「境界線」
「冷やし中華が食べたい」 と、言ったら困ったように眉を寄せた。 「あれは季節ものでしょう?この時期は難しいんじゃないかしら。それとも、大人の店に行ってみる?もしかしたら作ってくれるかも」 困ったように、だけどあれこれ考えてくれるフランソワーズ。 でも、なかなかその境界線は見えてこない。 だから僕は、途中からわからなくなる。 僕は境界線を知りたいのか、知りたくないのか。 きみはどこまで僕を受け止めてくれる? 早く教えてくれないと、僕は勘違いしてしまうよ。きみは僕を受け容れてくれる、って。 フランソワーズは続ける。 「でも、味の保証はできないわよ?なんたって、私のオリジナルなんですからね?」 いたずらっぽく笑う。 「いいよ。それが食べたいんだ」 更にわがままを言ったら、何て答えるのだろう? 「・・・ジョー?」 にっこり笑うフランソワーズ。 もしかしたら、僕は間違っていたのかもしれない。 だけどそれは、 「今度は何かしら?」 いたずらっぽく煌めく瞳。 まさか、ね。 いくらなんでもそんなことは・・・ 僕がきみを追い掛けているつもりでいただけで、本当はとっくに捕われていたのかもしれない。 「ジョー?どうかした?」 蒼い瞳が僕を射る。
「・・・フランソワーズのがいい」
「そんなこと言ったって。今の時期は売ってないから無理よ」
僕はいつもきみに無理を言う。
どこまでが許される境界線なのか確かめるように。
何故なら、フランソワーズは大抵の事はこなしてしまうから。
ジョー、それは無理よ。
ジョー、それはできないわ。
ジョー、我慢してちょうだい。
いつ言われるのか、ドキドキしながら待っているのに、一向に聞こえてこないセリフたち。
本当は境界線なんかとっくに見えているのに、認めたくないだけなのかもしれない。
フランソワーズ。
そうなったら、僕はきっと遠慮しない。
どこまでもきみを追い掛けて捕まえて、それでも足りずにきみを傷付けるだろう。
そういうやり方しか知らないから。
「・・・既製品のものじゃなくていいなら、何とか作れると思うけど」
「なに?」
「味の保証はできないけれど、本当にそれでいいの?」
「ああ、もちろんだよ」
「・・・そう。なら、作ってあげる」
その笑顔はいつもと変わらない。
変わらない・・・ん、だ、け、ど。
「あの・・・フランソワーズ?」
振り返る。
蒼い瞳が僕を射る。
「・・・なあに?」
境界線を探す僕。
一向に見えない境界線。
まさかきみは、わざと境界を作らないわけじゃないよね?
あるいは、きみには僕に対する境界なんて初めからなくて、僕が望めば望むだけ――範囲が広がってゆくだけなのかもしれない。
でも、もしそうだとしたら。
僕のほうが、きみに。
そう・・・きっと、
僕はきみの手の中だ。
いつだって。