみ剥がされ着替えさせられたのだ。以降、全く腑に落ちなかったのだがここにきてやっと理解できたというわけだった。 「いいの、お揃い勝負なんだから」 「えっ!?」 ジョーが立ち上がりジーンズのボタンに手をかける。 「ちょっと待ってジョー。そうしたら私も見せなくちゃいけないじゃない」 そうしてちらりと下着の上端が見せられた。 「ね?お揃いのぱんつでしょう?」 満面の笑みの新ゼロフランソワーズ。大きく頷くスリーと超銀フランソワーズ。 野郎のぱんつ見たってしょうがないじゃないか。しかも僕たちは「お揃い」の片方を未確認のままだぞ・・・ しかし、そんな考えが透けて見えたのか、新ゼロジョーが二人にガンを飛ばしたので、危うくケンカになるところだった。
***
「じゃあ最後は私ね」 超銀フランソワーズが姿勢を正す。 「いったい何がお揃いでしょう?」 スリーと新ゼロフランソワーズが超銀のふたりを交互に見る。 「・・・見た目はお揃いじゃないわよね」 その時、超銀ジョーがシャツの衿を引っ張って鎖骨の上あたりをちらりと見せた。 「!!あ!」 ふたりのフランソワーズが視線を超銀フランソワーズに戻す。と、同じところに「お揃い」が見つかった。 真っ赤になるスリー。同じく赤くなる新ゼロフランソワーズ。 「うふふ、私たちの勝ちね」 そうして超銀フランソワーズは悠然と超銀ジョーの腕のなかにおさまった。
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7月25日
「それにしても、あっついなぁ!」 ジョーが天を仰ぐと隣のジェットが鼻を鳴らした。 「だったらもうしばらく遊んでくりゃ良かったんじゃないのか」 先日までジョーとフランソワーズのふたりは海へ遊びに行っていたのだった。ふたりっきりで。それがどんなに楽しかったのか、まる一日かけてフランソワーズに聞かされ続けたジェットとしては「一生そこにいろ」という気分であった。 「うーん。まぁ、そうもいかないし」 ジョーが鷹揚に笑う。 「お前、俺らの被害の程度を知らないだろ」 だったら被害っていったいなんだろうか――と、ジョーが首を傾げると、苦々しげなジェットの声がした。 「一枚一枚写真を見せられて、これがどうだったああだったと聞かされる身になってみろ」 ジョーの眉間に皺が寄る。写真なんて撮った憶えは無い。 「景色の写真だけならまだいいさ。ほとんどは――お前、だっ」 言葉とともに水のホースを向けられ、ジョーは飛びのいた。 「うわ、なにするんだよ」 お返しにとジョーもジェットに水を向ける。 「だからさ」 ジェットはフンと顔を背けると、再び水撒きを再開した。 「お前の寝顔やらなにやら見せられてもどうコメントすりゃいいんだ」 ただならぬ眼光で睨みつけられ、ジェットはあわててホースをジョーに向けた。 「だから、そのくらい大変だった、ってことさ。わかれよそのくらい」 額の汗を拭うと、ジェットはホースを肩に担いだ。 「俺は裏のほうへ行ってくるから、ここは頼む」
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「ちょっとジョー、なにやってるの!」 フランソワーズの声とともに頭から水を浴びせられた。ジョーの視界が水のカーテンで遮られる。 「ジョー!聞こえてる?」 フランソワーズ、と答えようとしたまま、ジョーはゆっくりと前傾した。 「ちょっとジョー!」 水のホースを投げ出すとフランソワーズはジョーを受け止めた。 「重いい・・・ジョー、自分で立って・・・って無理なのね。んもう」 そのまま彼の体を抱きかかえ、日陰までひきずってゆく。 「もうっ。炎天下にぼーっと立ってるなんてバッカじゃないの!」
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ジェットが水撒きから戻って小一時間。 「サイボーグだってね、日射病とか熱中症にはなるのよ」 ジョーの頭と両腋の下に氷をあてて冷やしながら、フランソワーズは続けた。 「博士にちゃんと聞いたでしょう?――レースの時は気をつけてるくせに、どうして普段は駄目なのかしら」 レースの時は十分に体を冷やすし水分の補給もしているし、なにしろ、炎天下でぼーっとしたりはしないように気をつけているのだ。 「いったい何を考えていたの?」 ジョーをうちわで扇ぎながら問う。 「なにって・・・」 何だったろうか。 「ところで、ここは・・・」 頼みのジェロニモは外出中であった。 ジョーはまだ地面に寝かされていた。全身ずぶ濡れで、頭の下には氷枕、額と両腋の下は氷で冷やされていた。本当は両鼠径部も冷やそうとしたフランソワーズだったが、ジーンズに手をかけたところでジョーの抵抗に遭いあえなく断念したのだった。 「重くて運べない・・・」 そうしてジョーは目を閉じた。
