「その目に他の誰をも映すな」
〜「凍った時間」より〜

 

 

「・・・こんなに近くにいたら、あなたしか見えないでしょ?」
「まぁ、そうだけど」
「だったら、そんなに大威張りで言うことないじゃない」
「でもイヤなんだ」
「・・・そ」

言葉と共にふいっと視線を逸らせたフランソワーズに、慌ててジョーは彼女の頬に手をあてた。

「ほら。ダメだよ、こっち向いて」

再び映る、蒼い瞳の中の自分に満足してジョーはにっこり微笑んだ。

「――ん。しばらくそうしてて」
「しばらくってどのくらい?」
「んー・・・そうだなあ・・・今日一日?」
「ええっ、そんなに!?私何にもできないじゃない」
「いいじゃないか」
「イヤよ!今日一日、あなたを見て過ごせって言うの?」
「うん、そう」

じっと見つめたまま動かないジョー。
自分の両頬を包んだ手は温かくて安心できるけれど、フランソワーズはそれ以上にジョーの事が気になった。

 

いつも変だけど、今日は特に変。いったいどうしたの?

 

何しろ、朝ごはんの後からずっとこうなのである。
とにかく、ジョーを見ていないとごねるし拗ねるし手がつけられない。
じゃあ見ていればいいのかというと、ただじっと見つめ合っているだけで何をするというのでもないのだ。
ともかく、蒼い瞳に僕が映るのを見たいんだ、とジョーは言う。

 

いったい、何事?

 

見つめ合っていれば何もできない。
しかもジョーは、見つめているだけで満足らしく、抱き締めるとかキスするとか、仲良くするとかそういうことはいっさい考えていないようなのだ。
ただ、見つめていれば満足というふうに穏やかに微笑んでいる。

 

変なジョー。

 

メンテナンスの後、ずっとこうだった。

 

 

 

****

 

 

 

――蒼い瞳。

 

その瞳に映る自分。

 

そんなちょっとしたことがこんなに嬉しくて幸せだと思わなかった。

凍った時間の中で、彼女が瞬きをして蒼い瞳が隠れた数週間。
それはただの瞬きで、また瞳は開くとわかってはいても、それまでに――気が狂ってしまいそうだった。

 

フランソワーズの瞳に映らない自分。

映してもらえない自分。

 

本当の孤独はそれだった。

その埋め合わせをするかのように、見つめて欲しい蒼い瞳で。

 

加速した時間が戻り、時間軸は同じになった。
けれど、自分がひとり過ごした時間は一ヶ月を過ぎていた。重ならない一ヶ月。
彼女たちにとっては、自分がメンテナンスから目覚めて半日も経ってないのだ。
だから、フランソワーズにはわからない。

でも、それで、いい。

その話をしたら、彼女は博士にかけあって――加速装置なんて外せというだろう。
そして、自分がひとりぼっちで過ごした空白の時間を想い、泣くだろう。

そんな思いをするのは自分だけでいい。

 

だから。

 

代わりに見つめる蒼い瞳。

見つめる自分を映して欲しい。

自分だけしか映さない瞳を見ていたい。

 

 

***

 

 

「もう・・・ジョーったら」

 

ただ見つめるだけのジョー。

フランソワーズは自分の頬を包んでいる彼の手にそうっと自分の手を重ねた。

 

「――いいわ。じゃあ、今日はずうっとこうしていましょう」

「うん」

 

嬉しそうに頷いたジョーに微笑みかける。

彼の褐色の瞳に映る自分が嬉しかった。

 

 

 

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