「ケーキの行方」
2008.5.7−8 初出「子供部屋」
「――そうだ、ケーキ食べない?ジョー」 午後になって、家事もひと段落したフランソワーズは、ジョーの部屋にやって来てその肩に甘えるように腕を回した。 「食べるのはフランソワーズだけだろう?」 背中から彼の肩に腕を回し、彼の頬に自分の頬を摺り寄せる。 「一緒に食べようよぅ」 ジョーの言葉に、頬を膨らませながらパソコン画面を見遣る。 「ふーん。ちゃんと仕事してるんだ」 ため息をついて、背もたれに寄りかかる。 「いくら構って欲しいからってそんな濡れ衣を勝手に着せるなよ」 更にため息をつく。 「――フランソワーズ。いい加減に・・・」 回された腕を解こうと手をかけるが、それはがっちりと組まれており本気を出さないと解けないようだった。 「こら」 しぶしぶ、腕が外される。 ジョーは椅子の向きを変えて、フランソワーズを正面から見つめた。 「・・・怒らなくたっていいじゃない」 それは確かにそうだったので、フランソワーズは黙った。肯定するのも否定するのも悔しかった。 「・・・ジョーのばか」 呆れたように言う声に、一瞬詰まり―― 言い放ち、身を翻し――翻そうとして、捕まった。 「――全くもう。ばかだなぁ」 拗ねる声にくすりと笑って、彼女を自分の膝の上に抱き上げた。 「もう少しだけ待って、って言ってるだろう?待てないかい?」 黙り込んでしまう。 もちろん、全部自分のただのワガママなのはわかっていた。でも、それでも――彼に構って欲しかったのだ。 「――わかってるよ。でも、ほんとにあと少しだから」 そう――わかっていた。 「終わったら、そのあとの時間は全部、フランソワーズにあげるから」 ゲンキンにも急に元気になる彼女にやや苦笑し ひょい、とジョーの膝から降りる。 「お茶淹れて待ってるから――早くね?」 やっと仕事をさせてもらえる・・・とは思いつつも、さっきまで膝にあった重みがなくなると、それもなんだか寂しいような気持ちになるジョーだった。 コーヒーとケーキが載っているテーブルを挟んで座る二人。 ジョーの仕事が終わったのは、フランソワーズが彼の邪魔をしに行ってから約30分後だった。 嬉しそうにケーキを頬張る彼女を目を細めて見つめる。 「――おいしい?」 言うと、フォークで一口すくい、ジョーの口元に差し出す。 「食べてみて?」 そのまま素直に口を開けて、彼女の差し出すケーキを食べる。 「――本当だ。おいしいね」 彼女のお気に入りのあの店は、不定期に新作ケーキを出しているのである。 二種類のケーキを前に、笑顔のフランソワーズをテーブルごしに見つめる。 「――なぁに?そんなに見たって、もうあげないわよ?」 そんな会話も楽しかった。 平和だなぁ・・・としみじみ感じる。 「――そういえば、ずいぶん静かだけど他の連中は?」 ぷうっと頬を膨らませる。 「お昼ごはんの時だって、みんな午後はどうするのって話になったのに、ジョーだけ上の空で」 そうか、みんないないんだと小さく呟く。 「――もぅ。ゴメンって顔してないわ」 拗ねる彼女の顔を見つめ――そうっと右手を伸ばす。 「――なに?」 フランソワーズの口元に残っていたクリームを指で拭う。 「――あ。やだ」 ナプキンナプキン・・・と卓上を探すフランソワーズの腕を掴み、そのまま身体を乗り出し――
机に向かってパソコンで資料の整理をしていたジョーは、突然の闖入者に怒ることもなく大きく息をついた。
「いいじゃない、付き合ってくれたって」
「ダメ。今忙しいんだ」
なにやら難しげな英字が続いており――目が痛くなった。
「当たり前です」
「とかいって、私がいない時にエッチなサイトとか見てるんじゃないでしょーね」
「見てないよ」
「アヤシイ」
「――フランソワーズ」
「ふーんだ。濡れ衣じゃないかもしれないじゃない」
「イヤ」
「フランソワーズ」
「ヤダ」
「もうちょっとで終わるから」
俯き加減のその顔は、頬を膨らませ怒っているような――否、拗ねているのに違いなかった。
蒼い瞳にジョーを映しつつも、寂しげだった。
「だって、邪魔するから」
「私のことが邪魔なんだ」
「実際、邪魔してただろう?」
「――またそれ?」
「ばかだから、ばかって言ってるんだもん」
手首を掴まれ引き寄せられる。
「ばかじゃないもん」
「だって・・・」
何しろ、いまの時期に彼がこの家にいるのは珍しい。それでも数日後にはレースのために出発してしまうのだから。
何しろ、彼女の言う「ジョーのばか」という意味は「ジョーが好き」というのと同義なのだから。
「――ほんとっ?」
「ほんとほんと。だから、あと少しこれやらせて」
「わかったわ」
きらきらと蒼い瞳を輝かせつつ、ジョーの頬にキスをひとつ。
「ん。わかった」
「ええ。とっても!」
「――ん」
「でしょ?・・・やっぱり新作を試すのはやめられないわ」
だから、行った時にいつでも手に入るというわけではないのだった。もちろん、常時置いてある定番のケーキも好きなのだが、それとこれとは別なのだった。
両肘をついて。組んだ手の上に顎をのせて。
ただ、じっと彼女を見つめる。
「ケチだなぁ。もうひとくちくらいくれよ」
「ダメよ。この前なんか、ジョーが半分以上食べちゃったじゃないの」
「フランソワーズがどんどんくれたからだろう?」
「だって、ジョーが欲しそうだったんだもん」
空は晴れていて、リビングの窓からは蒼い空と蒼い海が見える。庭には洗濯物がはためいていて。開け放した窓からは潮風がふんわりとカーテンを揺らしていて。
こういう日々が続くなら、自分たちの身体のことなどいつか忘れてしまいそうだった。
「みんな出掛けたわよ」
「へぇ・・・そう。全然、気付かなかったな」
「だって、ジョーってば何にも聞こえてなかったじゃない。さっきまで」
「ゴメンゴメン。資料整理の事が頭にあってね」
「ホラ。クリームがついてる」
このあとの展開は「オトナ部屋」@ということで・・・