「切ない甘さ」
「合コン?――へえ・・・きみでもそういうの行くんだ?」 読んでいる漫画から顔も上げずに言うジョー。 「ええそうよ。たまには私も外に出なくちゃ。いつもグレート達にそう言われてるの」 ずうっと顔を上げもしないジョーだったけれど、ちゃんと会話になっているのが不思議。 「――何時頃終わるの」 それっきり興味なさそうに漫画に没頭するジョー。 もちろん、ジョーだって仲間と一緒に飲みに行ったりしているのは知っている。薄着の女の子がいるお店に行ってることも。だから、私が出かけるのを止めたりはしない。むしろ、グレートのように私はもう少し世間を知った方がいいと思っているようだった。私はジョーが思っているほど世間知らずではないのに。
***
「ジョーさん、何かあったんすか?」 カフェ「Audrey」のウエイター、大地が心配そうに声を掛けた。 「んっ?別に何もないけど?」 対するジョーはケーキを頬張りながら、きょとんとした目を向けた。 「いや、でも・・・」 言いにくそうに大地が言葉を濁す。カフェエプロンの裾を掴み、どう切り出せばいいのか迷う。 ――もうそろそろ閉店ですから。 あれこれ考えるものの、どれもうまく言えないような――否、言ってはいけないような気がした。 「今日は一緒じゃないの?フランソワーズちゃんと」 大地が訊きたくて訊けずに封印していた問いをさらりと言ってしまう姉の萌子だった。 「ええ。今日は何だか――合コンっていうのに行くって言ってて」 姉弟の絶妙なユニゾンが響き渡る。 「ちょっ・・・ジョーくん、行かせたの?」 しれっと言ってのけるその姿に萌子は軽くため息をついた。 「――で?このありさまってわけ?」 胸の前で腕を組んで、ジョーの前の皿を見遣る。
***
「――もしもし?ジョー?・・・私。ええそうなの。合コン、終わったから。そう、迎えに」 フランソワーズが携帯電話を耳にあてていると、つんつんと肩をつつかれた。 「もしかして帰る段取り?ひどいなぁ、二次会行くって言ったじゃん」 合コンで一緒だった男性に腕を掴まれ、強引に携帯電話を耳から引き剥がされてしまう。 「あらフランソワーズ。帰るって言ってなかった?」 仲間の輪に戻され、苦笑する。 「仕方ないわね。ちょっとだけよ?」 簡単に帰れないようだとあたりをつけ、二次会に出席することにした。その二次会の途中でさっさと抜けてしまおうと思いながら。 「・・・ジョー!さっきはごめんなさい。途中で・・・・ええ、そう。ええ。・・・・えっ!?」
***
勢いよく開けられたドア。普段なら、ちりりん、と可愛く鳴るはずのドアベルもあまりの勢いに鳴るのを忘れている。 「いらっしゃいま――」 条件反射でいらっしゃいませ、と言おうとして大地は黙った。 「あ、来た来た」 萌子がこっちよと手を振る。 「こんばんは。あのっ・・・」 満面の笑みのジョーにフランソワーズは顔をしかめた。 「もうっ。いったい何やってるのよっ」 軽く彼の肩を叩くが、ジョーは全く意に介さない。 「だって君、ここのケーキ好きだろう?だから」 意味がわからず、フランソワーズは問いかけるように萌子に視線を移した。 ヤケ食い? 「ジョーさん、全種類制覇するまで帰らないって言うもんだから」 大地がお盆を抱え、思い切ったように言う。 「なんで全種類制覇するのかわからないんですケド・・・」 語尾を濁しながら、上目使いにフランソワーズを見つめる。 「ほら。帰りましょう」
***
合コンに行けば二次会まで付き合わされる羽目になり、おそらくフランソワーズはそれを断れない――そこまでジョーが予測していたのかどうかはわからない。 ――だったら、最初から「行くな」って言ってくれたらいいのに。 ケーキの箱を抱え、運転席の彼をそっと見る。 ――変なの。 ややこしいヤキモチ。 ――カッコつけちゃって。 「ねえ、ジョー?」 紅茶のゼリー。 「・・・ふうん・・・」 フランソワーズはそれっきり黙った。 全く、ジョーったら素直じゃないんだから。
夏季限定の紅茶のゼリー。 『切ない甘さ』
|
2009/8/5 up , 2010/7/17 down, 2012/8/26 re-up