93小話 「子供部屋」からこぼれた小話です。
「ガラスの靴」
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 「あら、わざと落としたのに決まってるじゃない。知らないの?」 「シンデレラ」のガラスの靴。 「男のひとって単純ね」 僕ひとりの評価だろ?男を代表したつもりはないんだけど。 「どうして、って、だってそうすれば王子様が探してくれるじゃない」 うーん。確かにそうだけどさ。 「ロマンチックよねぇ。靴を持って探しに来てくれる、なんて」 確かに。 「いったい、どんな話をしたのかしらね?ダンスの時にお互い惹かれあった、っていうわけでしょう?」 まあ、そうなるわけだけど。 「男のひとに追わせる、なんて高等テクニックを持っているなんてシンデレラもやるわねえ」 もたれていた僕の胸から身体を起こすと、頬を膨らませたまま肩越しにこちらを睨む。 「もう、ジョーったら。私はあなたに追い掛けてもらったことなんてないもの」 そうだっけ? 「・・・それはきみが逃げないから」 僕に追いかける余地を残してくれないきみが悪い。 「だって、逃げたらあなた泣いちゃうじゃない」 ・・・それは、あまり指摘して欲しくない事実だったので、僕は黙って背中から彼女の肩に顎を載せた。 「ジョー。重い」 フランソワーズは鬱陶しそうに肩を揺するけど、僕はそのまま彼女の肩にもたれてしまう。 「もうっ。だったら、逃げてみましょうか?本当に追ってくれるのかしら」 のろのろと言う僕に、疑わしそうな視線を向けてフランソワーズは続ける。 「じゃあ、今から逃げるわよ?」 そう言うわりにフランソワーズは動かない。 「・・・逃げないの」 フランソワーズの腰に両腕を回し、背中から腕の中に捕らえて抱き締めて。 フランソワーズは訝しげに僕をじっと見つめ、しばらくしてから大きく息をついた。 「・・・もうっ。メンドクサイんだからっ!」 そのまま、ぽすんと僕の胸にもたれかかる。さっきと同じように。 「逃げないの?」 ちらり、と下から覗き込む蒼い瞳。 「最初っから私を逃がす気ないでしょう?」 はい、大正解。 
 僕は王子じゃないから、大事なものは掴んで離さないことにしてるんだ。 
 
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