原作93の年末大掃除

2013年、2014年、2015年のお話を続けて掲載しています。
注:途中でもういいよってなる可能性大なので御注意下さい。

 

2013年12月年末

 

「えっと……洗剤。と、漂白剤……」

ジョーがぶらぶらとリビングへやってきた時、フランソワーズは何やらメモを取るのに夢中であった。
廊下にある作りつけの戸棚に首を突っ込んでいる。

「……何してるんだい?」
「あ、ジョー」

戸棚を閉めるとフランソワーズはジョーにメモを見せた。

「もうすぐ大掃除でしょう。必要なものを書き出してたの」
「ふうん……」
「ジョー。ヒトゴトじゃないのよ?」

あなたも掃除をするんですからねというフランソワーズにジョーは露骨に嫌な顔をした。

「そんな顔してもダメ。今年こそはちゃんとやってもらいますからね」
「……掃除、得意じゃないんだよなぁ」
「知ってるわ」
「だったら何で」
「ちゃんと教えてあげるから大丈夫」
「え……いいよ、手間だろうフランソワーズの」

次はバスルームのチェックをしなくちゃとぱたぱた動き回るフランソワーズに、ジョーはただただくっついて回る。

「別に手間じゃないわ」
「でも僕はそういうのは苦手だし」
「あら、得意になるまで付き合うわよ?」

入浴剤は足りてるし、シャンプーもリンスも買い置きがあるわとメモをし、フランソワーズが振り返った。

「それにしても暇そうね、ジョー」
「別に暇じゃないさ」
「そうかしら」

今度はキッチンに行くフランソワーズにやはりただついていくジョーである。よほど暇なのか、あるいは何か他に目的があるのか、茫洋とした彼の様子からはわからない。
キッチンの戸棚をあちこち覗き込んではメモをとるのに忙しいフランソワーズ。
対するジョーはただぼうっと突っ立ってそれを眺めているだけである。

「ジョー。やっぱり暇なんじゃないの」
「暇じゃないよ?」
「でもさっきから何もしてないじゃない。だったら博士を手伝ったらどう?」
「博士?」

そういえば姿を見ないなと首を傾げた。

「博士はいま自分の部屋で本の整理をしているはずよ」
「本の整理?」
「ええ。博士の部屋、見た事あるでしょう。いい加減、どうにかしないといつか本に埋もれちゃうわ」
「……なるほど」
「いったい幾つの学会に入っているのかしら。送られてくる学会誌の数だってばかにならないのよ。どんどん溜まっていくし」
「でもイワンも読むんじゃないのかな」
「読みません。学会だって、必要ないのに入っているのはただの趣味よきっと」
「別にいいじゃないか。老人の楽しみだと思えば」

やっぱりヒトゴトなのね、とため息をついて、フランソワーズは再びメモに目を落とした。
次は納戸に行って掃除用具を見なくちゃと言い残しキッチンを後にする。
ジョーはぽつんと取り残され――はせず、当然のようにフランソワーズにくっついて納戸に向かった。

「あら、箒が足りないわ。ねぇ、ジョー。どこかに持ち出さなかっ」

持ち出してないよと耳元に唇をつけるように囁かれ、フランソワーズは息を呑んだ。後ろから抱きすくめられるようにジョーの手が巻きついている。

「ちょっと。ジョー?」
「うん?」
「なんのつもり?」
「なんのつもりって、見ればわかるだろ?」

まあ確かにそうなのだけれど。

「あのね。なんなの、いきなり」
「だって、さっきからあんまり色っぽいから誘っているのかと」

ジョーから見れば、戸棚からフランソワーズの尻が突き出している図が眼前に繰り広げられていたのだ。目が離せなくなっても仕方ないだろう。

「誘ってません」
「えー。断るつもり」
「そんな暇ないの。忙しいの。……手を入れないで」

ニットの下に滑り込ませた手はフランソワーズに引き出された。

「ええっ。そんなに時間とらないよ。すぐだよ」
「何よ、すぐって」
「ほんのちょっとでいいから」
「もう。覚えたての思春期男子じゃないんだから」
「初心に還っただけだよ」
「ま。百戦錬磨のくせに」
「いやあ、まいったなあ」
「褒めてません」

