「梅雨」
  暑い。 日本の夏には慣れたけれど、梅雨には中々慣れない。 そしてその湿気をものともせず熟睡しているひとの体温。 あるいは。 もしかしたら、この人だけが特殊なのかもしれないけれど。 「む…」 口を開けたのでそれも塞ぐ。 ジョーはなんだよそれと言うと、私をベッドに引き倒した。 あなたの素肌が熱くて気持ちよくて悔しいなんて。  
   
       
          
   
         side F
         カーテンを引いているはずなのに容赦なく暑い。
         たぶん、この湿気に問題があるのだろう。
         つくづく日本人とは不思議な人種だと思う。
         湿度と温度があいまって気温や不快指数は上がっているのに全くもって平気な顔。
         私は少しでも涼しくなろうとジョーから体を離した。
         こちらは汗をかいているのに、ジョーはさらさらの素肌をキープしている。
         F1パイロットだったから、体温コントロールは得意なのかしら。
         カーテンの隙間からは朝の陽射し。
         梅雨といっても今日は晴れのようだ。暑くなりそうでうんざりする。
         ぐっすり眠っているさらさら素肌男がなんだか急に悔しくなって、その鼻をつまんでみた。
         一分。
         二分。
         「っフランソワーズ…」
         きっかり三分で息を吹き返すところはさすがね。
         「さすがね。じゃないよ、まったく…こういう起こし方はやめてくれって言ってるだろ」
         「だって悔しかったんだもの」
         「悔しいって、何が」
         「内緒」
         やあね、言わないわよ。
         絶対、言わない。

  僕は梅雨が嫌いだ。 鼻と口を塞がれたら、いつか絶対どうかなると思う。 「あら、ならないわよ」 サイボーグだから? 「ううん。ジョーだから」 なんだそれ。意味がわからないぞ。 「だって本当はわかってるんでしょう?相手が私で命の危険はないって」 僕は返事の代わりに鼻を鳴らすとフランソワーズの腕を掴み引き倒した。 「きゃっ。何よジョー」 命の危険はないだって? 違うよ。 僕の生殺与奪を握っているのは君なのだから。 君のためならどうなってもいいし だから ――と、僕は心の中だけで言う。 以前、声に出して言ったら「キモチワルイ」と言われたからだ。別に性的な意味で言ったんじゃないのにシチュエーションが悪かったらしい。 だから、今も言わない。 そうだなあ。何にしようか。 「……もうちょっと一緒に寝てたらわかるんじゃないかな」 フランソワーズは頬を染めると僕の胸元に顔を埋め、小さくいやなジョーと言った。 うん。 梅雨は嫌いだけど、案外悪くないかもしれない。  
   
       
          
   
         side J
         何故なら雨ばかり降るからだ。できればなくなって欲しい。が、作物のことを考えるとそうもいかない。
         だからひたすら我慢して過ぎるのを待つ。まるで修行僧のように。
         そんな風に最大限の努力をして梅雨を遣り過ごそうとしているのに、全くわかってない人物がひとりいる。
         「だからフランソワーズ、その起こしかたはやめてくれと何度…」
         「君はわかってないよ、フランソワーズ」
         君にどうかされるのなら僕はそれでいい
         君の前で警戒しないし、いつでも自然体でいる。
         そうしていたい。
         「わかってないって、何が?」
