原作「野暮用?」

 

スリーと一緒に買い物に出た原作フランソワーズであったが、途中で、彼女はひとりでも大丈夫と確信し自分はちょっと行きたいところがあるからと彼女と別れた。
もちろん、スリーは私も一緒に行くわ危ないしと譲らなかったけれど、そこはそれ百戦錬磨の原作フランソワーズである。
ちょっとした野暮用なの察して頂戴とウインクしてみせたところ、スリーはまあと頬を染めそれっきり追求はしてこなかった。

いったい彼女は何をどう思ったのだろうか。

ふだんはジョーと一緒に住んでいる原作フランソワーズである。
それが、異国の地で――スリーには言えない「野暮用」があるのだという。
それはジョーにも言えないことなのではないか、異国の地で羽を伸ばしアバンチュールを楽しむような何かと誤解してもおかしくはない。

そう思うとちょっとだけ気が重く、また、ちょっとだけ楽しくなった。

そう思われているのもまた一興だろう。
自分はいつでもジョーひとすじではないのだから、彼も安穏としているわけにはいかない――と誰かに思ってもらうのも新鮮である。
が、原作フランソワーズったら浮気者ねなどと思われるのも心外だったから、いま彼女に対して曖昧に使った「野暮用」は果たして正解だったのだろうか。

とはいえ、まさか本当のことを言うわけにもいかない。

実はジョーがイタリアに来ていて遺跡の調査をしているから、自分もちょっと行ってみたいの――なんて。

そんなことを言った途端、「みんなで旅行」というコンセプトは崩れ「事件」にすり替わってしまう。
そんないつものパターンはイヤだった。

だから、ちょこっとジョーの様子を見てすぐ戻る。

そういうつもりだったのだ。

今日、ジョーがどんな行動予定なのかは昨晩のメールで知っている。
律儀な彼は、彼女へ遺跡調査の予定表をメールで送ってくれていたのであった。


――これってやっぱり私に手伝って欲しいっていう意味なのかしら。


しかし、旅行を邪魔するつもりはないとはっきり言ってもいた。そう言った時の彼の瞳はまっすぐだったから、フランソワーズもそれを信じ、極力ジョーの事は考えないようにして旅行を楽しむことに決めた。

…しかし。

そうはいっても長年の習慣はなかなか抜けず、彼の助手として数々の遺跡調査をしてきた身としてはどうしても気になってしまうのだった。
今日は博物館へ行くといっていたから、自分もちょこっと覗いてみよう。そして――すぐ戻ればいい。
偶然にも彼の調査対象であるポンペイとこの地は遠くはないのだから。

 

 

 

 

 

 

派手にものが砕ける音がしてフランソワーズは振り返った。

 

 

 

 

 

 

「――おい、ちょっと待て」
「えっ?」
「そこのお前だよ。これをどうしてくれる」
「これって?」
「ビンテージワインなんだぞ、それをお前がぶつかってくるから、見ろ――割れちまったじゃないか」

指差す先には、地面に落ちて砕けたワインのボトル。その周囲には暗赤色の液体が流れていた。

「…ぶつかってませんよ」
「なに?――おい、見ただろう、そこのひと」

すぐそばにいた男性が手招きされた。

「コイツがぶつかってきたから俺はこれを落としてしまったんだ。なぁ、そうだろう?」
「ええ。私は見てました」

ビジネスマン風のスーツ姿の真面目そうな男性は大きく頷いた。

「彼が余所見してぶつかってきたのです」
「ええっ…そうだったかなぁ」

そう言われればそんな気もしてきたようで、茶色の髪の男性はぼうっと頭を掻いてみせた。

「確かに余所見はしていたけど…さて、ぶつかったんだったかなぁ」
「とぼけた奴だな。いいか、お前がぶつかってきたのはこのひとだって見てるんだ」
「いやぁ、それがぶつかった覚えはないというか、このひとが勝手に落としたんじゃないかなって思うんだけど」
「いいからさっさと弁償しろ」
「弁償?」
「ああ。このワインいくらだと思うんだ」
「知らないよ、そんなの」

驚きもせず怯えたりもせずのらりくらりと答える相手に、男が手をだそうとしたその時。


「ちょっと、何やってるのよジョー!」


第三者の声が割って入った。


「あっ、フランソワーズ!」

と、何故か第三者――女性の姿を目にした途端、慌てた。先ほどまでののんびり具合は影もない。

「これ、邦人相手によく使われる手口の詐欺でしょう。知らないの?」
「えっ、そうなのかい?」
「そうなのかいじゃないわ、全くもう」

フランソワーズが険しい顔で周囲をぐるりと見渡す。が、ジョーに因縁をつけていたさっきの男は既に消えていた。
ビジネスマン風の男の姿も見えなくなっていた。

「そんなことより!どうしてここにいるの、ジョー」
「えっ…」
「今日は博物館で調査のはずでしょう」
「え、う、うん」
「なのにどうしてここにいるの。ここで何をしてるの?」
「う、そ、それは…」
「それは?」


それは。


遺跡調査なんて嘘だからです――とは、口が裂けても言えない。


「それは…」


フランソワーズが恋しくて、イワンに日本を追い出されてしまったからだ――とも、言えない。


いや、そうでもないだろうか?


「それは?」

「それは――」

「それは?」

「それは…ちょっとした野暮用なので察して…クダサイ」