そんな会話をする間も互いの攻防戦は続いている。が、しかし、徐々にジョーが優勢になってきた。
やはり百戦錬磨の達人なのだろうか。あるいは、フランソワーズのガードが甘いのか。
着衣を乱すことなく、背後からフランソワーズを抱き締めたままいまにも本懐を遂げる勢いのジョーである。

「ジョー、待って」
「忙しいんだろ?……すぐ済むから」
「そういう問題じゃなくて」

ジョーの準備は良くても、女性はそうそう準備万端になるものではないと言いたいところである。
が、しかし。
悔しいことにそうはならないこともわかっている。何しろ相手はフランソワーズの体をよく知っているのだ。服を脱いではいないのに、気がついたら直接肌の上をジョーの手が行き来している。ずるい。ひどい。と声にしたいのに出てこない。
ジョーの手が巧みに胸を愛撫し、耳を軽く噛んだとき思わずフランソワーズは声を上げていた。

「……フランソワーズ」

熱い声が耳朶を打ち、何も考えられなくなる。
執拗な指の動き。フランソワーズの体を知りつくしている。

「あ。じ、ジョー、だめ」

このままでは。
フランソワーズが切ない息を洩らし、腰をジョーに押し付ける。

「うん?どうかした?」
「意地悪……っ」
「何が?」

どうしたいのか言ってごらんと言うのにフランソワーズは首を振った。

「なんでも……ない、わ」
「そう?」

ジョーのてのひらがフランソワーズの胸を包み、その先端をくすぐってゆく。

「ジョー、やめ」

身を捻りジョーから逃れようとするが、がっちり抱えられどうにもならない。

「お願い、もう……」

その瞬間、フランソワーズの体に震えが走った。
ジョーは満足そうにその震えを味わい、更にしっかり抱き締めた。

「もう……ジョーのばか……」
「フランソワーズ、凄く可愛いよ」
「ばか。嫌い」

どうしてこれだけで達してしまうのか悔しい。やはりジョーは百戦錬磨の達人なのだろうか。
それにしても、こんな姿。恥ずかしい。ジョーと繋がっているならともかく、そうではないのにこんな。
泣きそうな思いでいると、ジョーが優しく耳元で囁いた。

「可愛いよ」
「嘘よ。きらい」
「本当だよ」
「いや。もう」
「本当だって。凄く可愛い」

可愛いかわいいと繰り返すジョーにただ首を横に振る。ジョーが首筋を舐め、その間に指が下がりフランソワーズの柔らかい部分に触れた。思わず息を呑むと、それが了解の合図だったかのようにジョーの指が侵入してくる。数回抜き差しされたあと、ジョー自身が侵入してきた。立っていられなくなりそうで、フランソワーズは両手を壁に突いて耐えた。
ジョーの律動は止まらない。深く深く入り込んでくる。角度と深度を変えて何度も何度もそれは執拗に。

――どこが「ちょっと」でどこが「すぐ」よっ……

頭の片隅でそう思ったことは覚えている。が、ジョーの熱で全部溶けてしまったようだった。

 

ジョーが果てた後、フランソワーズはくるりと振り返りジョーに詰め寄った。

「ジョー」
「うん?」

なにかな?と目を上げるジョーが男らしいセクシーさに満ちていて、フランソワーズは気勢を削がれた。対するジョーも、フランソワーズの潤んだ瞳から目が離せない。
ひととき無言のまま見つめ合ったのち、フランソワーズは小さなため息を吐き出した。
言いたかったことを変更せざるを得なかった。

