「罪なミニスカート」

 

――これって、ミニスカートだよな。


ジョーの目の前には今、有り得ない光景が展開していた。

ここはギルモア邸のリビング。日曜昼間だというのにひとけが全く無い。
窓は開け放しており、緩い風がふんわりとレースのカーテンを揺らしている。
なんとも気持ちのいいのどかな午後だった。
外出先から戻ったジョーは、誰もいないリビングに足を踏み入れ――その場に釘付けになった。

有り得ない。
これはいったい何事なのだ?

みんなの共有物であるソファの上にフランソワーズが横たわっていた。
それはいい。
うたた寝なんてみんな普通にしていることだ。
別に大の字になって寝てたって大したことではない。それこそ、みんなやっている。
が――しかし。
フランソワーズがそれをしているのは大問題だった。


――おいおい……無防備にもほどがあるだろっ……


さすがに「大の字」というのは大げさにすぎるだろう。他の男性陣がしているような「大の字」には程遠いのだから。
しかし、ジョーの主観からいえばやはりそれは大問題なのだった。


――尻が見えるっ


残念ながら見えないのだが、ジョーの心は大恐慌を起こしていたから見えないものも見えてしまったようだった。
このまま放置しておくわけにはいかない。とはいえ、こんなに気持ちよく眠っているのに起こすのもかわいそうだ。
そうだ、何か上に掛けるものがあればと周囲を見回すが、きちんと片付けられたリビングにそれらしきものは見つからない。
途方に暮れて、ジョーはただ立ち尽くしていた。
そして、見るともなくフランソワーズの寝姿を見ていた。男子なので仕方がなかった。
しばし見ていたらやや落ち着いてきた。
落ち着いてみれば、なんてことはない。別に彼女は大の字になって寝ているわけではないのだ(当たり前である)。
ただ、あまりに短すぎるスカート丈ゆえ、そう見えてしまっただけのようだった。


――これってミニスカートにしては……短くないか?


ジョーが見慣れたフランソワーズのスカート丈ではなかった。初めて見る。
綺麗な膝小僧から目測で30センチは上だろう。いや、彼の手のひらふたつぶんといったところか。

手のひらふたつぶん。

ものの長さをおよそで測る時に手のひらを広げて尺をとってみることがある。
そういう場合、測る対象物の上に手のひらを這わせるようにするのだが。


……手のひらを這わせ……ばかっ、僕は何を考えているんだっ


フランソワーズの太腿に手のひらを這わせている光景を瞬時に思い浮かべ、ジョーは我と我が身を激しくなじった。


こんな無防備に眠っている女の子に僕はなんてことを考えているんだっ


やはりこの光景は目に毒だ。目の保養なんてもんじゃない。なにしろどんどんヨコシマな考えが浮かんでくる。
その考えが浮かんでは消えてくれればいいのだが、いかんせん、消えるようなシロモノではないのがまた恐ろしい。
だが、かといって、ここでこの場を離れていいものだろうか。
否、絶対に良くない。他の野郎がこの光景を目にしたら、いま自分が考えているようなヨコシマなもの以上のことを考えるに違いないのだ。
そうに決まっている。そんな恐ろしい悪の巣窟にフランソワーズを放置しておくわけにはいかない。
だがしかし、こんなに気持ちよく眠っているフランソワーズを起こすなどとても僕にはできそうにない、ああどうしたら


「……ジョー?」


それもこれもこんなスカート丈で惜しげもなく綺麗な脚を見せびらかせているフランソワーズが悪い。そうじゃなかったら僕だってこんなに悩まず
普通に起こすかどうかしているはずなんだ、うん、絶対そうに決まっている。大体フランソワーズはどうしてこんなに短いスカートなんて履いてるんだ、僕は見た事無いぞ。そうだもしかしたら


「ジョー?」


もしかしたら僕の知らない誰かと出かけるために買った新しい服なのかもしれない。くそっ、そいつはどこの誰だ。
フランソワーズの綺麗な脚を堪能するなんて考えただけで頭から火が


「ジョーったら!」


見ると、フランソワーズが体を起こしきょとんとジョーを見つめていた。

「いったいどうしちゃったの?」
「どうした、って……」

フランソワーズの脚が。と、見るともなく視線を彷徨わせると、彼女の脚は――膝上は、きれいにスカートに隠れていた。

「あれ?」
「あれ?ってなによ?」

だって脚が。

ジョーの視線を追ったフランソワーズは恥ずかしそうにスカートの裾を引っ張った。

「やあね。どこ見てるのよ」
「どこ、って……」

もちろん脚だ。でも――この丈は見た事ある。
ということは……ああそうか、寝ていたからスカートがずり上がってあんなことになってたのかなんだそうか――と、一瞬で理解した。


――なんだ。別に誰かと会うために綺麗にしてたわけじゃないんだ。


考えてみれば当たり前である。フランソワーズがジョーと親密な付き合いをするようになってかなりの年月が経っているのだから。
とはいえ、普段と違うフランソワーズ、普段よりいっそう綺麗なフランソワーズを発見するたびに不安になるのは常だった。
いつか僕の知らないひととどこかへ。
そう思ってしまうのは、自信が無いからなのか卑屈だからなのか。
そんな風に、これまたいつものように猛省しかけた時だった。


「そんな顔されたら、また好きになっちゃうからやめて」


それはこっちのセリフだった。