「アリスinワンダーランド」

拍手ページに連載していたお話です。

(1)プロローグ (2)小さくなったり大きくなったり (3)コーカスレース (4)芋虫と遭遇 (5)マッド・ティーパーティ

(6)とかげのビル (7)ハンプティ・ダンプティ塀の上 (8)チェシャ猫 (9)クリケット会場にて  (10)エピローグ

 

(1)プロローグ

 

「おおい、アリス!・・・ったくどこ行ったんだアイツ。アリス!」


白い耳をつけたウサギが大きな声でアリスを呼ぶ。
なにしろ、アリスが追いかけてくれなければ物語は始まらないのだ。

と、そこへのっそりと現れたアリス。
顔に「不機嫌」と書いた紙を貼ったかのような機嫌の悪さである。

「おおっ、やっと来たか。遅いぞ、ほら、追いかけろよ」

しかしアリスはむっつりと黙ったままでたちつくし、追いかけようという素振りすら見せない。

「アリスよぉ」
「・・・なんでお前を追いかけなくちゃいけないんだ」
「話がすすまねーだろ」
「僕に男を追いかける趣味はない」
「男じゃねーよ、う・さ・ぎ」
「・・・ふん」

ジョーアリスはそのまましゃがみ込むと、膝を抱えて地面を見つめた。
指で何かを書いている・・・ように見えるが定かではない。

「おいおい、ジョーよ。お前がアリスっていうのは決まったことだろう?だったらその役を全うしろ」
「・・・興味ない」
「興味ない、ってお前・・・」

ジェット兎はやれやれと天を仰いだ。白い耳がそれに合わせてぴょんと跳ねた。

「・・・ったく。おおい、イワン。やっぱ駄目だって。選手交代だ」

 

***

 

目の前を駆けてゆく真っ白いウサギ。
ふわふわの毛に包まれて、ぴょんぴょんと軽やかに駆けてゆく。

「大変、遅れちゃうわ!」

アリスは目を上げた。そうして立ち上がり、ウサギの後を追いかけた――と、思ったら。

タックル。

「捕まえたっ」
「いやん、ジョー、ウサギを捕まえたらお話が進まないでしょ!」
「捕まえたんだから僕のものだ」

初めはじたばたしていたフランソワーズ兎はジョーアリスに押さえ込まれ、その瞳にじっと見つめられ、やがて抵抗するのをやめた。

 

・・・不思議の国に行けないアリス。

 

 

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(2)小さくなったり大きくなったり

 

蒼い瞳のウサギと手を繋いで仲良くワンダーランドにやって来たアリス。
長いトンネルをゆっくり落下し、――途中、ママレードの壜に手を伸ばしたら、駄目よとウサギに手をはたかれたりしながら――更に長い長い廊下を通って、着いたのは大きな部屋だった。


「まあ!見て!ここからお庭が見えるわ。綺麗ねぇ・・・」


アリスが四辺の壁をチェックしている間に、ウサギは小さなドアを通って庭に出てしまった。

「アリスもこっちに来たら?・・・あら?」

そう言っている間にドアはあっけなく閉じてしまい、押しても引いても開かなくなってしまった。

「しょうがないわ。ジョー、じゃなかったアリス。先に行ってるわね」

そうしてフランソワーズ兎はスキップしながら行ってしまった。

「えっ、ちょっとフランソワーズ」

焦るジョーアリス。しかし、やはりドアはびくとも動かないのだった。
進退窮まった。
本来ならばこんなドア、一撃で破れるはずである。が、そのちからを使ってはいけないことになっている。アリスは舌打ちすると広間を見渡した。
すると、目の前に忽然とガラス製の小さなテーブルが出現し、その上に「私を飲んで」というラベルの貼られた小瓶があった。
本編のアリスは実に用心深く、毒と書いてないかどうかさんざん確かめるのだけど、ジョーアリスはあっさりとそれを口にしてひとくちふたくち、どんどん飲んだ。

どんどん飲んで――どんどん縮んだ。


「・・・あれ?」


今持っていた小瓶と同じくらいの背丈になっていた。
でも、これであの小さなドアを通り抜けられるかもしれない。
ジョーアリスは満面の笑みでドアに向かった。がしかし、無情にも施錠されていたのだった。

「鍵がないと・・・やはり壊すしかないよな」

ブツブツ言っていると、しびれをきらしたグレート扉がアリスの背後を指差した。

「あそこに鍵があるだろーが」
「えっ?」

振り返ると、さっきのテーブルの上に鍵もあった。

「あれを使え!まったく・・・」

ブツブツ言うグレートを残し、アリスはテーブルに向かった。
がしかし。
いまのアリスはテーブルよりも随分小さいのだった。
登ろうとしてもガラスで出来たテーブルはつるつる滑ってとても無理。
途方に暮れていると、足元に忽然と箱が現れた。開けると中身はパウンドケーキだった。

