「怖い話」
    ある日、フランソワーズが言った。   「ジョー。わたし、ジョー以外の男のひととキスしたわ」 「…そう」 「……そう」 「………そう」 「――そう」 「――…」 「あのさフランソワーズ」   「ん…どうしたの、ジョー」 「え?」 「し…」 フランソワーズは意味がわからないというみたいにじっと僕を見つめたあと、かなり乱暴に僕の頭をひきよせ、滅多にしない熱烈なキスをしてきた。 そしてしばらくした後僕を離し、ヨシヨシと頭を撫でた。 怖くない。 だって今のフランソワーズのキスは、僕が教えたキスだったから。 他の男の入る余地なんてないほどの。    
   
       
          
   
         まあ、するだろう。
         フランソワーズはフランス人だし、挨拶でキスなんてふつうのことだ。
         別に驚くことじゃない。文化の違いというだけだ。
         「それから、ジョー以外の男のひとと手をつないだわ」
         それだってどうということはない。
         きっと相手はおじいちゃんとか子供だろう。
         「あとね、ジョー以外の男のひとと抱き合ったわ」
         外国のひとって感情が高ぶるとふつうにするよな…ハグ。
         「あ、あと、ジョー以外の男のひとの頭を撫でたわ」
         赤ちゃんだよな?
         「それからね、ジョー以外の男のひとがホッペにちゅってしたわ」
         お兄さんかな?
         「あとね、ジョー以外の男のひとがわたしの」
         びっくりした。
         自分でも思っていたより大きな声が出て。
         そして。
         フランソワーズが抗議するように片目を開けた。
         僕の腕のなかで。
         真夜中だった。
         真っ暗だ。
         僕は唾を飲み込むと、おそるおそる訊いてみた。
         「あのさフランソワーズ。きみ、僕以外の男のひととキスしたり抱き合ったりとか」
         しない…よな?
         「怖い夢を見たのね?」
         「…うん」
         「でももう怖くないでしょう?」
         「うん」
         うん。
         夢でも夢でなくてもどうでもいい。
