−子供部屋−
(ジョー島村もしくはお嬢さんのお部屋)
「えっ。熱?!」 突然の大音響にフランソワーズは顔をしかめて携帯電話を耳から離した。 「もー。ジョー、声が大きい」 フランソワーズの声を全く意に介さず、電話の向こう側の相手は第二声を放った。 「・・・大丈夫よ」 ゆっくり静かに言いながら、やっぱり言うんじゃなかったと後悔する。 ベッドの上で身体を起こし息をつく。 えーと・・・いま、夜の10時だから、レースはとうに終わっているわけで、で、ジョーが電話してくるということは・・・ ぼうっとした頭でめまぐるしく考える。が、時間の計算がうまくできなかった。 えーと・・・つまりジョーは勝ったのかしら・・・?んん、それにしては時間が早いから、負けた・・・? 何しろ日本での放送はこれからなのだ。 「で・・・どうだったの?」 あ。これって負けたパターン? しまったと顔をしかめる。 「・・・」 思わず黙ってしまう。 「フランソワーズ?具合悪い?切ろうか?」 心配そうな声に、思わずすがるように言ってしまう。 「――大丈夫だから。ジョーのこと聞きたいの」 途端に口が重くなるジョーだった。 「・・・まぁ、色々とあるけどさ。初めてのサーキットは楽しかったよ。モナコみたいだけど、でも全然違ってて」 レースの話をしない。 「それより、本当に大丈夫か?」 そう答えた途端に咳き込んだ。 「フランソワーズ?」 心配そうなジョーの声が響く。が、こみ上げる咳に呼吸をするのも辛かった。 「――もしもし、ジョー?・・・ごめんなさい」 商店街から少し離れたところに個人医院があるのだった。 「抗生剤も頂いたから、ゆっくり休めば大丈夫よ」 それよりレースが気になるんだけど。――とは催促できず、フランソワーズは黙って耳を傾けた。 無音の会話。 「――じ」 相手を確認したくなって、名を呼んだのも同時だった。いや、ジョーの方が数瞬早かっただろうか。 「――」 無情にも切られた電話。 しばし、切れた電話を見つめる。もう一度かかってくるだろうかと思いながら。 「――?」 ジョーからだった。 たった今電話を切ったばかりなのに、一体何故? 『勝ったから』 ひとことだった。 ******* このホテルのプールは夜の12時まで開いている。 ところどころに灯りが燈ってはいるものの、全体的には暗く、外の月の光がゆらゆらと反射している。 「・・・お昼とは違うわね」 静かだった。 昼間の出来事については、お互い話題にしていなかった。 一方、フランソワーズは。 「――ん?何?」 優しい瞳で見つめるこのひとを自分はちゃんと見ているのだろうか? そう思ってはいても、堂々巡って結局は同じところに戻ってしまう。 ――昼間のプールであの女のひとたちと何を話していたの? 自分でもつまらないことを気にしていると思う。が、気にしていないふりをしても、やはり考えてしまうのだ。 ジョーのことを言ってられない。私だって、独占欲が強いわ―― どうしてこんなに独り占めしたいのだろう?今でもじゅうぶん過ぎるくらいに独り占めしているのに。 私とジョーが同じひとりの人間だったらいいのに。 そうすれば、彼の見るもの、考えること、全てが同時にわかる。 「・・・あの、ジョー?」 いい加減、飽きずにじっと見つめてくるジョーの視線に耐えられず俯いてしまう。 「ん?」 そんなに見たら。私の心の中まで見えてしまいそうで。 「だって、何?」 答えないフランソワーズにジョーは笑みを洩らした。 「昼間、ちゃんと見れなかったから足りない。だからそのぶん。――蒼いほうがやっぱり似合うね。うん」 ジョーも答えない。 「・・・他の女の人に夢中だったから?」 はっとして口を押さえる。言うつもりはなかったのに、勝手に言葉がつるっと出てきてしまった。 「あの・・・」 何だか嫌味っぽく言ってしまったから、てっきりジョーが怒るか機嫌が悪くなるかすると思っていたが、暗に相違して嬉しそうな声音のジョーだった。 「そっかぁ。気になるんだ。そっか」 嬉しそうに何度も「そっか」を繰り返す。 「あの・・・ねぇ、ジョー。その、ヤキモチ妬いてるのよ?ジョーが話した人に」 途端にジョーは笑い出した。そして、隣にいるフランソワーズを抱き締めた。 「思う訳ないだろっ・・・まったく。――あのね。あの人たちは婦人警官」 半分は嘘ではない。 「それで話しかけたんだけど――なんだ、妬いてたのかぁ。フランソワーズ」 どうしてそんなに嬉しそうなんだろう――と思いつつも、ジョーの説明にとりあえずは納得して・・・ほっとした。 「そうよ。やきもち妬きなのはあなただけじゃないの」 ジョーを見つめ、彼の鼻をつつく。 「私だって、妬くときは妬くのよ?」 最強のサイボーグの僕が、常に負けを喫するのはきみだけなんだから。 とはいえ、彼女にはずうっと負けていたいと思うジョーだった。 ****** ****** 「――あ。そうだ。忘れてた」 見つめる蒼い瞳をじっと見て――ジョーは軽くフランソワーズの額を中指ではじいた。 「いったーい。どうしてデコピンするのっ」 そして、彼女を引き寄せ額に唇をつける。 「――許せないな。寿命が縮んだ」 ジョーが見つめると、フランソワーズはいたずらっぽく笑って小さく舌を出した。 「だって、引き止めるでしょう――あなた」 読まれてる。のが、何だか悔しい。 「・・・もし引き止めなかったら行ってたってわけ」 「ジョーの泣き顔は見たくありません」 ****** 「――なんだお前」 先刻まであくまでも慇懃な物言いだった彼らの口調が急に変わった。 「邪魔するな」 フランソワーズはいきなり視界を遮られ、ただ呆然としていた。 フランソワーズと彼らの間に突然出現した濡れた身体の持ち主は――当然の如く――ジョーだった。 しかし。 彼らの周囲の空気は一変していた。 両者の視線が空中で絡み合った。 「――悪いね。彼女はそういう子じゃないんだ」 こいつらは一体、何者だ? フランソワーズを背に庇いながらもめまぐるしく考える。 「残念だけど、彼女は君達と一緒には行かない」 微かに後退しつつ言う声には、ほんの僅かに硬質さが欠けていた。さきほどより。 ――こいつらの目は・・・落ち着かない。 何故だかわからないが、既に勝敗が決しているような気もした。 「行くわ」 ――え? 軽い水音を立てて、彼の背から姿を現す白い身体。 「フランソワーズ?」 軽くひとかきでジョーを追い越し前に出る。 「――行きましょ」 つんとして言う彼女に、今がどういう状況か瞬時に把握したらしい彼らは少し身体を退いた。 「いや・・・やっぱりやめとくよ。うん」 急に及び腰になった目の前の彼らの変貌ぶりに驚きつつも、ジョーはフランソワーズの後頭部を見つめた。彼女はちらりともこちらを見ない。 「・・・フランソワーズ?」 呼んでも返事がない。それどころか、そのまま彼らの元へ行ってしまいそうだったので――ジョーは思わずフランソワーズの腕を掴んでいた。 「離して」 このひとたち。 蒼い瞳にひたと見つめられた彼らは――先刻のジョーの視線よりも身が竦むのを感じていた。 「あ、いや・・・僕達はちょっと急用が」 言ってどんどん後退してゆく。ジョーの視線を受け止め跳ね返していた彼らが。 こんな――ややこしそうな痴話ケンカなんぞに巻き込まれてたまるか。 「あーらら。あなたたち、何やってるのかと思ったら――署のイケメン軍団もかたなしね」 上から声が降ってきた。 「ナンパ失敗」 指差され、けらけらと笑われる。 「うるせーな」 その言葉に小さく悪態がつかれる。 ・・・署?――上司?てことはつまり、こいつらは・・・警察の人間? ジョーは彼らの遣り取りを聞きつつ、なぜ自分が負けそうになったのかわかってきた。 「全く。少年課にいるからってそんな言葉遣いまでしなくてもいいのに」 ・・・ああ、やっぱり。 少年課。 「・・・すみません。ホラ、フランソワーズ。迷惑かけちゃ駄目だろう?」 言って強引に彼女の二の腕を掴んで引き寄せる。 「すみません。失礼します」 頭を下げながら、フランソワーズの手を引き反対側の縁に向かう。 「ジョー。痛い」 途中、抗議の声が上がったが黙殺した。 縁に着いてから、投げ出すようにフランソワーズの腕を離した。 「ったく。何やってるんだ」 ――私のことなんてどうでもいいくせに。 小さく呟いてみる。 「ん?なに?聞こえないな」 「知らない。ジョーなんか」 そのまま縁に手をかけプールから上がってしまう。 何よ、ジョーなんか。ずっと放ったらかしだったくせに、私が他の誰かと一緒にいると怒って。そんなのまるで――自分のおもちゃを取られるのが嫌なだけの子供みたいじゃない。もう飽きて放っておいたおもちゃなのに、他人が触ると許せない。・・・ただのコドモ。私はおもちゃじゃないわ。 自分の荷物が置いてあるところに戻り、手早く荷物をまとめる。パーカーをはおってタオルを畳んで―― 「――帰るの?」 背後からジョーの声がかかる。 「帰るわ」 あくまでも背を向けたまま。ジョーの顔は見ない。 「まだ青いほうの水着を見てないんだけど」 手が止まる。 「今着てるのも凄く似合っているけどさ、・・・青いのの方がフランソワーズっぽくていいな」 ――何よそれ。だったらどうして、最初からそう言わないのよっ・・・ 「フランソワーズ?」 何が? 「・・・指輪」 指輪? 思わず振り向いていた。ジョーを見る。 「・・・無いわ」 いつもつけていると言っていた指輪は、彼の胸元には無かった。 「いつもつけてるって言ったのに・・・」 目の前に掲げられたのは、ジョーの左手。――指輪が嵌っている。 「――たまにはね」 ゆっくりとジョーの左手に触れる。 「・・・どうして」 ホテルを予約したのはピュンマとジェロニモだった。全て手配したからといってジョーには何も見せてくれなかった。 「だから、たまには・・・だよ」 改めて言われるとやはり照れる。 フランソワーズはジョーの左手を握ったまま――彼の胸に額をつけた。 「もうっ・・・ばか」 でも好き。 **** 「ふじん・・・けいかん?」 ジョーは瞳を丸くした。 「警察の方なんですか」 そんなジョーの声に、3人の女性はくすりと笑みを洩らした。 ホテルのプールに盗撮をする輩が出没している。 ――なんだ。とっくに警察が動いていたんじゃないか。 ジョーはほっとしたものの、なぜそんな情報がピュンマやジェロニモにわからなかったのか不思議だった。 「ごめんなさい。じろじろ見ちゃって。――レーサーの島村ジョーに似ているひとがいるな、って思ったものだから」 モータースポーツが趣味なのだという。 「――本人よね?」 声を潜め、内緒話をするようにジョーの方へ身を寄せる。 「はい」 別に内緒にする必要もなかったから、ジョーは素直に頷いた。 「やっぱり。――ね?アタシの勝ち」 他の二人に勝ち誇ったように胸を張る。 「夕食はまかせたわよ」 どうやら賭けの対象にされていたらしい。 「――そういえば連れの方がいたわよね。もしかして・・・噂のバレエのひと?」 さすがにそれは答えられなかった。 