「連休」

 


―1―

 

連休だからどこか行きましょうよ

という思いと

連休だからゆっくりしましょうね

という思いは相反している。が、どちらも消えはしなくてせめぎあっており頭の中は中々に複雑である。
そして、彼も当然そんな感じで出かけようか家にいようかどうしようか――と一緒に悩んでいるのだろうと思っていたら

「あ、僕は今日車の整備をするから」

とあっけなく車庫に向かったから、フランソワーズは朝からご機嫌斜めだった。

「まったくもう、なんなの」

博士でさえ、イワンを連れて出かけたのだ。
連休しか休めない仕事仲間が京都に行こうと誘ったから、一ヶ月前から新幹線チケットを用意し準備万端。
イワンと一緒に早々に出かけていった。フランソワーズも一緒にどうかと誘われたのだけれど、ジョーと一緒が良かったから曖昧に微笑んでやんわり断った。これでジョーも行くのだったらもちろん全員で京都に行ったのだが、ジョーはひとこと興味ないからいいよと言ったのだ。
それは暗に「僕はフランソワーズと二人っきりで過ごしたいから行かないよ」と言ったようで、フランソワーズは内心喜んだ。
が、聞き間違いだったか。
いや、勝手な思い込みだったのだろう。現にジョーはいまここにいない。

「連休中、ずっと単独行動するつもり…?」

そう口に出して言うと妙に現実感が増して、フランソワーズは更に不機嫌になった。

「もう。――出かけちゃおうかしら」

そう、ショッピングとか。
そういえば欲しかった服やバッグがゴールデンウィーク価格で割引セールをしていたはず。なんだかそちらのほうが楽しそうだ。
が。
きっとどこに行くにも混んでいるだろう。カップルや家族連ればかりに違いなく、そこへ独りで乗り込むというのは――なんだかとっても勇気が要りそうだ。いや、一人で居ても誰も何も思わないだろう。注意など払わない。
問題なのは自身の気持ちなのだ。本当はジョーと一緒にいたかったのにとカップルを見るたびに思い出すだろう。
なんだか気持ちが沈んだ。
そんな未来が透けて見える。未来が見える目など持っていないのに。いや、あるいは持っていたほうが幸せだっただろうか。そうしたら、今頃博士と一緒に京都旅行だ。

「フランソワーズ、出かけるの」

背後から声をかけられ飛び上がった。

「ジョー。どうしたの」
「どうしたのって…きみこそどうしたんだい」
「別に」

不機嫌なのだ。

「出かけるって今言ってたよね?ちょうどよかった」
「――何が?」
「車の整備したから」
「…早くない?」

そう言うと、ジョーはちょっと困ったように頭を掻いた。あさってのほうを向く。

「いや…昨夜、いつも行く店からメルマガが届いたって言ってただろ」
「ええ…そうだったかしら」
「うん。で、セールやってるって言ってたから、行きたいのかなって…」
「まあ。だから車を見てきたの?」
「うん。電車は混んでるし――車だったら、…まあ、道路も混んでるだろうけど」

ほら、二人だけになれるし

というジョーの言葉は、首筋に飛びついてきたフランソワーズによって遮られた。

「もう、ジョーのばか」

 




―2―

 

帰ったのは夜10時を過ぎていた。
途中で夕ごはんを食べたのもあるが、道路が渋滞していたというのもあるだろう。じゅうぶん予想していたとはいえ、既にUターンラッシュが始まっていたとは想定外だった。カレンダーを見れば連休はまだ始まったばかりなのに、もうUターンとは世間のひとの「連休」とはいつから始まっていたのだろうか。謎であった。
とはいえ、フランソワーズの完璧なナビのおかげで渋滞にはまったのは最初だけで、あとは比較的スムーズに来れた。要は車の数が多かったということである。

「ジョー、お風呂空いたわよ」
「ああ…うん」

風呂上りの香りを漂わせながらフランソワーズがリビングにやって来た。
帰ってすぐリビングのソファに寝転がったジョーと違ってフランソワーズは帰ってからも元気だった。
運転してないからといえばそれまでだが、おそらくそれだけではない。買ってきたものを出さなくちゃと二階の自室に駆け上がり、しばらく出てこなかった。と思ったら、お風呂に入らなくちゃとばたばたバスルームに向かい――その途中、リビングに寄り道したのだが。

――ああ…なんだか機嫌が悪いなあ。

寝転んでいるジョーを見下ろすフランソワーズはいつになく冷たい瞳である。もちろんジョーの印象であり、傍からみればいつもと変わりのないフランソワーズのはずであった。

「入らないの?」
「いや、入るよ」
「そ。独りでごゆっくり」

そのままくるりと踵を返すと振り返らずにまっすぐ出て行った。
ジョーは身体を起こすと、やれやれと頭を掻いた。

いやまったく。参ったなあ…。

そう、フランソワーズはお風呂の前にリビングに寄ってジョーに一緒に入らない?と声をかけたのだった。
が、それを疲れてるからいいよ後でと断ったジョーである。
実は言うほど疲れてはいない。運転のプロとしてはたいしたことないのである。このくらいで疲れていたら、ミッション時の様々な乗り物の運転などできやしない。だから、フランソワーズの申し出を断る理由などないのだが。

――博士がいないからって、こういうのはダメだよなぁ…。

ソファの上で胡坐をかいて考え込む。
もちろん、彼は健康な成人男性だし数日間二人っきりという状況は歓迎すべきものに違いない。実際、今朝までは色んなことを考えてもいた。

が。

本当に数日間二人っきりとなってしまうと何故だか理性が勝ってしまうのである。
自分でもよくわからない。
これが、一日のなかの数時間だけ二人っきりとか、そういう隙間のような時間ならむしろ有効に使えただろう。

しかし。

しかし、なのである。


僕ってこんなに真面目だったかなぁ…。


真面目というより朴念仁といったほうがいいのかもしれない。
そうジョーが気付くにはあと数時間必要であった。