−子供部屋−
(ジョー島村もしくはお嬢さんのお部屋)


4月17日

*ピュンマ様部屋からの続きというか蛇足です・・・・*

「・・・離して、ジョー」
「・・・嫌だ」

そのままぎゅーっとフランソワーズを自分の胸に押し付ける。

「・・・ごめん」

フランソワーズの髪に頬を押し付け、小さく呟く。

「・・・フランソワーズ」
「私の方こそ・・・ごめんなさい」

お互いにお互いにしか聞こえないくらい小さい声で言い合って。
そうして、ちょっと笑った。

「――そうだ、フランソワーズ。明日、二人で出かけないか」
ジョーの胸にもたれていたフランソワーズが顔を上げる。

「明日?」
「うん。一緒にケーキを食べに行こう」
「・・・いいの?」
「いいも何も。――僕と一緒じゃ、イヤ?」
「ううん。嬉しいっ」

ぎゅーっとジョーにしがみつく。
その彼女の髪を撫でながら、ジョーはふうっと息をついた。

全く。ケンカっていうのはエネルギーを使うよ。

「張大人に、ケーキは買ってこなくていいって言わないといけないな・・・」

先刻の、彼女の姿を思い出す。
張大人におねだりしていた姿。
思わず、目を奪われていた。可愛くて可愛くて、目が離せなかった。
が。
それは――自分以外の男性にむけての姿だったのだ。

冗談じゃない。
フランソワーズが何かをお願いするのはこの僕だ。

たとえ、相手が仲間であっても。
否。
仲間に向けられたものであるからこそ、我慢ができないのだった。

――もう絶対に駄目だよ、フランソワーズ・・・!

 

――と。

張大人と目が合った。

・・・え??

「ち、張大人?」
「や、やあ、ジョー」

壁に張り付き息を殺していた張々湖。汗びっしょりだった。

「あ、ケーキの件、了解アルよ」
「あ、う、ウン」

気まずい沈黙。

「・・・じ、じゃあ、おやすみアル」

そそくさと出てゆく姿を見るともなく目で追って。

・・・張大人・・・ずっとここにいたのか?

考えると、急に顔が熱くなった。
全く気付いていなかったのだった。

えーと

えーと

・・・僕は何にもしてないよな・・・・?

「ジョー?どうかした?」
「あ、イヤ。大丈夫。なんでもないよ」

・・・泣いてないよな?

フランソワーズにキス・・・も、してないよな?――まだ。

確認しながら、改めて周囲を見回す。

誰も居なかった。

思わず深い深いため息をついた。

 



4月12日

「ジョーのばかっ」
「なんだよ、ばかって」
「ばかだから、ばかって言ったのよっ」
「ばかって言うやつの方がばかなんだよっ。残念だったなっ」

売り言葉に買い言葉。まさにそれだった。

「何よっ。――嫌いっ。ジョーのばかっ」
「こっちだって嫌いだっ」

一瞬、お互いに目をみはって見つめ合う。

いくら勢いで言ってしまった言葉だとしても、お互いにお互いを「嫌い」と言い合うのはなんとなく――嫌だった。

ひくっ、とフランソワーズが息を呑んだ。
ジョーはう、と言葉に詰まった。

そして――

「・・・もう知らないっ。ジョーなんか好きにすればいいわっ」

普段の彼女なら絶対にしないこと――大音響をたててドアを閉める――をして、出ていった後、一人部屋に残されたジョーはポツリと呟いた。

「・・・ああ。好きにするさ」

 

***

 

次のレースまで約3週間の間があった。本来なら、調整のためモナミ公国にあるサーキットに居るはずなのだったがエンジンのテストをするまでに少しかかるため、一時的に日本に帰国した。
F1が開幕したとはいえ、けっこうレースとレースの間が空くこともしばしばでその気になれば時間を作って帰国することは可能なのだった。(注・本当はそんな時間はないと思いますが、そこはソレとして)
そんなわけで、昨日からギルモア邸に戻ってきたジョーだったのだが・・・。

 

 

***
いったい何があったんでしょうねぇ・・・。ま、ウチのふたりですから大した理由ではないどーでもいいケンカですよきっと。
(哀しい目にあったり辛い話だったりとかは絶対にしませんのでご安心ください♪)



4月3日

「でもね。本当に悩んでるのよ」

ジョーの肩にもたれながら、彼の膝の上に広げた雑誌を繰る。

「・・・トモダチなんだろう?だったら、何でもいいんじゃないのか?」
「そう、なんだけど、ね」

その口調に何か含むところがありそうで、ジョーはそうっと彼女の方を窺った。
別に変わったところはない。
いつも通り、可愛いし・・・。
――でも、明日からまた離れ離れなんだよな。・・・連れて行きたいなぁ。でも、今度こそ本当に予定が合わないし。無理なのはわかってるけど、でも・・・

