「雨なんだから」
  七夕のお願い? そんなの――ジョーが言い出すのは初めてのことだった。 いったい、何を言うつもりなのだろう? 「聞くのはいいけど、叶えるのは私じゃなくてお星さまよ……?」 だってそうでしょう? 「いや。フランソワーズじゃないと叶えられないことだよ」 ん? じっとジョーを見ていると、ジョーは不意に私の手を自分のほうに引いた。 「ジョー?」 これが七夕のお願い…なわけ、ないわよね。 「フフ、なあに?」 話が噛みあわない。 「その……」 ジョーはそのまま私の額にキスするとおでことおでこをくっつけた。 「つまり、」 と。 「うわっ」 傘を持ってない。 ジョーと私の視線が絡み合う。  
   
       
          
   
         ―1―
         いつもは私が訊いても「世界の平和」しか言わない。それが本心なのかどうかはともかくとして。
         何を願うというのか。
         私に無理難題を出されても困る。世界の平和とか。
         そりゃゼロゼロナインだったら、自らを律して世界平和に尽くしそれを達成することができるだろう。
         けれど私にはそんなちからはない。
         なにそれ。どういうこと?
         私はつんのめるようにジョーの腕のなかにとらわれてしまう。
         ジョーの鼻先が額に触れる。ちょっとくすぐったい。
         「ウン…あのさ」
         「ええ」
         「――雨の日じゃなくてもいいよね?」
         「何が?」
         「僕は雨の日だってそりゃ構わないっていえば構わないけど――」
         「ジョー?それが七夕のお願いなの?」
         「いや……違う」
         ジョーが言いかけたその時、急に雨が降り出した。それもけっこう強い勢いで。
         「きゃっ」
         かといって、ここには雨を凌げる場所なんて……
         そう。
         ここで雨を凌げそうな場所といえば――そこの、松の木しかないのだ。
  フランソワーズを庇うようにして松の木の下に入る。といっても、直接雨に打たれるよりはましっていう程度であって、雨から完全に逃れられるわけではない。ふたりともびしょ濡れだ。 「フランソワーズ、大丈夫」 いや、大丈夫ではないだろう。なにしろ雨は容赦なく僕達を打つし、それに伴い体温は奪われてゆくのだから。今はまだいいが、あと数分もこうしていたら二人とも凍えてしまうだろう。 「ねえ、ジョー」 ――は? え? えええ? いやちょっと、フランソワーズ。いったい何を―― 「なっ、何っ……」 言いかけた僕の口をフランソワーズは唇で塞いだ。 「むぐぐ」 いやだから。 いや、だから。 そうじゃなくて――フランソワーズ!  
   
       
          
   
         ―2―
         これが噂に聞く豪雨というやつか。さっきまでそんな気配は無かったのに。だから梅雨は嫌いだ。
         「ええ……」
         どうする。
         このままフランソワーズを抱えて――走るか。それなら濡れない。が、突然の豪雨はにわか雨でもあるから、あと数分待てば止むかもしれない。
         だったらこのまま遣り過ごすか。
         僕はフランソワーズを庇うように抱き締めながら、上空を睨んだ。さっさと止んでくれないものかと。
         「うん?」
         「このままだとちょっと困るわよね」
         「困るって?」
         「体が冷えてしまうわ」
         「うん。僕もそれを心配していたところだ」
         「――いい考えがあるんだけど」
         「何?」
         「もっとくっついていたら……あったかくなるんじゃない?」
         体温が奪われるって言ってるのにどうしてジーパンに手をかけるんだ?