「……ダメよ。許さないわ」
「え?」
「勝手に始めて勝手に終わるなんて」

そう言うと、ジーンズのジッパーに手をかけたままだったジョーの手に自分の手を重ねた。
静かに詰め寄るとジョーの唇にくちづける。

「こんなの全然、」

足りないわ。

「ででも忙しいんじゃ」
「すぐ、よ」

慌ててジッパーを引き上げようとするジョーの手を制する。

「だけど」
「ちょっとでいいのよ?」

ほんとかなあというジョーの声は、どこか楽しげだった。

 

二人が物品の買出しに行ったのは、それから数時間後であった。

 

 

***

 

 

今日はギルモア邸の大掃除である。
実は二度目の大掃除であるが、広い邸は掃除をやってもやっても全然足りないのであった。そしてそれは、約一名の掃除に全く興味の無い機械男子のせいでもあった。

朝食後、博士は引き続き自室の整理である。
フランソワーズのみるところ、片付けているのか過去の文献を漁っているのかどちらとも知れない状況であり大掃除に着手する前と何ら一ミリも変わっていないように見えた。が、博士に言わせれば断腸の思いで整理しているという。
そのため、迂闊に博士の部屋には手を入れられなかった。

そんなわけで、今日は各自自分の部屋の大掃除をすることとなった。

 

ジョーも朝ごはんを食べたあと自室に戻ったのだが、いったい中で何をしているのかは謎である。にこにこと「うんわかったよ」とふたつ返事だったのが余計に怪しい。もしかしたら二度寝を決め込んでいるかもしれない。
そう思い、フランソワーズは突然の訪問機会を窺っているのだが、いかんせん中々実行に移せない。
というのは、ジョーは危険因子だからである。
なぜ今日は二度目の大掃除となったのか。それは前回、ジョーに邪魔されたからに他ならない。
今回はそうはならないようフランソワーズは常に背後に気を配り、掃除を進めていた。が、しょっちゅうチラチラと背後を気にしつつ行う掃除はいっこうにはかどらない。何故だか、ジョーの影が無いと安心する反面ちょっと物足りないのだ。
そんなのおかしいわと頭を振って考えを追い出し、やっと自分の部屋の掃除に集中できた頃、それは起こった。

 

「もう、やめて頂戴、ジョー」

掃除機をかけていたら背後から羽交い絞めにされた。

「どうして邪魔ばっかりするのよ。自分の部屋の掃除はどうなったの?」
「もう終わった」
「嘘ばっかり」
「ほんとだって。疑うなら見に来れば」
「……」

横目でジョーを盗み見し、フランソワーズは考えた。
これは罠かもしれない。他意のなさそうな顔をして下心満天かもしれないのだ。迂闊に部屋に行くのはどうだろうか。
かといって。これで行かなければ、ジョーの部屋の掃除の進捗状況がわからない。しかも、行かないとジョーが臍を曲げるのも確実だ。

「……わかったわ。行くから離して」

ジョーはしぶしぶといった感じでフランソワーズを解放した。が、代わりに手を繋ぐことにしたらしく離さない。そのくらいいいかと思ったフランソワーズであったが、ジョーの部屋へ向かう道すがら、これって確保されたままじゃないかと危ぶんだのも事実である。
ともかくジョーの部屋に到着した。

「さて。掃除は済んだって言ったわよね……」

ジョーの部屋に入り、辺りを見回しチェックする。
確かに片付いてはいた。
放り出したままだった漫画雑誌はきちんと棚におさまっていたし、飲んだままのマグカップも片付けられていた。脱ぎ散らかしていた衣類はどこかに消えているしカーテンもきちんとまとめられている。ゲームソフトも床に積み上げられていたのがラックにおさまり、ジョーの部屋は綺麗に整えられていた。

「まあ。やればできるじゃない」
「だろう?」

自慢そうに胸を張るジョーにフランソワーズは笑顔になった。

「じゃあ、手が空いたわね」
「――うん?」
「次はイワンの部屋の掃除を手伝ってちょうだい」
「え。イワンは自分でするだろ」
「何言ってるの。赤ちゃんなのよ?できるわけないでしょう」
「できるさ。スーパーベビーだぞアイツ。それに」

