「雨」

 

 

 

やっと雨が降ったので、フランソワーズはご機嫌だ。
雨の中を嬉しそうにスキップし傘をくるくる回す。
車が滅多に通らないギルモア邸の前の道だから許されるが、普通の所でやったらただの迷惑な人だ。

……まあ、しかし。

満面の笑みだからいいだろう。
あの仏頂面の継続記録が途絶えたのは良いことだ。

「ジョー?どうしたの」
「別に」

ただ。
そんなに雨が好きなら一人で楽しんだらいいという思いは変わらない。
僕は雨が嫌いなんだ。

「せっかく雨が降ったけど…今日が七夕なのは残念だわ」

星が見えないしと続ける。
確かに星を見るのは無理だろう。夜になって晴れる見込みは薄い。

「ジョーは何をお願いするの?」
「世界の平和」

即答するとフランソワーズは何か考え込むようにちょっと黙った。
ここ数年はこのての質問にはこう答えるようにしている。色々な学習の成果だし、かつ、まるっきり本心ではないというわけではないというまさにベストアンサーである。

フランソワーズは傘を閉じると僕の傘に入ってきた。

「ねぇ、ジョー」
「うん?」
「あのね」
「うん」

いやに小さい声で話すから、僕は少し屈んで彼女のほうに耳を傾けた。


「!」


フランソワーズ?


「ウフ。傘の中だと誰にも見られないでしょ?」

いや、それはここに他に誰もいないからであって傘はあまり関係ない…

「雨の日のお出かけって好きよ」

そう言うとフランソワーズは僕の肩に手をかけ再び唇を寄せた。
まさかとは思うが、フランソワーズ。
これがしたくて雨乞いをしていたわけじゃないよね?

「もちろんよ。何のためのレインシューズなの」

だよな。
それを履きたかったからだよな。

フランソワーズは僕の唇から更に深く侵入してくる。

僕はされるがままだった。

だって、彼女からこんな風にキスしてくるなんて割りと珍しいし、結構一生懸命な感じはなんだかこそばゆくて新鮮だ。
これって雨が理由なのだろうかという一抹の疑問は残るけれど。

傘をさしていないほうの手が空いていたから、フランソワーズの腰を抱いて引き寄せた。

「ん、ヤダ、ジョー」

でもキスは続く。
フランソワーズのキスを受けながら、僕はさっきまでいた温かいベッドに戻る方法を考えていた。

だから


「…別に戻ることないでしょう」


と囁かれた時は息が止まった。

え。

フランソワーズ?


――いや、幻聴だろう。


僕は雨を見つめながら、フランソワーズのキスに応えていた。


「あのね、ジョー、私の七夕のお願いはね…」