「キスしたら増えるもの」
「ねえ、ジョー」 「……なんだって?」 ジョーにしてみれば、はっきり言ってどうでもいい話である。しかもこんな眠くて仕方が無い時にするような話でもない。がしかし、フランソワーズは至って真剣なのだった。 だって別に減らないじゃないか。 何が? フランソワーズはフランス人だから考え方が違うのだろうか。 先刻までの余韻が残っているのか、ほんのり頬が染まっているフランソワーズ。けれども妖艶な雰囲気ではなく無邪気に唇を尖らせ、なにやら真剣に考え込んでいる。 「それって、キスしたら増えるものがあるのにわざと秘密にして話を逸らせているんじゃないかしら」 とはいえ、いま彼女が考えているのはジョーにとってみればどうでもいい話題ではあった。はっきり言ってメンドクサイし、今この時に持ち出されるような話でもないと思う。そう、今はもっと――違う話をするべき時間ではなかろうか。 ――なにかあったんだろうか。 今更ながら、そんなことに思いあたる。 「キスしようか」
「うん?」
「何何したって減るもんじゃない、って言うでしょう。ホラ、触っても減るもんじゃないとかキスしたって減るもんじゃないとか。――ん、確かに接触で減るものはないわ。でも敢えて「減る」を問題にするっていうのはおかしいわ。もしかしたら増えるものもあるのかもしれないのに、わざとソレには触れないなんて。それって何か秘密があるんじゃないかと思うんだけど、どう思う?」
ちょうどあくびをしていたジョーは、フランソワーズの妙な質問に中途半端に止まってしまった。
が、実はもしかしたら「接触で減るものはないわ」と言われた時に首筋から肩を撫でられてくすぐったかったからかもしれなかった。
「だから、秘密があるんじゃないのかしらって」
「うーん」
そして、真剣なフランソワーズを無視することはできないのが島村ジョーであった。
「それは、減るとか増えるとかそういう意味じゃなくて、変わらないだろうって言いたいんだよ」
「変わらない?」
「そう。金銭みたいに増減しないんだから気にするなという意味さ。日本語って難しいよね」
そう言ってふわあとあくびした。
フランソワーズはじっと考えていたが、ジョーが再び目を閉じてうつらうつらし始めると、彼の肩を揺すった。
「ジョーォ。おーきーて」
「……なんだよ、フランソワーズ」
「だってわからないんだもの。だったら、例えばキスしても減るもんじゃないって言うの?」
「そういうことだね」
「どうして?」
「どうして、って……」
そう思って、困ったように頭を掻いたジョーだったが。
「キスしたら増えるのに!?」
増える?
「フランソワーズ、それってどういう……」
「だって私、ジョーとキスしたら好きっていう気持ちが増えるのよ。いつも」
「え……」
「なのに、キスしても減るもんじゃないっておかしいわ」
なんだか凄くネツレツな告白をされたような気がして、ジョーは落ち着かなくなった。
さっきまでの眠気はきれいさっぱり吹っ飛んだ。
きらきらした瞳。
ジョーはそんな風に何事にも一生懸命考えるフランソワーズが大好きだった。
しかし。
フランソワーズの唐突な質問は、彼女にとっては唐突ではなくちゃんと脈絡があるのだ。
ジョーはちょっと反省し、フランソワーズを引き寄せた。
「うん。わかったから、フランソワーズ」
「なあに?」
好きという気持ちが増えるというなら、いまちょっと増やしたい気分だった。