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7月16日
確かに誰もいなかった。 ここは某海にある三日月珊瑚礁。 ともかく、ふたりっきりだった。 当初はエックスポイントの廃船付近に行く予定だったけれど、途中でこの場所を見つけたので急遽予定を変更した。というのは、ここの海が凄く綺麗だったのもあるけれど、やはり見知った場所だと誰かに会う可能性が非常に高い。あるいは、仲間の誰かがわざとやってくる可能性も捨てきれない。ただ若いふたりをからかうだけという理由で。それだけならまだしも、博士とイワンがやってきたら、それは純粋に休暇であるから歓迎しないわけにはいかない。 エメラルドグリーンの海。 これは誰がどうみても休暇だよなあとジョーは目を細めた。 「じゃーん!どう?」 ジョーの前でポーズをつけるフランソワーズ。それをきょとんと見るだけのジョー。 「もう!新しい水着よ?」 二度目である。 「だから、新しい水着なのよ?」 フランソワーズの誘導に、そろそろなんとなく期待されている答えがあるということに気付き始めたジョーは適切な答えを模索する。 「その。――綺麗だね」 矢継ぎ早に難問を繰り出され、ジョーは混乱した。 「ええと・・・ふら」 繰り返すが、ジョーにオトメゴコロはわからない。 「水着・・・うん。関係ないよ。僕はそのままのきみがいいんだから」 フランソワーズの柳眉が逆立った。 「それしか言えないの?」 そう投げるように言うと、くるりと向きを変えて海へ走っていってしまった。 「だってさ。そのままが一番綺麗なんだから、しょうがないじゃないか・・・」
***
それしか言えないの。 ジョーの耳に怒ったような呆れたような、それでいてどこか哀しい声がこだまする。深く息をついた。 「・・・いいじゃないか、別に」 それだけだって。 眼前には青い海と白い砂浜。 「いいじゃないか、別に」 もう一度、溜め息とともに吐き出す。 それしか言えないの。 「・・・ああもうっ」 ジョーは髪をかきむしると立ち上がった。彼方でしぶきをあげているフランソワーズに向かって声をあげる。 「フランソワーズ!きみはそのままで綺麗だよ!」 叫び合うように。 「だからっ・・・そのままのきみが好きなんだってば!」
一瞬、間。
「私も好きよーっ」 笑顔と共に答えられ、次の瞬間、ジョーはダッシュしていた。 新しい水着がどうなのかなんてジョーにとってはどうでもいいのだ。いくらフランソワーズにそれしか言えないの。と言われようが、そのままの彼女が好きなのだから。
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7月15日
「――で?フランソワーズはどこに行きたいんだい?」 シャツの衿を直しながらジョーが訊く。 「プールはずっと前に行ったし。山も行ったわよね」 山には超銀のふたりと行ったのだった。が、終始、ふたりのジョーは仲が悪かった。 「海・・・は、去年行ったし」 昨年は海へ行った。が、穴場という話だったのになぜか全ての009と003が集合していたのだった。そして諸々の事件が起きて――ついにはドルフィン号で新ゼロチームも揃ったから、一種のミッションのようだったと言えないこともない。 「んー・・・でも、あれは何だかミッションっぽかったから、休暇っていう感じがしなかったわ。ね。だからまた海でもいいんじゃない?」 それはいいかもしれない。 「――どこにしようか」 オトメなフランソワーズの言葉にジョーの頬が緩む。 「でも厳密にふたりっきりって言ったら無人島に行くくらいしか」 フランソワーズの輝く瞳に何か嫌な予感がした。ジョーの背筋をひんやりとしたものが通る。知らず背を正し、ジョーはおそるおそる尋ねた。 「ほら!まだあるはずよ。廃船のある――」 ――やはりソコか。 「フランソワーズ、本当にそこに行きたいのかい?」 ネオブラックゴーストとの戦いそのものが嫌な思い出ではないのだろうか。 「ふーん。そうねえ・・・例えば、世界平和会議を守ったり、とある国の王女を守ったりとかそういう思い出かしら?」 途端に咳き込むジョーにフランソワーズはやれやれと息をついた。彼の背中を撫でながら言う。 「もうっ。どうしてすぐそう動揺するのよ。だからこちらとしては何かやましいことでもあったんじゃないかしらって思ってしまうのよ。わかる?」 きらりと光る蒼い瞳。 「ふ、フランソワーズ、僕は」 今日のフランソワーズはなんだか意地悪だ。 「なあに?」 フランソワーズを失うかもしれないと思ったこと。それだけだった。 「ジョー。嫌な思い出のある場所を避けるのはよくないわ。ちゃんと目を開いて現実を見つめなければ」 どこかで聞いたようなセリフである。 「いいじゃない。今度は私と楽しい思い出をたくさん作ればいいんだから!」 フランソワーズと一緒にいることを「思い出」にするつもりはない。
