子供部屋
(新ゼロなふたりの日常です)

 

7月11日

 

「えっ、フランソワーズ。今は夏だよ?」
「ええ、そうよ」
「それに、ホラ、今は空調が壊れてて…」

ジョーの声は語尾がだんだん小さくなり、最後には消えてしまった。
フランソワーズはそんなジョーをよそににっこり微笑むとトレイをテーブルに置いた。

「ジョーったら起きるの遅いんだもの。お昼ごはんになっちゃったけどいいわよね?」

それは構わなかった。
構うのはその内容だった。
なにしろトレイの中身は湯気が立っており、相当に熱いようなのだ。

「あのさ、フランソワーズ」
「なあに?」
「どうせなら冷やし中華とか素麺とか」
「あら駄目よ。熱い時にこそ熱いものを食べなくちゃ」
「そ…」

そういうものなのだろうか。

「熱いからって冷たいものばかり食べると代謝にもよくないし、夏ばてしやすくなるのよ。夏はしっかり食べて汗をかいて水分補給するのが一番。さ、食べて」
「う、うん…」

理屈はわかった。が、やっぱり暑い中で熱いラーメンを食べるのはなかなか気のすすまないジョーだった。

「全部食べたらちゅーしてあげる」
「!?」

さらりと言われたひとことに、俄然食欲のわいたジョーだった。
こんな子供に言うように言われて彼女の意のままになるなんて自分は子供なのだろうかと頭の隅で思いながら。

 


 

7月4日

 

……暑い。

寝返りを打ってみた。が、ベッドの上のどこにも――シーツの上のどこにも涼しい場所など無かった。
だからジョーはベッドの下に降りてみる決意をした。
が、しかし。

…冷たくない。

しかも、

…固い。

頭がごりっと鳴ったところで、ジョーはとうとう諦めた。
むっくりと体を起こす。
既に日は中天に昇っており、それに伴い室温も上昇していた。暑いのも当然であった。

「…まだ梅雨明けしてないよな、確か」

それなのにこの真夏のような暑さはどうだ。異常なのにもほどがあるぞしっかりしろ地球――と心の中で地球を叱咤激励したところで頭をひとつふり立ち上がった。
頑張れ地球と言ってみたところで、地球の環境がおかしくなりつつあるのは自分たち人間のせいなのだ。たぶん。だからその元凶である自分たちが地球を励ますなんておかしなことである。むしろ詫びるべきなのではないか――と思ったりするのだけれど、いかんせんジョーはそこまで聖人君子ではなかった。

「あっついなぁ」

カーテンを引いて窓を大きく開ける。
が、期待していたような涼しい風など入ってくるはずもなく、ただただ湿った潮風が在るのみだった。

「…暑いなぁ」

窓枠に手をかけ、そのままぼうっと眼下の海を見る。

ギルモア邸のただいまの平均気温は28度であった。

 

***

 

ギルモア邸はその広さから空調設備はセントラルヒーティングであった。
外観は古びた洋館。しかし内情はそうではなく、秘密の部屋もあったりするし、何より地下のひみつ研究所とも繋がっている。男子にとっては面白さ抜群のひみつの洋館であった。
だからフランソワーズを除いた全員に大人気であり、立地の多少の不便さなどどうでもいいことでもあった。
そんな科学の粋を集めたっぽい建物なのに、なぜか――その空調設備は外観の古さに比例したものであった。
つまり。
端的に言うと、ずばり「年代もの」でありいつ壊れてもおかしくないシロモノであった。
なぜそうなってしまったのかは、家長であるギルモア博士がまさに「博士」であるというのが理由だった。
つまり、

そんなことは興味がなくどうでもいい

ことであったのだ。
彼にとって「ひみつ研究所」さえあればほかはどうでもいい話であり、まるっきり興味も何もなかったのだった。

そんなわけで、ギルモア邸の空調システムは今、故障の真っ最中であった。

 

***

 

蒸し風呂と化したギルモア邸。
なぜ連日暑いのだろうと数日経ってからやっと気付いた博士は、熱中症になる前にと最寄のホテルへ強制送還されていた。地下の研究室なら涼しいからそこにいるとさんざんごねたが、フランソワーズの一喝により退散した。
今はホテル最上階のスイートルームに赤ん坊と共に居るはずだ。ちなみに赤ん坊は夜の時間に入っているのでミルクの心配はない。ただ涼しい場所が提供できれば御の字であった。
そして博士が脱走しないように監視するのはSEであるピュンマとジェロニモである。二人は難しいソフトの開発中であり、高温下ではシステムがおかしくなると言っていち早くギルモア邸を脱出したのであった。

他の住人はどうしているのかというと。

ジェットはなにやら理由をつけて外泊を繰り返しておりギルモア邸に姿を見せていない。
ハインリヒは――どうやらそのジェットと行動を共にしているようである。が、これまたはっきりしない。

フランソワーズはひとりあれこれ修理の手配をし、技術者の到着を待っている毎日である。しかし、連日の猛暑によりあちこちの空調設備がおかしくなっているようでなかなかギルモア邸へ来る日が決まらない。かといって邸を無人にするわけにもいかず、フランソワーズはこの暑いなか留守番をすることになってしまっていた。

そして、ジョーは。

フランソワーズに付き合って残っているといえば聞こえはいいが、要は逃げそびれただけの話であった。
しかも、どうやらフランソワーズにもあてにされておらず放置されているようである。
だからこんな時間まで惰眠をむさぼっていられたというわけだった。

「…暑いなぁ…いったいいつになったら修理の人が来るんだろう」

それは誰にもわからない。