「風で飛ばされちゃったのよ。諦めなさい」
きっぱりそう言ったものの、諦めきれないでいるのは自分のほうかもしれない…とフランソワーズは思った。
昨夜のうちに台風は通りすぎていった。今朝は空が青い。
洗濯日和だわと忙しくしていたら、なにやら庭が騒がしく、行ってみたらひとつの事件と出会ったというわけだった。
「フランソワーズ、きみ、見なかった?」
「何を?」
「帽子。白い」
「帽子?さあ…」
ジョーが庭で腕組みしている。眉間に深い皺が刻まれ、なにやら深刻な様子である。
「帽子がある可能性は家の中の方が高いと思うわ」
「いや。外でなくしたんだ。間違いない」
「あらでも、いつ被って外に出たの?最近じゃないわよね」
昨日や一昨日は荒天で、帽子を被って出掛けるというような天気ではない。
「え。あ。いや…」
途端、なぜかしどろもどろになるジョー。
フランソワーズは探るようにすっと目を細め、両手を腰に当てた。
「あら、まさか私に内緒で出掛けたわけじゃないわよね?」
「え。あ。いやその」
「・・・デート?」
「いやその」
「お気に入りの帽子を被って」
「いやあ…」
「で、その帽子がどこかにいってしまったと」
「う、うん」
「あの帽子…」
私も気に入ってたのに。
フランソワーズは小さくため息をついた。
かの白い帽子はお出掛け用で、青いリボンと黄色い花があしらっておりたいそう可愛いのだ。
二人で見つけて同時に惚れ込んだ究極の帽子である。
それがどこかへいってしまったというのは確かに大事件ではある。
「家のなかにあるんじゃない?」
「それはもう探したんだ」
でも無かったとジョーは残念かつ悔しそうに言った。
「だからあとは庭に落としたのかも、って」
「でも昨夜は台風よ?庭にあったとしても雨だって降ったし風だって…」
運良くみつかったとしても帽子としての機能を期待するのは難しいだろう。
「うん…まあ、そうなんだけど」
ジョーが曖昧に笑う。
彼の右足には、蒼い瞳に涙をいっぱいに溜めた彼女がいる。我慢しているのか、ぎゅっとジョーのズボンを握りしめている。涙はこぼれない。
「ちゃんとお片付けしないからよ?」
フランソワーズが優しく言うとしゃくりあげた。
すると何故かジョーがびくりと体を揺らした。いつまでたっても彼女の涙には弱いらしい。
「泣かないの」
あなたが泣くとジョーが泣くから。
知らないでしょうけど、彼が泣いたら大変なのよ。
「風で飛ばされちゃったのよ。諦めなさい」
きっぱり言ったが、彼女は頑固だった。首を左右に振り受け入れない。
ジョーが困ったようにフランソワーズを見ている。
「もう…」
彼女の前で物探しはしないと決めていた。が、諦めなさいと言ったものの、諦めきれないのは自分も同じ。
何しろ、ジョーと一緒に選んだのだし本当に彼女によく似合うのだ。
フランソワーズは何気ない風を装って、家の周りをぐるりと視た。
「あ。・・・ジョー」
そっと庭の隅の方を目で示す。
植木鉢と植木鉢の隙間に白い影。
ジョーはフランソワーズに小さく頷くと、傍らにしゃがみこみ彼女の目をじっと見た。
「向こうはまだ探してなかったな。一緒に行ってみようか」
彼女は大きく頷くと、当たり前のようにジョーと手を繋いだ。
大きな手と小さな手。
探しに行く二人の後ろ姿を見送り、フランソワーズは
「まったく甘いんだから」
と小さく呟いた。
彼女にせがまれ一緒に探し始めたものの見つからず、彼女がメソメソしだして途方に暮れたのだろう。
が、しかし。
困った顔をしてはいたが、嬉しそうだった。
彼女に絶対的な信頼を寄せられ頼られるのが嬉しくて仕方ないのだ。
そして、そんな風に嬉しそうなジョーを見るのがフランソワーズは好きだった。
少しして、晴れ渡る空に目的のものを見つけた二人の歓声が響き渡った。
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