「これ、食ったらでかくなるんじゃないか?」

言いながらあっさりとパウンドケーキを口にした。
その途端、アリスは天井に頭を打ちつけ危うく首を折るところだった。

「なんだこれ」

さっきいた広間がとっても小さい空間に思えた。

「ええっと、ドア・・・・は」

あまりに小さくてアリスには見えなかった。
しかし、フランソワーズ兎はそのドアの向こうで自分を待っているのである。
ジョーアリスは途方に暮れた。
途方に暮れて、どうして自分ばっかりこんな目に遭うのだろうかと悲しくなった。

そして。

窮屈ながらもたいく座りをしてしくしくと泣き出してしまったのだった。

 

「まあ、大変!」


アリスがあまりに遅いので心配してドアの鍵穴から中を見ていたフランソワーズ兎は真っ蒼になった。

「ちょっとグレート!後生だから、ここを開けて」
「そりゃ、開けてやりたいのは山々だけどルールでな。無理なんだ」
「だって、ジョーが泣いてる!」
「・・・そうだな」

グレートは天井付近から降って来る大粒の涙を心配そうに見上げた。

「ジョー!いま行くから、泣いちゃだめよ!」
「もう泣いてるよフランソワーズ」

グレートが言うのも聞かず、フランソワーズ兎はドアの取っ手を押したり引いたり。

「んもう!開けてってば!」
「だから駄目なんだって」
「酷いわ!どうしてみんなジョーに意地悪するの!」
「意地悪じゃなくて、そういう話なんだって」
「だって・・・ジョー!その壜の中身を飲みなさい!そうしたら元通りになれるわ!」

ウサギの言葉にぎょっとしたのはグレート扉だった。

「おい、お前さん、言っちまったな」

しかし時既に遅く、ジョーアリスは傍らにあった小瓶に口をつけていた。
おそらく数滴しか残っていなかっただろう。が、アリスが縮むにはじゅうぶんだった。
そして、それはやはり唐突に起きた。
あまりに唐突で――縮んだ勢いで、アリスはたったいま飲み干した小瓶の中に嘘みたいに入ってしまった。おかげで、自分の流した涙の海で溺れるという笑い話のような状況は避けられた。
そして、どんどん流されて――グレート扉の鍵穴から外に出ていた。

「フランソワーズ!どこだい!?」

しかし、扉の外で待っているはずのフランソワーズ兎はどこにもいなかった。
辺りをよく見ると、確かにそこは先ほど見た庭などではなく、一面海であった。

いったいこれはどういうことなのか。

「・・・フランソワーズ・・・」

アリスは呆然と外を見つめ、そうしてゆっくりと腰を降ろして膝を抱えた。
虚ろな瞳。ただただどんぶらこと流れてゆくのだった。

 

 

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(3)コーカスレース

 

なんの反動なのか小瓶が転覆してしまい、ジョーアリスは海に投げ出された。
しばらく泳いだら砂浜に打ち上げられたものの、全身びしょぬれで酷く機嫌が悪かった。
だから、ドードー鳥が話しかけているのも全く耳に入らない。

そんなアリスの目の前に不思議な光景が現れた。
様々な動物が一様にずぶ濡れで震えているのだ。


「・・・なんだ、これ」


海から上がったものたちらしいが、火をおこすわけでもなく肩を寄せ合っているようだ。
あれこれ試したものの、ちっとも服が乾かないという。
それもそのはず、彼らの中心にいるのはスーパーベビーであり、ただ演説をしているだけなのだ。
アリスもその輪に加わった。


『――であるから、つまりサイボーグというのはcyberとorganismというふたつの言葉による造語であり・・・』

「ちっとも乾かねーぞ!」

野次が飛ぶ。

『君、静かにしたまえ。いま無味乾燥な話をしているのだから。どうだい、ちょっとは乾いてきたかい?』

「だから乾いてねーって言ってるだろうがっ」

無味乾燥な話・・・・。
それで乾けば乾燥機は要らないじゃないかとアリスは思った。が、黙っていた。
そこへドードー鳥がやってきてスーパーベビーを抱っこした。
ジェロニモ・ドードー鳥は高らかに宣言した。

「今からコーカスレースを行う!」

すると全員が輪になった。アリスも成り行き上参加する。

「用意、はじめ!」

ドードー鳥の合図で全員が走り出した。ぐるぐるぐるぐる。
みんな本気である。がしかし、アリスは全くやる気がなく、ちんたらちんたら走っていた。
小一時間、そうしていただろうか。