「ああ、ごめんなさい。いいのよ言わなくて。ただ――」 すっと右手を水平に伸ばし、プールの向こう側を指差した。 「――困っているみたいだけど?」 つられてそちらを見たジョーは、そのまま身を翻し、水泳選手のような完璧なフォームでプールに飛び込んだ。 「・・・あらら」 こちらはプールサイドを回って目的地へ向かった。 *** ここに来たのは事件絡みだったのだろうか。 フランソワーズは内心、考え込んでいた。 でも・・・そうならそうとジョーは言うはずだわ。 それがない。と、いうことは、事件かと思ったのは自分の気のせいであり――ということは、つまり、彼が女性グループに近付いたというのは。 ジョーが私の目の前で他の女性に好意を示す? でも、そうではなかったのだろうか。 ――まさか。 自分のなかに沸いてくる疑問を片端から否定していても、ふっとそれに囚われそうになる。 でも・・・そういえば、ここに来てから私の方を一度も見なかった。他のひとの方ばかり見て。 一緒に泳ごうともせず、面倒そうにデッキチェアに寝転んでいた姿が脳裏に浮かぶ。 ――ううん。違うわ。私と一緒にいるのが退屈なのではなくて、昨夜寝てないから眠かっただけ。そうに決まってる。 とはいえ、いま自分の目の前で――他の女性と話し込んでいるのは紛れも無くジョーそのひとだった。 「お連れの方は忙しいようですね。――こんな美しい人を放っておくなど信じられない」 ジョーから目を逸らし、目の前のひとを見つめる。 ――そうよね。私だって、ジョー以外のひとと話しちゃいけないってことはないわよね? 全く興味は無かったけれど、たまにはジョーにやきもちを妬かせてみるのもいいかなと思った。 何よ、ジョーなんか。 「いかがですか?ちょうどカフェも空いているようですし」 傍らのカフェを目で示す。 「――そうね」 ジョーなんか。 「少しだけなら」 そう答えた瞬間。 目の前に濡れた背中が出現した。水中から。 ****** 目の前を美しい肢体が完璧なフォームで行ったり来たりする。 ――何よ、コレ。 フランソワーズがひとり意地になって泳いでいる間、ジョーは彼女の姿を目で追いつつも周囲への警戒は怠らなかった。特に、先刻から気になっている女性グループ。どうみても、何かが不自然だった。 ――でも、盗撮とは関係なさそうだよなぁ。普通はそういうのって男だろ? そう思うが、いや油断してはいけないと自分を戒める。 同性だからと油断させて――接近する輩かもしれない。 女性同士であれば、プール以外でもどこでも不審がらずにいられるのだから。 ――フランソワーズにも一応、注意するように言っておくか。 そう思い身体を起こす。――が。 いや。彼女には「見える」のだから、下手に注意しなくても大丈夫か。 言ってしまえば彼女は「休暇を楽しむ」なんてことはしなくなってしまう。「003」になって、出来る限りジョーをサポートするだろう。 だからジョーは、フランソワーズには何も言わなかった。 一度起こしかけた身体を再び背もたれに戻す。 さて。――どうするか。 何気ない風を装って、女性グループに近付くのは簡単だった。 組織が関与しているとすれば、あまりにも稚拙な部隊である。こんな素人集団、すぐにばれるし情報を洩らす可能性だって大きい。が、そう見せかけているだけとも考えられた。 ――仕方ない。――行くか。 のんびりと身体を起こす。 ジョーが動き始めたその頃、フランソワーズは妙な集団に捕まっていた。 「先刻から美しい人が泳いでいるなと気になっていたんですよ。――マドモアゼル、とお呼びしてよろしいでしょうか? 背泳ぎでターンしようとしていたフランソワーズの前に立ちはだかった男性集団だった。 いわゆるイケメンってやつね。 フランソワーズは心の中で呟いた。 私だって、そういう言葉を使えるわ。 知ったばかりの言葉を使えた自分が凄いと思った。 許可を取らずに声をかけてきた不躾な奴らに冷たい視線を浴びせる。 マドモアゼルだなんて。そんなの礼儀でも何でもないって知らないの?――コドモ、って意味なのに。 返事をせず、再び泳ぎだそうとするところを別の人物に遮られる。 「逃げなくても、私達は何もしませんよ。あなたのあまりの美しさに目を奪われてしまっただけですから。もし良ければお茶でもいかがでしょう?そろそろ休憩が必要では」 「――生憎ですけど、連れがおりますので」 フランス語で答えて煙に巻いてしまおうかとも思ったが、余計にメンドクサクなりそうだったのでやめた。 「連れ、ですか?」 左手の指輪が見えるように、髪を直す。 「そのひとって、もしかしてあそこに居る――」 言って、彼らの指差す方を見つめた。 ジョー?何してるの? 一見、女性に囲まれているように見えるが、ジョーが自分から積極的にその輪に入っていっているのはフランソワーズの目には明らかだった。 ――有り得ない。 そもそも、ジョーが「ナンパ」などという行為をするわけがない。――そんなことができるわけがないのだ。 だって、いつも――時には鬱陶しくなるくらい、私しか見てないのに。 彼が自分から注意を逸らす時。それは、戦いの場に他ならなかった。 と、いうことは。 事件――? 実は、プールに遊びに来たと思わせて、それだけではないのだった。 「ジョー、どこ見てるの?」 隣のジョーの視線を追い、・・・そこに水着姿の妙齢の女性グループを見つけた。いずれもフランソワーズのように布地の少ない水着を着用しているが、フランソワーズよりも出るところは出ているのだった。 「・・・・」 ちらりと自分の肢体に視線を巡らせ、改めてジョーの横顔を見つめる。 「いてててて」 再び女性グループに視線を向ける。 「・・・眺めがいいなぁって」 悪びれずに頬を緩める彼を見つめ、フランソワーズは大きく息をついた。 「もうっ・・・知らないっ」 そのまま近くのテーブルに向かい、来ていたパーカーを脱ぐとさっさとプールに入った。 ――あの女性グループ。何だか変だ。 泳ぐわけでもなく、かといってのんびり何かをするでもなく――ジョーと同じように周囲へ視線を走らせているのだった。 「わぁっ・・・キレイ」 ガラス越しに太陽光が差し込む会員制のプール。某ホテルの一角にあるそこは、ゆったりとしたクラシック音楽が流れ、人影もまばらだった。 「ジョー。寝に来たんじゃないのよ」 とはいえ、昨夜は殆ど眠っていない。 「全くもう」 今朝、ジョーを起こしに彼の部屋に行ったものの、そこはモヌケのカラで、ベッドには寝た形跡もなかった。 ――我ながら、ちょっぴり大胆だなって思うけど・・・それもこれも、ジョーと一緒だから、って頑張ったのに。 自分の隣で秘かに御機嫌ナナメになっているフランソワーズに気付かず、ジョーは油断なく室内全体に目を走らせた。 ――よし。ネオ・ブラックゴーストらしき影は無いな。 遊びに来たはずのホテルのプール。 ******
8月27日
「大丈夫なのかっ!?」
ジョーがスペイングランプリに出場するために日本を発ったのは、今から約一週間前だった。
その間に日本は夏から秋に豹変したり、豪雨になったり、あらゆる変化をみせる地球に翻弄されていた。
油断したのか風邪をひいてしまった――と、ぽろっと言ってしまったのが運のつき。
レースが終わったジョーから電話がきたのはつい先刻。まだ熱が下がりきらずに臥せっていた時だった。
熱でぼうっとしていたのか、普段なら絶対に言わないのに言ってしまった。
いつも、放送前の電話でネタバレはやめて、と言っているのにやっぱり電話してきてしまうジョーだった。
「どうって何が」
「ヤダ、切らないで!」
心細いわけではないけれど、もう少しジョーの声を聞いていたかった。
「んっ・・・」
「ええ、大丈夫っ・・・」
しばらくして、息を整えて。
「いいよ。それより・・・いま博士もイワンもいないんだろう、確か」
「ええ」
「診てくれる人がいないんじゃ、フランソワーズ」
「大丈夫よ、ちゃんと病院に行ってお薬ももらってきたもの」
「病院、って」
「ジョーも行ったことあるでしょ?いつも博士がお世話になってる」
「――ああ、あのクリニックか」
そこは、生身の博士のかかりつけだった。
いくら医師とはいえ、自分自身の診察はできても処方はできない。ギルモア邸に薬品の納入はないのだ。
何しろ、見た目普通の住居であるのだから。
なので、風邪をひいた時はいつもそのクリニックにお世話になっている。
フランソワーズも博士の付き添いで行くので、顔なじみだった。
「そうか。・・・でも、心配だな」
けれどもジョーは何も喋らない。
かといって、フランソワーズも特に話す事はなかったので――黙った。
果たして耳にあてる電話の先に、愛しい人は存在しているのだろうか?
「フランソワーズ」
「なに?ジョー、聞こえないわ」
「・・・オヤスミ」
「えっ?ちょ、まっ」
急に電波の具合が悪くなったのだろうか?それにしても、あっさり切るなどおよそジョーらしくないのだった。
しかし。
鳴ったのは呼び出し音ではなく、メール着信音だった。
博士って後期高齢者なんでしょうか・・・?だとすると、厚生年金に加入してないから(外国人だし)色々と大変だろうなぁ。
8月25日 あれ?終わってない?
なので、二人は夕食後にもう一度プールへやって来た。昼間の分の埋め合わせもあった。
貸切状態かと思いきや、意外にも利用者はいて、むしろ昼間より少し多いような感じだった。そして殆どがカップルだった。
「そうだね。オトナの時間、ってやつかな」
カップル同士とはいえ、アヤシゲな事をしているような様子もなく、ゆったりとした時間を楽しんでいるようだった。
ジョーとしては、当初懸念していた「事件」のことをフランソワーズに話すつもりは全くなかった。
知らなくていい。そう思っている。自分が何を抱えて日々過ごしているのかなど――彼女にわざわざ伝えなくてもいい。
それが、ネオブラックゴースト絡みなら尚更だった。もし、「本当に事件」になって、メンバー全員の協力が必要になったなら、その時に言えばいい。普通の日常生活で、少なくとも彼女だけは――忘れていて欲しいのだ。
夕食を共にしながら、昼間の事は気になったものの――実はジョーが自分の事をちゃんと見てくれていたことに気付かなかった自分を反省していた。しかも、拗ねて怒って、彼の指輪にも気付かなかった。
どうしてジョーのことになるとすぐ変な方に変な方に考えがいってしまうのか、自分でも持て余している。
ジョーのことをちゃんと見ているつもりなのに、実は全然見えていないのではないか?
かといって、ジョーに改めて聞くのも、自分が凄いやきもちやきであることを宣言しているようで嫌だった。
身体も心も、全部知りたい。何を考え何を見つめ何を思っているのか――全部。
けれども、そうもいかなかったから、できる限りの時間を空間を共有していたかった。
「・・・あんまり見ないで。――恥ずかしいわ」
「どうして」
「だって・・・」
こんな――ジョーのことばっかり考えているのなんて、ジョーが知ったらどう思うだろう?
