「切ない甘さ」

 

 

「合コン?――へえ・・・きみでもそういうの行くんだ?」

読んでいる漫画から顔も上げずに言うジョー。

「ええそうよ。たまには私も外に出なくちゃ。いつもグレート達にそう言われてるの」
「ふうん」
「相手はモデルさんたちみたいよ?セリーヌの紹介だから」
「へえ」
「楽しくなりそう。みんなセリーヌのファンだって言うし」
「そう」
「でも、本当はちょっと自信がないの。私みたいな素人が混ざってもいいのかしら、って・・・」
「大丈夫だろう?そうじゃなきゃ誘わないよ」
「・・・そうよね?」
「そうだよ」

ずうっと顔を上げもしないジョーだったけれど、ちゃんと会話になっているのが不思議。
・・・補助脳で相手をされているのかとちょっと不審に思うこともある。

「――何時頃終わるの」
「え?」
「その合コンってやつ」
「そんなのわからないわ。その場のノリ次第だと思うけど」
「ふうん」

それっきり興味なさそうに漫画に没頭するジョー。
彼はいったいどう思っているんだろう?私が合コンに出席することを。

もちろん、ジョーだって仲間と一緒に飲みに行ったりしているのは知っている。薄着の女の子がいるお店に行ってることも。だから、私が出かけるのを止めたりはしない。むしろ、グレートのように私はもう少し世間を知った方がいいと思っているようだった。私はジョーが思っているほど世間知らずではないのに。

 

***

 

「ジョーさん、何かあったんすか?」

カフェ「Audrey」のウエイター、大地が心配そうに声を掛けた。

「んっ?別に何もないけど?」

対するジョーはケーキを頬張りながら、きょとんとした目を向けた。

「いや、でも・・・」

言いにくそうに大地が言葉を濁す。カフェエプロンの裾を掴み、どう切り出せばいいのか迷う。

――もうそろそろ閉店ですから。
――ラストオーダーになりますけど。
――どうして今日はひとりなんすか?
――そんなに食べられないでしょーが。

あれこれ考えるものの、どれもうまく言えないような――否、言ってはいけないような気がした。
もちろん、一番の禁句は――

「今日は一緒じゃないの?フランソワーズちゃんと」

大地が訊きたくて訊けずに封印していた問いをさらりと言ってしまう姉の萌子だった。

「ええ。今日は何だか――合コンっていうのに行くって言ってて」
「合コン?」
「合コンんんんん?」

姉弟の絶妙なユニゾンが響き渡る。

「ちょっ・・・ジョーくん、行かせたの?」
「・・・行かせましたけど」
「なんで」
「なんでと言われても・・・フランソワーズが行くって言ってたから」
「それでいいの?」
「何がです?」
「だって、男のひともいるんでしょ?」
「まぁ、合コンですから」

しれっと言ってのけるその姿に萌子は軽くため息をついた。

「――で?このありさまってわけ?」

胸の前で腕を組んで、ジョーの前の皿を見遣る。
その皿には、ほぼ全種類のケーキが盛られていた。それを片端から、それを食べないと世界が終わってしまうかのような勢いで食べているジョーだった。

 

***

 

「――もしもし?ジョー?・・・私。ええそうなの。合コン、終わったから。そう、迎えに」

フランソワーズが携帯電話を耳にあてていると、つんつんと肩をつつかれた。

「もしかして帰る段取り?ひどいなぁ、二次会行くって言ったじゃん」
「二次会?そんなの、言って・・・」
「行こうよ。きみが行かないとつまらないよ。ねっ?」
「でも・・・」

合コンで一緒だった男性に腕を掴まれ、強引に携帯電話を耳から引き剥がされてしまう。
そのまま、ぐいぐい引き摺られるように連れて行かれる。

「あらフランソワーズ。帰るって言ってなかった?」
「ええ、そのつもり・・・だったんだけど」

仲間の輪に戻され、苦笑する。

「仕方ないわね。ちょっとだけよ?」

簡単に帰れないようだとあたりをつけ、二次会に出席することにした。その二次会の途中でさっさと抜けてしまおうと思いながら。
手に持ったままだった携帯を畳んでバッグにしまおうとした時。携帯が着信を示した。
慌てて開いて耳にあてる。

「・・・ジョー!さっきはごめんなさい。途中で・・・・ええ、そう。ええ。・・・・えっ!?」

 

***

 

勢いよく開けられたドア。普段なら、ちりりん、と可愛く鳴るはずのドアベルもあまりの勢いに鳴るのを忘れている。

「いらっしゃいま――」

条件反射でいらっしゃいませ、と言おうとして大地は黙った。
転げるように入って来たのは、金色の髪を乱し息も絶え絶えのフランソワーズ。

「あ、来た来た」

萌子がこっちよと手を振る。
その前のテーブルには尋常な数ではないケーキの箱が載っていた。

「こんばんは。あのっ・・・」
「ああ、フランソワーズ」

満面の笑みのジョーにフランソワーズは顔をしかめた。

「もうっ。いったい何やってるのよっ」

軽く彼の肩を叩くが、ジョーは全く意に介さない。

「だって君、ここのケーキ好きだろう?だから」
「だからって、一人で持てないくらい買わなくてもいいでしょ!?」
「だってもう閉店だっていうから」
「!?」

意味がわからず、フランソワーズは問いかけるように萌子に視線を移した。
萌子は軽く肩を竦めると、声に出さず「ヤケ食い」と言った。

ヤケ食い?

「ジョーさん、全種類制覇するまで帰らないって言うもんだから」

大地がお盆を抱え、思い切ったように言う。

「なんで全種類制覇するのかわからないんですケド・・・」

語尾を濁しながら、上目使いにフランソワーズを見つめる。
フランソワーズは大仰にため息をつくと、ジョーの耳を引っ張った。

「ほら。帰りましょう」
「うん。でもケーキ」
「・・・本当は一人で全部持てるんでしょ?」
「あ。知ってた?」
「知ってるわ」

 

***

 

合コンに行けば二次会まで付き合わされる羽目になり、おそらくフランソワーズはそれを断れない――そこまでジョーが予測していたのかどうかはわからない。
しかし、二次会に行くのを断る口実として「ケーキを持ち帰らなくてはならないから」という状況を作るなんて。
しかも、そのケーキはフランソワーズの大好きなお店のものなのだ。

――だったら、最初から「行くな」って言ってくれたらいいのに。

ケーキの箱を抱え、運転席の彼をそっと見る。
ジョーは上機嫌で何故か鼻歌まじりだった。

――変なの。

ややこしいヤキモチ。
妬いてるとは絶対に言わないジョー。

――カッコつけちゃって。

「ねえ、ジョー?」
「うん?」
「いくつ食べたの?ケーキ」
「ううん。幾つだったかなぁ。・・・胸焼けするくらい?」
「じゃあ、これ全部私が食べてもいい?」
「どうぞ」
「・・・ねぇ。一番最初に食べたのはどれ?」
「うん?・・・なんだっけ。確かゼリーだったような気がする。紅茶の」

紅茶のゼリー。

「・・・ふうん・・・」

フランソワーズはそれっきり黙った。
頬が緩む。

全く、ジョーったら素直じゃないんだから。

 

夏季限定の紅茶のゼリー。
その名前は

『切ない甘さ』

 

 

 

 

2009/8/5 up , 2010/7/17 down, 2012/8/26 re-up