新ゼロ

 

 

 

――どうしてストレンジャーで行こうなんて思ったんだろうなぁ…俺。


ジョーは途方に暮れていた。
否、それほど暮れてもいなかったのだけど、大きな誤算に頭を抱えていた。


ちょっとびっくりさせようって思ったんだ。


イタリアの地に愛車ストレンジャーと共に忽然と姿を現したら、フランソワーズはさぞや驚くことだろう。
それをやりたくて、ストレンジャーでイタリアに向かった。

そこまでは良かった。

問題は、そこから先の話であった。
道がわからないとかそういう問題ではなくもっと基本的なもの。

つまり。

海を渡って空を飛んでほぼ直線距離を選んで進んできたというのに、考えていたより日にちが経ってしまったのだった。
自分としては、フランソワーズの前に忽然と現れて、そして数日くらいは一緒に過ごそうとそういう思惑だった。

が、しかし。

今は彼女の旅行はほぼ終わっており、もしかしたらもう帰途につこうかというそんな日になっていた。
大体、日本にいてストレンジャーを整備している時だって、既に彼女が出発して2日は経っていたのだから約一週間の旅行のうちに偶然イタリアに現れるなんて無謀もいいところに違いない。
なのになぜか可能であると思い込んだ。

そして今はまだ、イタリアには着いていない。

ジョーはいらいらと時計を見た。真夜中であった。
日付を確認すると――どのあたりが日付変更線かわからなくなっていたため、ジョーの腕時計は日本時間のままだった――2日後にフランソワーズが帰ってくる予定になっていた。と、いうことは。もしかしたら既に飛行機に乗ってしまっているかもしれない。

――だったら俺はどうしてここでこうしているんだ。

もちろん停車しているわけではなく進んでいる。が、彼女の旅行中に「忽然と姿を現す」というプランは潰えそうな予感がする。下手をするとまるっきりの行き違いである。
フランソワーズにしてみれば、帰ってみたらジョーが不在であり、いったいどこへ行ったのと問えば奴は今頃イタリアにいるさと教えられるだろう。ピュンマによって。
さてフランソワーズはどう思うだろうか。
結局こうして会わなかったのだから、いいえジョーには会わなかったわ、本当にイタリアに向かったの――と単純な疑問を持つだろう。
それに対して、イタリアに向かったのは確かだけれど間に合わなかった…なんて答えるのは真実であるだけに格好悪い。

普通に飛行機で来ればよかったかなあ。

でもそうしたら「忽然と」現れるわけにはいかなかった(今だってやれてはいないのだけど)。

 

 

***

 

 

いいのよ。私たちは普通の恋人同士だもの。


帰るための荷造りをしながらフランソワーズはそう思っていた。

他の003たちは009に会った――ような、雰囲気である。もちろん誰もそう言ってはいないが。
それでも、雰囲気で推測できてしまう。それは自分たちがいずれも003であるからなのだろうか。わからなかったけれど、でもたぶんきっとそうなのだろう。
それを、いいなぁと言うべきなのか、やあね009ったら心配性なんだからと言うべきか。それも怒ったように言うのか、あるいは笑ってしまう話なのだろうかそれもわからない。
ただ、普通かそうでないかを基準とするならば、自分以外の003たちは軒並み普通ではないの部類に入るだろう。


だってそうでしょ。彼女が旅行するからって心配で現地に来ちゃう彼氏ってどうなのよ?


過保護。とも言えるし、自分のことを信用していないとも言える。


だからジョーが来ないのは当たり前。だって彼は私のことを信じてるもの。


そこは胸を張って言うところだった。


それに、四六時中一緒にいないと相手の気持ちがわからなくなる――なんてこともないし。


余裕のあるオトナの恋人同士なんだから、と思う(ピュンマが聞いたら大笑いするだろう)。

…なのに。

ため息が出てしまうのは何故なんだろう。

 

 

***

 

 

イタリアの地に忽然と姿を現す。傍らにストレンジャーを停めて。

そして、「やあフランソワーズ」なんて言って――

 

 

――それどころじゃ、ない!

 

 

 

ジョーは走っていた。空港に向かって。