「・・・・」
カワイイ、と小さく付け加える。
「ちゃんと見れなかった、って・・・どうして?」
「・・・ん」
「えっ?」
「僕が話していた人たちが気になる?」
「・・・・」
「本当に?フランソワーズ」
「うん」
「・・・呆れないの?」
「何で」
「ココロが狭いなぁ・・・とか」
「婦人警官?」
「そ。ちょっとね。ここのプールの警備について聞きたい事があってね」
「ん・・・覚えておくよ」
「怖いわよ?」
「知ってる。僕も負ける」
まさにきみこそが、最強のサイボーグであり、ゼロゼロナンバーのリーダーであり・・・
プールに来ても見つめ合ったままプールに入りません・・・・。
「なに?」
「昼間、僕以外の男について行くって言ったから」
「・・・ごめんなさい」
「ほんっとうにあっちに行くつもりだった?」
「――ううん」
「う。む・・・」
「まさか。だって行ったりしたら」
泣くでしょう?あなた。
「・・・そんなに泣かないよ?」
「私以外のひとに見せないで」
「・・・うん」
プールに入らないどころか、入ってすぐのところでイチャイチャしてる二人。・・・もう部屋に戻ってください。
8月24日
「どけ」
ということはつまり、彼らの視界からもフランソワーズの姿が消えたということである。
彼女を背に庇い、男性グループと正面から対峙している。
睨みつけるその瞳は暗く、視線は相手の生殺与奪の権は自分が握っている事を知らしめていた。
フランソワーズに近付く者全てに彼から向けられる視線。
それは、名も知らない、うっかり彼女に声をかけてしまった者に始まり、彼女のバレエ教室のペアを組む男性、果てはゼロゼロナンバーの仲間たちにも及んだ。知人かそうでないかの区別は全く無い。
ジョーにとって、「フランソワーズに近付く者」は全て同等なのだった。
だから、ゼロゼロナンバーたちは不用意には彼女の近くに寄らない。ジョーが不在の場合は特に。
彼女と話し込んでいるところを帰宅した彼に発見されたら最後、しばらくは使い物にならなくなる。恐怖で。
しかも、当のフランソワーズ自身は全くそれに気付いていない。何しろ彼がそういう目をしている時、彼女は大抵彼の背に守られているのだから。
ジョーの視線をマトモに受けたら、大抵の者はすぐに戦意を喪失する。時にはゼロゼロナンバーたちでさえ。
だから、彼の目を初めて見た彼らがどういう反応をするか――は、ジョーにとってはあまりにもよく見た光景のはずであり、簡単な相手のはずだった。
ジョーの視線を真正面から受けているが、負けていない。それどころかむしろ――それを凌駕するような強い視線。
「今更彼氏面しても遅いな。彼女を放っておいて向こうで他の女と遊んでいたのはどこのどいつだ」
「彼女も君を見限って、僕達と一緒に行くところだったんだ。邪魔しないでもらえるかな」
自分の視線を受けてもびくともしない。そんな相手なぞ、今まで出会ったことはなかった。サイボーグとして戦ってきた中でさえ。
が、それと同時に――随分昔に見たような気もしていた。
そして、それが合っているのならば・・・自分に勝ち目はないということも。
昔出会ったのと同じ目を持つ者。それが、過去と同じ種類の者であればそれは――いわゆる天敵に違いなかった。
が、それでもジョーは退かない。何しろ、彼が今守っていると思っているのは大切な・・・
「邪魔しないで」
「そうだな。せっかく彼氏が来たんだし、うん、彼氏と一緒に行ったほうがいいよ」
「フランソワーズ」
「イヤ」
「だけど」
「ジョーとなんか一緒に行かない。私はこのひとたちと一緒に行くの」
「そ。そうなんだ。悪いけど」
先程の迫力は微塵もなく、今は、ただ一刻も早くこの場を去りたいと望むだけだった。
見ると、さきほどジョーと話し込んでいた女性グループ3名がこちらに回って来ていたのだった。
「ま。お下品な言葉遣い。――上司に対してその態度。いくら非番とはいえ許さないわよ」
今やジョーとフランソワーズはすっかり蚊帳の外なのだった。
警察の人間が苦手というわけではない。が、ただ一種類の警察官だけは――昔から駄目なのだ。
街中ですれ違ってもわかってしまう。彼らの身体から滲むオーラは強大で、その前にジョーは成す術もないのだ。
それは、昔ジョーがさんざんお世話になった因縁の課なのであった。
いくらジョーの視線が怖いといっても、彼らにしてみれば、所詮は不良少年の目つきとしか映らないのである。
それはある意味そうだったから、ジョーが負けを悟るのも当然の帰結だった。
「何って、ジョーに関係ないでしょ」
「関係なくないだろ」
「へぇ・・・いいんだ?」
「何が」
「・・・・」
「まだ一緒に泳いでないし。いくらなんでも帰るのは早すぎると思うけど?」
「知らない」
「――まだ気付かない?」
続く、ひどいわジョー。という言葉は発されずに消えた。
あんなに嫌がっていたのに。
だから、フロントで「御夫婦で御予約の島村様ですね」と言われた時は天地がひっくり返るかと思った。
だからそれらしく見えるように仕方なく――と、いうのでもなかったが、こういうきっかけでもなければ指に嵌めることなど無いだろうなぁと思い、胸元の鎖から外したのだった。
最後もお約束。
8月23日
そのため、日々警戒しており、今日の午前中にそれも無事に排除できたばかりだという。
何故なら、彼らのハッキングの腕はかなり確かなものだったから。
今回の情報もそうやって手に入れたという話だった。だから、「ホテルのプールに行くならついでに」と依頼されたのだけれども。
心中首を傾げつつも、とりあえずこれで――お役御免だった。
警察がそういうことをしてもいいのだろうか――と、ジョーは思った。
「・・・」
「行っちゃったね」
「私たちも行こう?」
偶然ここに来ることが決まったとばかり思っていたのに、そうではない?
そんなの――そんなの、有り得ない。
だってジョーは、私以外は目に入らないんだから。――いつも、そう言っているんだから。
フランソワーズが同じ空間にいるにもかかわらず、他の女性に興味を示しているのだろうか。
それとも、フランソワーズがそこにいるいないは関係なく、彼女が知らないだけで実はそういうことは日常茶飯事だったのだろうか?
そんな訳ないじゃない。
何にも言わないし。一緒に居ても退屈そうだった。――欠伸なんかしちゃって。
もし彼が本当に妬くなら、ではあったが。
フランソワーズがここから消えても、もしかしたら――気付いてくれないかもしれない。
そう思うことは悲しいことだったけれど、今は悲しさよりも怒りの方が勝っていた。
このプールに併設されているそれは、プールに来たひとたちが休憩するために設けられたものであり、水着姿のまま入ることができるようになっていた。
何にも言ってくれないし。大体、今日はずうっと――私の話なんて聞いてなくて、返事もしてくれてなかった。
これじゃ一緒に来た意味がないじゃない。
ハイ、お約束。
8月22日
――フランソワーズだった。
ジョーとのんびり仲良く過ごそうという思惑が外れ、半ば意地になって泳いでいる。殆ど個人メドレーのノリだ。
平泳ぎの時に、そうっとジョーの方を見てみた。
ジョーは、まっすぐにこちらを見ていたのでほっとしたのも束の間、彼の意識が自分に向いていない事に気付き、怒髪天を突いた。
自分の方を見ながら――別のことを考えている。
フランソワーズにはわかるのだ。
もしやさっきの女性グループに注意を向けたままでいるのかと、彼女らの方を見てみる。すると、彼女たちもなぜか――ジョーの方を気にしているようだった。
そんなつもりはなかった。
彼女には――むしろ、知らないで居て欲しかった。
こんなところまで来て「003」になれとは絶対に言いたくない。
盗撮と関係があるのかどうか。背後に組織が関与している可能性があるのかどうか。
それらを手っ取り早く知るには、彼女らに接近するのが一番だった。
傍らのパーカーを羽織ることもせず、水着姿のまま彼女たちの方へ歩を進めた。
とはいっても、危険性は全くない。
いわゆるナンパだった。
フランスの方、ですよね」
上背が高く、筋肉質で均整のとれた体をしている。そして――精悍な顔つき。
時々バレエ教室のあとにお茶をするグループに教えられた言葉だった。
彼女らの話では「ジョーくんはイケメンよね」ということだったが、フランソワーズとしては納得がゆかない。
「ジョーがイケメン?――イケメンって、そういう意味なの?」
「イケメンでしょう?ヤダ、フランソワーズったらわからないの?」
「・・・わからないわ」
それって、彼しか見てないからでしょう――と、からかわれたのだった。
未だに「ジョーがイケメン」なのかどうかはわからなかったが、いまここにいる彼らがその条件に当て嵌まっているであろうことはわかった。
が。
かといって、泳いでいるのを邪魔されたのはまた別問題だった。
「ええ。そうですわ」
が、それで怯むような輩ではなかった。
「ええ」
が、そこは、さっきまで彼がいたデッキチェアではなく――
ジョーがナンパ。
しかも、自分が一緒に居る時に。
そして、自分が一緒に居る時に他の女性を見るなんて、そんなこともあるわけがなかった。
8月21日
昨日、ピュンマとジェロニモから聞いた情報によると、ここのところホテルのプールに盗撮隊が出没しているのだという。
何度捉まえてもどこからともなく湧いてくる。もしかしたら、背後に何か巨大な組織が関与しているのかもしれない。
そういう話だった。
ジョーとしては、今更ネオブラックゴーストもないだろう・・・とは思うものの、「盗撮」などをする輩には我慢がならなかった。しかも、それらは水面下でネット上にその「作品」を掲載し、売買もしているのだという。
到底許せることではなかった。だから今回、できればそれらの情報も得ようと調査も兼ねて乗り出したのだった。
フランソワーズは、昨夜はジョー達がゲームで遊んで徹夜したと信じている。が、実はそうではなかったのだ。
もちろん、ゲームをしなかったわけではないが。
にやついているその横顔に完全に機嫌を損ねて、フランソワーズは構わず彼の耳を引っ張った。
「ジョーのえっち」
「エッチって」
「どこ見てるのよ、もう!!」
「どこ、って・・・」
ジョーはフランソワーズの後ろ姿を見送って、ウエイターに飲み物を注文するとデッキチェアに寝そべった。
大きく欠伸をする。いかにものんびりと余暇を楽しんでいるように見える。が、視線は――周囲への警戒を怠らない。
しかし、すぐにそれとわかるような行動を取るなどと、まるで素人であり、とても背後に組織が関与しているとは思えなかった。
ジョーとしては、盗撮などという行為は到底許せるものではなかったが、それは警察の仕事であって――自分は、その背後にネオブラックゴーストの気配があるのかどうかだけを調査するつもりだった。
気配がなければ、フランソワーズとゆっくり余暇を楽しむことができる。
そのつもりだった。
8月18日
「そうだね」
チェックインを済ませてからここにやって来た二人は、一歩入ってその光景にしばし見惚れた。
50メートルプールの水はあくまでも蒼く、ところどころに観葉植物と思しきオブジェが配置されている。
デッキチェアは絶妙の間隔で配置されており、隣のテーブルの会話は聞こえないようになっていた。
ゆったりとした音楽のせいか、そこはかとなくアンニュイな雰囲気が漂っている。
つられてジョーも何だか眠くなってきた。大きく欠伸をしていると、隣にいるフランソワーズに睨まれた。
「わかってるよ」
彼女のせい――ではなく、昨夜はピュンマやジェロニモとゲーム対戦をしていたからだった。
一体部屋の主はどこへ行ったのだろうと思案しているところにジェロニモが通り過ぎ、彼ならピュンマの部屋で死んでいると教えてくれたのだった。
行ってみると、確かに死んでいた。
凍りつくくらいの冷気に包まれて、ゲーム端末を手に倒れている二名の成人男性。
アルコールと食べ物の臭いが充満している部屋の戸口で仁王立ちになり、どうしたものかと一瞬考え、エアコンのスイッチをオフにした。そのままドアを閉め、待つこと30分。
汗だくになって転がるように部屋から出てきたところを捕獲したのだった。
そうしてシャワーを浴びさせ、着替えさせて、やっとの思いでここまで来た。
彼の分の荷物を詰めておいて本当に良かった。と、フランソワーズは自分で自分を褒めた。
しかし。
チェックインしてプールに来てからも、ジョーはどこかぼんやりしていていまひとつ覇気がない。
何しろ、フランソワーズの水着姿を見ても何にも反応がないのだ。
水着を買いに行った時の試着室での動揺など微塵もなく、もしかしたらその時に「水着姿のフランソワーズ」に対して、免疫を獲得してしまったのかもしれなかった。
改めて、自分の姿に目を走らせる。
淡いピンク色のセパレート。チューブトップをさらに細くしたようなトップスに、腰の脇の細い紐が解けたら簡単に脱げてしまうように見えるボトム。いずれにせよ、どちらも申し訳程度に体を覆うだけの、布地のエコに成功していた。
なのに、何にも言わないし、ちらっとも見ないってどういうことよ?
