エピローグ

 

 

成田空港の出国ゲートから出てきたスリーは、そこに見慣れた姿を見付け笑顔になった。


「ジョー!迎えに来てくれたの?」
「うん?…まぁ、な」
「ありがとう」
「いや…」


気まずそうな照れくさそうなナイン。満面の笑みのスリー。
喧嘩していた二人だったけれど今はその影は無い。


「楽しかった?」
「ええ、とっても!…ジョーが心配していたような危ないことなんてなんにもなかったのよ?」
「そうか。だったら良かった」
「それに、ホラ。私、どこもなんともないでしょう?」

そう言ってスリーはくるりと一回転してみせた。

ナインがそばにいない時は、彼がそばにいる時より100倍気をつけて過ごすこと。
スリーはそう心に決めていたし、実際にそれを守った。それだけは絶対に譲れない。
そして、自分で決めたことを実行できてこうして無事に帰ってきた自分を誇らしく思った。
ちょっぴり褒めて欲しいと思うくらいに。

果たしてナインは彼女の頭にてにひらを載せると、少し乱暴に撫でた。

「無事に帰ってきてエライエライ」
「ん、もうっ、髪がぐしゃぐしゃになっちゃう」
「褒めてるんだろ」
「ジョーの意地悪っ」
「フン。…待ってる身にもなってみろ」

これは小さな声で言われたのだけど。
スリーは一瞬、息を呑んだがすぐに笑顔になり、ナインの腕にそっと寄り添った。

「…ただいま」

 


 

 

「じゃあフランソワーズは一緒に日本に来るのね?」


現地集合現地解散の旅行だったから、超銀フランソワーズはひとりまっすぐフランスへ帰るはずだった。

が、気が変わった。

「ええ。せっかくの楽しい旅行ですもの、もう少しみんなと一緒にいたいわ」
「わー、やった」
「嬉しい!」

皆口々に言うのでフランソワーズも笑顔になった。
確かに、みんな日本在住なのだから滅多に会えないのだ。

「それに、考えてみればそろそろメンテナンスの時期だし」
「あら、そうなの?」
「ええ。だから、日本に行くのがちょっと早くなったと思えば」

そう言いながら、フランソワーズの視線はそっと周囲を窺っていた。が、捜す相手の姿はもちろん見えない。


――本当に全然姿を見せないのね。どうやったらそんなにうまく隠密行動が取れるのかしら。


ホテル出発時からもちろん、ここ空港までジョーの姿は全く見えない。が、どこかに居るのは確かだった。

…そのあたりは、さすが009と言うべきなのかしら。

あるいは、003たちにジョーが来ていることはばれているのかもしれない。何しろみんな千里眼なのだ。しかも009を見つける能力に至っては神の領域である。だからフランソワーズは、例えばればれであっても知らん振りをしてくれる彼女たちに心中感謝していた。

そしてそんな手間暇をかけさせるジョーに、

――本当に困ったひと。

と苦笑し、


でも…一緒にいたいって思ってしまう私のほうがきっと負けね。

 

 


 

 

「まさか、一緒に帰るなんて言わないでしょうね?」


原作フランソワーズは疑わしそうにジョーを見た。対するジョーは全く悪びれずこっくりと頷いたのだった。

「そのつもりだけど、何か都合が悪いのかい?」
「駄目に決まってるでしょう!」


帰国予定日の前日。
ホテルの一階ロビーの片隅で、フランソワーズは柳眉を逆立てていた。

「あなたがここに来ているなんて誰も知らないんだから!」
「別に知られてもいいじゃないか。別件の遺跡調査で来たんだし」
「だけど、あまりにも偶然すぎるでしょう?変な疑いを持たれるわ」

――だろうな――とジョーは思ったのだけどそれは口にしなかった。

むしろ、普段から察しのいいはずのフランソワーズがまったく疑っておらず、本当にただの偶然と思っているのが不思議だった。とはいえ、ならばなぜそんな偶然を装ってここにやってきたのかを追求されるのは辛かったから、これはこれでいいのかもしれない。

「せっかくの女子会なんだから、あなたは影も形も見せちゃだめ」
「…わかったよ」
「それに調査だって、私に合わせて切り上げることはないのよ?」
「そう?――だったらフランソワーズも残って手伝ってくれないか?」
「え?」
「そのほうが早く片付くし、きみだって気になっているんだろう?」
「そ。それは…」

そうだけど。と小さく口のなかで言うとフランソワーズは黙り込んだ。

いま彼女のなかで、自分の旅行と調査という任務がせめぎあっているのが手に取るようにわかる。
ジョーはちょっと笑うとフランソワーズの耳元に唇を近づけた。

「いいよ、きみはまっすぐ帰ってくれ。僕もすぐ帰るから」
「でも、」

そう顔を上げたフランソワーズの唇がジョーのそれと出会った。


――これで我慢するから――

 

 


 

 