空いた時間は別のことに使う、と不穏な言葉が耳を掠めた刹那。フランソワーズはジョーのベッドに組み敷かれていた。

「ちょっとジョー」

どういうつもり、という抗議の声も唇で封印されてしまう。

「――すぐだから」

囁く間だけ唇が離れる。が、フランソワーズが抗議しようとするとまたキスされてしまう。

「ほんのちょっとだけ」
「――もうっ……」

またそれ?

ジョーの「すぐ」と「ほんのちょっと」に対する見解をいつか聞いてみようと思うフランソワーズであった。

 

 

ギルモア邸の大掃除は今日も終わらない。

 

 

****
****

 

 

いよいよ年の瀬である。
今日はギルモア邸の大掃除であった。
実は三度目なのだが、広い邸であるギルモア邸はやってもやっても終わらない。が、それ以前に掃除の邪魔をする者が約一名存在するせいなのかもしれなかった。本人にその自覚があるのかどうか今もって謎である。

「いい?ジョー。今日こそ掃除を終わらせないと年が越せないのよ?」
「掃除に関係なく年越しはくると思うけど」
「そういう意味じゃないの。今年の汚れは今年のうちに落としたいの。わかるでしょ?」
「うん」
「新たな気持ちで新年を迎えたいの。わかるわよね?」
「うん」
「だから今日は絶対に邪魔しないでね?」
「酷いなぁ。僕が掃除の邪魔をしてるっていうのかい?」
「そうでしょう。覚えてないの?」
「だって邪魔してないし。途中で掃除をやめたのはフランソワーズだろう?」

そうジョーが言った途端、フランソワーズはジョーの両頬をひっぱっていた。

「どの口がそういうこというの?」
「イタタ、いひゃいよ」(注:痛いよ)
「ジョーのせいでしょう全部」
「わ、わかったわかった」
「……もうっ」

フランソワーズが手を離すとジョーはわざとらしく頬を撫でた。
小さく暴力反対と訴えるのを無視し、フランソワーズは続けた。

「そういうわけで、今日はジョーに買い物に行ってきてもらいます」
「ええーっ」
「いいじゃない。好きでしょう。ドライブ」
「買い物はドライブじゃない」
「じゃあ、私が買い物に行くからジョーはお風呂を洗ってトイレの掃除をしてそのあと階段の」
「行く。行く行く行きます。ああ買い物は楽しいなぁ」

……ということで、ジョーを買い物に送り出すことに成功した。これでしばらく邪魔は入らない。思うまま掃除ができるというものだ。やっと年末大掃除が完了する。本当に良かったわ最初からこうしていればよかったのよと思いつつ、フランソワーズは掃除に精を出した。

 

ジョーが帰ってきたのはお昼過ぎだった。いったいどこで何をやっていたのかまったくもって謎であったが、帰ったのが夕方ではなかったので許した。居たら居たで掃除の邪魔しかしない彼だが、居なければ居ないで気になって仕方がない。
なんとも厄介な男である。
遅いお昼ごはんを食べながら、ジョーは呑気に掃除はもう終わったのと訊いた。

「そんなわけないでしょう」
「え」

途端、眉間に皺が寄る。もっと遅く帰ってくるんだったと瞬時に考えたことは間違いない。009の時はポーカーフェイスのくせに日常では最もわかりやすいサイボーグである。

「ふうん……え、っと」

フランソワーズが何も言わずじっと見つめるから、ジョーはオムライスを食べる手を止めた。

「……何か、手伝うことあるかな」
「まあ、ジョー!」

嬉しいわジョーからそう言ってくれるなんてとフランソワーズの笑顔が満開になった。どう考えてもこれ以外のセリフを言える状況ではなかったが、とりあえずジョーは満足した。食事の時にフランソワーズの満開の笑顔を見られるのは彼にとってかなりの贅沢なのだ。しばし食べるのを忘れて見つめてしまう。