従業員、プール監視員・・・カップル、親子連れ。
海や他のプールと比べれば格段に少ない人数だったけれども、それでも警戒しチェックしておくのに越した事はない。
何しろ今日はフランソワーズを連れているのだ。しかも、こんな無防備な姿の。
肩に掛けたフランソワーズのバッグの中に、タオル類などにまぎれてレイガンを入れてあるにしても丸腰というのは不安要素だった。
けれどもジョーはリラックスするのとは程遠い気分だった。
あれっ・・・・事件??
超銀組が帰って、ギルモア邸はいつもの静けさを取り戻していた。 「ねぇジョー。お盆休みってつまり・・・クリスマス休暇みたいなものなのかしら?」 リビングのソファに仲良く並んで座り、ぼーっとテレビを観ているのだった。 「うー・・・・ん。まぁ、そんなもん・・・かな?」 適当に答えてチャンネルを変える。 「あぁ、そっか。オリンピックだったなぁ」 二人にとって「オリンピック」という言葉は特別な意味を持つ。 思わず二人、顔を見合わせる。 あの事故を通して、自分達は――相手に対する自分の気持ちに自信を持つことができたのだった。 画面はレスリング女子の決勝に切り替わった。 「・・・っ」 フランソワーズが鼻をすすった。 「フランソワーズ?」 ジョーが黙って傍らのティッシュボックスを差し出す。 「ありがとう。・・・ヘンよね。悔し泣きは泣かないのに、嬉しい涙は駄目なのよ」 ティッシュで涙を拭い、鼻をかみ―― 「・・・ごめんなさい」 そう言って、傍らのジョーを見つめると―― 彼も涙ぐんでいるのだった。 「・・・ジョー?」 慌てて目尻を拭うジョー。 「どうしたの?」 じいーっとジョーの目を見つめる。ジョーはそれを避けるように身体を引いた。 「ジョー?」 それでも納得しないフランソワーズに小さく息をついて。 「・・・フランソワーズが泣いたから」 するとフランソワーズはジョーの頬に手をあてて 「・・・一緒に泣かなくてもいいのに」 困ったひと。 でも、そんなところも好きよ。 と、小さく言った。
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「――動かないなぁ」 何度目かのため息とともにハンドルから手を離し、背もたれによりかかった。 「フランソワーズ。ちょっと見てくれないか」 そして、これまた何度目かのセリフを言う。 「ん――ちょっと待って」 これで5度目よ――とは言わず、こちらも律儀に前方を凝視するのだった。例え、彼がさっきそう言ってから数メートルしか進んでいないとしても。 「――だめ。全然、動いてないわ。さっきと同じよ」 渋滞しているのだった。 「ったく。いい気なもんだぜ。帰りは運転するって言ってたくせに」 バックミラーで後部座席の二人を苦々しく見つめる。 「――昨夜、寝てないって言ってたし。いいじゃない。眠らせてあげても」 あなたと同じ事でしょ――と思いつつもそれは声に出さず、代わりにこう言った。 「あと1キロ進んだら左折できるところがあるから、そちらに行きましょう」 超銀ジョーが背もたれに寄りかかったまま、ちらりと隣のシートの超銀フランソワーズを見つめた。 「それより、アナタこそ大丈夫?けっこう細い道を通ることになるけど」 そんなわけで、超銀フランソワーズの誘導のもと、渋滞を抜けることになったのだった。
数時間後。 一行は無事にギルモア邸に到着していた。 「・・・フランソワーズ。僕を殺す気?」 ハンドルにぐったりともたれて動かない超銀ジョー。 「アラ。そんなに大変だったかしら」 「私のナビが悪かったとでも?」 「――なにこれ」 すでに包み紙を剥がされ、口にいれるばかりになっているのだった。 「――いいよ、僕は。甘いの得意じゃないし」 じっと彼女の口元を見つめる。 「ええ。・・・ちょっと歯にくっつくけど、すぐ溶けるから大丈夫よ?」
「――ん。本当に歯にくっつくね」 嘘よ、くっついてないでしょう。だってそれは私が食べていた―― 「僕は、君からひとくち貰うのが一番効くんだ」
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そのI「おそろいA」
翌日。 「アラ。そのシャツかわいい――」 可愛いクマのイラストを胸に、超銀ジョーは新ゼロ・フランソワーズににっこりと微笑みかけた。 「――オイ。何だ、その顔は」 そんな新ゼロ・フランソワーズの胸の裡を知ってか知らずか、その彼女の後ろで大きな欠伸をしている新ゼロ・ジョーを見つけ、呆れたように口を開く超銀ジョー。 「・・・何って」 完全に目が覚めていないようで、ぼやんとしている新ゼロ・ジョー。 「・・・まだ眠くてね」 まだ半分眠っているような新ゼロ・ジョーにやれやれと息をつきかけ――目を見開いた。 「お前、ソレ・・・」 ぼんやりと目を開け、超銀ジョーの視線を追った新ゼロ・ジョーは「あ」と言って首筋をおさえた。 「何でもない何でもない」 目を細める超銀ジョー。
一方、その頃お嬢さんたちはというと、ぼんやりしている男性陣をよそに朝食つくりに余念がないのだった。 「ウチのジョーは、卵焼きさえあればいいひとなのよ」 新ゼロ・フランソワーズの首筋を指差し問う超銀フランソワーズ。 「お前たち、おそろいか?」 えっ、何が?と超銀ジョーを見つめる超銀フランソワーズをよそに、 おそろいです・・・と、新ゼロ組は小さい声で応えたのだった。
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そのH蛍・その2
超銀のふたりが川辺で蛍を見ていたので、新ゼロのふたりは手をつないで川辺を散策していた。少し上流の方へ向かって。
「――寒くない?」 「・・・キレイねぇ・・・」 淡く光る光点を見つめるフランソワーズ。その横顔を見つめ、ジョーはそっと息をついた。 ――どうやら、大丈夫みたいだ。 「ジョー?・・・どうかした?」 彼の視線に気付いてこちらを向く。 「いや。なんでもないよ」 蛍を見るのは初めてではなかった。 ――でも、自分たちはいわゆる「普通」ではない。 普通の人間だ、と。普通に生活できるんだ、と。常に憧れ、思い込みながら生きている。 フランソワーズは、しばらくの間、星を観られなかった。 今は、自分がそばにいる時だけは大丈夫なようだった。 だから、初めて観た蛍の群れは、はっきり言って――微妙、だった。 ――いや。 くすりと笑みが洩れる。 ――そうでもなかったな。困って泣いた可愛い顔を見たくて、わざと言った時もあったような気がする。 そう思い、けれども今もあまり変わってないという結論に辿り着く。 フランソワーズを困らせることをわざとする――なんてことは、しょっちゅうだった。 結局、成長してないなぁ・・・
立ち止まり、じいっと蛍を見つめているフランソワーズの腰に手を回し、自分のほうへ引き寄せた。 「ん・・・なんでもないよ」 もし、ここが星星に囲まれた遠い宇宙だったとしても。独りではない。
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そのG蛍
夕食後、近くの温泉へ行った帰り道。 「蛍。・・・見た事ないわ」 ちらり。と超銀ジョーの運転する横顔を見つめる超銀フランソワーズ。 「――それ、私じゃないわ」 瞬間、凍結する車内。 後部座席でイチャイチャしていた新ゼロのふたりも固まった。 「きみだよ」 車内が凍結しているのも全く意に介さず、にこにこしながら超銀ジョーが言う。 「嫌だなぁ。忘れちゃったのかい?」 静寂。 後部座席では、新ゼロのふたりがハラハラしながら成り行きをじっと見守っていた。 「・・・ねぇ、ジョー」 そんな新ゼロ・ジョーの膝に新ゼロ・フランソワーズがそっと手を置く。 「大丈夫かしら。あのふたり」 小さい声で言う。が、FMからはやけに陽気な洋楽が流れており、ふたりの会話が前方のふたりに聞こえる心配はなかった。 「――さぁね」 超銀ジョーが浮気したかもしれないのよ。と、ポツリと言う。 「――もしかして、アナタもしたのかも、とか考えてないだろうね?」 「ともかく、放っておけよ」 そう言うと、ジョーは自分の膝の上に置かれたフランソワーズの手を握った。 「彼はゼロゼロナインなんだからさ」
ナビシートに座っている超銀フランソワーズは、じっとフロントガラスを凝視したまま何も言わない。 そのまま数十分が過ぎた。
「・・・あ」 目の前をふうっと黄色い光点がよぎっていった。 「――蛍」 つい声を洩らし、はっと口元を押さえる超銀フランソワーズ。 「どうかした?」 にやにや笑いを浮かべながらも、前方から目を離さず超銀ジョーが問いかける。 「・・・私」 観たことあったわ――蛍。 「でも・・・」 そうしている間にも、車の周囲にはポツリポツリと小さな黄色い光点が増えていった。 「さ。着いた」 車が止まる。 降りると、そこは川の上流で――小さな光が辺りで明滅していた。
「キレイ・・・」 確かに観たことのある光景だった。が、それがいつのことだったのか思い出せない。 「――どうして」 隣に立っているひとの横顔をそうっと見てみる。 「――小さい光が」 唐突に話し始めた彼に驚く。――が、彼はこちらを見ない。 「宇宙で見た星みたいだ、って。――去年、きみが言った」 そのまま数歩進んで――川の淵にしゃがみこみ、そうっと手をひたした。 「そうして、しばらく――」 泣いて、ジョーを困らせた。――思い出した。 ドライブの帰り道だった。さっきみたいに蛍が目の前を横切って――それに誘われるかのように、蛍の草原に入っていた。 あの宇宙で、私はもうジョーには会えないのだと悟った時を・・・思い出したから。 だから――憶えていなかったのかもしれない。 「ひどいよなぁ。憶えてないなんてさ。まるで僕が他の女の子と来たみたいじゃないか」 「――ごめんなさい」 言うと、川面を見つめていたジョーが振り返った。 「・・・思い出した?」 心配そうに問う。 「――ううん」 数歩進むとそのままジョーの後ろから彼の首筋に腕を回した。 「・・・もう、悲しくなんてならないわ。――逆よ」 アナタが還ってきてくれたのがただ嬉しかったことを、思い出したから。 「もう泣いたりなんてしないわ。――悲しくないもの」 ――そう。きっとそれは、今日アナタが「離れない」と言ってくれたから・・・かもしれない。 まだ、「その時」ではない。 だから。 「ごめんなさい。――私、」 あなたが好き。――とは、言葉に出来なかった。 後悔しないように、ちゃんと。
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そのF「運命の相手は」
ゴハンが炊き上がるのを待ちながら――しゃがんでじっと火を見つめながら、新ゼロ・フランソワーズは考え込んでいた。 もしも、あの日あの時のジョーと、自分が入れ替わっていたら? 自分がジョー以外のひとを好きになる。そんな事、とても考えられない事ではあったけれど。 もし、私に他に大事なひとが出来たらジョーはどうする? もし、私が他の誰かを愛したら。 きっと、ジョーは止めない。私が彼から離れてゆくのを。 けれど。 そう思っていても、残された方はひとりになってからきっと・・・泣く。 実際、自分も泣いた。 ただ、問題は――もしも本当に他の誰かを好きになって、彼の元を去ったとしても・・・その先に幸せがあるのかどうかだった。
そこまで考えて、フランソワーズはふっと笑みをもらした。
いやだわ私・・・。それって結局、ジョーの元へ戻るんじゃない。
そうして、気付いた。 確かに、ジョーもそうだったのだと。
だからつまり、私たちの「本当の運命の相手」っていうのは、結局・・・・