「――なのよ」
「えっ?」

気がついたら、何かずっと話していたらしいフランソワーズ。

「・・・聞いてなかったの?」
「え、あ。聞いてるよ。ウン」

小さく、アヤシイ、と呟いてからジョーの膝に手を置いてそっと伸び上がり――彼の頬にふたたびキス。

「――上の空ね?」
「そんなことないよ」
「寂しい?」
「別に」
「・・・そぉ?」

疑わしげなマナザシにこくこくと頷くと、雑誌を指差し

「で?決まったの?」

そう問うと、困ったように表情が翳った。

「・・・決まらない」
「トモダチだろう?何が好きか知ってるんじゃないのか」
「そうなんだけど・・・微妙なの」
「微妙?」
「うん。・・・だって、私の片思いかもしれないから」
「片思いぃ?」

思わず、やっぱりトモダチって男じゃないか。と頭に血が昇りかけ・・・フランソワーズのくすくす笑いに我に返る。

「もう、ジョーってば。女の子だって言ってるでしょ?――しょうがないわねぇ」

見透かされてるのは明らかだったので――口を結んで何も言わない。

「片思いっていうのはね。・・・私だけが、彼女のことを好きなのかもしれないから」
「ん??」
「だから、・・・うーんと、ね」

一瞬言葉を切り、頭のなかを整理する。

「私ね。友情も愛情も同じだって思うのよ。例えどんなに好きでも、相手がそう思っていなかったら片思いなんじゃないか、って。仲良くなりたい、って思うのが私だけだったら。向こうは別に私とは仲良くしたくないって思っていたら。そうしたら、片思い、でしょう?
私が彼女のことを好きで、仲良くしたいなーって思うのと同じくらい向こうも仲良くしたいって思ってくれていればいいんだけど、そんなのわからないし。だから・・・」
「・・・心配?」
「うん・・・」
「でもさ。だったら、もし片思いだったらフランソワーズは彼女とつきあうのをやめるわけ?」
「ううん。そんなことない」
「だろう?――だったら、それでいいんじゃないかな」
「・・・私、考え過ぎてる・・・かな」
「ちょっと、ね」

大丈夫だよ、きっと。
と言うのは簡単だったけれども、そんな風に適当に言ってしまうのは無責任に過ぎるし、何しろこれは「彼女の世界の問題」。自分には自分の世界があるように、彼女にもある。サイボーグではなく、ひとりの人間として居られる場所はとても大切であり不可侵なはずだ。だから、黙ったままでいた。

「――ごめんね、ジョー」
「何が?」
「明日出発なのに、私が考えごとしてて」
「――別に」
放っておかれたからって泣いたりするわけないじゃないか。コドモじゃないんだから。

「でも、聞いてくれて嬉しかった。ありがとうね?」
「どうイタシマシテ」

ぱたんと雑誌を閉じて、傍らに置く。

「プレゼントは何にするか決まったの?」
「うん。・・・初めに考えていた通りにするわ」
「・・・そう」
「最初から、本当は決まってたのにあれこれ考えすぎちゃってて」
でも大丈夫。と、微笑む。

「――そうだわ」
「なに?」
「ジョーったら、明日からいなくなっちゃうんじゃない!」
「うん。そうだけど」
さっきからそう言ってるのに、聞こえてなかったのか?

「ヤダ。いま何時?――やん、もうこんな時間っ。あとちょっとでいなくなっちゃうじゃないっ」
「まだ随分あるだろう?」
「ちょっぴりしかないわよっ・・・・もうっジョーのばか」
「ばかって」
ひどいなぁ。とブツブツ言っていると、フランソワーズが無理矢理彼の腕の中に入って来た。
胸にぴったりと頬を押し付けている。

「フランソワーズ?」
「しー。静かにして」
「・・・?」
「いま、ジョーの心臓の音を聴いてるんだから」
「・・・え?」
「忘れないようにするの。ぜんぶ」
機械の作動音から何から、全部。

「・・・今までそんなことしてたっけ?」
「ううん。今日が初めて」
「・・・楽しい?」
「楽しいわよ、すっごく」

ほんとかよ。と小さく言うと、フランソワーズは顔を上げて彼の顔を睨み――

「だ・か・ら!忘れないように――ジョーも何か考えて?」

何か、って
何かって・・・・

何だ?