「そうねぇ。だったら窓拭きをしてもらおうかしら」
「窓拭き?」
「ええ」
「でもそれはこの前終わったんじゃ」
「リビングの窓が汚れているの。この間、風が強かったでしょう。だから」
「ふうん……まぁ、いいけど」

そのくらいなら大したことないはずである。

「で、フランソワーズはどこの掃除?」
「私?――それは秘密よ」
「なんで」
「だって、言ったら絶対に邪魔しに来るでしょう」
「行かないよ。信用ないなあ」
「ありません」
「酷いなあ」

オムライスの最後のひとくちを食べて、お茶を飲み干しごちそうさまとジョーは席を立った。ジョーの世話のため対面に座っていたフランソワーズも一緒に立ち上がる。すっかり気を許していた一瞬だった。

「きゃっ」

ジョーの腕が伸びて、あっという間に彼の胸の中に押さえ込まれてしまった。

「ん。なんなの、急に」

どうしたの――という問いはジョーの唇に塞がれた。

「……別に、どうもしないよ?」
「ケチャップの味がする」
「そりゃそうさ。オムライス食べてたんだし」
「もうっ……」

せめて歯磨きしてからにして頂戴というフランソワーズの抗議は黙殺される。そのまま彼女を抱き締め、ジョーはその肩に鼻を埋めた。

「ジョーったら。どうしたの?なんだか甘えん坊さんね?」
「……別に。いいだろ」

くすくす笑うフランソワーズ。午前中ずっと離れていたから寂しかったとは言えないジョーである。否、言ってもおそらくどうってことないのだろうけれどそこはカッコつけたいのだった。

「さ。ジョー?もういいかしら」

不穏な気配を感じとったのか、フランソワーズがジョーの腕からすり抜けようと試みる。が、がっちり彼女をホールドしたジョーの腕はびくとも動かないのだった。

「ジョー?」

これはマズイ。何も言わないジョーほど怖いものは無い。
フランソワーズは今度は本気でジョーの腕をねじり上げ――ようとしたが、やはりびくとも動かないのだった。
本気を出した009に勝てるわけがない。

え。
本気。って――?

「ジョー?何を本気出して……あんもう、」

ジョーの体の熱さがこのままではすまないことを物語っており、フランソワーズは諦めたようにため息をついた。
まったくどうしてこのひとはこうなんだろう。ミッションの時はどんなに離れていたって思い出しもしてくれないのに。なのに平和な時は姿が見えないと不安がり、一緒にいないと寂しがる。ふたつを足して割ったらバランスがとれるだろうと日々思うのだけれど。

「……フランソワーズ。すぐだから」

またそれ?

熱い声にそっと目を閉じ、とりあえずここはリビングだからダメよと言うべきか、早く済ませてねと言うべきが迷う。

が。

「それはイヤ」

すぐやちょっとで済んだ試しはないけれど、多少の自己主張はしてもいいだろう。いつも「すぐ」と言われて満足していると思われるのだけは避けたい。なにしろ、姿が見えないと不安がり、一緒にいないと寂しがるのはジョーだけではないのだから。

「……わかった」

そう答えたジョーの声は嬉しそうだった。
ジョーの部屋まで運ばれながら、夕方には掃除できるかしらとフランソワーズは考えていた。

 

ギルモア邸の大掃除。

もうこのまま年を越してもいいのかもしれない。

 


 

2014年12月年末

 

今年の年末は平和だった。
懸念していた大掃除もつつがなく終了した。
やはり、ジョーに大量の買い出しという任務を与えたのが勝因だろう。日用品や食材諸々。それらはもちろん、この忙しい年末年始にあえて必要というものではない。が、あれば助かるものばかりなのだ。
そんなわけで、ジョーは朝から夕方まで任務中であった。
果たして何をどんなふうに購入してくるのか不安がなかったといえば嘘になる。が、フランソワーズが与えたメモはこと細かく書かれてあり、それに従えば小学生でも完遂できるという超カンタン任務なのであった。