「終わり!」

唐突にレースは終わり、全員がその場にへたりこんだ。
確かに服は乾いていた。さぼっていたアリスは半乾きだった。

「おおい、レースというからには優勝者がいるんだろ!誰が優勝したんだ」

先刻から野次を飛ばしていた赤い髪のオウム・ジェットが叫ぶ。ドードー鳥はにやりと笑った。

「全員が優勝者である。そして賞品はアリスにもらってくれ」
「えっ?」

アリスがドードー鳥を見た瞬間、周りの全員がアリスに向かって殺到した。
みな口々に景品をくれと騒ぎ立てている。

「ちょっと待ってくれ。景品なんかなんにも――」

とはいえ、このままでは暴動が起きそうだった。アリスは何かないかとジーパンのポケットを探った。
すると、指に何か小さい箱が触れた。
取り出してみると、それはキャラメルの箱であった。
そういえば、ウサギと一緒に仲良くトンネルを落下している時に、ママレードの壜を持って来るのは怒られたけれど、これはいいいわ、とウサギが渡してくれたのがこのキャラメルであった。
その笑顔が脳裏にひろがり、アリスは思わず涙ぐんだ。いったい自分は何度こうして窮地を彼女に救われるのだろう?

ともかくキャラメルを配り――そしてそれは人数分ぴったりだった――アリスはみんながそれを食べている間、そうっと輪を離れることに成功した。

ともかくウサギを探さなければならない。

 

 

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(4)芋虫と遭遇

 

ウサギは近くにいるようでもあり、遠くにいるようでもあり、なかなか出会えずにいた。
アリスはともかく四方に目を走らせながら森を進み――巨大な芋虫に遭遇した。


「――なんだね、お前は」


芋虫博士がキセルを離し問うた。大きなきのこの上に鎮座しており、それよりも小さいアリスは背伸びしてやっと博士を見ることができた。

「ええとその・・・たぶんアリスだと思うんだけど、あんまりちっちゃくてわけわかんないんです」
「ちっちゃいだと!?ふん!ちっちゃくないわい!じゅうぶんである!」

芋虫博士は現在のアリスと同じ、きっかり18センチであった。

「・・・ウサギはどうした」
「はぐれました」
「何をやっとる!」
「すみません」
「違う!ウサギのほうじゃ!まったく、アリスを見失うなどワンダーランドで浮かれるにもほどがある」
「ウサギの悪口を言わないでください」
「なんじゃと。ワシに口答えするつもりか」
「いくら博士でも許しません」

睨み合う芋虫とアリス。


と、そこへ。


「遅くなっちゃった、大変大変・・・あらっ?博士?ジョー?なにやって・・・きゃっ」

ウサギがぴょんぴょんやって来たのを確認した途端、アリスは芋虫などどうでもよくなってウサギをぎゅうーっと抱き締めていた。

「どこへ行ってたんだよ、心配してたんだぞ」
「うふ、ごめんなさーい。ウサギのお仕事があれこれあったもんだから」
「ウサギの仕事?」
「ええ、色々と・・・ね?」

ともかく出会えたので、お話を進めなくてはならない。
そっぽ向いている芋虫博士にフランソワーズ兎はにっこり微笑んだ。ジョーアリスとしっかり手を繋いでいる。

「博士。アリスの背をどうにかするにはキノコでよかったんですよね?」
「・・・そうじゃ」

しぶしぶ答える芋虫博士。

「ほら、アリス」

ウサギは手を引いてアリスを前に押し出した。もちろん、仏頂面である。
そんなアリスをちらりと見て、博士はぼそりと言った。

「端と端。片方は大きく片方は小さく」
「端と端?いったい何の」
「自分で考えろ。わしゃ知らん」

ぷいっとそっぽ向いた芋虫博士。それっきりこちらをいないものとみなしたようである。
アリスは困った。困ったので――隣のウサギをじっと見た。

「わかる?」
「ええ」
「どういう意味かな」
「このキノコの端と端よ。両手をのばして届くところからひとかけずつちぎってみて」

アリスが本気を出してちぎったためにキノコは真っ二つに割れてしまった。
当然、上に乗っていた芋虫も落下する。

「お前さん、わざとやったな!!」
「フン」
「アリスったら!やーん、ごめんなさいっ博士!さ、行くわよアリス!」

眉間に皺を寄せたままのやる気のないジョーアリス。
その手を引いて駆け出すフランソワーズ兎。まだまだ先は長いのだった。

 

 

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(5)マッド・ティーパーティ

 