4月2日

「――フランソワーズ、ちょっといいかな?」

少し開いたドアの隙間からジョーの瞳が見えた。

「ええ。いいわよ。どうぞ」

ドアを大きく開け、入ってきたジョーは微かに眉間に皺を寄せた。

「・・・なに、コレ」
「何って、見ての通りよ?」

バラの花だった。
フランソワーズの部屋のあらゆるところに置かれている大量の。
そして充満する、花の香り。
よく花瓶が足りたねと言おうとしてやめる。そんな事を言おうものなら、どうやってこれらの花瓶を調達したのかを彼女は嬉々として語るのに決まっている。そうなると「長い」ことを経験上熟知しているのだった。

「どうしたの?」
「え、あ、ウン。――明日、発つから」
「あ。そうだったわね」

そう言いつつも、どこか上の空。
明日出発したら、またしばらくは離れ離れなのに何とも淡白なフランソワーズに、ジョーは少し拍子抜けした。
だって昼間はあんなに――離れなかったのに。
帰宅するなりジョーに飛びつき、離れなかった彼女の代わりに、いまここにあるバラの花束――元々は彼が彼女に贈ったものだった――を洗面所に持って行って水に漬け、その合間に玄関の掃除(フランソワーズが土足のまま上がったため汚れてしまった箇所)をしたのは彼だった。
そんな熱烈な彼女だったのに、夕食後の今は落ち着いたのか妙に静かだった。

「・・・フランソワーズ?」

バラに埋もれたこの部屋で、いったいフランソワーズは何をしてたのだろうか。
夕食後、後片付けをかって出たジェロニモに全てを任せ、早々に部屋へ引き上げたフランソワーズ。
ずうっと篭りっきりで顔を見せなかった。
待てど暮らせど部屋に来ないフランソワーズにしびれを切らし、とうとう自分からこちらに来てしまったのだった。すっかり敗北気分のジョー。しかも、こちらに来ても別に嬉しそうでもなんでもないいつもの彼女の様子に更に落ち込む。

明日発つ、って言ってあったよな?

「なぁに?――あ、適当に座ってて」

適当に。と、言われても。
あらゆるところにバラが置いてあって、うっかりすると倒しそうである。
ともかく、空いているスペースを抜けて何とかベッドの隅に腰掛けるのに成功する。

間。

先程からフランソワーズは何やら広げてじっと見入っている。

「・・・何見てるの」
「うん・・・雑誌とか」
「――ふーん」

フランソワーズを見ているのは楽しいけれども、同じ部屋にふたりっきりでいるのにこちらに全く関心を示さない彼女というのは寂しかった。
かといって、手を伸ばして触れるのもためらわれた。なんとなく。
どうしたものかと思っていると、フランソワーズがひょいと顔を上げた。そうして、そのまま手に雑誌を持ったままトコトコとジョーのそばにやって来て――隣に座った。ジョーの膝の上に雑誌を広げる。

「あのね。・・・もうすぐバレエのお友達のお誕生日なの」
「・・・へぇ」
「何かプレゼントしたいんだけど、何がいいのか・・・迷ってるの」
「――その、お友達、って」

コホン、と咳払い。

「・・・男?」

「・・・・・・・・・・えっ?」

雑誌の記事を読んでいたフランソワーズは、一瞬返事が遅れた。

「・・・やっぱりな。仲良さそうだったし」
「・・・まぁ、仲はいいけど。でも彼のお誕生日はまだ先だから」
「あ、そ」

なんとも素っ気無いジョーの態度に、ちょっと頬を膨らませる。

「――なんなの?なんかヤーな感じよ?ジョー」
「そう?いつもこんな感じだよ俺は」
「何怒ってるのよ」
「怒ってないよ」
「うそ。怒ってるじゃない。・・・ちょっとこっち向いて」
「――フン」

顔をそむけるジョーを呆れたように見つめ――

「・・・妬いてるんだ?」
「別に」
「だから怒ってるんだ?」
「違うよ」
「――やっぱり」
「何が」
「妬いたから、わざと彼の前でキスしたんでしょ」
「そんなつもりじゃ――」

言いつつ、微かに頬が赤く染まってゆく。

「――もう。・・・困ったひとね」

そっとジョーの前髪に触れる。

「違うわよ。お友達っていうのは女の子」
「・・・ふーん」
「安心した?」
「・・・別に」
「どうでもいい?」
「そうは言ってないよ」
「そうよね、ジョーは興味ないわよねこんな話」
「そんな事言ってないだろ」
「じゃあどうして怒ってるの?」
「関係ない」
「ないわけないでしょ?」

それでもジョーはそっぽ向いたまま答えない。
小さくやれやれと呟くと、フランソワーズは腕組みしている彼の腕にそっと触れた。

「・・・寂しかった?」
「何が」
「ジョーのこと放ったらかしにしてたから」

途端、ジョーは自分の腕に触れていたフランソワーズの手を払いのけた。

「ちがっ・・・」
「違くないでしょ?もう。――甘えんぼね、ジョーは」

どっちがだよ。というジョーの抗議は受け容れられなかった。
その代わり、頬にキスを貰った。

 

***

明日、ジョーはグランプリ第3戦のため出発します。それにしても、このままグランプリごとに書いていたらしょっちゅう彼らは離れ離れになるわけで・・・うーん、どうしましょう?