そして今は、おせち料理作りの追い込み中である。

「フランソワーズ。これ、見張ってるだけでいいのかい?」
「そうよ、きっちり五分。間違えないでね」
「う、うん…」

ジョーはキッチンにいた。
真剣な表情で見つめるのは沸騰しつつある鍋である。
完全に沸騰したら、卵をそうっと投入し五分間茹でるというミッションだ。
料理に関しては全く役に立たない男であるから、できることといえば見張りくらいしかない。そしてそんな彼にとって茹で卵を作るというのはうってつけの調理であった。ただ見張っているだけなのに、一品作ったような気持ちになる。

「五分経ったら冷たい水にいれて、流水で殻を剥いてね」
「お、おう…」
「そして、完全に冷めたらこの中に優しく入れるのよ」
「や、優しく…」
「そ。優しく」

フランソワーズが示したのは既に彼女が調合した出し汁である。黄身がとろとろな状態の味つき卵を作る予定なのである。

「いい?五分以上茹でたらだめよ。固くなっちゃうから」
「う、うん」
「殻を剥くのも優しくね。柔らかいから」
「う、うん」
「そして、優しくこの中に入れて…どうかした?」
「いや…なんだかエロい会話だなあと思ってさ」
「え、どこが?」
「固いとか優しく入れるとか…」
「ばか」

五分よ間違えないでねと言い残し、フランソワーズは大根の千切りに戻った。

 

 

「で、五分じゃなくてもいいんだよね…?」
「知らない。そんなこと聞かないで」

年越しまであと数分。

夕食後、今年やり残したことがあるとかないとか話していたら、ジョーがあるよと言ってこうなった。そういう意味と違うのにとフランソワーズが言っても聞かない。

「ねえ、ジョー」
「ん、なに?」
「まさかずっと考えていたわけじゃないわよね…?」

茹で卵を作りながら。

「はは、まさか」

ジョーはフランソワーズにキスすると彼女のなかに優しく入り込んだ。
フランソワーズの甘い声にジョーは満足そうに微笑んだ。


そんなの、一日ずっと考えていたに決まってる。

 


 

2015年12月年末

 

今年の年末大掃除はいつもと違ってとてもはかどった。
というのは、ジョーが率先して掃除をしてくれたからだ。

ギルモア邸はとても広くて、掃除をする場所がたくさんある。だから人手はいつも足りない。なのに、ここに住んでいるのは老齢の博士と乳児のイワンにジョーと私の四人だけ。実際に掃除ができるのは私とジョーだけしかいない。だから、年末大掃除とはいってもできる範囲は限られていて、共用スペースを掃除するくらいがやっとである。それでも、そんなに限定してもひとつの部屋が広くて天井も高いから凄くたいへんなのには違いない。リビングにキッチンに玄関、お風呂場に洗面所にトイレに一階の廊下と二階の廊下、階段。そして庭。ああ、こうして列挙しただけで眩暈がしそう。
もちろん、それに加えて各々の部屋の掃除もあるから、当然の如く一日では終わらない。数日に分けて掃除するのだ。
ジョーは、なんでこんなに寒い時に掃除しなくちゃいけないんだといつも文句を言う。そうして結局はあれこれ理由をつけて逃げてしまうから頼りにならないしあてにできない。だから私ひとりでできる限りの掃除をするしかなかったのだけど。

今年は違う。

いつも掃除をしないどころか、ひとが掃除しているのをことごとく邪魔するあのジョーが。
自ら進んで掃除をしてくれたのである。

ねえ、これって快挙よ?いったい何があったのかしら。ってジョーに訊いてみたいけれど。変に訊いて彼の機嫌を損ねたら掃除をやめちゃうかもしれないから訊けない。だから私は内心首を捻りながら、ジョーが黙々と掃除をするのを横目で見ていた。やっぱり男の人の手があるとはかどるわなんて言って褒めながら。
ジョーはそうかななんてちょっと嬉しそうにしてリビングのシャンデリアを拭いていた。次は窓拭きもするという。