手を繋いで歩いているうちにアリスの機嫌はみるみるよくなった。
最後にはウサギと一緒にスキップなんぞしていた。


「待って、ジョー!じゃなくてアリス!」

ウサギの耳がぴんと立った。

「この先、何かいるわ」
「えっ?」

アリスも目を凝らすがうっそうとした森が見えるだけである。

「・・・そうかな」
「そうよ。この音・・・お茶会みたいな・・・」
「お茶会?」

アリスは口をへの字に曲げた。

「いいよ。スルーしよう」
「駄目よ、いいじゃない。お茶くらいしたって」
「僕は紅茶は好きじゃない」
「でも・・・私は喉が渇いたわ」

潤んだ蒼い瞳がじっとアリスを見つめる。
アリスは――

「行こう」

あっさりと前言撤回すると率先して森に分け入った。
そして、開けた先では確かにお茶会が開催されていたのである。

帽子屋が目聡く二人を見つけ、叫んだ。

「席はないよ!席はないよ!」
「嘘付け。こんなに空いてるじゃないか」

アリスは構わず空いている席に座った。何しろこの細長いテーブルは優に30人ほど座れるようになっているにもかかわらず、現在客は帽子屋を含めて三人しかいなかったのだから。

「お茶をどうぞ!」
「あ、どうも」

謎の中国人帽子屋は、アリスたちが席につくとさきほどの会話などなかったかのように茶をすすめた。すっかり出がらしのぬるい紅茶だった。

「もっとどうぞアル!」
「もっと、って・・・まだ飲んでないのにもっとって言うのは変だろ」
「変でいいのでアルぞ!なぜなら、ここでは誰もが変なんだからな!私も変アルし、あんさんも変態アル」
「変態?」
「あ、間違えたアルね。うっかり口が滑ったアル。それより、プレゼントをどうぞ!」
「プレゼント?別にもらういわれはないけど」
「誕生日のプレゼントアルね」
「誕生日?僕はまだ先だ。・・・フランソワーズ、君かな」
「彼女の分もあるね。誕生日ではなく非誕生日のプレゼント」
「非誕生日?」
「そうアルね。誕生日は一年に一回しかないけれど、非誕生日は364日。つまり毎日なのだ」

謎の中国人帽子屋が言うと、それに触発されたかのように一緒にテーブルについていたヤマネが「毎日が誕生日、毎日が誕生日」と半分眠りながら歌いだした。

「・・・無茶苦茶だ」

アリスはそっと席を立ち、みっつめのマフィンを口に入れたばかりのフランソワーズ兎の腕を掴んだ。

「やん。まだ食べるの」
「いいから。もう行こう」
「だってこれ美味しいのよ」
「じゃあ、幾つか持ってくればいい。とにかく僕は行くよ」
「ん・・・」

ウサギは未練がましくテーブルの上を見つめ、さっとイチゴタルトを掠めるとジョーアリスの隣に並んだ。

「はい、アリス。あーん」
「いいよ」
「駄目。半分こするの!はい、あーん」
「・・・うん」

無理遣りタルトを口に突っ込まれ、アリスはむせながら――そうっと肩越しに振り返った。すると、さきほどのヤマネがティーポットに詰められようとしているところだった。
アリスは、いったいヤマネは誰だったんだろうと思いながら進んで行った。

 

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〜幕間〜

 

「・・・誕生日か」

イチゴタルトを幸せそうにぱくつく白兎をちらりと見て、アリスは小さく呟いた。

「なあに?何か言った?」

くるんと蒼い瞳がこちらを見る。

「う、ううん、何でもないよ」

慌てたように兎の手を取るアリス。
その様子をじっと見ていた白兎はくすりと笑うと繋いだ手を大きく前後に振った。

「お誕生日はずうーっと一緒っ」
「えっ?」
「私がジョーを独り占めっ」
「え、なっ」
「なぜなら毎年そう決めてるからっ」

歌うように妙なフシをつけて続ける兎。満面の笑みで。

「でも本当は、毎日独り占めしてるからいつもと同じっ」

そうして、繋いだ手をぐるんと一回り。

「ねっ?ジョー」

ジョーアリスは無言でフランソワーズ兎を抱き締めた。

 

***

 

「・・・なあ。アリスと白兎って恋仲だったっけ?」
「違うだろ。アイツらの創作だ」
「だよな。・・・なんつーか、これ以上見せ付けられたら堪ったもんじゃねーぜ」

木の陰から様子を見ているドードー鳥と赤いトサカのオウム。その他まだ出番のきてない約二名。

「ま、いいんじゃない。フランソワーズが楽しそうだし」

彼等の基準はそこであった。

「もうすぐ誕生日だしなぁ」
「今年はどうする・・・って、コレかぁ?コレがプレゼント?」

だからジョーは仏頂面なのか??

