「ある朝の出来事」
「うわっ」 ジョーはいきなり襲われた。 「や、やめっ・・・」 やめろ、と言いたいがその唇を塞がれ声が出せない。 「頼む、やめて・・・ください」 首筋を舐められ、そのくすぐったさに身をよじる。 「ほんと、もう・・・」 こんな姿をもしもフランソワーズに見られたらどうなるか。 「ね、頼むからっ・・・」 フランソワーズが見たら。
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彼女は昨夜から、ここギルモア邸にいる。名はローズという。 「しいっ。ローズ。頼むから。ここにきみが居るのがフランソワーズにばれたらやばいんだって」 それでもローズは聞かない。執拗にジョーの頬にキスをする。 「ああもうっ、頼むからっ・・・」 そう言いかけたジョーの耳に、階段を昇ってくる足音が聞こえた。 ――この足音は、フランソワーズ。 ジョーは身体の上にいるローズを何とか降ろそうとその腰に手をかけた。 「ローズ!いい加減に・・・」 その時、ジョーの部屋のドアが開いた。
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「ジョー?そろそろ起きる時間・・・」 笑顔で入って来たフランソワーズは、ベッドの上のジョーとローズを見つめて固まった。 「あ、フランソワーズ。良かった、助けてくれ」 フランソワーズはゆっくりと部屋に入ると静かにドアを閉めた。 「・・・これはいったい、どういうこと?」 フランソワーズが入って来た時に一瞬そちらを見たものの、すぐに興味を失くしたのか、ローズはジョーの肩に顔を埋めて甘えている。 「説明してもらいましょうか、ジョー」 ジョーの胸の中で丸くなっている彼女を見つめ、フランソワーズはため息をついた。 「・・・お楽しみ中、お邪魔したようね?」 そのままくるりと向きを変えて部屋を出て行こうとするその背に、ジョーは慌てて声をかけた。 「フランソワーズ、待って」 切羽詰まったその声に、フランソワーズは振り向いた。 「・・・ローズ。そこから降りなさい。そこはあなたの場所じゃないのよ」 しかしローズは答えない。全く無視の体勢である。 「ローズ。いい加減にしないと怒るわよ」 そっと彼女の背に触れた途端、ローズはびくんと身体を起こし、ひらりとジョーの上から飛び降りた。 「フランソワーズ」 ぴしゃりと言われ、ジョーは口を結んだ。 無言の時が流れていく。 先に目を逸らせたのはローズだった。 「・・・いやあ、参ったよ」 ジョーが大きく息をついた。 「いきなり入ってくるんだもんなぁ。フランソワーズ、今朝部屋を出て行くときドアをちゃんと閉めなかっただろう?」 ベッドの端に腰掛けて、シーツの上に落ちている猫毛をつまむ。 「部屋に入れちゃダメって言ったのに」 ローズは昨夜ジェットが連れて来たシャム猫である。 「猫毛だらけよ?どうしてくれるの」 おそるおそる自分を指差してみる。 「もうっ・・・ジョーを起こすのは私の役目なのに」 ローズのお気に入りがジョーだとわかった時点で、フランソワーズとローズの間には見えない火花が散っているのだった。 「えっと・・・だったら、また寝ようか?」 どうすればフランソワーズの機嫌が直るのか、ジョーは途方に暮れた。 「もうっ・・・。私、こんなトコロに寝るのはイヤよ?」 そう聞いた瞬間、ジョーはベッドからさっと降りて、シーツを剥がし始めた。 「・・・ジョー?」 ジョーの一生懸命な横顔を見つめ、フランソワーズはくすりと笑みを洩らし――そのまま彼の背中に腕を回した。 「・・・そんなに私がいないと寂しい?」 フランソワーズはジョーの背中に頬を寄せて、嬉しそうにくすくす笑った。 「もうっ・・・ジョーはダメね。私がいないと」
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