小枝の折れる音がして、フランソワーズははっと顔を上げた。 「ジョー!」 いつもの通りの彼――平和で、のほほんとした表情のジョーを見て、何だか泣きたくなってしまった。 「――どうかした?」 立ち上がると、そのままジョーの胸に飛び込んだ。 「フランソワーズ?」 対するジョーは、訳がわからないものの、それでもしっかりと彼女を抱き締めた。 「・・・お魚は釣れた?」 ジョーの拗ねたような声にくすくす笑う。 「そっちは?」 ジョーが改めて腕の中のフランソワーズを見つめる。 「一体、どうしたんだい?」 何でもないわと言ってしまうのは簡単だった。 「・・・向こうのフランソワーズと、さっきまで話してたの。その・・・お互い『王女』には苦労したわよねって」 結局、ジョーには何でも話してしまうのだった。 「どうして私たちと『王子さま』じゃなかったのかしら、って。そういう話」 肩で息をしながら、ジョーはフランソワーズをしっかりと胸に抱き締めた。 そうして、改めてフランソワーズを見つめる。 「そんな事になったら、きっと009は『王子』を殺すよ?――前にも言ったと思うけど」
もしも、運命の相手ではなかったとしても。 それでも――最期のその瞬間まで、見つめ合っていられるのならそれでいい。 背を向けて去ってゆくのを見送るより。
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そのE「あなたはきっと」
「――そういえば。私、ちょっと思ったんだけど」 夕食の支度中である。 「・・・ゼロゼロナインたち、って・・・特に私たちの場合だけど・・・『王女』と知り合う機会があったじゃない?」 鍋をかき混ぜ、手元に視線を落とす超銀フランソワーズ。 「・・・辛かった、わ」 言い出したのは自分なのに、やはりその時の事を思い出すと切なく苦しくなってしまう新ゼロ・フランソワーズ。 「――それでね。私、思うんだけど」 気を取り直したように、新ゼロ・フランソワーズが明るく言う。 「どうして『王子様』というのはなかったのかしら?」 再びお互いに黙り込む。今度は、それぞれが何かを考え込んで。
***
***
――もし、サバが王子だったら。 そして もし、彼が003を見初めて「一緒にここに残って欲しい」と言ったなら。 一体、どうなっていただろう・・・?
私は彼と一緒に行っただろうか。 そして――ジョーは私を引きとめただろうか。
もしも、その星の命運がかかっていて、彼しか直系がいなくて――女性がひとりも生き残っておらず、でも子孫を残す為に必要であると言われたら。 私は、求められて完全に拒否することができただろうか。 ――私は。
いくら宇宙全体の平和のためとはいっても・・・彼を愛していない。 だってそうしたら、009に・・・ジョーに会えなくなってしまう。その日からずっと永遠に。 ジョーと会えなくなるなら、死んだのと同じ。 そう思う事はとても苦しかったけれど、心の中では、きっと彼ならそうするだろう事も確信していた。 私は・・・彼に「きみはそうするべきだ」と言われたら断れない。
もしも、私と彼が逆の立場になったら。 ジョーは止めない。 それは勝手な想像ではあったけれど、おそらく事実に違いなかった。
「ただいま」 耳元で声がして、私は驚いて飛び上がった。 「ジョー!びっくりしたわ」 傍らのクーラーボックスを指す。 「じゃあ、さっそくお魚も焼かなくちゃね」 そう言って、クーラーボックスに手を伸ばすと、ジョーに腕を掴まれた。 「――フランソワーズ?」 何だか怖い顔で、探るようにじっと見つめてくる。 「――何かあった?」 一瞬、どきんと心臓が跳ねた。 「別に、何もないわ」 私は小さく頷いた――途端、ジョーの胸に抱き締められていた。 「ジョー?」 何が? 見上げると、更にぎゅうっと抱き締められた。 「ジョー。どうしたの?」 私は何て言おうか少し考えて、しばらく彼の手が髪を撫でるのにまかせた。
「――大丈夫よ。・・・行かないわ」 「・・・ん」 腕が緩む。 「・・・行かないけど・・・」 ジョーの胸を手で押し遣る。 「もし、宇宙の平和のために遠く離れた星に来て欲しいって言われたら、アナタなら行くわよね?」 やっぱりね。 予想はしていたけれど、実際に彼の口から聞くのはまた別だった。 でも、それが彼だから――彼らしい答えといえば彼らしい答えでもあった。 悲しかったけれど、それは私の勝手な想いだから。
「――でも」 ジョーの腕が伸びて、私の腰を抱く。 「僕も一緒に残る」 心にもないことを言わないで。 「――何で信じないんだよ」 「何だよそれ」 くるりと私の向きを変え、正面から見つめる。 「さっきはそう言ってなかったじゃないか」 僕は? 「絶対に君を連れて帰る」
くす。 思わず笑っていた。 「何で笑うんだよ」 もうやめて。 「だから、何で信じないんだよ」 私にはわかる。
「――フランソワーズ。いいかい?」 私の両肩に手を置いて、真剣な瞳でじっと見つめてくる。 「そんな遠くの星がどうなろうが・・・宇宙がどうなろうが、僕にとってはどうでもいい事だ。知ったことじゃない」 俯く私の顎に手をかけて自分の方を向かせる。 「いい?僕は、宇宙がどうなろうが、その星が滅亡しようがどうでもいいんだ。そんなの、運命なんだから。 「君をどこかの誰かに渡すくらいなら、僕は――その前に君を攫って逃げる。誰を敵に回してもいい。君が一緒にいるなら」 その瞳を一瞬よぎった色に――私は気付かなかった。 「僕は、君がいないと」
――でもね。ジョー。 それでも、あなたはきっと・・・
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8月1日 〜夏休み特別企画〜
昼過ぎに着いて、さて何をしよう――と、フランソワーズ達はあれこれ考えていた。 「・・・だって、てっきり海になるかと思ってたのよ」 すると超銀フランソワーズはくすりと笑って 「ううん、別に海に行きたかったわけじゃなからいいんだけど」 「でも、どうするのかしら。まだ目的地じゃないわよね・・・?」 駐車場で話しているところへ、ふたりのジョーが戻ってきた。 「さ、行くぞ」 指差した先は―― 「・・・サーキット?!」 まだ少し遠目なのではっきりしなかったが、どうやらサーキットっぽい造りなのだった。 「ここまで来て、まだ乗り足りないの?」 「どちらのドライビングテクニックが上か相手に知らしめる」なんて――全く。子供じゃないんだから。 しかし、考えてみれば二人ともレーサーだったし、競い合いたくなるのも性(サガ)なのかもしれなかった。 「サーキットはサーキットだけどね。ちょっと違うんだなぁ」 「でも、そういう所って予約してないとダメなんじゃない?」 私たちも? 思わずフランソワーズ同士顔を見合わせる。 「ダメよ、車の運転なんて」 その超銀ジョーのひとことに、ふたりのフランソワーズは大きくため息をついた。 ・・・ああそう。どちらがうまく教えられるかも競いたいのね。 そんな会話をしつつぶらぶら歩いて着いた先は、やはりサーキット場だった。 「・・・ねぇ、ジョー。もしかして・・・間違えた?」 呆然としているふたりのフランソワーズをその場に残し、ふたりのジョーは受付するべく事務所らしき建物の方へ歩いていった。
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ミニバイクと思いきや、しっかりしたバイクだった。それもよりによって―― 「250cc?バカじゃないの、アナタたち」 ふだん乗っているならまだしも、全然乗ったことがないのに。 「バカってひどいなぁ、フランソワーズ」 「無理よ。大体、バイクに乗ったこともないのに」 「ま、そういうわけだから」 財布と携帯電話を押し付け、ふたりのジョーはスターティンググリッドに向かった。 「・・・これ、絶対、マジメな対決よね?」 やっぱり、最初から目的はココだったのではないかと思うのだった。
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結局、ふたりのフランソワーズがバイクに乗ることはなかった。 「・・・まったくもう。手加減っていうものを知らないのかしら」 後部座席に聞こえるように話すふたりのフランソワーズ。 ふたりのジョーの対決は、ゴール寸前の28周目に唐突に終わりを告げた。 ジーンズはところどころ摩擦熱で溶けていた。 けれども、その格好や事故に関して怒っていたのではなかった。ふたりのフランソワーズが突然怒ったのは、 「いい加減にしなさい!!」 ふたりのフランソワーズのユニゾンに、びっくりした瞳で固まるふたりのゼロゼロナイン。 そして今は、有無を言わせず車に乗せられケーキ屋へ向かっている。 「・・・フランソワーズ?」 そんな遣り取りを横目で見て、 取り付く島もないのだった。 ――本気で怒ってる。 ふたりのジョーは改めて事の重大さに気付いた。 氷のように冷たい声で言われる。 「ケガ人なんだから、しばらく大人しくしてなさい。――これは命令よ」 誰も知らない事だったが、サイボーグのリーダーは実は003なのだった。
そのあと、ケーキ屋で「どちらが先にフランソワーズに許してもらえるか」競争をしていたふたりのジョーは、それぞれのフランソワーズからイヤというほどほっぺをつねられるというお仕置きをされたのだった。
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7月31日 〜夏休み特別企画〜
そのC「ひとくち」
サービスエリアで休憩をとることになり、超銀組に続いて新ゼロのふたりも車を降りた。 「あ。ご当地ソフトですって。食べてみる、ジョー?」 満面の笑みでソフトクリームを買うフランソワーズにヤレヤレと息をつく。 「――何ソレ」 何となく茶色っぽいのだった。 「そば粉が入ってるんですって」 それにしても妙な色だな。と思いながら、ひとくち食べるフランソワーズを見つめた。 「――ん!甘くて美味しいっ」 笑みを浮かべ、嬉しそうに言う。 「ね、ジョーもひとくち食べる?」 そうして、もうひとくち。 「んん。美味しいっ」 ソフトクリームを差し出すと、ジョーはその腕を掴み―― 「――ん!」 あっという間の出来事だった。 「――本当だ。甘いね」 フランソワーズはかあっと頬を染めた。 「もうっ。急に何するのよっ」 悪びれず、唇をぺろりと舌でなめる。 「だっ、だからってっ・・・・」 イキナリあんなキスをしなくたって。 という彼女の訴えは言葉にならない。 「ホラ、早く食べないと溶けちゃうよ?」 「――ふぅん?」 そう言ったジョーの瞳を見て、 その瞬間、フランソワーズの腰を抱き寄せ唇を重ねた。先刻よりも長く。 「・・・もうっ・・・・ジョーのばか」 離れてからも、ジョーの胸に隠れるように埋もれたまま、瞳を潤ませフランソワーズが言った声はとても小さく、ジョーにも届いたかどうか。 「――ごちそうさま」 平然としたジョーの声が降ってきて、フランソワーズはぎゅっと目をつむった。 ジョーのばか。もう知らないっ・・・
――でも、好き。
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7月30日 〜夏休み特別企画〜
そのB「おそろい」
結局、新ゼロ・ジョーの強い希望で行き先は山になった。 新ゼロ・ジョーの愛車「ストレンジャー」では乗り入れが出来ないので、超銀ジョーのSUVに乗り込んで出発した。 「アラ、かわいい・・・それ、おそろい?」 超銀フランソワーズが後部の二人を肩越しに見つめる。 「ええ、そうなの。・・・子供っぽいでしょ・・・?」 少し恥ずかしそうに目を伏せる新ゼロ・フランソワーズ。 「ううん。うらやましいわ。私たちにはそういうのないから」 寂しそうに言って、前を向く。 「――おそろいを着たい?」 思わずジョーの横顔を見つめる。 「――おそろい」 ジョーはもう一度言うと、チラリと隣のフランソワーズを見た。 一瞬、目が合う。 「えっ・・・、ううん」 小さく首を振る。 「――いいの。無理しないで」 そう胸のなかで呟いて。 私たちには、そういうものは重荷にしかならないわ。きっと。 そんな鎖なら要らなかった。