一同は顔を見合わせた。

 


 

(6)とかげのビル

 

「あ!私、忘れ物しちゃったんだったわ!大変っ」

小さな家が見えてきて、アリスがさきほどのキノコをちょっとずつ齧って大きさを調整していると、隣のウサギがぴょんと跳ねた。

「扇と手袋!これがなくちゃ舞踏会には出られないわ!」
「舞踏会?」

そんなのあったっけ――とアリスが首を傾げている隙に、ウサギはぴょんぴょんと中に入って行ってしまった。つられてアリスもふらふらと進み・・・おそらくウサギの私室であろう場所に立っていた。
薔薇の香りが微かにする白とピンクで統一された部屋。

「ふうん。ここがフランソワーズの部屋かぁ・・・」

カワイイなあと思いながら、ふと化粧台にある箱に目が言った。鍵が開いていたのであけてみるとそこにはクッキーが入っていた。何も考えず一枚とってもぐもぐしながら、更に部屋を観察していると――急に部屋が狭くなった。
否、アリスが大きくなったのだった。

「うわっ。なんだこりゃ」
「きゃっ、家が壊れるわ!」

ちょうど外にいたのであろう、ウサギの声が聞こえてきた。

「フランソワーズ。助けてくれ」
「無理よ、ジョー。今・・・あ、そこのひと!トカゲさん!ちょっと来てくださる?」
「ああん?」
「あの、私の大事なひとが部屋につかえて出られなくなってしまったの。お願い、手を貸していただける?」
「・・・ふうん?」

アイスブルーの瞳のトカゲはにやりと嗤って「部屋につかえているアリス」を見た。

「ま、やってみるけどあまり期待しなさんな」

はしごを持って煙突から中へ入ろうとする。
が、入らない。

「ちょっと、トカゲさん!どうして入らないの!」

屋根を見上げてウサギが気を揉む。

「いや・・・確か入るとこいつに蹴られるんだったなと思い出したのさ」
「だってそういうお話よ」
「蹴られ損だ。やめた」
「ええっ、だってお話が進まないわハインリヒ」
「ふん。そこにある菓子を放ってやれば勝手にちっこくなるさ。そうだろう?」
「・・・そうだけど」
「いいから放ってやれ。意地汚いから絶対食うぞあいつ」

ウサギはするするとはしごから降りてきたトカゲのハインリヒを不満そうに見たあと、足元にある石ころのようなキャンディーをアリスに向かって投げつけた。

「アリス!これを食べると小さくなるわ!」
「ええっ、なんだって?」
「いいから食べるのよ!私を信じて!」
「わかった!」


そうして数分後。
元の大きさに戻ったアリスが首を傾げながら家から出てきた。

「アリス、元に戻ったのね。良かったわ」
「うん――僕はいったい誰なんだろう」
「何言ってるの」
「一日に小さくなったり大きくなったり忙しくてさ、本来の身長を忘れそうだ」
「まあ。大丈夫よ。私がちゃーんと覚えてるわ」

 

 

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(7)ハンプティ・ダンプティ塀の上

 

アリスと白兎が仲良く手を繋いで森を進むと――


「・・・なんだ、あれ」


忽然と塀が出現。そして、その上にはなんだかつるりとしたひと(?)が。

「ハンプティ・ダンプティよ」
「ハンプ・・・なんだって?」
「ハンプティ・ダンプティ。卵さんよ」
「卵。どうりで」
「なぞなぞが好きなの。きっと何か問題を出されるわ」
「ふーん」
「行ってみましょう」
「ええっ。いいよ別に。興味ないし」

アリスの興味は白兎であった。

「駄目よ、行かなくちゃ。お話ではそうなってるでしょ?」
「・・・メンドクサイなぁ」

全くやる気のないジョーアリス。
その手を引っ張るようにして塀の前まできたフランソワーズ兎は塀を見上げた。

「こんにちは!あら、ジェットじゃない!」
「よっ」

塀の上に座っていたのはジェット・卵さんだった。

「そこのソイツにウサギをクビにされて、こっちの役が回ってきたんだ。ま、結果的には良かったけどな」
「そうなの。アリス?どうしてジェット兎はイヤだったの?」
「俺に男の尻を追えというのか」
「尻、って・・・もー、やあね」
「俺はフランソワーズの尻しか追わない!」
「も、何言ってるのよ!」

変に威張って断言したジョーに頬を朱に染めたフランソワーズ兎。肌もうっすら染まっていくから、しばしジョーアリスは見惚れてしまった。
すっかり忘れ去られた塀の上のジェット卵さん。

「・・・おい。アリス」
「うるさいな」
「お前、フランソワーズを見てたら話が進まないだろーが」
「いいよ別に」
「いつまでたっても終わらないぞ」
「関係ないね」
「俺にいつまでもここに居ろってか?」
「――うるさいな」
「いいか?なぞなぞを出すから、お前が解くことになってるんだ。出すぞ。第1問・・・おわっ」

