「記念日」
出会った記念日? え。 *** 「そりゃ、確かに出会った日ではあるけどさ」 世間一般的なカップルが指すのと意味が違うと思う。 「別に嬉しい日でも何でもないだろ」 自虐的に祝いたいならともかく。 「敢えて言うなら、革命とか反逆とか正義を勝ち取った日とか、そういうんだろ」 なんだか自分で言っていて恥ずかしい。 「だ、だから、例えばの話。要するに」 僕は口を挟まれないよう早口で続けた。 「僕たちに出会った記念日なんて無いし、あっても別に祝いたいものじゃないってことだ」 一気に旗色が悪くなった。 「た……誕生日とか」 なんだそれ。 「普通のカップルは普通に二人でお祝いしてるのよ」 だからといって僕たちがそれをやらなくてもいいと思う。 「出会った記念日がダメなら、何か考えて頂戴」 だからそれが難問なんだろ。 「これはね、ジョー。愛の深さが試されるのよ」 はぁ? 「いかに二人の絆が強いか」 ……なになにの日ってそういう意味か? 「わかった。じゃあ、」 僕はある日付を言った。 「……それは、何の記念日?」 僕は大威張りで言った。フランソワーズも覚えていないようなレアな記念日だ。 「まあ、ジョー!覚えていたの!」 フランソワーズが首にかじりついてきて僕はちょっとよろけた。こんな大絶賛を受けるとは意外だった。けど。 さて、僕はいま何を言った? 適当に言っただけの日なんだけど。 「うふ。普通のカップルっぽいわ」 そりゃ良かった。 「二人が初めてキスをした日なんてロマンチックだわ!しかも、ジョーの方から言ってくるなんて!」 ……僕は補助脳のシステムを真剣に疑った。 しかし、そう分類したのはおそらく僕自身だったから、僕は何もしなかった。 *** い、いいじゃないか!
いったい何を言ってるんだフランソワーズは。第一、僕たちが出会った日って、つまり。
ブラックゴーストから逃げた初日だぞ。
決して「記念日」だなんて呑気に言う類のものではないし、ましてや祝うなど有り得ない。
いったい、何を言ってるんだ?
フランソワーズもそう思ったらしくじっとこちらを見ている。
「そう?」
「当たり前だろ」
「じゃあ、何の記念日だったらいいの?」
「――え?」
「出会った記念日はなしにするわ。そんなに嫌なら無理はいわない。でも、じゃあだったら、どんな記念日だったらジョーは祝ってもいいって思うの?」
「どんな……って」
「一方的にこれは嫌だ祝えないって言っておいて、代替案がないなんて言わせないわよ」
「う……」
「却下。普通だわ」
「え、と、じゃあ……クリスマス……」
「ジョー。私が言っているのは、私たち二人だけの記念日、よ」
大体、なんだその普通のカップルって。いったいどんなカップルなのか定義を知りたい。
大体、なになにした日とかっていちいち覚えているもんか。
だったら単純に記憶力の問題じゃないか、ばからしい。
そんなもの、補助脳のバックアップシステムを検索すれはあっという間だ。
記憶の中で特に「重要」のフラグがたっていた日を深く考えもせずチョイスした。
「ふふん。それはだな」
「えっ。あ、まあ、と、当然さ」
「う、うん」
重要フラグをたてて記録しておくほどの大事な記憶だったのか、これ?
フランソワーズと初めてキスした日は嬉しくて眠れなかったんだから!