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7月12日
「夏の予定・・・」 ジョーは視線を虚空に漂わせた。その彼の視線を真正面からキャッチしたのはフランソワーズである。 「そうよ。夏の予定」 フランソワーズは、いったいこのひとの屁理屈はどこから出てくるのだろうかと思った。目の前の彼は、いたって真面目に滑らかにするすると言葉を運ぶ。いつもは言って欲しいことすらつかえているような彼なのに。 「いいじゃない。暑いんだもの、どこか涼しい場所へ移動するというのはヨーロッパでは古代からあるシキタリよ」 負けじともっともらしい嘘を並べてみる。 「避暑は別にヨーロッパに限ったことじゃないだろ。アメリカだって昔から」 ジョーがのってきた。 「あら、じゃあ全世界的に広まっている習慣ってことよね?」 話題が金持ちのほうへ流れそうだったので、フランソワーズは軌道を修正した。 「軽井沢って涼しいのよね」 ジョーは冷房を愛していたから、ちょっと顔をしかめた。 「でもそれだって昼間は暑いんじゃないかな」 あれ? ジョーは今さらながら、話の流れが思わぬほうへ向かっていることに気がついた。しかし、もう遅い。 「ね?だから、夏の予定を立てなくちゃいけないのよ!」 爛々と輝く蒼い瞳。それは海の青でもあり空の青でもあった。 「・・・わかったよ。夏の予定だね。どこに行きたい?」 そのセリフにフランソワーズは勝利の叫びを上げてジョーの首筋に抱きついたから、ジョーは再びソファに寝転がることになった。ジョーの体の上にフランソワーズがいる。見ようによってはまるでジョーが襲われているかのようだ。 「――何やってんだ?」 ここはリビングであった。当然の如く、他の住人もやってくる。 「そういうコトは自分たちの部屋でやってくれ」 まったく場所をわきまえないのはいかがなものだろうかとピュンマはブツブツ言いながら背を向けた。 「別に何にもしてないわ!」 フランソワーズの声がぶつかった。 「そうだよ、まだ何もしてないよ!」 続くジョーの声に 「いやん、ジョーったら!」 リビングに響き渡るビンタの音。 ああ、まったく賑やかだよなあ――と思いながらピュンマはリビングを後にした。
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7月10日
「ねぇ、ジョー。今年の夏はどうする?」 テレビ画面から目を離さず、ジョーは鸚鵡返しに答えた。 「もう。だから、夏の予定よ」 ジョーはどうでもいいよとばかりに大きく欠伸をした。テレビ画面には今夜行われるワールドカップサッカー決勝戦の特集が映っていた。どちらが勝つか芸能人たちがあれこれ予想を立てている。 フランソワーズはジョーの寝そべっているソファに移動し、彼の腹によりかかるように座った。 「フランソワーズ、重いよ。・・・もしかして太った?」 人類史上、男性が女性にこのような暴言を吐いたらどうなるか。悲しいことにジョーにこういう学習機能はついていなかった。 「ちょ、ふらっ・・・」 ジョーが体を九の字に折って悶絶した。 「ギブ、ギブ」 フランソワーズはそのまま彼をクッション代わりにすることに決めたが、若干ちからを抜いて彼を圧死から救った。 「ひとの話を聞いてないからでしょう」 なんだっけ、それ――と言おうとしてジョーは口を閉じた。 「あなたったら、サッカーが終わらない限り何も手につかないの?」 嘘くさい声で言うジョーにフランソワーズは横目をくれるとテレビを消した。 「あっ!!」 フランソワーズに一刀両断され、ジョーは膨れた。唇を尖らせる。 「そんな口しないの。これから大事な話し合いをしなくちゃならないんだから。ほら、ちゃんと起きて」 それってなんだっけ――とうっかり言ってしまった彼に、フランソワーズはまったくもうと彼の頬を両手でつかんでひっぱった。 「夏の予定の相談に決まってるでしょ!」 梅雨明けはもうすぐであった。
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