  「っ、ちょっと待」 フランソワーズの柔らかい唇から離れるのは凄く心残りではあったけれど、背に腹は変えられない。だってフランソワーズはあろうことか僕のジーパンのボタンを外し、ジッパーを下げようとしているのだから。 「もうっ…」 え。いま舌打ちした? まさか。 「まったくもどかしいんだから」 もどかしいって何が? 「ジョーの鈍感」 わけがわからないままの突然の悪口に、手首を掴んでいた力が弱まる。 「いやだから、ちょっと何を」 しかしフランソワーズは答えない。答えない代わりに。 「や、待てって」 断固とした口調で言い放つと、フランソワーズは僕の下着の上から撫でるように触れた。 「ねえ、ジョー」 フランソワーズの指が絡みつく。 「ふ……フランソワーズ?」 フランソワーズの瞳が僕を捉える。その視線は艶かしくて妖しくて……間違いなく、誘っている。 雨のせいか。 それとも―― 「ね。ジョー。聞かせて」 何を。 あ。 ダメだ。 なんだか正常な思考が続かない。 フランソワーズの指先が巧みに僕を奮い立たせてゆく。 僕は堪らず、フランソワーズを抱き締めた。 「ん、ジョー」 う。 だから。 「ジョー。……熱いわ、凄く……」 それはきみのせいだ。間違いなく。 「フランソワーズ、ダメだ、それ以上は」 いや、それはやめてくれ。いくらフランソワーズとはいえ男としてのプライドというかなんというか――って聞けよおい。まさかこのままいけという訳じゃないだろう? 嫌だ。 それは絶対に嫌だ。 だって僕は、僕の――フランソワーズと一緒じゃなきゃ嫌だ。 「――話を聞け、フランソワーズっ」 いつもはこんな命令口調で言ったりはしないし、こんな強引なこともしない。でも場合が場合だ。手段を選んでいられない。何しろ僕はすっかりフランソワーズの手の中で怒張しているのだから。 「やっ、ジョー」 まさかここにきて僕の反撃に遭うとは予想外だったのか、フランソワーズがびくんと震えた。 「――準備できているなんて凄いねフランソワーズ」 耳元で囁くと、知らないジョーのばかと答えがあった。いつものフランソワーズだ。 「いいよ。こうしていると確かにあったかくなりそうだ」 フランソワーズの足を片方持ち上げるとフランソワーズは自ら僕を自分のなかに誘導した。 「――動いても、いい?」 既に限界だ。 「ええ……」 頷かれると同時に。 「――言って。フランソワーズ」 そうして繋がったままゆっくりと砂浜に倒れこむ。フランソワーズは上から僕をじっと見つめると、自分で腰の位置を調節した。そのちょっとの動きさえもが僕を責める。限界がすぐそこだからだ。 「は、あ……っ」 フランソワーズの熱にうかされたような声が艶を帯びる。 フランソワーズが僕をきつく締め上げた瞬間、僕は僕のなかの熱を彼女のなかに放出していた。 僕は、ずっと聞きたかった彼女の声を聞きながら――果てた。  
   
       
          
