イケメンの条件

イケメンの条件。
「さわやか」「誠実」あとひとつは?

 

 

眼下に見る009の姿はとても小さかった。

そんな彼をぐるりと囲む装甲車。全てミサイルを搭載しているのは言うまでもない。
このままではおそらく数秒後に009は木っ端微塵になっているだろう。

ジョー、逃げて。

叫んでも聞こえるはずもない距離。
そもそも口を塞がれているのだから声などでるはずもない。
だから003は心の中で叫んでいた。
もしかしたら――届くかもしれない。
そんな映画やドラマのようなことが起こるわけはないのだけれど、今できることはそれしかなかった。


人質になるのはよくある話。
そして009たちが敵に翻弄されるのをただ見ているだけしかできない状況もよくあることだった。
自分の非力さを悔やんだところで活路が開けるはずもないことも。

上空を旋回しているヘリコプターに003はいた。
敵は無情にも目の前で009が倒れる様を003に見せ付けようというのだ。

ジョー。もういいわ。逃げて。

009は自分の頭上にいるヘリコプターに003が乗っていることを知っている。
だから包囲網を突破できないのだ。
装甲車を爆破してしまったら、その爆風でヘリコプターが煽られるのは必至。進退窮まっていた。


「ふん。009といっても特別な性能を持っているわけではない。武器がなければただのサイボーグさ」


確かに009は全体の出来は良いサイボーグではあった。が、敵の言う通り武器等を体内に埋め込んでいるわけではないし、003のように目や耳のスペックが高いわけでもない。
特別なスキルがあるとすれば、それは009にではなく島村ジョー個人のものである。
敵がそれを知る事はない。が、003は知っている。だからきっと大丈夫だろう――と信じている。

とはいえ。

いくらジョー自身を信じていても、こうも絶体絶命の状況となると003としても不安になるのだった。

だから。

逃げて、ジョー。私のことなんていいから。

しかし003の祈りも虚しく、009に向かって集中砲火が始まった。


「――ふん。終わったな」


そう敵が言った瞬間だった。
大きくヘリコプターが傾いて――あっと思った時には窓に009の顔が覗いていた。


「お、お前っ、嘘だろっ」
「本当さ。003、大丈夫?」

003は小さく頷いた。

「よいしょ、っと」

ひらりと機内に滑り込むと009はむっと顔をしかめた。

「――女の子を縛るのは良くないな」

そう言うと無造作に敵の腕を捻り上げ――嫌な音がして肩の関節が外れた。
騒ぐ敵を放っておいて、009は003の戒めを解いた。

「ごめん。遅くなって」
「ううん。…ジョー、大丈夫なの?」
「え?うん。この通り」

ぴんぴんしてるさ、と笑ってみせるのに003は大きく息をついた。

「…良かった。今度こそ死んじゃうかと思ったわ」
「勝手に殺さないでくれ」
「だって」

涙ぐみそうになる003を抱き寄せ、009はヘリコプターの縁に手をかけた。

「泣くのは後。――行くよ?」

そしてそのまま虚空に舞った。


そう――どの敵も知らないのだ。
島村ジョーが持っている特別なちからを。

 

地上までの数秒間。
その腕のなかでちょっと笑ったような003に009は訝しげな瞳を向けた。

「なんだい?」
「ううん。ちょっと思い出しただけ」

少し前に話していたこと。他愛もない会話。


『ねぇジョー。イケメンの条件って「さわやか」「誠実」あとひとつはなんだと思う?』

『ええっ、知らないよ、そんなの』

 

それはきっと――勇気。


島村ジョーだけが持っている特別なちから。

 

 

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