「雨乞い」

 

 

 

梅雨の時期に機嫌が悪くなるのは僕の専売特許だ。
そのはずなのに、ここ最近それが脅かされている。
しかも脅かされているだけならまだしも、ご機嫌とりをするはめになっている。

なあ、これって違うよな。
違うだろ。
梅雨時期に機嫌を直すよう気を使われるのは僕のほうだろ。

まったくもって不本意だ。

しかも、機嫌が悪いのは僕とは真逆の理由なのだから。

 

「もうっ。どうして雨が降らないのよっ」

ああ、今日も晴天だ。
やはり天気は晴れのほうがいい。

「今は梅雨なんでしょ。雨がたくさん降る時期なんでしょ。なのに、どうして毎日まいにち晴れるのよっ」
「洗濯物が乾いていいじゃないか」

するとフランソワーズは横目で僕を見た。

「ジョーのせいよ」
「え、なんで」
「あなたがあんまり雨を嫌うから降らなくなっちゃったんだわ」

責任とりなさいよと無茶を言う。

「あのさあ。僕にそんな力があるわけないだろ」

あるとしたらイワンだけど、彼は無罪だ。一週間前から眠っている。
それに、いくらスーパーベビーでもさすがに天候はどうにもできないだろう。

「ああん、もう。どうして雨が降らないのよっ」

知るもんか。

「二週間前まではバカみたいに降っていたのに。ね、ジョー、まだ梅雨明けしてないわよね」
「してないね」
「だったらどうして降らないの?」

だから、知らないって。

フランソワーズは青い空を恨めしそうに見ると呪詛を吐いた。


「せっかくレインシューズ、買ったのにー!」

 

 

***

 

 

「見て見て、ジョー」

じゃあーんという効果音つきで目の前に差し出されたのは白い靴だった。

「可愛いでしょう」

…僕にコメントを求めるか?

「これは雨の日に履くショートブーツなのよ」

はあ。靴にも雨の日用とかあるのか。

「ずっと、足元が濡れるの気になってたのよ。可愛いのがみつかってよかったわ」
「よかったね」
「ウフ。雨の日が楽しみ」

 

 

***

 

 

あれから10日。
まだ雨はふらず、徐々にフランソワーズの機嫌が悪くなっていった。
一度、だったら風呂場で履いてみたらと言ったら、その日のゆうごはんはごはんと梅干しだけだった。
いやまったく。
まさかこの僕が雨乞いをする日がくるなんて思いもしなかったよ。


「雨、降らないかしら」
「…降るといいね」

まったくもって不本意だ。

「ジョー、気持ちがこもってないわ」

ああもう。

「雨が降ったらどこに行くつもりなんだい?」

レインシューズ履いて。

「あら、」

フランソワーズは目を丸くするとふふっと笑った。

「ジョーの行きたいところに決まってるでしょ」

いや、僕は雨が嫌いだって何度も…

「…どこでもいいのよ」

あなたと一緒なら。とフランソワーズが妖しく笑う。
僕はなんだか落ち着かなくなって、青い空に目をやった。

きっと、雨が降ったらわかるのだろう。彼女の言った意味が。

…仕方ない。

「雨乞いでもするか」
「ま。いやなジョー」

なんでだよ。