93小話
「子供部屋」からこぼれたお話です。

「とある休日」
レース終了後のとある日です。ジョーのマンション。

 

 

「じゃーんけーん、ぽんっ」


お互いの目の前にあったのは、グーとチョキ。

「はい、ジョーの負けー」
「日本では3回勝負がルールだって言ったろ?」
「あら、2回連続して負けたんだからジョーの負けが決定でしょ?」
「・・・負け負け言うな」

すねて黙ったジョーの鼻先をつついてフランソワーズは微笑んだ。

「今のあなたはハリケーンジョーじゃないでしょ?」

ジョーはふいっと視線をそらす。
フランソワーズはジョーの頬をつつく。
ジョーは無言で彼女の手をよけるが、フランソワーズも負けていない。

「ほおら、ジョー」
「・・・うるさいな」
「いいじゃない。洗濯機のスイッチを押してくるだけよ?」
「メンドクサイ」
「だめ。たまにはやらなくちゃ」
「・・・もう、いいじゃないか。せっかくの朝が台無し」
「ちょっと行ってスイッチ入れるだけよ」
「・・・わかったよ」

ジョーはしぶしぶベッドから抜け出すと、そのままの姿で部屋をあとにした。

「ちょっとジョー!ぱんつくらい穿いてちょうだい!」

振り返ったジョーはべーと舌を出しただけだった。

「・・・んもう!メンドクサイんだから!」

フランソワーズはバスローブを巻き付けると彼のぱんつを手に追い掛けた。

 

***

 

「ねえジョー。今日の予定は?」
「予定?」

ジョーはホットケーキから顔をあげた。今日の朝食はホットケーキである。
ホイップしたクリームとハチミツが添えてある。
フランソワーズがホットケーキを焼いて、ジョーがクリームをホイップした。
ホイップついでに焼き上がったホットケーキにクリームでハートマークを描いてみせたのはどういう風の吹き回しだろう?
フランソワーズは喜ぶよりも何だか落ち着かなくなって、ジョーの横顔を見つめるばかりだった。

「別にないけど」
「お休み?」
「んー、まあそんなとこかな。何で?」
「ん・・・今日は二人でのんびりできたらいいな、って」
「ふうん。それはいいね」

にこやかに答えるジョー。しかしフランソワーズは眉間に皺を寄せた。

「何?どうかした?怖い顔して」
「だって。今日のジョー、変だもの」
「どこが?」
「全部」

変といえば、実は昨夜から変だった。が、それはレースの結果に納得していないせいだと思っていた。しかし、どうやら違う種類の「変」だったようだ。

「全部?嫌だなあ、フランソワーズ。何言ってるんだい?」
「だって、いつものジョーと違うわ」
「そうかな」
「そうよ」
「・・・ふむ」

ジョーはナイフとフォークを置くと、まっすぐフランソワーズを見た。

「やっぱり君にはわかってしまうんだね」
「・・・ええ、そうよ」
「それは朝から洗濯当番になったせいかもしれない」
「あら、それは違うわ。誤魔化さないで」

ジョーは前髪をかきあげた。

「あのさぁ」

そうして額のはしっこをつきだしてフランソワーズに示した。

「夜中にこんなマーキングされたらね。僕としてはとりあえず有頂天になってもいいと思うけど?」

そう。
実は朝からずっと、ジョーは浮かれていたのだ。

「頭から君に食われるところだったからね」
「・・・それがそんなに嬉しいのって変よ」
「うん?・・・ふふっ、いいんだよ」

ジョーの額のはしっこにはフランソワーズの歯形がついていた。
なぜそこにそんな痕がついたのか?

それは二人の秘密である。

 

***

 

それは真夜中のことだった。


「いてててて」


額を何かにかじられて、ジョーは目を開けた。
飛び起きなかったのは、腕にフランソワーズを抱えて眠っていたせい。
しかし、胸元に見えるはずの金色の頭は見えず、ジョーの視界はフランソワーズの体で遮られていた。

「・・・フランソワーズ?」

今、噛みついたのはフランソワーズだろうか。
いったい、何のつもりだろう?

しかしフランソワーズは答えず、微かに笑ったようだった。
そして、噛んだ同じ場所をぺろりと舐め、ちゅっとキスをした。

「・・・?」

これは何かのプレイなのだろうかとジョーが悩み始めた時、フランソワーズが再び彼の腕のなかにおさまった。

「・・・フランソワーズ?」

小さく呼んでみた。が、フランソワーズの瞼はぴったり閉じられたままだった。

・・・寝惚けただけ?

それならそれでいいや。痛いけど。

そう納得したジョーであった。
しかし。

「ん・・・ふふっ」

眠ったままでフランソワーズが笑った。
それも、なんとも嬉しそうに。

なんなんだ?

不思議だった。
しかし。

なんだかわからないけど、これも愛情表現の一種なのだろうと理解することにした。
何より、フランソワーズが可愛かったし。
それにしても噛みつくなんて情熱的だなあ、参ったなと思いながら目を閉じた。

 

 

まさかチョコレートパフェの夢を見てたなんて言えない。

フランソワーズは本気で食べるつもりだったということを、胸の奥にしまった。