子供部屋
(新ゼロなふたりの日常です)

 

9月13日  朴念仁なジョーA

 

「大好きっ」

ぎゅうっと抱き締められたから、ジョーは少なからず動揺した。

「ふ、フランソワーズ?」
「何も言わないで」
「・・・って言われても・・・」

ジョーは居心地悪そうに身じろぎした。背中にくっついた熱源が非常に気になる。

「動かないで」
「って言われても・・・」

背中にあたる柔らかい感触。
気持いいのか困るのか、ジョーはどちらかわからなかった。両方かもしれないし、全然違うかもしれない。

さていったいどうしよう?

しかしその前に明らかにしなければならない問題があった。つまり、

「フランソワーズ、いったいどうしたんだい?」

ということである。
そもそも何故急に背中から抱き締められたのだろうか。

「大好きって言ったじゃない」
「い、いや、それはわかってるんだけど」

だからといって抱きつくなど、いつものフランソワーズらしくない。

「わかってるんだけど、その・・・」

ジョーは理解不能なフランソワーズの言動に、されるがままに固まっていた。

 

 

・・・もうっ。

フランソワーズはジョーの背中に頬を寄せて思う。

大好きだから、抱き締めただけじゃない。
他に理由なんて必要?

 

ジョーの朴念仁ぶりは筋金入りだった。

 


 

9月11日  朴念仁なジョー@

 

「へぇ。そのカチューシャ可愛いな。新しいやつか?」

ハインリヒの声にフランソワーズの顔が輝いた。

「ええ!秋の新作なのっ。凄いわ、どうしてわかったの?」
「そりゃわかるさ」

過去にステディな恋人がいただけあって、ハインリヒはこういうところは如才ない。

「しかも、そのリップも新作だな?」

背後から競うように声がかけられ、フランソワーズは振り返った。

「ジェット!当たりよ、凄いわ!」
「そりゃわかるさ」

女性を賛美することを至上としているアメリカンはにやりと笑った。

「俺はどこかの国の朴念仁とは違う」

そうして、三組の視線がどこかの国の朴念仁に集まった。
ソファで新聞を読んでいたジョーはふと顔を上げた。

「・・・何?」

フランソワーズは無言で彼の前でくるりと一回りしてみせた。

「・・・相変わらずうまいね、ターン」

ジョーにとってフランソワーズが彼の前でターンすることは珍しいことではなかった。
がしかし。その目的と意味にいまひとつ理解が及ばないのは学習能力の問題だろうか。
唇を尖らせるフランソワーズに、ハインリヒとジェットは肩を竦めそうっとリビングを後にした。

「で、何か用?」
「・・・なんでもないわ。朴念仁に期待した私がバカだったわ」
「朴念仁?」

眉間に皺を寄せるジョーにフランソワーズは大きくため息をついた。

「いいのよ別に」

そうしてくるりと背を向けた。
そのままリビングを出ようとした時、その背に声がかけられた。

「――あのさ、フランソワーズ」

微妙な時間差はあったものの、何かに気付いてくれたのだろうとフランソワーズは笑みを浮かべた。
くるりと振り返ると、数歩でジョーの元に戻ってきた。

「なにかしら?」

わくわくした期待に満ちたマナザシで見つめる。

「ええと、その」

この際、カチューシャでもリップでもいいわ。気付いたものならなんでもいい。
フランソワーズは健気にも心に決めていた。他の誰かとだぶってもいいではないか。
何か気付いてくれただけでも、朴念仁脱出の一歩には違いないのだから。

「・・・いつもと香りが違うんだけど・・・」

フランソワーズの瞳が大きくなった。

「ええと、僕の気のせいかもしれないけど」

少し照れたような、戸惑ったような、正解がわからなくて迷っているような顔。
フランソワーズは手を伸ばすとジョーの首筋にかじりついていた。

「うわっ、何?」
「なんでもないわっ」

 

ほんのりつけただけの香水は、今日初めてつけた秋の新作だった。

 


 

9月2日

 

「ねぇ、ジョー?」
「うん?」

ジョーの膝に抱っこされて、一緒にテレビを見ていたフランソワーズが思い出したようにジョーの顔を見た。

「なに?」

ジョーがフランソワーズの頬に頬をすりよせる。
フランソワーズはくすぐったそうにちょっと肩をすくめた。

「私って、ジョーが思っているほど美人でも可愛くもないと思うの」
「何で?」
「だって・・・ふつうよ?なのに心配しすぎるもの」

ジョーが黙り込んだので、フランソワーズは彼の頬を指でつついて続けた。

「私より綺麗なひとってたくさんいるでしょう。だから、ひとりで街を歩いていたって声をかけられるなんてこともないし、後をつけられるようなこともないわ。気にし過ぎなのよ、ジョーは」

ジョーは無言である。
ただ、フランソワーズを抱いた腕にちょっとだけ力をこめた。

「だから、ひとりでお出掛けしたって別に危険なことなんてないし、電車に乗ったって目立たないし」
「目立つだろ」
「目立たないわよ。ただ、ああ外人がいるなーって思われるだけで」
「それを目立つって言うんだよ」
「そうかしら」
「そうだよ」

ジョーは大きくため息をついた。
この自覚のない子をどう説得したものだろうか。
確かに今まで危険はなかった。が、これから先、絶対危険なことがないかというとそんな保証はないのだ。しかも、フランソワーズは普通の女性が思う「危険」以外にネオブラックゴーストなどの残党に狙われる危険性もあるのだ。

「それに、危険なことがあったって、そうそう怪我したりしないし」

――まぁ、きみが強いのは知ってるけどさ。

声に出さず胸の奥で言ってみる。が、それでもジョーの心配は消えない。
ともかく理屈ではないのだ。自分のそばにいないという時点でジョーは心配になる。
どこかでどうにかなっているのかもしれない、と。

「過保護すぎるのよ、ジョーは。私だって戦士なんですからね?」
「違うだろ、今は戦士とかそういう話じゃなくて、もっと普段の話だ」
「普段?」
「だから。ナンパされたり痴漢にあったりとかそういうの」
「あら、平気よそんなの」
「平気じゃないよ。大体、きみは自分が思っているより綺麗だし目立つんだ。もっと自覚してくれないと」
「そんな風に思っているのはジョーだけよ。私なんて普通なんだってば」
「だからそうじゃなくて」

ああもう、とジョーは鼻息荒くフランソワーズを抱き締めた。

「君が平気でも僕が平気じゃないんだよ!」

一気に言ってしまう。が、そのあとの静寂が妙に気恥ずかしくてジョーは前髪の奥に引っ込んだ。

「・・・あら」

フランソワーズが瞬きする。

「私ってジョーにとってそんなにトクベツな存在なの?」

ジョーは答えない。

「ね。そうなの?」

しかしジョーは前髪に隠れたままだった。

「うふ。だったら気をつけるわ。だって、あなたが悲しいと私も悲しいもの」

なんだか有耶無耶になってしまった気がしないでもなかったが、ともかくフランソワーズはジョーの顔を覗き込んで――前髪の奥の彼は真っ赤だった――彼の鼻の先にキスをした。

「心配してくれてありがとう」
「・・・どういたしまして」