「同情じゃない」


ジョーは全然、わかっていない。


***


目を覚ましたら、泣きそうな顔のあなたがいた。
泣きそう・・・ううん、もう泣いていた。もちろん、涙を流してはいない。でも、泣いていた。私にはわかる。
そんな時、私はいつも彼を胸に抱き締める。私はどこにもいかないからと繰り返しながら。
そうすると、やっと彼は落ち着いて・・・眠ることができる。

そんな事が何度あっただろう?

ジョーは、独りになることをとても恐れている。怖がっている。
だから、私がいつか、彼の元を離れてどこかへ行ってしまう日がくるのが今日なのか明日なのかと心配している。いつも。
そんな日なんて永遠に来ないって何度言っても、ただ黙って微笑むだけ。
私の言葉は彼には届いていない。
いつだって、そう。

彼は産まれて間もなく親から離された。そうして、得るべき愛情も何もかもを失い、それこそ「独り」で生きてきた。
ブラックゴーストから逃げる時だって、「仲間」という存在に心を開かずひとり自分の殻に閉じこもって。
自分を取り巻く全ての事を受け容れず、拒否していた。
そうして自分を守っていた。
まるで、誰かが殻のなかに入ってきたら、自分は死んでしまうとでもいう風に・・・怯えていた。
だから、誰も近寄って来ないようにわざと乱暴な言葉を言ったり、暴力をふるったりしていた。
誰もあなたを傷つけたりなんてしないのに。
あなたの周りには、あなたを傷つける人しかいなかったの?
そう思うと悲しかった。
そうじゃないのよって言ってあげたかった。

でも、少しずつ・・・ほんの少しずつだけど、あなたは殻から出てくるようになった。
笑顔を見せる。仲間に自分から話しかける。目を逸らさない。
口数は少なかったし、滅多に笑いもしなかったけれど、でもあなたの変化が私には嬉しかった。

あれからどのくらい経っただろう?

私はきっと、最初からあなたの事が好きだったのかもしれない。
確かに最初は、ただ同情していた。可哀想な人、って。
だって、あなたの生い立ちは聞く人誰もが「可哀想に」って思うわ。・・・「思う」だけで、何にもしてあげられはしないけれど。
きっとあなたはそれを既に知っていて・・・「同情」で寄ってくる人たちを拒否はしないけれども心の奥では冷めた目で見ていた。だから、利用できるものはとことんまで利用して。
自分に近寄る人たちはみんな同じだと。自分にとっては利用するだけして後は捨ててしまっても構わない存在。いなくなってもどうでもいい。
おそらく私の事もそう思っていたのだろう。
だって、あなたは優しかったから。
それはおそらく処世術で、利用できる人には優しくして媚びる。それが透けて見えて悲しかった。
・・・その時からかしら。あなたの事が愛しくて仕方なくなったのは。
でも私はそんな自分の気持ちにずいぶん長いこと気がつかなかった。
なぜ気付かなかったのか・・・それは、サイボーグだから誰かを好きになっても仕方がない。と心の奥で思っていたのと、自分に自信がなかったのが半々だったのだろう。たぶん。
私なんかをジョーが好きになってくれるわけがない。
だから、彼に優しくされるのが辛かった。私を他の「利用できるひと」と同じようにしか見ていない彼。
なのに、信頼し始めた相手とはちゃんと本気でケンカをしていた。ジェットやアルベルトや・・・他の仲間。
彼らには優しくなんてしない。嫌なことは嫌だって、ちゃんと言う。でも私には言わない。私には優しい。
だから。
卑怯だけど、私は自分の気持ちを守るために彼を好きだと思う自分を殺した。
彼に親切にしているのは、彼が可哀想な人だからよ。と自分に言い訳をして。
だから、他の仲間は私たちが仲が良いと勝手に勘違いしていた。本当は全然違うのに。

 

***

 

決定的に変わったのは、あなたが宇宙から還ってきたとき。
燃えたあなたの身体を見て、私は・・・それでも生きていてくれればそれでいいと思った。どんな姿になっても生きていてくれたら、それでいい。と。
私のつまらないプライドも見栄も、その時に一緒に燃えた。
だから、手術が終わってリハビリと称し身体を動かし始めたあなたに、それまでのように腫れ物に触るような、もの珍しいおもちゃを手に入れたような、ただただ優しくするうわべだけの親切はやめた。
その代わり、ちゃんと怒って、だめなものはだめと言って、厳しいことも言った。

そうして、彼が回復してしばらくしてから・・・私たちは祖国に戻って行った。
彼とも連絡はとらなかった。
もう二度と会わないかもしれない。それでもいいと思った。

だけど再会した。
そして少しずつ・・・私はあなたへの気持ちを・・・おそらく、少しずつ育てていっていたのだろう。そうとは全く気付かずに。
あなたが好き。
あなたが恋しい。
そばにいたい。
そう自覚したのはいつだっただろう?憶えていない。

