送らないでいいわ。
喧嘩中でも空港まで送っていくつもりだったナインにスリーは冷たくそう言った。
その声を聞いて、つい――本当につい、出てしまったのだ。
「送るつもりなんか最初からないよ」
言った途端に後悔した。でも遅かった。
一瞬の沈黙のあと、「そう」とだけ言って一方的に通話を切られた。
スリーの出発前夜のことだった。
***
――もう着いたかな。
何もする気がおきず、ナインは自室のベッドに寝転がっていた。
ぼうっと天井を見つめているが、その脳裏に浮かぶのはスリーのことばかりだった。
単純に心配だった。
ただそれだけのことだったのだ。
本当は、旅行くらい女の子だけで行ったって別に全く構わなかった。
ただそれが突然に告げられたのと、秘密にされていたという事実がショックだった。
だからといって、あれほど怒る必要も喧嘩する必要もなかったのに…と、今になって思う。
しかし全てはあとの祭りだった。
いま、スリーはここにはいない。
可愛く「いってきます」も言わず、ただ無言でさっさと出かけてしまった。
見送ることも許してくれなかったのだ。
だから、ナインは勝手に見送ってきた。
ちゃんとスリーが飛行機に乗るのを見送って、そうしてとぼとぼと帰宅したのだった。
こんなことをするくらいなら、さっさと謝って仲直りしてしまえばいいのだが、どうにも機会を逸してしまったというのがほんとうのところであった。
そして後は意地である。
ナインも意地っぱりなら、スリーもそれに劣らぬ意地っぱりである。
意地のつっぱりあいの果てには一体何があるのだろうか。
「――何やってんだろうな」
ため息とともに呟いてみる。
静かな部屋に自分の声だけが虚しく響き、うんざりした。
うんざりしたので寝返りを打って向きを変えてみた。
何も変わらなかった。
――泣いてないかな。
酷いことを言った。
それとも――
続けて考えた途端、あまりの恐怖に飛び起きた。
「まさか」
そんな。
でも。
打ち消すものの、いったん浮かんだ可能性は簡単には消えてくれない。
消えないどころか頭のどこかにこびりついたように離れず、しかもそれはどんどん思いを侵食してくるではないか。
「――冗談じゃないっ」
気付くと立ち上がっていた。
ぶるぶると頭を振ってみる。
でも消えない。
「…フランソワーズ」
恐怖感は大きくなってゆくばかりだった。
僕のことを嫌いになったかもしれない。
だから電話の声が冷たかった。
だから喧嘩してもそのまま旅立ってしまった。
「フランソワーズ」
そんなことないわと否定してくれる声が聞きたかった。
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