アリスはフランソワーズ兎の頬をつついたり、じゃれあうのを邪魔されたのが気に入らず、塀の壁に向かって右手の拳を思い切り突き入れた。
途端、激しく揺れる塀。

「おっ、お前っなにをす」
「フン」

ついでに蹴りも入れたから、ただのレンガ塀はあっけなく崩壊した。
ジェット卵さん、落下。

「きゃっ、卵がっ」

割れてしまった。
ジェット・卵さん、粉々。

「もうっ、アリスのばかっ。知らないっ」
「フン。別に構わないだろう、卵なんか」
「化けて出ても知らないわよ!?大体、卵がないとあなたの好きな卵焼きだって作れないんだから!」
「う」
「いいの!?もう作らなくても」
「いや、それは・・・困る」
「だったら卵さんに謝って!」
「ええっ。だってジェットだろ」
「お友達でしょ!」
「と、ともだ・・・ち?」
「そうよ。そのオトモダチを粉々にしてしまうなんていけないことだわ。ちゃんと謝って元通りに」
「フランソワーズ。いくら何でも元通りにするのは無理だよ。兵隊が何人いたって助けられない、って歌があっただろ?」
「・・・そうだけど。でも、加速して受け止めるとか、色々方法はあったはずよ」
「加速装置は使っちゃいけないんでした。残念だったね」
「んもう!どうして嬉しそうに言うのよ」
「怒ってるのもカワイイから」
「えっ・・・ヤダ、ジョーったら」
「ふふ」
「ふふっ」

落ちて割れた卵さんの残骸を前に、いつの間にかいちゃいちゃし始めたジョーアリスとフランソワーズ兎。

「・・・・・・お前ら、いい加減に」

残骸から地を這うような声がするが、ふたりには聞こえるわけもなかった。

「てめーら、いい加減にしろっ!」

残骸が勢いよく起き上がった。

「卵をどうするか考えていたんじゃねーのかよっ、・・・いててて」

腰を抑えて悶絶するジェット・卵さん。
けれどもやはりジョーアリスとフランソワーズ兎には聞こえないのだった。

「くっそー・・・お前ら覚えてろよ。――おおい、チェシャ猫ピュンマっ!ちょっと早いけど出番だぞ!」

 

 

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(8)チェシャ猫

 

いちゃいちゃしているジョーアリスとフランソワーズ兎の前に、にやにや笑いが浮かび上がった。
最初は向こうの景色が透けて見えていたが、徐々に濃さを増し実体化した。あとはアリスに「にやにや笑いから出てくる猫なんて見たことない」と指摘されるばかりである。
まさにチェシャ猫の見せ場であった。

が、しかし。

「・・・・」

チェシャ猫ピュンマは待った。何しろ自分の見せ場なのである。

「いやん、ジョーったら。そんなとこ触っちゃだめ」
「触ってないよ」
「だってくすぐったいわ」
「じゃあこれは?」
「いやん」

チェシャ猫ピュンマは待った。彼は忍耐強いのである。

「もうっ、アリス。いい加減にしてちょうだい。お話が進まないじゃない」
「いいよもう終わりで」
「駄目よ。まだ出てないひともいるんだから、平等にしないと」
「んー・・・まだ出てないのって誰だっけ?」
「ええと、確か・・・」


「僕だニャン」

普段からこの二人には忍耐力を試されているピュンマだったが、さすがにこのまままるっきり無視されるのは話の都合上是としなかったので話しかけていた。が、猫だから仕方ないのだけれど、語尾がなんとも緊張感ないことこの上ない。

「あっ、猫だわ!チェシャ猫よ、アリス」
「・・・」

アリスは目で殺せるくらいの殺気をこめて猫を見た。
邪魔をされたので機嫌が悪いのだ。

「猫が何の用?」
「なぞなぞを出すニャン」
「別にいい」
「そういうキマリにゃん」
「・・・ピュンマ。恥ずかしくない?」
「ああ、ちょっとだけ」

ピュンマ猫がうっすら照れ笑いをした途端、アリスの隣の白兎がぴょんと跳ねた。

「かわいいっ!」

えっ?