……ふうん。

私はほんの少し複雑な気持ちになって、リビングを後にした。二階の廊下掃除に向かう。あ、ジョーに言っておかなくちゃ。二階にいるからって。姿が見えないとあちこち捜しに来るから困っちゃうのよね。子供じゃないんだから、姿が見えないからって捜さなくたっていいのに、ねえ。

「ジョー、私、二階の廊下にいるから」
「うん、わかった」
「……廊下の掃除してるから」
「うん。いってらっしゃい」

ジョーはにっこり笑むと私をリビングから送り出した。

いってらっしゃい?

何よソレ。なんだか釈然としないし、ちょっとむかむかしてきた。だって、私は二階の廊下でジョーは一階のリビングなのよ。離れ離れなのよ。なんで何も言わないの。

――いや、ひとつ屋根の下だけど。

別に危険はないけれど。

……ないのよね。なんにも。

そうよ。ないのよ。普通は何にも危ないことなんてないのだから、お互いの居場所を確認する必要なんてないのだわ。
もう。毎年毎年、大掃除のたびにジョーがくっついてくるから、背後を気にするのが癖になっちゃって鬱陶しかったのよ。
いいじゃない。今年はその心配がないしせいせいするわ。

そうよ。

背後を気にする必要なんてないの。ジョーはリビングで掃除しているんだから。大変だった窓拭き、ちょうどよかったじゃない。

ちょうどよかった……けれど。

なにか物足りない気持ちになるのはなぜ?

 

***

 

毎年、年末大掃除はフランソワーズの邪魔ばかりしていたから今年は警戒されたのだろう。僕は、さあ今日は大掃除よと言ったフランソワーズの姿を見て内心とても落胆した。もちろん、表面は明るく、しょうがないなあたまには真面目に掃除するかなんて言ったのだけど。

だってさ。

フランソワーズ、パンツ姿なんだよ。それもかなりきっちり細身のデニム。
毎年、大掃除といってもスカート姿だったのに。なんで今年はジーパンなんだよっ。細身のデニムって、今年はストレッチ素材で凄く動きやすいってテレビで宣伝していた。確かに動きやすいだろうけど、今までスカートだったろ?なんで急に変えるんだよ。まあ、それを言ったらなんで今までスカートだったのかということになるのだろうけれど。単純に博士の好みとかスカートが好きとかそんなところだったと勝手に思ってる。僕だってスカートのほうが好きだ。
なのに今年はそうじゃない。
たぶん、理由はアレだ。僕なのだろう。僕への対策としてジーパンにした。
ううむ、確かにその対策は正しかった。実際に僕は落胆のあまりこうして黙々と掃除をしているのだから。
リビングのシャンデリアを拭きながら考える。

細身のデニムか。脱がせにくいんだよなあ。
そもそもまずボタンを外すのがメンドクサイ。っていうか不意を衝けない。背後から抱き締めて手を回したって、どうしたって手間取るしその分妙な時間が発生する。フランソワーズに拒否られるにはじゅうぶんな時間だ。それに、うまくボタンを外したって次にジッパーを下げるという作業が必要になる。が、細身でぴったりフィットしているパンツの場合、その作業はけっこう難しい。本人の協力がないと無理。でも大掃除中の彼女に協力なんてしてもらえるはずがないし。
ううむ。今年は無理だろうなあ…背後からフランソワーズを抱き締めていちゃつくのって。いつもだったら有無を言わせず、僕のペースにできるんだけど。

――まあ、真面目に掃除してろってことなんだろうな。

はいはい、しますよ。掃除。お。天井にくもの巣発見。あとで天井も拭いておくか。

 

「ねえ、ジョー」


下から声がかかる。

「うん?」
「私、二階の廊下を掃除してくるから」
「うん、わかった」
「……廊下の掃除してるから」
「うん、いってらっしゃい」
「……」

手を振ってみせるとフランソワーズはなんだか複雑な顔をした。
なんだろう?何か言いたそうな――でも言うほどじゃないからいいわ、みたいな。

なんだろう?

