93小話   「子供部屋」からこぼれた小話です。


「ガラスの靴」

 

 

「あら、わざと落としたのに決まってるじゃない。知らないの?」

「シンデレラ」のガラスの靴。
12時の鐘に慌てて帰る途中、靴が脱げてしまった・・・というくだりなのだけど。
僕が、わざと落としたなんてそんなことはないだろうと言うと、フランソワーズは呆れたように笑った。

「男のひとって単純ね」

僕ひとりの評価だろ?男を代表したつもりはないんだけど。
それより、ガラスの靴の話だ。
どうしてわざと落としたなんて決めつけるんだろう?

「どうして、って、だってそうすれば王子様が探してくれるじゃない」

うーん。確かにそうだけどさ。

「ロマンチックよねぇ。靴を持って探しに来てくれる、なんて」
「ロマンチックじゃなくて、それ、計算なんだろう?」
「それでも、一種の賭けなのよ?だって、靴を落としたって王子様が探しに来てくれなかったらそれでお終いなんだから」

確かに。

「いったい、どんな話をしたのかしらね?ダンスの時にお互い惹かれあった、っていうわけでしょう?」

まあ、そうなるわけだけど。

「男のひとに追わせる、なんて高等テクニックを持っているなんてシンデレラもやるわねえ」
「・・・フランソワーズも持ってるじゃないか」
「あら、持ってないわよ、そんなワザ」
「持ってるよ」
「持ってません」

もたれていた僕の胸から身体を起こすと、頬を膨らませたまま肩越しにこちらを睨む。
あんまり可愛いので、その頬を指でつんとつついてみる。

「もう、ジョーったら。私はあなたに追い掛けてもらったことなんてないもの」
「嘘だね」
「本当よ?いつも私が追い掛けてるじゃない」

そうだっけ?

「・・・それはきみが逃げないから」

僕に追いかける余地を残してくれないきみが悪い。

「だって、逃げたらあなた泣いちゃうじゃない」

・・・それは、あまり指摘して欲しくない事実だったので、僕は黙って背中から彼女の肩に顎を載せた。

「ジョー。重い」

フランソワーズは鬱陶しそうに肩を揺するけど、僕はそのまま彼女の肩にもたれてしまう。

「もうっ。だったら、逃げてみましょうか?本当に追ってくれるのかしら」
「追い掛けるよ、もちろん」

のろのろと言う僕に、疑わしそうな視線を向けてフランソワーズは続ける。

「じゃあ、今から逃げるわよ?」
「うん。いいよ」

そう言うわりにフランソワーズは動かない。

「・・・逃げないの」
「だって、ジョーがどいてくれないと逃げられない」
「突き飛ばして逃げればいいんじゃない」
「どうして?」
「僕はここから動かないからさ」

フランソワーズの腰に両腕を回し、背中から腕の中に捕らえて抱き締めて。
服ごしに伝わってくる彼女の体温と、甘い香りが心地よい。
このまま眠ってしまいそうだった。

フランソワーズは訝しげに僕をじっと見つめ、しばらくしてから大きく息をついた。

「・・・もうっ。メンドクサイんだからっ!」

そのまま、ぽすんと僕の胸にもたれかかる。さっきと同じように。

「逃げないの?」
「もうやめたわ」
「ふうん?」
「だって、あなた――」

ちらり、と下から覗き込む蒼い瞳。

「最初っから私を逃がす気ないでしょう?」

はい、大正解。

 

僕は王子じゃないから、大事なものは掴んで離さないことにしてるんだ。