   
         ―3―
         思わずフランソワーズの手首を掴む。いったい、なんだっていうんだ。
         フランソワーズが?
         「鈍感って……」
         ――いったい、フランソワーズはどうしたっていうんだ?
         そんな僕の戸惑いを待ち構えていたのか、フランソワーズはさっさとジッパーを下げてしまった。
         「嫌よ」
         まだ固くもなっていないのに。
         いやだって、そうだろう。そんな気は全然ないのだし。
         いくら男といったって、四六時中スタンバイしているわけじゃない。女子が思っているよりデリケートだったりするんだ。それを――わかっているのかいないのか、フランソワーズはさっさと下着の中に手を入れてきた。
         「何」
         「あなたの七夕のお願いってなあに?」
         「えっ……」
         「聞きたいわ」
         「……今?」
         優しく撫でていたそれは、リズミカルに強弱をつけ僕を襲う。――誘っているのか。
         「なあに」
         でも――いったいなぜ突然。
         「聞かせてって……」
         その首筋に歯を立て、ワンピースのファスナーを引き下げる。露わになった肩に唇をつけるとそのまま肩紐を滑らせた。
         その指の動きは反則だろう――フランソワーズ。
         「ううん。いいの。このまま……」
         いや、そうなのか?
         じっと僕を見守っている風のフランソワーズ。それはつまり――このままいけ、と?
         このまま彼女の好きに任せていたら、有り得ないことがおきてしまう。彼女の手のなかで出してしまうという。それだけは絶対に嫌だった。沽券にかかわる。とはいえ、既に猶予はない。なにしろ既に先走りが流れ彼女の手を汚してしまっている。
         僕は乱暴に彼女のブラジャーを外すと既に先端が屹立している彼女の胸を口に含んだ。
         構わず、そのままワンピースの裾から手を差し入れ、彼女の下着に触れる。
         たぶん――濡れているはずという予想は当たった。
         既に僕には余裕はない。それこそ一刻を争う状態だったから、僕はありがたくそのまま一息に突き進んだ。フランソワーズが大きく息をつくと僕の首に両手をかけ唇を欲しがった。
         もちろん、応えるに決まっている。
         じゅうぶんに舌を絡め合わせ、フランソワーズが満足するまで待った。
         僕はフランソワーズを突き上げていた。
         フランソワーズの指が僕の肩に食い込む。声が洩れる。でも。そうじゃない。そうじゃないだろ、フランソワーズ。僕が聞きたいのはもっと――ああそうか。僕が足りないのか。
         僕は果てそうになるのをひたすら耐え、突き上げた……が、どうもうまくいかない。
         フランソワーズが満足しないのだ。何がどういけないのか。足りないのか。
         「ん……」
         「今日の僕は受け身だ。好きにしていいよ」
         でも、フランソワーズがまだなのに僕が先にいくわけにはいかない。一緒じゃないと嫌だ。それは僕の我侭に過ぎないけれど譲れない。
         フランソワーズが揺れる。僕は彼女のリズムに合わせるように突き上げる。
         潮風が彼女の髪をなぶる。雨も容赦なく僕達を叩く。が、不思議なことに全く寒くはなかった。
         フランソワーズの熱と僕の熱が合わさって、例え雪が降ったとしてもきっと寒くはないだろう。
         可愛い。そして綺麗だった。
         僕のフランソワーズはいま、いつのどのフランソワーズよりも綺麗で可愛くて色っぽくて――愛おしい。そして彼女の口から洩れる甘い声が僕の限界を早めていく。もっともっとこの瞬間を堪能していたいのに。
         そしてまたフランソワーズもそんな僕を捕まえたまま離さない。
  「――ねえ、ジョー」 何度も求め求められてそれに応えて。 「……うん?」 僕はフランソワーズを抱き寄せ、その砂まみれの金髪にキスをした。 もう叶ったよ と言ったらどんな顔をするだろうか。 雨の日でもそうでなくても僕はフランソワーズと一緒にいたい。 あまりにも雨にこだわりすぎるフランソワーズにそう言いたかった。でも、雨が降ってきた上にこうなってしまったからにはあまり説得力はないだろう。 「――戻って洗濯物を干したほうがいいんじゃないかなってことかな」 たいへん、洗濯は終わってるわ――とフランソワーズがぱっと身体を起こした。 やだわもうと照れたように笑うフランソワーズ。 やっぱり雨より晴れのほうが僕は好きだ。残念ながら。  
   
       
          
   
         ―4―
         揺れて――揺らされて。
         雨がいつ止んだのか全く記憶になかったけれど。
         砂浜に寝転んだまま見る空はうっすらと蒼くなってきていた。
         「七夕のお願いって、なんだったの……?」
         「え。まだ知りたいの」
         「うん」
         「そうだな……」
         だからもういいだろう。七夕のお願いなんて所詮はそんなもんだ。
         「え?――あ!」
         が、ふにゃんと揺れて僕にもたれかかった。
         うむ。
         ちょっと――いや、かなり――頑張りすぎたか、な?
         その金髪が太陽の光に煌いた。