しばし無言のまま走る車。
いくつめかのサービスエリアで休憩をとることになった。 「フランソワーズ、ちょっと」 ジョーが有無を言わせずフランソワーズの腕を掴む。 「なぁに?どうしたの」 けれども答えず、ジョーは彼女の腕を掴んだままどんどん歩いていく。 「その、・・・着替えを持って来てなかったような気がするんだ」 と、言おうとしたが、続くジョーの言葉に思わず黙る。 「だから、ここで買おうと思うんだ。・・・おそろいで」 じいっと見つめると、フランソワーズの視線を避けるように、慌てて目の前のシャツを掴んだ。 「ホラ、これなんかいいんじゃないか」 無造作に手に取ったそれは、白地に赤い字で「熊出没注意」とプリントされていた。 「・・・・・・・・・・」 絶句するジョーにくすりと笑みをもらし、フランソワーズは傍らにある胸に小さくクマのイラストが描かれているシャツを手に取った。 「こっちの方がカワイイわ」 言って、ジョーの胸にあてる。 「んー・・・・色は・・・やっぱり黒かしら」 メンズの黒を探す。 「あ、あったわ。私は・・・白にしようかしら」 レディースのMを手に取る。 「これがいいけど、ダメ?」
会計を済ませ、仲良く手を繋いで車に戻る。 「帰ったら、ちゃんとしたおそろいを作るから」 顔を上げようとしたけれど、ジョーに頭をぎゅうっと抱き締められ彼の顔を見る事はできなかった。 「――だから、後で指のサイズ教えて」 耳元で囁かれた時も、一体彼がどんな顔でソレを言ったのかわからなかった。
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7月29日 〜夏休み特別企画〜
そのA 「大体、君はちゃんと考えているのかい?海なんていったら、キミのフランソワーズだって水着姿になるわけで、他の奴らだって彼女を見ることになるんだぞ」 平然と微笑むジョーに対し、新ゼロ・ジョーは気勢を削がれて絶句した。 「僕のフランソワーズだぞ。むしろ、自慢したいくらいだ」 本当かよ・・・ 呆然としつつ、二人のフランソワーズの方を見る。 ところが、もうひとりのフランソワーズはというと、突然立ち上がり、こちらへやって来るのだった。 「ジョー?」 テーブルに手をつくと、にっこり笑んで自分のジョーを見つめた。 「いくらアナタの命令でも、私はどこへでも行くわけではありません」 がたんと椅子を倒して立ち上がる。 「行かないわ、って、そ」 がっくり肩を落とす姿を新ゼロの二人はただただ呆然と見つめるばかりだった。 「・・・キミが一緒じゃなかったら僕は・・・」 ジョーの湿った声にもまるで頓着しない様子のフランソワーズを見つめ、むしろ新ゼロ・フランソワーズの方が焦ってソファから腰を浮かせた。 もうっ。何してるのよ、フランソワーズ。ジョーが泣いちゃうじゃないっ・・・! かといって自分が彼に駆け寄るわけにもいかず(何しろ腰を浮かせただけで自分が何を考えているか察したのか、さっきから新ゼロ・ジョーがこちらを睨みつけているのだから)おろおろと二人を見つめるしかないのだった。 「もう。・・・バカね。命令だったら行かない。って言ってるだけでしょう?」 フランソワーズが腕を伸ばし、そうっとジョーの髪に触れた。 「・・・そうか。・・・そうだったね」 頷くジョーに、そうよと頷き返す。 「フランソワーズ。僕と一緒に海に行ってくれないか?・・・これは命令じゃないぞ。・・・お願い、だ」 一瞬の静寂。 「・・・命令じゃないのね?だったら・・・ええ。一緒に行くわ。アナタとならどこへでも」
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その@ 「やっぱり海だろう。夏なんだし」 ギルモア邸のリビングで、二人のジョーがテーブルで額をつき合わせて相談をしている。 「バッカだなぁ。お前、知ってるか?海っていうのは水着になるんだぞ」 バカと言われ、対する新ゼロ・ジョーは憮然としながら腕を組んだ。 「僕はそういう動機で物事を決めるのは嫌いだな」 平然と言った途端、後ろから口を塞がれた。 「もう、ジョーってば。どうしてアナタはそーゆーコトをペラペラと」 ジョーは口を塞いでいる手を掴んで引き寄せ、 ジョーはフランソワーズを引き寄せるとそっと耳元で囁いた。 「もし海に決まったら、君の水着姿を僕以外の奴も見るんだよ?そんなの、僕が耐えられると思う?」 頬を染めると、そうっとジョーの頬にキスをひとつ。 「――わかったわ。アナタの好きなようにして」 そうして彼の腕をすり抜け、少し離れた所にあるソファに向かう。 「・・・大丈夫?」 言われたフランソワーズは驚いたように瞳を丸くした。 「ヨユウなんて・・・」 そう言って、ちらりと自分のジョーを見つめた。
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7月26日
『ハリケーンジョー、ファステスト!!』 興奮したアナウンサーの声が響く。 フランソワーズは少し身を乗り出して画面を見つめ――それから、ちらりと隣にいるジョーを見つめた。
先日のドイツグランプリ。 そして。 『ああっ!!ハリケーンジョー、クラッシュ!!クラッシュですっ!!』 画面には、ばらばらになったマシンの痛々しい姿が映されていた。 『優勝争いをしているハリケーンジョーがリタイヤです!!』 フランソワーズは隣にいるジョーを気にして、――そうっと指先で彼の腕に触れた。
ドイツから帰って以来、落ち込んだ様子のジョーに他のみんなも腫れ物に触るかのように接していた。 帰国してすぐに博士によるメディカルチェックを受けた結果、どこにも異常はみあたらなかったはずだった。
「ジョー?いったい・・・」 「・・・ウン・・・」 小さくため息をついて、ジョーは背もたれにゆったりともたれかかった。 「・・・今の事故、どう思った?」 ジョーが何を言いたいのかわからない。 「それって『普通』だと思う?」 確かに、年々マシンの構造・素材は進化しており、今はどんな事故にあってもマシンが衝撃を吸収してしまうから、ドライバーがどうにかなるという事は稀なはずだった。 「――この、・・・こんなクラッシュで無事でいるドライバーなんか本当はいないんだよ」 関係者の目にも、素人目にも、彼の事故は大したものではない――ように、見えていた。 「――誰かに何か言われたの?」 少し険を含んだようなフランソワーズの声だった。 「――えっ」 ジョーの手を握り締めたフランソワーズの手が震えていた。 「・・・言われてないよ」 優しく言われ、肩の力を抜く。 「でも、だったらどうしてそんなこと・・・」 改めてジョーの顔を見つめる。 「・・・ウン・・・。ちょっと、ね。僕はこのままドライバーを続けていてもいいのかなって」 ジョーの言葉にそこにいた全員が彼を見た。 「・・・オイオイ。何言ってるんだよ」 「・・・・」 無言の答えは肯定なのか、否定なのか。 「ちょっと待ってくれよ。お前が辞めたら――」 大きく息を吸って言い放った。 「ここの維持費と生活費は誰が出すんだよ?」
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「――それは冗談で言ったんだと思うわ」 みんなが各部屋へ引き上げた後も、ジョーとフランソワーズはそのままリビングに居た。 「だって、・・・そりゃ、ジョーの収入に頼っているのは事実だけど、でも、他にも収入源はあるんだし。あなたが辞めたいって思っているなら、誰も止めないわよ?」 そうじゃなくて。 こんな――生身の体ではない自分が走っていてもいいのだろうか? 「――考えすぎよ。ジョーは」 握っていたジョーの手を解く。 「私だって、疲れない自分の身体を持て余すこともあるけれど、でも――」 バレエに対する気持ちは、自分が自分である限り揺るがない。 「・・・それだけじゃないから」
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7月24日 土用の丑の日
「お。今日はウナギの日か」 「そうよ。今日は全国的にウナギを食べる一大イベントなんだから」 ふたりの遣り取りを横目で見つつ、食事を進めるジェットとジェロニモ。 「うーん・・・あ。寝たのは昨夜じゃなくて今朝だからさ、だから昼まで寝てもそんなには」 ジェットの問いにしれっと答えそうなジョーを慌てて制するフランソワーズ。頬が赤く染まっている。 あーあ。そんなわかりやすい態度を取るから・・・というジョーの声は、もちろん胸の中。 「ああ?――お前ら、このクソ暑い中、仲良しだなぁ」 ジェロニモがごちそうさまと言いながら、話を締める。 「――もう、知らないっ。ジョーは部屋に来ないでっ」 真っ赤になって投げ捨てるように言うと、フランソワーズはそのままキッチンへ逃げ込んでしまった。 「・・・あーあ。お前、せっかくウナギ食ったのにな」 とは言いつつも、なんだか寂しいジョーなのだった。
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7月15日 噂L
「――フランソワーズ。ちょっと来て」 ギルモア邸のリビングで朝刊全紙をテーブルに並べ、ジョーはその正面に座り腕組みをしていた。 「なぁに?どうしたの」 昨日の騒動のあと、事務所の車でここまで送ってもらった二人は昨夜は早々にベッドに入り――ぐっすりと眠ったのだった。そして今朝は早くから起き出して、フランソワーズは朝食の用意をしたり庭の草木に水をやったりとくるくると楽しげに動いていた。 「ウン・・・おかしいんだよ。どこにも昨日の事が載っていない」 朝刊全紙を集めたのは、昨日の騒動への対応策を練るためだった。 「まぁ、これだけでもいいけど」 『お詫びと訂正』を指さし、フランソワーズに見せる。 「とりあえず、ヘンな誤解は訂正されたわけだし、きみの写真も載らなかったしね」 フランソワーズはジョーの手から新聞を受け取り、ページを繰った。 「・・・・」 そこには、『モナミ公国、来季より二輪レースも招致か』の見出しとともに女王と二輪レース関係者の映った写真が掲載されていた。 「なに?どうかした?」 ジョーが紙面を覗き込むが、 「なんでもないわ」 新聞を畳んでしまう。 「それより、ごはんにしましょう。――冷めちゃうわ」
どこでどう操作されたのか――は、ある程度予想ができたけれど、お互いに口にすることはなかった。
***
後日、立ち消えになっていた「ジョーのCMの話」が具体化することはまた別の話である。
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7月14日 噂K
