「少女漫画みたいな」

 

 

彼が他のひとと手を繋いでいるのを見て初めて気付いた自分の気持ち。

 

――なんて、我ながら定番過ぎると思う。
ひと昔前の少女漫画じゃあるまいし。

でも、そういう意味で言うなら少女漫画こそ真理なのかもしれない。
つまり要点を突いているってこと。

自分のなかにある独占欲。
そんなもの、できれば気付きたくはないのに。


私は胸の奥がぎゅっとなるのを無視して平静を装った。
こういう演技は、女の子なら誰でもできる。己のプライドの問題なのだから。

 

ジョーが救助した女性の手をとるのはよくあること。
だってゼロゼロナインとしての役割だもの。

こんなことで嫉妬していたら身がもたない。

ほら、女の子は泣いているわ。助かって安心して気が抜けたのね。みんなそう。
そして、そういう時は決まってゼロゼロナインにすがって泣くの。

――気持ちはわからないでもない。

助けに来てくれた王子様。道中、ずっと頼りにしていたたったひとりのひとだもの。
助かったからって簡単に忘れてしまえるわけがない。
相手がジョーならなおさら。
だって彼は優しいから。
すがってきた相手を邪険に扱うことなんてできない。
優しく肩を抱いてあげたりするのよ。

私がいる前でも。


彼は何も考えていない。
たぶん、早く泣き止んでくれないかなって思ってちょっと困っている。
それだけ。
目の前でそれを見ている私の気持ちなんて、ぜんぜんわかっていないし考えてもいない。
だってほら――目が合うと、やあフランソワーズなんて言って小さく手を振ってみせている。

なんなの。


なんなの、アナタって。


ゼロゼロナインって、いったい何?

 


 

 

「えっ、なんだい?フランソワーズ」


フランソワーズと並んで歩いていたら、ジャケットの袖口をそっと掴まれた。
だから僕に何か用でもあるのかと思ったのだけど。


「……別になんでもないわ」


僕のほうを見ないで、小さな小さな声で答える。

なんでもないって感じじゃないんだけどな。


……歩く速度が速過ぎたのかな。


僕はちょっと反省すると、フランソワーズに合わせるように速度を緩めた。
でも彼女は僕の袖を離してはくれなかった。


「フランソワーズ?」

「……」


やっぱりこちらを見ない。いったいなんなのだろう?

僕は自分の胸に手を当てて、直近三日間のことを考えた。
フランソワーズを怒らせるようなことをした覚えは……ない(たぶん)。
もちろん、泣かせるようなこともしてはいない(こちらは自信がある)。

何がなんだかわからなかったけれど。

でも、僕に何か言いたいことがあるのであれば、きっと10分以内には話してくれるはず。
フランソワーズはそういう子だ。


……とはいえ。


実はもう既に10分経っていたりする。


うーむ。


ちらちら横目で窺うフランソワーズは、下を向いているせいで僕には表情が見えない。
僕に見えるのは、せいぜい鼻先と口元くらいだ。


――何か言い出せずにいるフランソワーズもなかなか可愛い。


それにいい加減歩きにくかったので、僕は袖からフランソワーズの手を引き剥がすと
改めて彼女の手を握り締めた。指と指を絡めて。

フランソワーズの肩が揺れて、顔が上がり僕を見た。


「あの、ジョー?」

「うん?」


ああ、ちょっと困っている感じのフランソワーズもなかなかいい。


「……ううん。なんでもない」


そう言った途端、フランソワーズの頬がぱっと染まった。

一瞬、心臓が止まりそうになる。

た、頼むよフランソワーズ。僕を殺す気かい?

握り締めた手にちからをいれると、フランソワーズはウフフと笑った。


――あのさ、フランソワーズ。
もしかしたら君は知っているかもしれないが――知らないかもしれないから、いちおう言っておくけれど。

こういう手の繋ぎ方をするのって、君と一緒の時だけなんだよ。


知ってる?

 

知ってた?

 


 

 

ジョーにいつか言おうと思っていた。ずっと。
そして今日がその「いつか」だろうと思ったので、覚悟して言うつもりだった…の、だけど。

突然の親密さに私はすっかりのぼせてしまって、ジョーの手のひらから伝わる彼の体温しかわからなくなってしまった。
手のひらに心臓があるみたいに、ドキドキする。
しすぎる。
これじゃあジョーに全部聞こえてしまう。

手を繋ぐとドキドキする、って。

でも嬉しい、って。

でも、もしも聞こえてしまうのなら。
ずっと言えずにいたひとことも伝わるかもしれない。

 

『他の女の子と手を繋がないで』

 

だけどこれを言ったら、独占欲の強い女の子って思われないかしら。
僕は君のモノじゃないんだよって言われてしまうかもしれない。

それはイヤ。

そう思われるくらいなら、……ちょっとくらい、我慢する。
ジョーが誰と手を繋いだって、我慢してみせる。

そう心が挫けかけたとき、まるでそれがわかったみたいにジョーの手にちからがこもった。
少しだけさっきより強く握り締める手。


……もしかしたら。


なんにも心配することなんて、ないのかもしれない。


なんて、勝手に思ってみた。

手を繋いだだけで全部通じるみたいに安心してしまう私って、やっぱり少女漫画みたいだけど。

 


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