「王子にはならない」

 

 

人魚姫。

陸の上の人間の王子に恋し、自分の美しい声と引き替えに脚を得た姫。
初めて脚で歩いた時は、ナイフの刃の上を行くような痛みだったという。

そんなに頑張ったのに、王子は彼女の気持ちに気付かず、更には自分を助けた女性を間違え婚約した。

彼はなぜ気付かなかったのだろう?
自分が妻にしようとしている女性が、嘘つきで計算高い女だということに。

あるいは、本気で愛していたのだろうか。

元々好きだったのだろうか。

 

「そんなの、王子が馬鹿なんだろ」


世界中の童話を敵に回すような発言をしたのはジョー。
彼は「王子は馬鹿である」説を支持してやまない、アンチ王子様である。
世間の女子が、まさか自分に「王子」役を振っているなど夢にも思ってないだろう。


「もう、またそんなこと言って」
「ふん。大体だな、ただ美しい綺麗だと言って姫に惹かれるなんてどうかと思うよ。中身なんてどうでもいいみたいで俺は嫌だね」
「もう、ジョーったら!ただのお話よ?」
「しかも、どの王子だって変態じゃないか」
「いいのよ、王子様は幸せの象徴として存在しているだけなんだから」
「象徴?」
「そうよ。だから、頑張ったお姫さまがご褒美を貰うのは当然なの」
「ご褒美って・・・じゃあつまり、姫にとっても王子の人格なんてどうでもいいってこと?」
「そうよ?全ての童話はサクセスストーリーだもの」
「・・・そうかなあ・・・」
「そうよ」
「うーん・・・だけど、幸せにはならないのもあるだろ」
「人魚姫とか?」
「うん」

フランソワーズはジョーを見つめ、そうしてくすくす笑い出した。

「わかってないわねえ、ジョーは」

そうして人指し指で彼の頬をなぞる。

「幸せだったのよ。人魚姫は」
「そうかな」
「だって、そばにいられたんだもの。例え消えてしまっても、それはそれよ」
「・・・やっぱり王子は好きになれないな」
「あら、どうして?」
「気付かないなんて馬鹿だ」
「・・・もしかしたら気付いていたのかも」
「うん?」
「でも。隣の国のお姫さまと結婚するのが国のために必要なことだったのかもしれないじゃない。王子だもの。国のことだって考えなくちゃいけないし、どこの誰ともわからない娘と恋愛している場合じゃなかったのよ」
「・・・王子って窮屈だなあ。俺はやっぱり一兵士がいいな」
「じゃあ、さらってくれる?」
「んっ?」
「ジョーの中では私は王女なんでしょう?だったら・・・そんな王子さまと結婚しなければならない孤高の王女さまをさらってくれるのよね?」
「・・・うーん」
「うーんじゃないでしょ?」
「でも、所詮は身分違いだし」
「イヤよ。さらって頂戴」
「・・・王女はそんなこと言わないよ」
「私は言うの。身分違いだって関係ないわ。私は王子さまより警備兵が好きなんだもの」
「そんなことしたら、俺は間違いなく処刑されるね」
「そこはうまく逃げて」
「・・・大変だな。このお姫様を好きになったら」

ジョーはフランソワーズの頬をてのひらでそうっと包んだ。

「ちっともじっとしてないし。――でも、手間をかける価値はありそうだ」

そうしてそっとくちづけた。

お姫様と兵士のお話。
そんなのあるのだろうかと思いながら。