広報担当者に促され、一歩踏み出したジョーはふと先刻まで自分がいた場所に目を遣った。 ジョーの視線を追って報道陣もそちらを見た。 「あ・・・」 決して故意ではなかったが、結果的に彼女を傷つけてしまったかもしれない事に気付き詫びを入れようと口を開いた。 「――まったく。いったい何の騒動かしらね」 珊瑚色の唇が弧を描く。 「あなたって――ここまでお膳立てしないと何もできないの?」 ぽかんとしているジョーを見つめ、女王は小さくため息をつくと立ち上がった。 「まさか私が、本当にあなたとこんな茶番をするために日本に来たなんて思ってないわよね?」 思っていた。 「いい加減にしてちょうだい。そんなに暇じゃなくてよ、私」 一歩、ジョーの方へ進む。 「あなたのチームのスポンサーになって、レースを招致したのだって――国の利益になると思えばこそ。もしあなたに集客力がなければ、とうの昔に見限ってるわ。いくらあなたの事が好きでもね。それとこれとは別なの」 「今回、日本に来たのは二輪のエンジンを作らせるのにはどこがいいかみるためよ。いずれ、二輪レースも行いたいし。イギリスであなたと会ったのは本当に偶然。ちょうど二輪のグランプリを観た後だったから――それだけ、よ」 ジョーの目の前で立ち止まる。 「それから、アナタ」 フランソワーズの肩に軽く触れる。 「私、あなたの事は大っ嫌いだけど――勇気だけはあるみたいね」 「もしあなたが来なかったら、このひとを離しはしなくてよ」 するりとジョーの腕から抜け出し、エメラルドグリーンの瞳を見つめる蒼い瞳。 「残念ね。彼は私のなの」 女王の手を自分の肩からそっと外す。 「あなたがどんなに頑張っても――彼は渡さないわ」 いっとき見つめ合う。 先に視線を外したのは女王キャサリンだった。 「あなたの事は大っ嫌いだけど――大っ嫌いだったけれど、今はそうでもないみたいだわ」 くすっと笑い合って。 「ジョー。聞いた?あなた――負けてるわよ。彼女に」 女王の言葉にジョーは微かに眉間に皺を寄せた。 「あなたもこのくらい言えていたらね――結局、彼女がいなくちゃ何にもできないなんて情けなくてよ」 ジョーが何か言おうとするのを、フランソワーズがその腕をぎゅっと握って止めた。 「――次のレースも勝って――三連勝なさい。そのくらい、見せて頂かないとスポンサーとしても困るわ。こんなことをしている場合じゃなくてよ」 今度はフランソワーズは彼の腕を引き、何か言えと促す。 「・・・あ、はい。キャ」 一瞬、エメラルドグリーンの瞳が褐色の瞳を見つめ――そして、踵を返すと彼を後にし部屋を去っていった。
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7月13日 その2 噂J
報道陣の後方がざわ、と揺れた。 床の一点に視線を固定し、全ての質問を放棄していたジョーは、その視界に華奢なサンダルが見えて顔を上げた。 「――ふ」 椅子から立ち上がる。 フランソワーズは呼吸ひとつも乱さず、ただジョーの顔を見つめた。 「フランソワーズ!!」 椅子を蹴飛ばし、――それは後方に控えていたSPにヒットし、はからずも彼らに対する牽制になっていた――ほんの数歩で彼女の元に駆け寄ると、全く躊躇せず彼女を胸に抱き締めた。 「フランソワーズ、フランソワーズっ・・・!」 両腕でしっかり抱き締め、彼女の肩のあたりに顔を伏せてうわごとのように名を呼ぶ。 「――おいっ!これって――」 一瞬後、二人の周りに怒号が飛び交い報道陣が殺到した。 「島村さん、こちらが本命ですよね!?」 けれども、全く聞こえていない・存在していないかのように、二人は全く動かない。 と。 「・・・・」 「島村さん!彼女が熱愛報道のひとですよね!?」 「――本命?」 たった今まで穏やかな笑みを浮かべていたその顔に、一瞬のうちに険がよぎった。 「え、いや・・・本命、ですよね?」 「――そんなわけ、ないでしょう」 当然、肯定するという想定の元に放たれた質問だった。が、それはジョーの唸るような低い声により否定された。 「えっ・・・でも」 なおも食い下がろうとするインタビュアーを一瞬見つめ、――インタビュアーが黙ると、おもむろに口を開いた。 「本命なんて二度と言わないでください。僕には、本命も何もありません。彼女が全てなのですから」 フラッシュが焚かれる。 「では――フタマタというのは」 その言葉に報道陣に動揺が走る。中には、携帯電話を耳に当てどこかと連絡をとる姿も見える。 「え・・と、では、こちらが島村さんの恋人、と――」 一瞬、ジョーは目をくるりと天井に向け――既に彼女の名前は公共電波に乗せてしまっていたことを思い出した。 「名前は・・・」 少し照れたように微笑んで。 「・・・フランソワーズです」 「苗字も教えてください」 質問が矢継ぎ早に飛ぶ。 「――苗字?」 たった今、照れたように微笑んでいた彼の瞳が眼光鋭く質問を放った記者を射る。 「苗字なんて教えませんよ。もし、誌面に載せるようなことがあったら、ころ」 剣呑な言葉は寸でのところで彼女に止められた。 「だめよ。・・・そういうつもりで質問しているわけじゃないんだから」 小さく交わされる会話の間さえも、フランソワーズの顔が撮られないようにカバーする腕を外さない。 そんな中、やっと事態を知った広報担当者が到着した。
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7月13日 噂I
空港ラウンジの一角で、フランソワーズはジョーの事務所の広報担当者と向かい合ってソファに座っていた。 「――おかしいわ。もうとっくに着いているはずなのに・・・」 昨夜、ジョーから成田に来て欲しいと連絡があった。その後、彼の事務所の広報担当者から連絡が入り――いま一緒にいる彼女だ――今日、ここ成田空港にいる。 ラウンジにひとり残されたフランソワーズは、ともかく考えても仕方がないとコーヒーカップに手を伸ばし――すっかり冷めていることに気がついて、やめた。 何度目かのため息をつく。 昨夜、ジョーから電話をもらったあとは――打ち上げ会場に戻ってもどこか上の空だった。 バッグからそっとコンパクトを出し、チェックする。 やだもう。ひどい顔してる。・・・こんな顔でジョーに会うなんて、最低だわ。 傍から見れば、いつもの自分と大差ないはずだった。けれど、自分的には今日の自分はお世辞にも綺麗とは言えなかった。もちろん、最低ランクではないと思いたいが、それでもベストな自分とは大きく差がついていた。 ああもう・・・。変なトコ目聡いんだから、あのひと。絶対、「顔、ヘンだよ」って言うに決まってる。そして「酒飲んだだろ」って言うわ。ちょっと不機嫌そうに。でもね、昨日は打ち上げだったんだし、飲んでるの当たり前でしょう?大体、私が誰とお酒飲んだってジョーには関係ないと思うのよね。別に合コンしているわけじゃないんだし。・・・ちょっと待って。実は打ち上げなんて嘘で、私がどこかの誰かと合コンしてて、それでお酒飲んでるかもって思うということは・・・自分がそうだから、って事じゃない?――あらやだ。ジョーはそうしてる、ってこと?だから疑うの?・・・しんっじられない! 勝手に思考が暴走していくのは、寝不足と二日酔いのせいだと思いたかった。 「―――・・・・」 何か聞こえたような気がした。 「・・・?」 思わず、耳をすます。 けれども、「003」としての自分がもう一度試せと言っている。 フランソワーズは居住まいを正し、そうして――耳のスイッチをいれた。 「―――を、・・・・なんて言われたら、あなただって」 「!?」 周波数が合ったかのように、突然明瞭に聞こえてくる声。 「・・・でしょう、ジョー?」 ジョー? 思わずソファから立ち上がっていた。 ジョーの声?もう成田にいたの? そして。 なぜ、――彼女と話しているの? わけがわからなかった。 ジョー?――何よこれ。 しかし。 ジョーの表情は暗く、とてもそんな噂を払拭している最中とは思えないのだった。 ・・・何してるのよ。 と、ジョーが突然立ち上がり――かと思うと、すぐに押さえつけられ着席させられた。 フランソワーズは、バッグを掴むとその場所――ジョーのいる場所へ向かって駆け出していた。ふたりがいる場所は、自分が今いる所から意外と近いことは既にわかっている。 「・・・フランソワーズ」 駆けていても明瞭に聞き取れる彼の声。 もうっ・・・何やってるのよ、ジョー!
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7月12日 噂H
こんなはずじゃなかった。 たくさんのカメラのフラッシュを何の感動もなく浴びながら、ジョーの心は冷たくなっていった。 ・・・こんなはずじゃ・・・ 用意されていた席に着いたのは、ジョーとキャサリンだった。 「おふたりのなれそめは、やはりあの来日の時の?」 数年前の、来日の時。――その話はしたくなかった。 確かに、あの時は――いや。考えるな。もう、過ぎたことだ。 あの時の、フランソワーズの悲しげな顔がフラッシュバックする。 ――違う。――思い出すな。
――そうだろうか? 本当に、そうだろうか? それは、自分が勝手にそう思い込んでいるだけで――自分の知らないところで、今でも彼女はあの時のような顔をすることがあるのかもしれない。
自分の知らないところで。
――悲しい? 何が悲しいんだフランソワーズ。
・・・たぶん。
自信がなかった。 ――何が最強のサイボーグだ。 こんな、噂ひとつ払拭できず、ただのスポンサーでしかない女王をどうすることもできず、結果、自分が全く思ってもみない方向に進んでいる。
「・・・よね?ジョー」 もの思いに沈んでいたジョーは、エメラルドグリーンの瞳に見つめられ我に返った。 「――え。なにが」 「そういえば、島村さんは以前一般女性と熱愛報道がありましたよね?その件については」 ――ちょっと遊んでいた。 「あなたたち、・・・名誉毀損で闘う気はあるのかしら?――モナミ公国を相手に」 ――もう、たくさんだ。 立ち上がろうとする。 「・・・あら。・・・行ってもいいのよ?ちからを使って」 借りを作る気はなかった。
――フランソワーズ。 逃げられない。 いつも、突破口を知っていて、自分を導いてくれた大切な存在。それが、いない。いまここには。
――フランソワーズ。 スポンサーの意向には従わなければならない。というだけではなく。ジョーは半分、諦めていた。
「・・・フランソワーズ・・・」 僕は、どうしたらいいんだ。
知らず、小さく彼女の名を呼んでいた。
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7月11日 噂G
到着した飛行機を見つめ、驚きの声が上がったのはほんの一瞬だった。 銀色の機体。
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特別ルートを通るでもなく、堂々と一般通路を進んでゆく。 「――怖い顔。大丈夫よ、記者会見なんて。私が全部うまくやるわ」 それは、何を言い出すかわからないからだ。 思惑が外れた。 彼女の言い分は――それを頭から信じていいものかどうかは甚だ疑問ではあったが――至極当然のものであり、他意はなさそうだった。 「キャサリン女王。日本に来た目的はなんですか?」 ジョーの腕に手を添えて歩いている女王に、女性記者から質問が飛ぶ。 「このひとと仕事の話をするためです。――そうよね?ジョー」 ジョーが何か言おうと口を開いた途端、別の方向から質問が飛んだ。 「今回、一緒に日本へ来たのは何か親密な意味を感じるのですが?」 「まあ」 「それは今更言わなくてもおわかりでしょう?私とジョーは」 甘えたように見上げられた。が、ジョーはそちらを見ない。 「ジョー。・・・もう、照れ屋なんだから」
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7月10日 噂F
あと数分で成田空港に着くというのに、島村ジョーはえらく不機嫌だった。
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フランソワーズに電話をしてから数時間後。 ・・・キャシー。悪ふざけにもほどがあるぞ。 ひとこと言ってやりたい気もしたが、火に油を注ぐことにもなりかねない。 ――それですむわけがない。 いくらジョーが避けても、やはり彼女は彼のスポンサーなのである。 でもまぁ、ともかく・・・ あと数時間後にはもう成田に立っているし、そこにはフランソワーズも待っている。 本当は、フランソワーズの肩を抱いて言ってしまいたかった。けれど、自制した。
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「・・・ジョー?どうかした?気分でも悪い?」 自分の視界がエメラルドグリーンに染まる。 「・・・別に」 ふいっと顔をそむけ、ついでに身体全体もそむけてしまう。 「機嫌が悪いわね。まだ拗ねてるの?」 しょうがないひとね。という声を背に受け――ジョーはぎゅっと目を瞑った。 全く、どうしてこんなことになってしまったんだ?
