「安心してください」

 


―1―

 

「安心してください。はいてませんよ」


って言ったら変態扱いされた。

実際、パンツをはいてなかったのは事実だが、風呂場ではいている方が変態だろうと思うのだがどうだろう。
そのへん、フランソワーズは頭が固いというかなんというか…
お笑い系が苦手なわけではないと思う。けっこう寒いギャグやらダジャレやらを嬉しそうに繰り出してくるし。
強いて言うなら、僕に対してだけ厳しいというかそんな感じだ。
何故だろう。一緒に笑ってくれたらいいじゃないか。

風呂場での件に納得がいかず、僕は風呂上がりにフランソワーズの部屋に行った。
が、ドアを開けたら開口一番に

「待ってジョー。はいてる?」

と厳しい声で言われたからなんかへこんだ。

「…はいてるよ」
「そ。よかった。入っていいわ」

なんだかなあ。

「あのさ、フランソワーズ…」
「なあに?」
「僕がそういう…お笑いとかの真似すると機嫌が悪くなるよね?どうして?」

するとフランソワーズはあらと言って瞳を丸くした。

「決まってるじゃない。嫌なのよ。ジョーがそういうことするのって」
「むう。なんでだよ」
「だって似合わないんだもの」

似合わないってつまり面白くないとか笑えないとかそういう意味?

「だって」

フランソワーズは何故か少し怒ったみたいに唇を尖らせた。

「ジョーみたいなルックスの人がそういうことを言ったりしたりするのって嫌なのよ。どうせするなら、王子さまみたいな方がいいのに」

なんだそれ。

「ジョーは全然わかってないのよ。自分の見た目とか声質とか。思いっきり王子さまなのに」

なんていうか、リアクションに困る。…王子さまって…。

「だから、何かモノマネをしたいんだったら王子さまをやって!」
「ええっ、やだよ」
「王子さまがいい!」
「えー」
「ねっ?」
「いやあ…」
「ねっ!」
「う…うん…」

噛みつかれそうな勢いに僕は頷くしかなかったのだけど。実際問題として、王子さまなんて知らないぞ。
でもフランソワーズは妙に上機嫌だ。さっきとはうって変わってにこにこして僕を抱き締める。
だからまあ、いいか。よくわからないけど。

「ね、ジョー」
「ん?」
「もう、安心してください、はいてませんよなんてしないでね」
「はいはい」
「…たまにはいいけど」

うん?

 

 



―2―

 

「安心してください。はいてますよ」


と言ったら凄く嫌な顔をされた。
それだけならまぁいいが(いや本当はよくない)不粋だの酷いだのなんとまあ思いつく限りの罵詈雑言。
フランソワーズ。時々思うんだけど、きみの日本語の語彙って僕より多いよね…?実は日本人だったり――しないか。

「ちょっとジョー、聞いてるの?」

いや、聞いてない。逃避していた。
だってさ。はいてますよって言った途端、太腿を蹴るなんてひどいじゃないか。しかも渾身の力をこめて。(もしかしたらの手加減だったら驚く)

「もう、知らないっ」

ふいっと身を伏せて僕に尻を向けた。
うん。僕に尻を見せたいんだななどと言ったらまた蹴られるから黙っておく。

「酷いわ、ジョーったら。こんな時にそんな事言うなんて」
「え。いやだって」

この前、はいてませんよと言ったら怒ったじゃないか。まあ、確かにあの時は風呂場で今はそうではないけれど。

「どうして自分だけはいてるのよっ」

いやあ、それはだな。

「ひとのことは脱がせておいて」

うーん。

あ。

だったら。

「じゃあ、フランソワーズが脱がせてくれれば」

いいんじゃないかな?

と言いかけたら枕が飛んできた。

「知らないっ、もうっ、今日は出てって」
「えっ、それはないよフランソワーズ」
「こんな時に冗談言うひとなんて知らないっ」
「そんなあ」

単なる冗談じゃないか。ちょっとしたお笑いの。
そう。笑いをとろうとしただけなのに。一緒に笑ってくれると思ったんだけどなあ。

……。

フランソワーズは向こうをむいたまま何も言わない。僕はぱんつ一丁で放置されている。
さっきまで睦みあっていたとは到底思えない――のは、僕のせいか。
僕のせいなのか。

そうなのか。

――そう、なのか?

「あの、ふ」
「――わかったわ、ジョー」

なにが?

フランソワーズはちらりとこちらを見ると、きっぱりと言いきった。

「そんなにはいてるはいてないを言いたいなら、いっそのことはくのをやめちゃいなさい」
「ええっ」
「明日から」
「それってどう」
「そうしたら許してあげる。ふざけたこと」
「……」

――まあ、いっか。ぱんつ一枚で許してもらえるなら。

僕は頷くと、フランソワーズのシーツに潜り込んだ。
明日になればフランソワーズもきっと忘れるだろうと甘い考えを抱きながら。

 

 

***

 

 

翌日。

当然の如く、フランソワーズは忘れなかったのだった。