「浮気」
浮気なんてするもんじゃないなあ。 しかし、結果は思い描いていたものとは違っていた。 いまやジョーには後悔しか残っていなかった。 ジョーは立ち上がって店を出た。 「あっ……」 まずい。 「えっ……?」 フランソワーズの顔が歪む。 「ジョー、あなた……」 フランソワーズの視線の先には、浮気相手を握りしめているジョーの手。 「あっ、これはその、」 しかし。 ジョーは突然あることに気が付いた。 「ちょっと待てよ」 そう、フランソワーズはいま、まさに店に入ろうとしていたのだ。 「フランソワーズ、きみの方こそどこに行くつもりだったんだい?」 フランソワーズの目が泳ぐ。 「それは…」 ジョーは溜め息をつくとフランソワーズに浮気相手を差し出した。 「…まぁ、試してみたら?」
ジョーは深い溜め息をついた。
ほんの出来心とはよく言ったもので、確かにそんな軽い気持ちだったのだ。
たまにはいいかな、というような。
なにもかも。
――フランソワーズは浮気したことあるのかな。
ふと、思った。
――いや、彼女に限ってそれはないだろう。
ジョーの脳裏にフランソワーズの姿が浮かびあがる。
「私は絶対に浮気なんかしないわ!」
そう言っていたのだから。
ともかく、後悔していても始まらない。
が、なんとその途端、いままさに同じ店に入ろうとしているフランソワーズと行き会ってしまった。
なにしろジョーはいま、浮気相手と一緒なのだ。
「ち、違うんだ、これはっ…」
「ひどいわ!浮気したのね!」
「し、してないよっ」
「嘘よ、だったらそれは何?」
「ひどいわ!」
「えっ…?」
「きみのほうこそ浮気するつもりだったんじゃないかい?」
「私はジョーとは違うわ!思っただけで試してないもの」
「思ったなら一緒だろ。浮気するつもりだったんだ」
「でもしてないもの!」
「浮気する気まんまんだったくせに」
「やっぱりM社のドーナツのほうがいいわ」 フランソワーズはC社のドーナツを頬張りながらしみじみと言った。 「浮気しなくてよかった」 フランソワーズはもうひとつC社のドーナツをつまんだ。 「でも、たまには浮気するのもいいかもね」 にこにこするフランソワーズにジョーはやれやれと言うとその頬をつついた。 「浮気はドーナツだけでお願いシマス」 そう言うとジョーはフランソワーズの腕を掴み引き寄せた。
「そうだろう?」
「……後悔したよ。まさかこんなに胸焼けするとは思わなかった」
「でも、美味しいのは美味しいわ」
「うん」
「あとは好みの問題ね」
「うん」
「それにしてもズルイわ、ジョー。浮気するなんて」
「ひとのこと言えないだろう?店まで来た時点で浮気と同じ」
「ジョーに会って凄くびっくりしたのよ」
「良さがわかる?」
「そんな感じ。どっちも美味しいけど」
「ジョーのほうこそ。浮気相手を食べた後だった…なんて、それこそドーナツだけにしてね」
「当たり前だ」
キスは甘いドーナツの味がした。