帰国の日。
ホテルの前で平ゼロフランソワーズは隣にいるジョーと手を握りあったままみんなのほうを向いていた。


「一緒に帰らないの?」
「ええ」

ニッコリ笑って答える。

「私たちはもう少しゆっくりしていこうと思って。…パリにも寄りたいし」
「フランソワーズ、しばらく帰ってなかったから」

ジョーも言い添える。
もちろん、パリに寄りたいというのは本当だろう。が、誰がどう見ても、ふたりは二人っきりの時間をゆっくり過ごしたいと思っていることは明らかだった。
003たちはお互いに顔を見合わせ――そして、平ゼロフランソワーズの悩みが解決していることを確認した。今やすっかり彼女の憂いは消えている。
それは、仲良く繋いだ手を見ればわかる。

「…まぁ、ジョーが一緒なら大丈夫ね」
「そうそう。この子、強がってるけど本当はすっごく甘えんぼだから」

原作フランソワーズと超銀フランソワーズのふたりがころころと言うのに当の平ゼロフランソワーズは真っ赤になった。

「私、甘えんぼじゃないわっ」
「ええ、知ってます」

さらりと涼しげに言ったジョーに平ゼロフランソワーズはぎょっとしたように彼の顔を見た。

「え、えっ?」
「うん?何」
「だって」
「知ってるよ。――変?」

だってだってだって。いつだってあなたは余裕で、だから私はあなたより一枚上手のふりをしなくちゃいけなくて――

「余裕なんかないよ。いつだっていっぱいいっぱいさ。だって心配ばっかりさせるから」
「私、心配なんかかけたことないわ」

おねえさんだもの――

「ほーら。そういうところが」

甘えんぼ。

と、ジョーはフランソワーズの鼻をつんとつついた。

「…なんだかジョー、いつもと違うみたい」
「えっ?」

全然、子供じゃないみたい。

「――うーん。だとしたらそれはたぶん…」


きみが「おねえさん」をしなくなったからだと思うよ?

 

 


 

 

空港のロビーで003たちはおしゃべりをしていて、さてそろそろ時間だわ行きましょうかと腰を上げた。

その時。

彼女たちの視界に赤い服に黄色いマフラーをなびかせた人影が入り込んだ。

「ね、あれって――009?」
「ええっ?」
「どの?」

いっせいに色めきたった。ちょっぴり冷静だったのはスリーだった(ナインは白い防護服だから)。遠くに見えたその赤い人影は、こちらを見つけるとずんずん進んできた。
いったいどの009なのか――は、すぐにわかった。

「ジョー!?」

新ゼロフランソワーズの目が丸くなった。


何故?どうしてここにいるの?
しかも防護服姿で!


ここが国際空港でよかった。色彩豊かな人々が行き来するから、さほど目立ちはしない。
そんなところにほっとしてみるものの、疑問は消えない。
しかも汗だくなのだ。肩で息をして。そのただならぬ形相に、フランソワーズは居住まいを正した。

「ジョー、事件なの?」

表情も一瞬で引き締まった。
何しろ、009自ら003を迎えに来たのだ。事件でなくして何だというのだろう。

「…」

憔悴しきった009は答えない。フランソワーズは知らず彼の手を握り締めていた。

「ジョー、大丈夫?」

今にも倒れそうなその様子にただごとではないと緊張する。
いったいどんな大きな事件が起こっているのだろう。

他の003たちがやや遠巻きになってこちらを注視しているなか、009は口を開いた。

「…事件じゃ、ない。大丈夫だ」
「えっ?」
「…そうじゃないんだ」
「え、でも…」

だったら何故防護服姿なのか説明がつかない。いや、そもそも日本にいるはずの彼がなぜいまここにいるのかもわからない。

「…ストレンジャーを乗り捨てて、走ってきたんだ」
「ええ…?」

どこからどこへストレンジャーで来たのだろう?そしてそれはいったい何のために?

「間に合わないかと…思った」

――さっぱり意味がわからない。が、続くジョーの言葉に唖然となった。


「その……、きみを見送るのに」

 

 

  

 

 

「ねぇ、ジョー。私、どうしてあなたと一緒に歩いているのかしら」
「…」
「しかもこーんな目立つ格好しているのに」


数分後。
フランソワーズはジョーと一緒に歩いていた。彼がどこかで乗り捨てたというストレンジャー目指して。


「…別に飛行機で帰ればよかったじゃないか」
「いやよ。できるわけないでしょう。…もう。他のみんなは誰も009が来なかったのに私だけよ?恥ずかしいったらないわ」

厳密に言えば、超銀009は来ていたのだがそれは彼女は気付いていないことになっていた。

「ねぇ、どうして来たの?」
「…別に深い意味はないよ。ただたまにはストレンジャーを動かさないといけないから」
「ふうん…」

納得がいくようないかないような不思議な気分になったけれど、敢えて追求しないことにした。

何故なら。

「でも…いいわ、もう」

笑って言って、ジョーの腕に巻きついたからジョーのほうが驚いた。

「えっ?フランソワーズ?」
「いいの!」

理由なんか何でもいい。ただ、ずっと――心配もしてくれないのね、と寂しい思いをしていたから――ジョーの姿を空港で見つけた時は実は嬉しかったのだ。

でもそれは言わない。

 

帰るまでは。

 

 

 

END