ピュンマ猫とジョーアリスが注視するなか、フランソワーズ兎はチェシャ猫に駆け寄り、ぎゅーっと抱き締めていた。

「カワイイ猫ちゃん」

目を白黒させるピュンマ猫。
何しろ猫はウサギの胸元に押し付けられているのだ。

「!!」

その瞬間。

ジョーアリスが猫をもぎとり、思いっきり放り投げた。渾身の力をこめて。
彼方へ飛んでゆくチェシャ猫ピュンマ。虚空にきらりと光って。

「駄目じゃない、アリス!チェシャ猫は消えるときもにやにや笑いを残していくのよ?そういうキマリなのに」
「ふん。僕のフランソワーズに近付くやつは許さない」


ハンプティダンプティもチェシャ猫も退治して、いったいこれからどこへゆくジョーアリス。

指南役のフランソワーズ兎は、「もうお話が滅茶苦茶だわ・・・」と小さく呟いた。

 

 

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(9)クリケット会場にて

 

「・・・女王主催のクリケット大会?」

ペンキで赤く塗られた薔薇の木にピンで留められたチラシ。
ふたりは顔を見合わせた。そうして問うようにペンキを片手に立っているトランプ兵に目を向けた。

「ああ。きみたちは既にエントリーしてある」
「ええっ。いつの間に」
「特にアリス。君は絶対に参加しなくてはならない」
「何故?」
「そうしないと俺の首がはねられるんだな、どういうわけか知らんが」

アイスブルーの瞳が煌く。

「――もしかして、女王って」

あることに気付いてフランソワーズ兎が口を開く。なんだかイヤーな予感がするのは何故なのだろうか。

「ああ。その通り」
「・・・やっぱり」
「その通りって何が?」

アリスだけがわかっていない。いや、わかっているのにわかってないフリを決め込んでいるのだろうか。
しかし、アリスに限ってそんな芸当ができるはずもないのだった。

「こんな大会、行くことないわ。帰りましょう」
「おい、ちょっと待て。俺の首はどうなる」
「知らないわ、そんなの」
「おいおい、とてもお前さんのセリフとは思えないな」
「いいの。今はウサギだもの」
「白兎は女王に服従していたはずだけどな。裁判の時に必要不可欠な存在だろう?」
「・・・でも」
「なあに、ちょろっと参加するフリだけでもすれば大丈夫だろう」

フランソワーズ兎は疑わしそうにじっとトランプ兵のハインリヒを見つめた。

「・・・わかったわ。ちょっとだけでもいいのね?」
「その通り」
「・・・行きましょ、アリス」
「えっ?うん。わかった」

そうしてクリケット会場へ向かった。

 

 

***

 

 

「アリス。よく来ましたね」

ジョーアリスとフランソワーズ兎は仲良く手を繋いでいたのだが、クリケット会場に入るとすぐに無理矢理引き離されていた。よく似た三枚のトランプ兵によって。

「嬉しいわ」

アリスに駆け寄ったのは女王・キャサリン。

「・・・あれっ?」
「お久しぶりね。元気だった、ジョー・・・っと、アリス」
「あ、ああ。きみも元気そうだね」
「ええ!この日のためにクリケットの練習もしたのよ!」
「そうなんだ」
「アリスと二人っきりで勝負ですもの」
「あれ?そうだっけ?」
「そうよ。私が勝ったら、アリスからキスしてもらうの。逃げたらクビをはねるわよ?」
「おっかないな。じゃあ、僕が勝ったら?」
「アリスが勝ったら、次の裁判の場面へ進めるわ」
「ふうん。それじゃあ頑張らないといけないな」
「あら、駄目よ頑張ったら。あなたには負けてもらわなくちゃ」
「ええっ、そんなわけにいかないよ。だって僕が負けたら女王にキスしなくちゃいけないんだろう」
「そうよ」
「そんなのは・・・」

そこで初めてジョーアリスはフランソワーズ兎が隣にいないことに気がついた。慌てて周囲を見回す。
が、影も形も見えなかった。

「ウサギがいなくなった」

途端に不安になってしまう。

「いいじゃない、ウサギなんて。あなたを置いてどこかへ行ってしまったのよ。冷たいわよねぇ」
「・・・僕を、置いて」

『あなたを置いてどこかへ行ってしまった』は、アリスにとってNGワードである。過去の様々な記憶が甦り、途端にどんよりと曇ってしまうのだ。
そうとは知らず、嬉々としてゲームを始めようとするハートの女王キャサリン。

「さあ、アリス。あなたからよ」

しかし。

「ちょっと・・・アリス?」

既にジョーアリスは芝生の上に座り込んでいた。膝を抱えて。

「アリス?・・・ジョー?あなたいったい何やって」

けれども全く聞こえないようで、芝生を虚ろな目で見つめ、ただぶつぶつと何かを呟くのみである。

「・・・・アリス?」

先刻とはまるで別人のようなアリス。その異様な雰囲気に押され、ハートの女王は数歩後ずさった。

「し、勝負をしないなら、あなたの首をはね」
「ジョーっ!!」

物凄い勢いでハートの女王の目の前を何かが横切った。白い塊のように見えたそれは、通り過ぎるときに何かを一緒に持って行ってしまった。それが誰であろうアリス本体だと気付いたのは、白い塊が既に彼方に消えてからだった。