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7月8日 噂E
「――あのさ。フランソワーズ」 いったん、言葉を切る。口中の唾を飲み込んで、息を整えて、そして―― 「・・・これから帰るから。だから、明日。・・・成田に来てくれないか?」 「明日?」 携帯電話の向こう側から、訝しげな声が響く。不思議そうに小首を傾げて自分を見つめている彼女の顔が思い浮かんだ。 明日が勝負だった。
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ジョーからの電話を受けたのは、公演が終わって数時間後だった。 「もしもし、ジョー?」 確か彼のレースも終わっている頃だった。 「勝ったのね?――何位だったの?」 返ってきたのは、聞き慣れた大好きなひとの声。――何度聞いても、どきどきする、甘い声。 ジョーが少し偉そうな口調で話す時は、「ほんとうに」良い結果の時だけだった。 もしかして、フランスグランプリに続いて・・・2連勝? 「か」 「――で?フランソワーズのほうはどうだったんだい?ミスしなかった?」 ジョーと同じ調子でやり返す。こういうノリがでる時のフランソワーズも、機嫌が良い証拠だった。 「ふーん。その調子ならうまく行ったんだ。――良かったな」 低く唸る声にくすりと笑ってから続ける。 「これから打ち上げなの。だから、また後で――切るわね」
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「成田?」 きょとんとした顔が容易に思い浮かぶ。その蒼い瞳を思い出しながらジョーは言葉を継いだ。 「うん。――明日、どうしても来て欲しいんだけど、だめかな」 再び、唾を飲み込んで声を整えて。 「明日が一番いいと思うんだ。その、・・・連勝したからマスコミ関係も来てるだろうし」 噂を払拭する。 そして、前回の優勝時もそうであったように、連勝した今もおそらくマスコミは待ち構えているわけで・・・ できれば国際映像も使いたかった。 だから、それも含めて、全ての噂の払拭を心に誓った。 明日の成田では――フランソワーズとの事をちゃんと、誰の目にも誤解ができないように発表するつもりだった。 とはいえ、彼女の姿を報道させるつもりは全くなく、彼女を成田に呼んだのは・・・
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7月5日 噂D
キャサリン女王、か・・・。 闇の中に一組の蒼い瞳だけが見える。が、煌いたのはほんの一瞬で、その蒼はすぐに見えなくなった。 ばかね。考えても仕方ないじゃない。 ジョーが彼女をキャシーという愛称で呼ぶことも。 ――どうしてかしらね。ジョー。 体の向きを変えて、傍らで眠っているジョーの顔を見つめる。 これって、そんなに貴重なことかしら・・・? ジョーの両目が見える。 でも、他のみんなもわからなかったのよねぇ・・・。 彼の前髪が短くなってしまった時。しばらくは他のメンバーも彼をジョーだと認識するのに手間取っていた。 私だけ。――どうして? それは、彼とこうしていることに関係があるのだろうか。あるいは、彼に抱き締められることが多いからなのだろうか。ミッション中もそうでない時も含めて。確かに、彼の腕のなかから彼の顔を見上げるときは、大抵・・・前髪に隠れているはずの瞳もちゃんと見えていた。 と、いうことは。 だったら、全然フタマタじゃないじゃない。 そう思い、なんだか馬鹿らしくなってきた。 ――そうよ。大体、変装もなんにもしていないジョーが目の前にいるのに、まるっきり気付かないのっておかしいじゃない。そんなの――ジョーのことを本当に好きなのか・・・愛してるのか、って疑うわ。だって、私は絶対にわかるもの。 甘えるように鼻を彼の肩のあたりにこすりつけ――彼の胸に寄り添った。 だって。 その声が聞こえたのか聞こえてないのか――
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7月4日 噂C
ジョーの腕に抱き締められながら、その胸に頬を寄せてフランソワーズは考えていた。 「・・・ねぇ、ジョー」 彼の胸から頬を離して顔を見上げる。 「あの」 けれども、自分の胸に湧き上がった疑惑をぶつけるには時期尚早なのかもしれず、言葉にしていいものかどうか迷った。なので、代わりにこう言った。 「・・・そろそろゴハンにしない?おなか空いちゃった」
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そもそも、かの女王と彼のツーショット写真はいつ撮られたものなのか。 夕食後、ゲストルームでストレッチをしながらフランソワーズはずうっと考え込んでいた。 ――別に、いま思い出しても平気よ。 辛かったのは事実だが、それも今は遠い昔の記憶だった。少なくとも自分にとっては。あれから数え切れないほどの事が色々と続いた。だから、それらに比べれば大した事ではなかったのだ。 まさか、彼女のなかではジョーとのあの一件が現在進行形・・・ってことは・・・ないわ、よ。ね? とはいえ、開幕戦での出来事を思えば、完全に否定しきれなかった。 「・・・わからないわ」 「何が?」 背後から声をかけられ、自分の思考にしか意識を向けていなかったフランソワーズは文字通り飛び上がった。 「ジョー!・・・もう、びっくりしたわ」 そう言って頭を掻いている。 「・・・どうしたの?」 フランソワーズの答えに、ジョーはがっくりと肩を落とした。 「・・・ダメだなぁ」 フランソワーズは彼の元へ進み、そうっと頬に手をあてた。 「なかなか予定が合わないな、って。残念ながら、その日はイギリスグランプリなんだ」 抱き締めようとする彼の腕をすり抜ける。 「ダメよ。今度もひとりで行ってちょうだい」 明日にはもう出発しなければならないジョーだった。
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7月3日 噂B
「ちょっと待った!」 瞬時にジョーは手を伸ばし、彼女の体を捉まえた。 「どうして止めるのよ」 引き摺るようにしてその場から引き離す。 「・・・ったく。いったいどうしたっていうんだ」 未だにジョーに腕を掴まれたままのフランソワーズは、頬を紅潮させ彼を睨みつけた。 「だって――ひどいじゃない!・・・訂正しないと、誤解されたままなのよ?」 ジョーはやれやれと二度目のため息をついた。 「僕は気にしてないから。フランソワーズがちゃんとわかってくれてればそれでいいんだよ」 一瞬、炎が燈ったようだった双眸が揺らぎ、怒りは鎮静化された――かのように、見えたのだが。 「イヤよ。何よ、『フタマタ野郎』って!!」
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迎えに来なくていいと言ったはずだったのに、ジョーが待っているのを見つけてフランソワーズは大層驚いたのだった。 まさか、朝からずっとこの辺にいたんじゃないでしょうね? ちらりと疑惑の目を向けるものの、ジョーは全く悪びれずにニコニコしていた。 ・・・子犬みたい。 彼に尻尾があるなら、いままさにそれは振り切れんばかりに振られていることだろう。 褐色の瞳のわんちゃん。名前はジョー。 勝手に心のなかで犬になった彼を思い描いてみる。 性格は甘えんぼ。でも、飼い主を守るためならどこだって行くの。勇敢なのよ。 思わずくすりと笑みが洩れてしまった。 「――ん、なに?どうかした?」 訳がわからなかった。が、言われるままに手を差し出してみる。 「はい。よくできましたっ」 笑顔とともに言われ、そのまま腕に巻きつかれる。 「・・・フランソワーズ?」 あ、そ・・・とジョーは軽く首を傾げつつ、それでも彼女に腕を貸したまま駅へ向かった。 駅のホームに着いて、あと5分で電車がくるねと話していた。 ひとこと言うと、あっけなくジョーの腕を解放し、先刻通り過ぎた売店前へ歩き出した。大変な早足で。 彼と彼女の姿を目にした彼らは、いままさに自分たちが噂していた当人が現れ、ただ呆然と突っ立っていた。 フランソワーズがこの会話を耳にしたのは、別に能力を使ったわけではない。
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「ひどいわ。どうしてジョーは怒らないのよ」 膨れたままのフランソワーズの手を引き、ホームに滑り込んできた電車に乗る。 「夕ごはん、何にしようか」 瞬殺だった。 「たまには張大人の中華を食べたいなぁ」 それっきり、つんと横を向いたままひとことも喋らない。 あーあ。グレートは信用がないんだなぁ・・・。 彼の脚本による舞台『雪の女王』の中のセリフを、フランソワーズは未だに根に持っているのだった。
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電車を降りて、途中でテイクアウトの惣菜を買って、ジョーのマンションに入ってからも、フランソワーズはずうっと無言だった。ジョーが顔を覗き込んでも、目を逸らせたまま合わそうとしない。そのままだったら、いくらジョーでもお手上げだったが、フランソワーズはそれでも繋いだ手はずっと離さなかったので――大丈夫かと思いきや、部屋に入ってからも、彼女の不機嫌は直らなかった。 「フランソワーズ。とりあえず、ごはんにしようよ」 上着を脱いでネクタイを緩める。 「ホラ。さっきから一体どうしたんだよ」 覗き込むジョーの視線を避けるようにして。 「だって・・・テレビや新聞で面白がってあんなふうに言われて、それを見たり読んだりしたひとがみーんなジョーの事をそう思ってるのよ。・・・そんなの、酷い」 そのまま俯いて。 「そうじゃなくて。・・・あなたが悪口を言われるのがイヤなの。何にも悪いコトしてないのに」 彼が少年期にどういう日々を送っていたのかは想像するだけで、実際に彼の口から聞いたことはなかった。 「・・・ほんとに大丈夫だから」 そういった彼の目をじっと見つめる蒼い瞳。 「・・・本当に?」 だって、泣くくせに。と思いつつ、とりあえず――笑顔を作った。ジョーが困っているのがわかったので。 「・・・ジョーは、本命とか、選ぶとかじゃないのよね?」 そのまま、ジョーの胸に寄り添った。 ――テレビも新聞も、なにもかも間違っている。ジョーはちゃんと言ってるのに。私のこと。 「告白」を受けた女の子は強いのだった。
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