93小話
「子供部屋」からこぼれたお話です。
    「じゃーんけーん、ぽんっ」 「はい、ジョーの負けー」 すねて黙ったジョーの鼻先をつついてフランソワーズは微笑んだ。 「今のあなたはハリケーンジョーじゃないでしょ?」 ジョーはふいっと視線をそらす。 「ほおら、ジョー」 ジョーはしぶしぶベッドから抜け出すと、そのままの姿で部屋をあとにした。 「ちょっとジョー!ぱんつくらい穿いてちょうだい!」 振り返ったジョーはべーと舌を出しただけだった。 「・・・んもう!メンドクサイんだから!」 フランソワーズはバスローブを巻き付けると彼のぱんつを手に追い掛けた。   ***   「ねえジョー。今日の予定は?」 ジョーはホットケーキから顔をあげた。今日の朝食はホットケーキである。 「別にないけど」 にこやかに答えるジョー。しかしフランソワーズは眉間に皺を寄せた。 「何?どうかした?怖い顔して」 変といえば、実は昨夜から変だった。が、それはレースの結果に納得していないせいだと思っていた。しかし、どうやら違う種類の「変」だったようだ。 「全部?嫌だなあ、フランソワーズ。何言ってるんだい?」 ジョーはナイフとフォークを置くと、まっすぐフランソワーズを見た。 「やっぱり君にはわかってしまうんだね」 ジョーは前髪をかきあげた。 「あのさぁ」 そうして額のはしっこをつきだしてフランソワーズに示した。 「夜中にこんなマーキングされたらね。僕としてはとりあえず有頂天になってもいいと思うけど?」 そう。 「頭から君に食われるところだったからね」 ジョーの額のはしっこにはフランソワーズの歯形がついていた。 それは二人の秘密である。   ***   それは真夜中のことだった。 「・・・フランソワーズ?」 今、噛みついたのはフランソワーズだろうか。 しかしフランソワーズは答えず、微かに笑ったようだった。 「・・・?」 これは何かのプレイなのだろうかとジョーが悩み始めた時、フランソワーズが再び彼の腕のなかにおさまった。 「・・・フランソワーズ?」 小さく呼んでみた。が、フランソワーズの瞼はぴったり閉じられたままだった。 ・・・寝惚けただけ? それならそれでいいや。痛いけど。 そう納得したジョーであった。 「ん・・・ふふっ」 眠ったままでフランソワーズが笑った。 なんなんだ? 不思議だった。 なんだかわからないけど、これも愛情表現の一種なのだろうと理解することにした。     まさかチョコレートパフェの夢を見てたなんて言えない。 フランソワーズは本気で食べるつもりだったということを、胸の奥にしまった。  
   
       
          
   
         お互いの目の前にあったのは、グーとチョキ。
         「日本では3回勝負がルールだって言ったろ?」
         「あら、2回連続して負けたんだからジョーの負けが決定でしょ?」
         「・・・負け負け言うな」
         フランソワーズはジョーの頬をつつく。
         ジョーは無言で彼女の手をよけるが、フランソワーズも負けていない。
         「・・・うるさいな」
         「いいじゃない。洗濯機のスイッチを押してくるだけよ?」
         「メンドクサイ」
         「だめ。たまにはやらなくちゃ」
         「・・・もう、いいじゃないか。せっかくの朝が台無し」
         「ちょっと行ってスイッチ入れるだけよ」
         「・・・わかったよ」
         「予定?」
         ホイップしたクリームとハチミツが添えてある。
         フランソワーズがホットケーキを焼いて、ジョーがクリームをホイップした。
         ホイップついでに焼き上がったホットケーキにクリームでハートマークを描いてみせたのはどういう風の吹き回しだろう?
         フランソワーズは喜ぶよりも何だか落ち着かなくなって、ジョーの横顔を見つめるばかりだった。
         「お休み?」
         「んー、まあそんなとこかな。何で?」
         「ん・・・今日は二人でのんびりできたらいいな、って」
         「ふうん。それはいいね」
         「だって。今日のジョー、変だもの」
         「どこが?」
         「全部」
         「だって、いつものジョーと違うわ」
         「そうかな」
         「そうよ」
         「・・・ふむ」
         「・・・ええ、そうよ」
         「それは朝から洗濯当番になったせいかもしれない」
         「あら、それは違うわ。誤魔化さないで」
         実は朝からずっと、ジョーは浮かれていたのだ。
         「・・・それがそんなに嬉しいのって変よ」
         「うん?・・・ふふっ、いいんだよ」
         なぜそこにそんな痕がついたのか?
         「いてててて」
         額を何かにかじられて、ジョーは目を開けた。
         飛び起きなかったのは、腕にフランソワーズを抱えて眠っていたせい。
         しかし、胸元に見えるはずの金色の頭は見えず、ジョーの視界はフランソワーズの体で遮られていた。
         いったい、何のつもりだろう?
         そして、噛んだ同じ場所をぺろりと舐め、ちゅっとキスをした。
         しかし。
         それも、なんとも嬉しそうに。
         しかし。
         何より、フランソワーズが可愛かったし。
         それにしても噛みつくなんて情熱的だなあ、参ったなと思いながら目を閉じた。