「凍ってないから言えない」

 

どのくらい大切に思っているのか――なんて、素面で言える訳がないじゃないか。
そもそも僕は、そういうキャラクターではないんだし。と、ジョーは思う。

ひとり、ギルモア邸の前の長い坂を下ってゆく。車は使わない。トレーニングを兼ねているのである。
下の浜辺まで行くのが目的だった。
が、そこへ向かう途中の今は、先刻のフランソワーズとの会話を思い出し、無性に腹が立っていた。
だから、途中で思い出したように空気に拳をめりこませてみる。

どのくらい大事かとフランソワーズは直接彼に訊いたわけではなかった。
が、彼女の言わんとしていることは容易に彼に伝わり――結果、ジョーはギルモア邸を飛び出したというわけだった。

――逃げたわけじゃないぞ。もともとトレーニングする予定だったんだ。

誰も聞く相手がいないのに説明してみたりする。
ジョーの心は複雑だった。

あのメンテナンス後の、凍った時間をフランソワーズは知らない。
彼がたったひとりで過ごした一ヶ月と数日。
もちろん誰にも言ってないし、これからも言うつもりはなかった。
自分ひとりの胸に秘めていればいい。
そう思っていた。

だから、あのひとりぼっちの間、ジョーがどんな風にフランソワーズを見つめ、どんな風に話しかけていたのかなんて誰一人知らない。
当の本人であるフランソワーズも。

 

 

何を言っても聞こえない。

何を訊いても答えない。

目の前に立っても彼女には見えない自分の姿。

彼女にとって、自分は「いない」ものと同じだった。
何をしても彼女には届かない。

話すことも声を聞くことも叶わない中で、彼女の蒼い瞳も隠れてしまいジョーは壊れてしまう寸前だった。

それと比べたら、今など――呼べば答えてくれるし、話を聞いてもくれる。瞳が閉じてもまたすぐ開くのを信じられる。
これ以上に何が必要だというのだろう?

 

――フランソワーズ。

言わないけれど、でも僕はずっと――あのひとりぼっちの日々の間、ずっと君のそばにいて、君だけを見つめていた。
それだけが心の支えだった。

言わなくてもわかって貰えると思ったけれど、やっぱりそれじゃ駄目なのかい?

だけどね、フランソワーズ。
もしあの時、君がいなかったら僕はきっと――耐えられなかったよ。

どんなに大事に思っているか、とか、どのくらい大切なのか、とか、そんなのどうでもいいじゃないか。
僕は、君がそこに居るだけで、本当にそれだけでいいのだから。

 

だったら――そうだ、僕が君の睫毛の数まで知っているって言ったら、君はどんな顔をするかな?
そのくらい、近くでずっと――君だけを見ていた。

ずっと。

ずっと。

誰よりも大事な君を。