それにしても細身のデニムってけっこうアレだよなあ。下半身のラインがくっきり出るよな。まったく、うちの中だからいいけど外に着ていくなよフランソワーズ。全力で止めるぞ。言ってないけど、そんな姿であちこち掃除しているのってかなり魅力的なんだからな。

うん。

僕は天井を見ながら、細身デニムの攻略法について考え始めていた。

 

***

 

 

リビングの天井と窓を掃除したあと、いったん自分の部屋に戻る途中でフランソワーズと行き会った。なぜか廊下の掃除が全然はかどってないみたいで――何故だろう?

「フランソワーズ、リビングは終わったから自分の部屋の掃除をするよ」
「そう…」
「どうかした?」
「ううん。なんでもないわ」

そう答える声がどこか元気がなくて、僕はちょっと立ち止まった。

「フランソワーズ?」

すると、なぜか――本当になぜか、フランソワーズのほうから僕に寄ってきて唇を合わせた。

「えっ?」

掃除中にネツレツなキスを始めるフランソワーズ。
ええっ?大掃除中だよ?いつも邪魔するなって怒るの、きみのほうじゃなかったっけ?
思わず彼女の両肩に手をかけ、押し戻そうとした――けれど。
別にそんな必要ないんだよな。
だってさ。細身デニムの攻略法がみつかってそれを試そうと意気揚々とやってきたのだから。実は。(自分の部屋の掃除?そんなの二階へ行く口実に決まってるだろ)せっかくネツレツなキスをしているので、そちらはフランソワーズに任せ僕は彼女のジーパンを攻略することに決めた。向かい合っていて密着しているのでボタンとジッパーはすんなり外すことができた。

さて。実は問題はこれからだ。
細身で体のラインにぴったりしているから脱がせにくいんだ。
でも大丈夫。リビングの窓拭きをしながらイメージトレーニングをしていたんだ。きっとできる。
僕はジーパンに手をかけ、一気に引きおろした。

「ん!ちょっ、きゃあっ」
「えっ?フランソワーズ、きみ、」

ノーパン??

ジーパンを下げたらなぜかまるっと剥き身になった。えっ、なんで?手間が省けた――じゃ、なくて。どうやらあんまりぴったりしすぎていて、下着も一緒に脱げたらしい。

妙な図になった。

廊下で下半身むき出しのフランソワーズ。
そりゃ、怒るよなあ。

「もうっ、ジョーのばかっ」
「ごめんごめん」

他にひとがいないからいいものの(博士は部屋にこもりっきりなんだ)、とはいえ恥ずかしいよなあ。僕はフランソワーズをひょいと抱き上げるとそのまま部屋に連れて行った。まあ、全部脱げたのはしょうがない。しょうがないし、かといってまた穿かせる気持ちにもならない。だったら。

「ねえフランソワーズ。掃除はちょっと後でもいいかな……?」

例年通りなら怒るだろう。掃除はどうするのって。

でも。

「掃除はもう終わってるわ、ジョー」

そうだっけ?

フランソワーズと目が合った。なんだか悩ましい視線を向けられ、僕の理性は霧散した。
そうだね。掃除はもう終わったから、あとは――好きなことをしていいんだ。

「ジョーったら今年は真面目に掃除するんだもの」

少し唇を尖らせ不機嫌そうなフランソワーズ。真面目に掃除して怒られるのって理不尽な気がしないでもないが。

「真面目に掃除しないほうがよかった?」
「知らない、もうっ……イヤなジョー」