だけど・・・やっぱり私は最初から、あなたの事が好きだったのよ。

 

***

 

ジョーは私が何にも知らないと思っている。それこそ、無垢な女の子って思っている。世間の汚いものからは隔離されて育った純粋培養の子供時代を過ごして来たお嬢様だと思ってる。
そんな訳ないのに。
誰よりも、嫉妬や中傷の類は身をもって知っている。
ジョー?女の子だけの世界って、意外と大変なのよ。それが実力世界ならなおさら。
たくさんレッスンして、居残り練習もして、やっと抜擢された主役の座さえ、何かコネがあったんじゃないかとか、先生が私の事を特別扱いしているからとか、あれこれ。
本当に大変なんだから。陰湿で、グループになって。

だけど私はそんなものには負けなかった。
自分の守りたいものや信念があったから平気だった。自分のことくらい自分で守る。
そうやって生きてきた。

だから、私には優しくしなくても大丈夫なのに。壊れ物を扱うみたいにしなくても平気なのに。
なのにあなたは、しばらくは・・・私の事を怒ったりもしてくれなかった。何をしてもどうでもいいかのように、ただ優しくするだけ。

 

***

 

怖がらなくても、私はあなたから去らないわ。いなくならない。絶対に。
だって、私がそうしたいんだもの。離れたくないんだもの。ずっとずっと永遠にそばにいたいの。
そしてあなたを、あなたを傷つける全てのものから守りたいの。
私は意外とタフなのよ。あなたが思っているより強いの。あなたはわかっていないけれど。

あなたが私の事をどう思っているのかはわからないけれど、でも私はあなたから離れない。
あなたが私を好きじゃなくてもいいの。利用しているだけでもいいの。一時しのぎでもなんでもいいの。
私はあなたを守りたいし、守るって決めたから。
だってあなたが大好きなんだもの。もう絶対に、あなたを誰にも傷つけさせない。あなたを傷つけるひとは許さない。
もしあなたに・・・いつか大切にしたいと心から思う人が現れて一緒に行ってしまっても・・・それでもいい。
あなたが幸せに生きているなら、それでいいの。
それは同情心からでは決してない。あなたがどこかで幸せに生きていると思うだけで嬉しくなって、気持ちに温かいものが流れ込んでくるから。・・・今でもそうよ?

 

眠ってしまったジョーから腕を外そうとしたけれどできなかった。
させてくれなかった。
がっちりと抱き込まれた身体。びくとも動かない。
・・・最強のサイボーグ。ゼロゼロナンバー中、最も最先端のもので造られた身体。私の中身よりも性能がいい。臓器や骨・筋肉まで、丈夫で性能がよく軽量化も進んでいる。しなやかな金属で出来た身体。
だから、いつも狙われる。一番に標的になる。
そんな009だから、いつでもセンサーは稼動していて、一瞬の隙も作らない。
・・・はずなのに。
ねぇ、ジョー?
こんなに無防備に眠っていてもいいの?
私がもし、敵の催眠下にあって、あなたを殺すようにプログラムされていたらどうするの?
こうしている時なら、私でもあなたを簡単に殺すことができる。
首筋を刃物で切る。胸部に鋭利なものを刺して動力コントロール装置を破壊する。他にもたくさん方法がある。
私が絶対にそういうことをしない。って・・・信じてくれているの?本気で?
それとも・・・まさかとは思うけれど・・・私に殺されても構わないってそう思っているの?

いつか訊いてみようかな。
あなたは何て答えるかしら。

そうね。きっと、少し笑って・・・そして、何も言わない。

そうでしょう?
だって、あなたは私のことなんて全然わかってないもの。
私が絶対にそんなことはするわけがない。って、知らないでしょう?
どんな催眠下にあっても、どんな状況にあっても、あなたに危害を加えるようなことは絶対に、ないわ。
もうあの事故の時みたいなのはたくさん。今でも思い出すと泣けてしまう。
自分の手であなたを・・・

 

***

 

「・・・フランソワーズ?」
ジョーがうっすらと目を開ける。眠っていたんじゃないの?
「二度寝するとこだった。駄目だなぁ、ちゃんと起こしてくれなくちゃ」
「寝ちゃったのはジョーじゃない」
きつく抱かれていた腕が緩む。ちょっとだけ名残惜しい。ちょっとだけ。
大きく伸びをして起きるのかと思ったら、ジョーは改めて私の顔を覗きこんだ。
「泣いてたね?」
「泣いてないわ」
「そう?」
「そうよ」
「・・・ばかだなぁ」
そう言って、そっと額にキスをする。
「・・・あのさ。僕はね」
君のそばじゃないとぐっすり眠ることはできないんだよ?
それってどういう意味?・・・と訊こうとしたけれど私の質問はジョーの唇に消されてしまった。