「アリスっ!私から逃げるなんて、あなたの首をはねますよ!ええい、みんな!アリスを捕まえて!」

 

***

 

白兎に横抱きにされたままのアリス。まだ膝を抱えたままである。
白兎はトランプ兵三人組に捕まっていたが、同じ柄のもうひとりのトランプ兵が逃がしてくれたのだった。
そして、クリケット会場に戻り――なぜかたいく座りのアリスを見つけたというわけだった。

たいく座りのジョーアリス。

これは、ハートの女王キャサリンが彼に何か言ったからに他ならない。
ということは、ハートの女王はアリスの敵。
ともかく、ジョーアリスを救出しなくては。それも早急に。一刻の猶予もならない。

ウサギなので瞬発力には自信があった。そして、火事場のバカ力が働いて、うまくジョーアリスを女王の前から掠め取ることができた。走って走って走って――クリケット会場は広かった――ようやく芝生が途切れたところで、ウサギはアリスをそうっと下ろした。まだたいく座りのままである。

「アリス?いったいどうしたの」
「・・・・もうイヤだ」
「えっ?」
「僕はイヤだ。もう帰る」

ウサギはアリスの隣に座り込み、じっと彼の顔を覗き込み――その目元に涙が浮かんでいるのを見つけた。

「ジョー。いったいどうしたの?何か意地悪されたのね!くっそう、あの女王っ」

今にも立ち上がって行ってしまいそうなウサギの腕を掴み、アリスは首を横に振った。

「・・・いいんだ。もう。僕はフランソワーズさえいれくれたら、それで」
「でも」
「ウサギと――フランソワーズとはぐれたら、僕なんかどうしていいのかわからない」
「・・・ジョー」

そんな二人をいつの間にかトランプ兵が包囲していた。徐々に輪が狭められてゆく。


「その者たちのクビをはねよ!」


高らかに告げるハートの女王。
白兎は声のした方を睨みつけると立ち上がった。


「何よ!あなたたちなんて、ただのトランプじゃないっ」

 

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(10)エピローグ

 

「・・・ジョー?」

ジョーがうっすらと目を開けると目の前には心配そうなフランソワーズの顔があった。

「大丈夫?うなされてたみたいだけど」
「うん・・・」

ゆっくりと記憶が戻ってくる。
ここはギルモア邸の前庭。天気がいいからと並んでベンチに座り他愛もないおしゃべりを楽しんでいた。が、いつの間にか眠ってしまったのだろう。フランソワーズに膝枕をされていた。

「うん・・・変な夢を見た」
「変な夢?」
「うん。・・・ううん、いや・・・なんでもない」

ただの夢だ。
フランソワーズと不思議の国に行っていた、なんて。
それが妙に現実感を伴っていたとしても。

ただの夢だ。

ジョーは小さく笑った。
フランソワーズもにっこりした。

気持ちのいい午後だった。

 

***

***

 

「おいおい、ジョーさんよ。勝手に話を変えてどういうつもりだ」
「僕は一番出番が多いはずだったのに、登場して数秒後には投げ飛ばされていたんだぞ。ひどいじゃないか」
「俺は塀から落とされた。器物損壊事件の重要参考人として一緒に来てもらわなくちゃ納得できねーな」

みんなが口々に言いながらジョーに詰め寄る。が、ジョーは聞こえているのかいないのか、眉間に皺を寄せたままむっつりと黙り込んでいる。ソファに座り、胸の前で腕を組んで目を閉じて。

「つーか、いい加減にフランソワーズを離したらどうだ」
「フン」

ジョーの組まれた腕の中には、フランソワーズがいるのだった。

「もうっ・・・ジョー。恥ずかしいわ。・・・着替えたいし。私、ウサギのままなのよ?」

白いふわふわの毛でできたものを身につけているフランソワーズ。
頭にも白い耳のついたカチューシャをつけたままである。

「・・・俺は最初からやりたくなかったし。それを後でどうこう言われても」
「もうっ、ジョーったら。ご機嫌斜めね?どうやったらご機嫌になってくれるのかしら」
「・・・ちゅーしてくれたら」
「ま。・・・みんな見てるのよ?」

ちらりと周囲に視線を走らせたフランソワーズ。
彼女と目が合った者から、三々五々とリビングを出て行った。ジョーが甘えモードの時の彼女の目からは「邪魔者はさっさと消えてちょうだい」光線が出るのである。

「しょうがないわねぇ。・・・ほら、こっち向いて?ちゅーしてあげるから」

 

 

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