白馬の王子さま

 

 

「――王子さま?」

ジョーは鸚鵡返しに問いかけた。

「そうよ。ジョーは王子さまなの。白馬に乗った」
「・・・白馬ねぇ・・・」

ギルモア邸のリビングである。
ソファで雑誌を読んでいたジョーの元へ、フランソワーズは入って来るなり言ったのだった。

「白馬なんて乗ったことないけど?」
「ものの例えよ」
「・・・フム」

ジョーは雑誌を閉じると立ち上がった。

「で?その白馬の王子さまって何者なんだい?」
「何者、って・・・そうねぇ」

腰を抱いてくるジョーの腕をすり抜けながら、フランソワーズは頬に人差し指をあててちょっと考えた。

「――運命のひと。いつか・・・世界中から私だけのためにやって来て手を差し伸べるの。迎えに来たよ、って。そして私もずっと彼を待っていたのだと会った瞬間にわかるのよ」
「へぇ・・・」
「だから、女の子は誰もが待っているの。きみのために来たよって言ってくれる王子さまを」
「――で?きみも待ってる、ってわけだ」
「昔はね。待ってたわ。でも・・・」

いらいらと伸ばされるジョーの腕をあくまでもかわしながら、フランソワーズは話を続ける。

「言ったでしょ?ジョーが王子さまだった、って」
「――僕が」
「ええ。だからもう待ってないの。だって、ここにいるんだもの。――違う?」

ジョーはフランソワーズを抱き締めるのを諦め、腕を引いて胸の前で組んだ。

「でも僕は迎えに来た覚えはないんだけどなぁ。どちらかというと、迎えに来て手を差し伸べたのはきみのほうだし更に厳密に言うとそれはイワンだったし」
「もうっ。ジョーって夢がないのね!」
「夢?」
「・・・もういいわ!」

突然ご機嫌ナナメになったフランソワーズ。その原因がわからず、ジョーは頭を掻いた。

「わからないなあ。どうして夢をみなくちゃいけないんだい?」
「知らないっ」

フランソワーズはつんと横を向いたままだ。

「ええと、つまり・・・白馬の王子っていうのは運命の人で、きみの場合は僕がそうだった、と、そういうわけだよね」「そうよ」
それなのに、あなたったら理屈ばっかり並べちゃって。確かに、B.G.から逃げる時にあなたに声をかけて一緒に行きましょうって言ったのは私だったし、それも元はイワンの発案だったわけだから、正論ではあるけれど。
あれが運命の日だった――とは、これっぽっちも思わないのかしら?

フランソワーズは、どうしてこんなロマンのかけらもない現実的な男を好きになってしまったのだろう――と嘆いた。

「と、いうことは・・・僕にとってもきみが運命の人。と、そういうことかな」
「そうなるわね」
「――なんだ」

ジョーはほっとしたように破顔した。

「王子だの何だのごちゃごちゃ言うから、わからなくなっちゃってたよ。僕たちがお互いに運命の人だっていうの、そんなの今更言うことなのかい?」

腕を伸ばし――今度はフランソワーズを腕の中に捉まえることに成功した。

「――時々、確認したくなっちゃうのよ」
「ふうん」

だって、あなたってなんだか――時々、つかみどころがないんだもの。ふわふわしたクラゲみたいに漂って。

「――だったら、今度、白馬に乗って迎えに来るよ」
「いいわよ、来なくて」
「だってそういうのがいいんだろう?」

フランソワーズを抱き締め、その耳元に唇をよせながら。

「――うん。そういうのも楽しそうだ」

 

 

***

 

 

後日。

 

どう見てもグレートの変身としか思えない白馬に跨って。
颯爽と現れた妙な服装の――これもどう見てもグレートの舞台衣装だった――ジョー。
差し伸べられた手につかまって、同じく馬上のひととなりながらフランソワーズは心に誓った。
もうこういう話をジョーにするのは絶対にやめよう・・・と。

「何か言った?」
「ううん。なんでもないわ」
「そう?――で、どう?白馬の王子に迎えに来られた感想は?」
「・・・恥ずかしいわ」

何しろ、ギルモア邸から浜辺をぐるりと一周しているのだ。

「――それだけ?」

むう・・・と唸って、ジョーの口元が不機嫌そうに歪む。

「だって、本当にやらなくてもいいのに」
「やらないと納得しないだろう?」
「そんなこと・・・」
ないわ。と応えるフランソワーズに顔を近づけて。

「運命の人が僕じゃなかったなんて言わせないからね」

ちらりと見えたジョーの瞳は――009の瞳だった。暗く険しく厳しい色の。
背中にひとすじ汗が流れ、フランソワーズはやっぱりジョーにこういう話をするのはやめようと固く心に誓った。

ジョーがそう言った瞬間、白馬の耳がぴくりと動き――たった今まで乱れなかった歩が乱れ、あっという間にジョーとフランソワーズは砂浜に投げ出されていた。

「いやあ、すまんすまん。聞かないようにしてたんだけど、どうしても聞こえてしまってなあ――」

そこには変身を解いたグレートの姿。きまり悪そうに禿頭を掻いている。

「いやあ、お前さんがあんな台詞を言うとはねえ・・・」

笑いを堪えているのか口元がぴくぴくしている。

しかし、砂浜に転がっている二人はそんなのどうでもよかった。

ジョーは咄嗟にフランソワーズを抱き締め、彼女の下になって落馬の衝撃から守っていた。

「フランソワーズ。大丈夫?」
「ええ。王子さまが守ってくれたから」
「当たり前だ。僕は運命の人なんだぞ」
「そうね。良かったわ。――迎えに来てくれて」
「だろう?」

 

なかなか起き上がろうとしない二人を置いて、グレートはギルモア邸に向かっていた。
この顛末はやっぱりみんなに言わなくちゃいけないよなあ、それは義務だろうなあと思いながら。