「後日談・2種」

 


―1― sideJ

 

「今日も晴れかぁ…」


僕は開いた窓から身を乗りだし、どこかに雨雲がないかと探してみた。
が、虚しい試みだった。
空は蒼く澄んでおり雲ひとつ無い。フランソワーズの瞳のように。

「はぁ…」

力なく窓枠にもたれると肺の中にあった二酸化炭素を吐き出した。
まったく。
今は梅雨だよな。雨期だよな。なんで晴れるんだよ。ああ、蒼い空が恨めしい。

ぼんやり海を眺め、視線を前庭に移したら洗濯物を干しているフランソワーズを見つけた。
…フランソワーズ。早起きだな。いや、僕が遅いのか。まあ、どうでもいいや。

「アラ、ジョー」
「やあ」

見つかった。

「やあじゃないでしょ。お寝坊さん」

怒ったように軽く頬を膨らませる。

「もう。早く食べてくれないと片付かないわ」
「まだそんな時間じゃないだろ」

博士は最近、ゆっくりなんだし。

「博士ならもう出掛けたわよ」
「え。聞いてないよ」

出かけるなら車を出したのに。

「フフ、大丈夫よ。ちゃんと迎えの車がきたから」
「――迎え?」

眠気が一気に吹き飛んだ。
博士はいつも出かける時は前もって僕に言う。そして僕が運転手兼護衛として一緒に行くのだ。
なのに、おかしい。
予定を知らされていないばかりか、どこの誰とも知らない車に乗っていったなどと。

僕は慌ててTシャツを頭から被り同時にジーンズを履くと窓枠を飛び越えた。

「きゃっ。どうしたのよ」
「フランソワーズ。博士はどこに行くと言っていた」
「え。お友達のところ…」

僕は舌打ちするとガレージに向かった。
そういう口実で車が迎えに来るなんて怪しさ満点じゃないか。

が、しかし。

ありえない力で腕を取られ、僕は行く手を阻まれた。

「待って、ジョー」

なんだ、一体。事態は一刻を争うんだぞ。

「もう。落ち着いて」
「しかしフランソワーズ」
「大丈夫よ。知ってるひとだもの。それにイワンも一緒だし」
「イワン!?」

なんでイワンが。

「んもう。昨夜話したの覚えてないの?博士のお友達のお宅に遊びに行くのに、お孫さんの遊び相手にイワンも是非って言われたのよ」

昨夜言ったじゃないとフランソワーズは不満そうだ。
うーん。そんな話、してたかなあ。

「わかったら、ハイ。顔洗ってごはん食べちゃって」
「う、うん…」

なんとなく釈然としないものの、言われた通りに洗面所に向かった。

そうか。
博士とイワンは出掛けたんだ。

ということはつまり。


つまり。


いまこの邸には僕とフランソワーズの二人しかいない。

と、いうことだ。

うおお、なんというチャンス。もはや雨や晴れなどどうでもいい!

あの雨の日のようなフランソワーズに会えるなら。
あの、可愛くて妖艶なフランソワーズに会えるなら。

誰の目も耳も気にすることなくフランソワーズが自身を解放できる好機。
またとないチャンス。これを逃してなるものか。

「ふ、フランソワーズっ」

僕はキッチンに駆け込んだ。が、お盆で頭を殴られた。

「駄目よ、ジョー」

うう。頭が割れたかもしれない。

「どうせ妙なこと考えてるんでしょう」

妙なこと?
いやいや、大事なことだよフランソワーズ。

「ともかく朝ごはん食べてね。話はそれから」


……ん?


フランソワーズはフフフと笑うと身を翻しキッチンに消えた。
一瞬、絡んだ視線が妙に艶っぽかったのは…僕の気のせいだろう。

 

……たぶん。

 

 

 

 


―2― side F

 

ジョーってホントにバカ。
もう、信じられないくらいおばかさん。

そうね、確かに私だってまた雨が降ったらいいなあなんて思うわよ。

でもね。

実際問題として、よ。毎日雨が降ったとしても、だからといってこの前のようなお出掛けを毎日するわけにはいかないじゃない。大体、砂だらけの服の手入れは大変だったんだから。ジョーはなんにも手伝ってくれないし。

だからね。

毎日雨乞いをされても困るのよ、ジョー。
ん、まぁ…毎日じゃなかったら、考えないでもないけど。でも、だからといって私があからさまに雨乞いなんてできるわけないでしょ。そんなの、ジョーにみつかったら絶対にやにやされちゃうもの。

そんなの悔しい。
悔しい…けれど。

あの時、自分で思っていたよりずっとずっと気持ちよくて楽しくて…幸せだったのは確かだから、またいつかとは思っている。

でも。


「ごちそうさま。…うん?どうかした?」

目の前のジョーは朝ごはんを食べ終えて冷たい麦茶を飲んでいる。

「う、ううん。なんでもないわ」
「顔、赤いよ」

えっ。

ヤダ、私ったら!

途端に全身がかっと熱くなった。何を考えていたのかジョーにばれたらと思うと恥ずかしくていられない。あ、でも大丈夫かしら。だって、こういうことには信じられないくらい鈍いひとだか…ら…



「さて、と」

ジョーは立ち上がると私の腰に手を回し、自分の肩に担ぎ上げた。

「えっ、な、ジョー?」


なに?

なんなの?


「うーん。どこがいいかなあ」

どこって何が。

「場所だよフランソワーズ。君はどこがいい?」
「な、なんのこと」
「やだなあ、わかってるくせに」


楽しげに言うとリビングかないややっぱり庭かなと歩き出す。

ばか。

ジョーのばかばか。もう知らないっ。


「……日陰にしてね。暑いから」


ジョーがちょっと笑ったみたいだった。

 

 

END